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番外編 追放者たちの凱歌05

 連絡を受けて急行したホテルの一室は惨状といってよい有り様だ。ベッドが二つに割れ、壁に凹みがあり、扉の蝶番が壊れて斜め向きになっている。被害額はざっと14ギルダといったところか。


 室内には三人の冒険者。お行儀の悪そうなおっさんどもが人質のつもりか私の店員の肩を抱いて拘束している。


「おうおうホテル王様のご到着か。ぐえっへっへっへ」

「いひひひひ」

「ぐふふふ……」


 まともな教育を受けていないと笑い方まで品がないものだ。私もよく言われる。殺人鬼が殺し方を悩んでいるふうにしか見えないらしい。


 スキンヘッドの冒険者が自らのやや腫れた頬の主張をしてきた。


「これどう思う?」

「マゾヒズムの気があるように見えるな」


「ちげえよ! この店員にビンタされたんだ!」

「なるほどな。きちんと教育されたアテンダントを怒らせるまねをしたと?」


「おいおい、俺のせいにする気かよ。俺はただこのお姉ちゃんにちょこっと相手をしてもらおうと思っただけだぜ。……あんたのとこはこの辺りじゃ一番サービスがいいって聞いたんだがな?」


「私のグループではそういうサービスはしていない。お引き取り願おう」

「女に面はたかれてハイソーデスカって帰る馬鹿がいんのか?」


「退居料が欲しいと?」

「慰謝料と言ってほしいな」


 冒険者相手の商売にはこういうトラブルもある。腕っぷしで成り上がろうとする短絡的な連中が武器を持っているのだ。弱い民衆に対して居丈高になりやすい。


 ただこういうわかりやすく小銭を強請りにくる連中は珍しい。酒を飲んでいるのならわかるが……


「いくら欲しい?」

「30ユーベルでどうだ。ホテル王様なら相当稼いでるだろうしそのくらい……」

「わかった、50ユーベルやろう。こいつで手打ちだ」


 金貨50枚の入った革袋を投げつけてやる。中身を確認した冒険者が口笛を吹く。気前がいいなって奴だ。


「ま、そんだけ貰えりゃ俺も文句は言えねえな。今回はそれで勘弁してやるよ」

「じゃあな、また来るぜ」

「明日あたりにゃ博打でスってるかもしれねえしよ、またお小遣いくれや」


 冒険者どもが部屋から出ていく、その前に肩に触れておく。


「次は勘弁してくれ」

「じゃあ幸運のアシェラにでも祈っておいてくれや。今晩はでかい賭場があるんだ」


 静かになった部屋で私の雇用する店員たちが憤慨している。


「くそっ、あいつら!」

「ベッドはもう使えねえぞ。ちくしょう! 壁まで壊しやがった!」

「あんな奴らに金を払って! いいんですか、あいつらまた来ますよ!」


 怒りは理解できる。私の対応に疑問もあるだろう。人質にされていたレセティーが震えている。彼女の心情を考えれば当然だ。50ユーベルという金額は彼女の40年分の年俸に等しい損害だ。単純に怖かっただけかもしれない。


「オーナー…あの、あたし……」

「いいんだ。あなたが無事ならそれでいい。怪我はない?」

「ごめんなさいっ、あたしが我慢できなかったから!」

「対応に問題はない、あの手の輩への対処は平手打ちが正しいよ。それにあのお金には羽根が生えていてね、また私の手に戻ってくるのさ。今はレセティーが無事だったことを喜ぼう」


 店長を任せているアランがハッと気づく。


「そうですね。あれくらいの金額また稼げばいいんだ! みんな、あんな卑劣な連中に屈することはない! 今回の損害はたしかに痛いが私達が失ったのはお金だけだ。店員と店が無事ならいくらでも働ける!」

「ええ、ええそうです! 金なら俺達ががんばれば幾らでも稼げるじゃないか」


「ですがあの連中への対策は必要です。今から考えましょう!」

「冒険者には冒険者だ、警備を雇うのはどうだろうか?」

「コスト面の問題もある。心苦しいがお客さんにお願いできないだろうか?」

「冒険から帰ってきて疲れているお客様にお頼みするのは心苦しいな。それはホテルマンとしてどうなのだろう?」

「報酬さえ支払えばやるという方もおられるかもしれない。お願いできそうな方に話をしてみるか……」


 皆ホテル業務歴は浅いが前向きでやる気のある店員たちだ。

 こうした前向きな話し合いが行われる中で、レセティーが泣きじゃくり始めた。安心した途端に感情が押し寄せてきたのだろう。みんなが彼女を慰めている。


「オーナー、たしか六号店は以前の所有者の頃からのホテルマンをそのまま雇っているはずですよね。相談してグループを包括するマニュアルを作成してもよろしいですか?」

「うむ、これまでのような個々ではなくグループ全体としての対応を考える頃合いだな。六号店のブライアンは経験豊かなホテルマンだ。彼を中心にマニュアル制作を行う準備を整えようと思う」


「……あの連中は明日も絶対に来ます。急場の対応として冒険者を雇いませんか?」

「うん、いやあいつらならもう来ないぞ?」


 皆の目つきが変だ。先ほど『あの金には羽根が生えている』と説明したと思ったが伝わらなかったようだ。


「あいつらが当店に足を踏み入れることはもう二度とない。安心してくれ」


 私は念押しのようにもう一度繰り返した。



◆◆◆◆◆◆



 タカリ目的の冒険者の肩に触れた時に打ち込んだマーキングを追って千里眼を開く。


 場所は王都西方。掃除や片づけという概念のない乱雑な部屋で男達八人が集まっている。部屋の広さから見て戸建て建築のリビングのようだ。


 スキンヘッドの冒険者がテーブルに革袋を投げる。ジャラジャラと飛び出していった金貨がテーブルに散らばる。


「見ろよこれ」

「ひゅう、さすがホテル王。気前がいいな」

「いいカネヅルになりそうだ」


 昼間から酒を飲んでる奴に良い奴はいない。これは東方の格言だが中々気が利いているな。こいつらなど好例だ。


「明日もいくか?」

「おおよ、真面目に働くよか儲けがいいからな」


「ほどほどにしておけよ。奴が馬鹿じゃなければ騎士団あたりに通報している頃だ」

「あこぎな手段で成り上がったガキだ、どの面さげて騎士様に泣きつけるってんだよ」

「じゃあ冒険者だ。Bラン辺りを雇われたらお前じゃどうしようもねえだろ」


「じゃあこっちもお強い先生を雇っていこうぜ。半分でも25ユーベルだ、Aランカーだって文句を言わねえ金額だぜ」

「馬鹿、んなことしたらAランの先生に全部もってかれんだろ」


 軽く聴いた感じでは馬鹿が馬鹿話をしているだけだな。

 マーキングを媒介にグリードブレイサーを八つ遠隔発動する。


「ククククク……疑似デスパレード・オーバーデス」


 凍結の魔腕が八人から心臓を抉り出す。

 何の抵抗もなかった。藁人形を通すように簡単に死んでしまった。魔法能力を持たない平民出の冒険者などこんなものだ。


「クククク……ちょろいなローゼンパーム、こんなものかよ」


 これならサリフ一人のほうがよほど手強いぞ。ライカンの野生の勘は時に不条理なほどの回避性能をもたらすから厄介だ。凄腕揃いの白狼団と比べたら本部の冒険者などカスしかいないな。


 テーブルに散らばった金貨を魔腕で集め、革袋を回収する。

 死人に金貨は必要ないし、これは私の金だ。私は魔腕を操りながら金貨が戻ってくるのを待った。



◇◇◇◇◇◇



 数日が経った頃、一人の騎士が私を訪ねてやってきた。

 厳つい顔立ちの中にも品があり、高い教養を思わせる中年の騎士だ。


「冒険者シェーファとは貴殿か?」

「相違ない」


 東方移民街のホテル銀狼一号店の最上階で応接する。余人は交えない。


 二つのソファから向かい合う騎士は出された緑茶に手をつけようともしない。


「本日はどんな御用か?」

「警告だ」


 穏やかではない言い種だ。


「はねっかえりもほどほどにしておけ」

「さて何のことだかわからないな」

「罪が多すぎて数え切れんか?」


 確信があるのか無いのか。……私の疑似デスパレード・オーバーデスは血統スキルを経由している。魔力検知なんぞで特定できるはずがない。ではホテル買収の件か?


「…………」

「…………」


 睨み合う時が長く続いた。やがて騎士が切り札を出すように言う。


「冒険者殺しの件だ」

「わからんな」

「とぼけても無駄だ。こちらには確証がある」


「確証とは?」

「S鑑定だ。とある冒険者クランから訴えがあった、親交のある冒険者が不可思議な殺され方をしたので過去視により犯人を特定したとな。S鑑定師アシェル・アル・シェラドの鑑定付きでの訴えにより警告に来た」


「確証込みで警告ときたか」

「どうせ後で調べればわかるから説明してやる。騎士団に冒険者を逮捕する権限はない。グランドマスター・ブラストと事を構えるのは我々でも相当な労力を必要とする。恐喝で暮らしているような外道冒険者を何人殺したとて我らが動くことはまずない」


 だが現実に彼はここに来て私へと警告を発している。なぜだ?


「八人の外道どもがこの世を去り冥府への巡礼に出ただけなら我らも大喜びなのだがな、貴殿には悪質な手法でホテル20軒を買収した疑いがある。元オーナー達が王国裁判所に集団提訴した。これが受理されれば貴殿は遠からず裁判の場に立つことになる」


「悪質な手法とは?」

「そうだな、例えばだが物件の相場から考えてあまりにも不当な金額での買収を暴力行為をチラつかせた上で契約するなどが悪質と言えるだろうな」


 例えばとは言ったが元オーナー達から先に証言を取っているな。

 私は書棚から一冊のファイルを抜き、騎士へと渡す。元オーナーによる直筆の己の罪の反省文。買収の正当性を示す切り札だ。


 例えばそうだな、

『私エルメは知人の冒険者を使って銀狼シェーファ殿が雇用する従業員を襲わせた事を告白する。シェーファ殿との話し合いにより和解の条件を私エルメが所有する王都ローゼンパーム第23区アトキア大通りに面する物件を金50オーラムで譲渡するものとし、これにサインする。またこの件を後に蒸し返すことはせず、この約束を違えた場合は私エルメは命をもって清算する』


 こうした内容の数十枚の反省文を読んだ騎士がため息をつく。納得した様子ではない。


「元オーナー達はこのような事実はなく、脅しに屈して無理やりこのような書面を書かされたと訴えている」


「そのくだらない嘘はどのような証拠を提出すれば覆せる?」

「実行犯を証言台に立たせたなら裁判官の心証はだいぶ良くなるはずだ。だが現状はどちらも折り合いのつかない自分勝手な発言をしているとするしかない」


「意外だな、私の発言を嘘だと断じているのかと考えていた」

「司法の天秤はそこまで安くはない。だが証言の重さはやはり王都暮らしの長い元オーナー達に傾くと考えてくれ」


 安い天秤だ。飾りだけの公平性。贔屓目をする裁判官。この場合私のような流れ者の証言に意味はない。形式通りに裁判をやって元オーナー達が勝利する。


「さすがは自由の国サン・イルスローゼ。太陽神ストラはすべてを見ておられるのだな」


「……貴殿はどこぞの王侯のような仰いようをする。その若さで国を出た理由は問うまいが、おそらくは太陽に僅かならぬ憧れもあったのだろう。期待させてすまないが我が国とて楽園ではない。所詮人の管理する王国にすぎないのだ」


 楽園を求めてきた私に楽園の真実を突きつけたローゼンパームへの落胆。これに理解を示す彼もまた他国から来た者なのかもしれない。


 楽園などなかった。自由など嘘っぱちだった。ここは王都ローゼンパーム、地上で最も栄えるだけの愚かな人々の住まう町だ。


 騎士が私へと評価、その結論のように警告を発する。


「貴殿が相当な実力者であることは理解している。その上で言うぞ? はねっかえりはここまでにしておけ。出る杭は打たれる。派手に暴れれば次は警告では済まない」


「冒険者ギルドと事を構えたくないと言っていたが、その時の具体的な処置はどうなる?」


「……肝の太い子供だ。その場合は冒険者ギルドへと貴殿の除名を要請し、冒険者ギルドを除名された貴殿をこちらで拘束する。この場合は国法による裁きがある」


「それは裁判所の裁きとは異なる?」

「貴殿じつはこの機会に司法の勉強をしているのではないか?」

「黄金騎士団こそが国家の司法を司る専門家集団だと心得ているよ」


 騎士が口をあんぐり開けたり、思い悩んだり、頭痛にこめかみを押さえたりと面白い反応をする。私のような種類の罪人はあまりいないのだろうな。


「度胸もある。頭もキレる。何より図太く知識に貪欲か。若くして成り上がる奴はやはり何かちがうな。こんな場面でなければ騎士団に推薦しているところだ」

「待遇と給料が良いならぜひにと頼むところだ」

「ホテル王の稼ぎと比べれば微々たるものだ。何より流民出身では尉官止まりさ」


 騎士の他国民の疑いが濃厚となった。苦労しているのだろうな。


「裁判所の判決は罰金刑または奉仕活動への強制参加が主だ。あまりにも悪質だと判断されれば騎士団に上訴されるが貴殿への明確な訴えは物件の不当買収のみ。慰謝料込み罰金刑が妥当だろう」


「冒険者殺害の疑惑はどうなのだ?」

「そちらは今回の警告と要監視でチャラだ。……我らを怒らせるようなまねは控えるのだな。貴殿はあまりにも派手に暴れすぎた」


「善処しよう」

「手強いな。貴殿を敵に回したくはないと上に伝えておこう」


 騎士が帰っていった。


 S鑑定アシェル・アル・シェラドの過去視か。近い内に接触する必要がありそうだな。過去視の範囲、これを用いることの可能な鑑定師の数、または口止め料はどの程度になるか。この辺りはハッキリさせておくべきだ。


『殺してしまう?』

「黙れ」


 どうか黙ってくれ。


 クスクスと笑いさざめく亡霊の声とよく似た声が己の内側からも発せられていると知り、自己嫌悪に陥る。


「私は怪物ではない。私は怪物ではない。私は怪物ではない。私はクラリス様にはならない……」


 あぁだから、どうか、そんなにも甘美な声で私の代弁をしないでくれ……

 守銭奴92→92%

 装備:聖銀のブロードソード(200金貨) 木綿のワイシャツ(2銀貨) ランタインの足履き(2銀貨) エリスの編みサンダル(5銀貨)

 所持金:約1944金貨

 総資産:大型ホテル6軒 中型ホテル12軒 ホテル8軒 40万金貨(未受け取り)

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