ベルサークの王族
ベルサークに到着したレテは伝説の都の美しさに見惚れながらも……
(レゴラス様?)
てっきり迎えに来てくれるものだと思ったのに完全に放置されているので戸惑っていた。
しばらくあちこちをうろちょろしてたけど、一向に迎えに来てくれる様子がないので勇気を出して上の森の方々に話しかけてみた。
「レゴラス様の居場所をご存知ですか?」
「?」
誰も彼も不思議そうな顔をして首を振るばかりでレゴラスなる人物の事はわからなかった。
生まれた時から知ってる人ばかりの里とは違う、伝説の都での人探しはレテの精神力を大いに削り取り、到着したばかりの高揚感もすっかり消え失せた感じで声をかけた七人目が……
「レゴラスか、聞き覚えのあるような無いような……」
七人目の男は漆黒の外套を纏った怪しげな人物である。目深に落としたフードで顔を隠し、体つきもエルフの常と異なる巨漢がこれまでのハイエルフとは異なる解をもたらす。
「密命を帯びて里を出て数百年と戻らない者もいる。王ならば彼らの名も知るだろう」
「王様ですか!? お…おおお、王様って偉大なるセルトゥーラ王のことですか!?」
上の森の貴公子に見初められてドキドキした結果、伝説の都までやってきたミーハー系女子レテが王と聞いて慌てないはずがなかった。ちなみにこの時点でレテの脳内ではなぜかレゴラス様がエルフの王子までランクアップしている。
王と聞き慌てながらも敬愛を示すレテを、眼前の巨漢は好ましく思ったようだ。主が民の敬愛を集めているのを見聞きすれば臣下もまた誇らしい、そういった様子で黄金の眼を爛々と輝かせる。
不思議な男だ。法衣に隠された発達した肩の筋肉はすさまじく膨張し、まるで三つ首であるかのように見える。
レテは不思議な男に手を引かれて王宮に連れられて行き、あれよあれよと話が通ってすぐに王に引き合わされた。
レテのようなエルフの末席でもその名を知る神代より生きる原初の人、今もなお美しきレウ=セルトゥーラ王である。
「お初にお目に掛かります、滾々と湧き出る泉のレテと申します。実は……」
気難しそうな王の眼前でレテは精一杯説明した。
ところどころ横道にそれたり言葉に詰まったりしたものの、頑張ってどうにか説明することができた。
その苦労の甲斐なくセルトゥーラ王の眉間に刻まれた皺は深く刻まれたままだった。
「どう思う?」
「人族に誑かされましたな」
人でいえば初老に達する容姿をした側近が進言する。
この老人はセルトゥーラの末の息子で、年齢で言えば八千を数える。現存するハイエルフの中でも最古参の一人である。
「そんな!? あたし人族になんか会ったこともありません!」
王も側近もすでにレテに興味などない。路傍の石ころが慌てたところで気にかけるはずもない。
「おそらくはベルサークまでの案内に使われたかと」
「ふん、そんなところだろう」
セルトゥーラ王が指をパチンと鳴らし、王の魔力が波となって都を覆った。
「微かだが邪悪な気配がある。忌々しいがどこに潜んでいるかまではわからんな」
「出口は一つ。兵を伏せ放置し出ていったところを仕留めるがよろしかろう」
「奴らは救い難いほどに愚かだが狡猾な異種族だ。我らが守護するこの地を徘徊していると考えただけで怖気がする」
「狩り出すのであれば兵を集めさせましょう」
「要らぬ、些事は下郎の仕事であろう。せっかく飼ってやってるのだ、たまには働いてみせろ」
アクセルと名を以て命じられた漆黒の法衣の男がフードを上げるとその異形にレテが悲鳴を上げた。
その姿は人狼よりも人に近く、だが決して人とは呼べぬ醜いものだった。
彼には毛がなかった。毛のない人狼、そう呼ぶ他にない彼は、獣にもなれずハイエルフにもなれない半端者である。どんな生き物でさえ吐き気をもよそすほどに醜悪な生き物が恭しく膝を着く。
「一両日中には成果を挙げてご覧にいれます。してこの娘はどうなさる?」
王の目は同胞を見るものではなく、王威に当てられたレテはただただ震えているしかなかった。
「牢にでも放り込んでおけ。哀れと思えば賊徒が釣れるかもしれん」
「狡猾なトールマンめが道案内に使うた娘を憐れむでしょうか?」
「わからん。トールマンは未だにわからん」
玉座に背を倒した王が気のない仕草で退室を命じる。
レテは謝罪した。
釈明をした。
父の名を叫んだ。
だが彼女の叫び声になど何のちからもない。
泣き叫ぶレテは牢にやられた。