番外編 追放者たちの凱歌04
昼時に通告書を受け取り七分でギルドダッシュ。
久しぶりに訪れた冒険者ギルドは昼間だというのに盛況な人の入りだ。……久しぶりとは言ったが近くまではよく来ていた。来ていたが呼び込みや経営するホテルのチェックが目的だ。冒険者ギルドなんて初日に一回来ただけだ。
私がギルド内に入ると冒険者たちのざわめきが聴こえる。
「おい、あいつはホテル王だ」
「銀狼ホテルサプライヤーの若きホテル王か。あいつが……」
ダメだ。肩書きが完全にホテル王になっている。
ローゼンパーム冒険者ギルド本部は受付窓口が四か所もある。受付に並ぶのはいずれも綺麗どころ。受付は客に見せる商会の顔とはいうがこの面子を揃えられる資金力は見習いたいものだな。
私が視線をやれば受付嬢たちがコンパクトを開いて髪型の乱れを直し始めた。……そういう基準で選ぶ気はないのだがな。
それと完全に成金のホテルオーナーだと思われているな。私を見る目が猛禽類のようだ。受付嬢は出来高制だからな。
ただいま研修中という三角コーナーのある受付。だいぶ待たされているのかイライラしている冒険者が座る受付で、小さな少女がドタバタ走り回って搔き集めた資料を持ち込み説明を始めた。……私とおない年かもな。
受付嬢の少女はそそっかしい性質なのか説明も要領を得ない。次第にイラ立ちが募り冒険者の青年が怒鳴り出した。
「こんな依頼の受付にどれだけ時間使う気だ! 俺はさっさと依頼に行きたいんだよ!」
「ひぅ! ごっ、ごめんなさいですぅ~~~!」
あれではダメだ。委縮してしまって余計に時間がかかる悪循環だ。
他の受付嬢はフォローに入らない。世間の荒波に揉まれて強く成長しろよっていう教育方針かもしれない。ドタバタ走り回って手際は悪いが働き者だ。その努力は認められてしかるべきだろう。
イライラしている冒険者の肩に触れる。
「君、彼女もわざと時間をかけているわけではない。そう怒鳴ることはないだろ」
「ああん!? ―――ホテル王さん!?」
私はホテル王ではない!と主張したところで意味はないか。
「君が早く依頼に出たいというなら彼女を責めるべきではない。むしろ君から働きかけて他の受付嬢にも手伝わせ、彼女には万全の態勢で仕事をしてもらうべきだ」
横目でちらりと赤褐色の肌をした艶やかな受付嬢に視線を送る。意図を察した彼女が少女にあれやこれやと口出しを始める。
「現状に不満を垂れる暇があれば自ら望む結果を勝ち取るべく動くほうが効率的だろう? こうすれば依頼受け付けがすぐに終わる。君も穏やかな気持ちで依頼に出かけられる。素晴らしい結果だ」
「ほ…ホテル王さんやっぱすげえ。俺もいつかあんたみたいなすげえ男になりてえんだ」
「励めよ、幸運のアシェラは努力する者に等しく微笑みかけてくれる」
なんかもう普通にホテル王みたいな発言が出てきた。きっとホテル王としてインタヴュー受けてるせいだ。いいこと言わなければならないというプレッシャーに負けて自己啓発本を何冊か読んだしな。
少女の受付が空くのを待っている間に他の受付窓口が空いていると言われたが、私は少女の受付が空くのを待つ。受付嬢の報酬は出来高払いだ。がんばっている子なら報われるべきだ。
ようやく空いた受付の席に座ると少女が頭を下げてきた。
「助かりましたですぅ~~。ルーはルールズなのですぅ」
「シェーファだ」
軽い自己紹介のあとで仕事の話に入る。
ただやはり勘違いをされていた。
「本日はどのような依頼をされるのですぅ?」
「私は冒険者だ。これを……」
除名勧告処分も視野に入れるうんぬんと書いてある通告書を広げると目を丸くして驚かれる。わかる。なぜなら私はビジネススーツ姿だ。依頼を持ち込んだホテル王にしか見えない。
「ほ…ホテル王さんは冒険者さんだったんですぅ?」
「ホテルは副業のつもりだ。あるだろう、副業が好調なせいで本業を忘れてしまうこと」
「ホテル王までたどり着いたなら冒険者さんは引退してもいいと思うのですが」
中々キレのある指摘だ。
だが私は冒険者を降りるつもりはない。もうずっと昔の話だ。夢や希望なんて言葉も知らない貧民窟のクソガキに未来を語ってくれた女の子がいた。彼女の指し示した夢が冒険者だった。私は今もあの時の興奮を覚えている。
「私は冒険者として成功したい。この通告書にはC級の依頼を受けろとあるが、B級でも構わないか?」
「問題ないのですぅ」
「ルー、この近辺でのよい依頼を見繕っ」
ふと口にしたルーという名詞が私の中で複雑な味をもたらした。甘い悲嘆の味わい。そういえばパン屋の彼女はどうなっただろうか?
クラウスやアーデンも他のみんなも、色んな人を置き捨ててきた……
「どうしたのですぅ?」
「何でもない。討伐系か採集系がいい、B級の報酬のよいものを頼めるだろうか?」
「シェーファさんのお仲間は……? Bランクの討伐依頼は本来B級数名で受けるのを適正としているのですぅ」
「承知している。私はソロでコモンランクまで来た男だぞ」
「わかりました、では……」
B級の討伐依頼を五つ提示されたのですべてを受ける。なるべく一ヵ月以内に終わらせてほしいと頼まれたがそこまで時間をかける気はない。今日一日で終わらせる。
冒険者ギルドの後はニコラ・キャトレット商会で装備を整える。冒険者グッズならイース商会に勝るものはいないが、なんとなく忌避感がある。
ニコラ商会は創業160年の歴史を持つ老舗鍛冶屋だ。自前の工房で生産する品質のよい武具を販売することで有名な、海外にも支店を持つ有名店。ここはその本店。四代目ブレードマイスター・エドゥアルド・キャトレットの作品を買えるのはここだけだ。
金はある。だが未だ成長期にある私は金属製の防具よりも柔軟性の高い革鎧のほうが長く使える。
ただ革鎧の柔軟性は防御性能に大きく寄与するため体に合う物にこまめに買い替えるべきだ。ガーランドの口癖であったが金で買える安全は買っておけという奴だ。
オーダーメイドがよいのだが身長が152の私はまだまだ伸びる。今回は急場しのぎの安物で手を打つとしよう。といってもこの身長では選べる防具も少ないのだが。
「飛竜程度の素材に合わせて防具を見繕ってくれ。靴はサンダルでいい」
「武器は聖銀のロングソード。投げ刀子も付けてくれ、こっちは使い捨てにできるものでいい」
「収納性能の高い背嚢もくれ。アンチドーテもセットで。スタミナポーションと治癒のポーションも三つずつ」
金貨200枚の詰まった革袋を手に店員にあれこれと言いつけて用意させる。
一人前の戦士たるもの武装は己の目で見て判断するものだ。武装はこの命をあずける相棒だ。他人から用意された相棒に命など任せられるものか。だが任せたからには理由がある。
しばらくの後店員が品をかき集めてきた。防具は試着して合わせ、問題のないことを確認してから商談に入る。
こういった店において店員の目利きに任せる愚か者は、売れ残りを掴まされるカモ扱いを受けるものだ。現実に私は11才の少年で高級なスーツを着ている。じつにいいカモに見えるにちがいない。
「いくらだ?」
「182ユーベルと28ギルダにございます」
「馬鹿かお前は」
ニコニコしていた店員の表情にヒビ割れが入る。
「こんな二級品と埃をかぶっていた物を拭いただけの劣化品が182ユーベル? 良い品を作らず詐欺ばかり働くとはニコラ商会も落ちたものだな」
「ええと……」
「この革鎧だがどこで保管していた。繊維が劣化していて使い物にならない。これならアイアンボアの毛皮のほうがよほど頑丈だぞ。それとこの聖銀剣だが聖銀の純度がかなり低いな?」
「そのぅ、鎧は別の物をお持ちします。聖銀剣についてはお客様の体では重い物は扱いにくいかと。ご存知かと思われますが聖銀装備と呼ばれるものは聖銀の比率が20~38%の物を指す用語です。それ以上の配合比では純聖銀と呼ばれ……」
「合金なのは承知している。だがこいつは貴族の子弟用に作られたイミテーションだろう? ニコラ商会は冒険者に何の説明もなく非実用武器を掴ませるのか?」
「ええとぉ……」
私が掴まされた聖銀剣は峰の部分に世界樹を用い、聖銀とサビーラ鋼2:8の比率の刃を付けた軽量武器だ。軽くて頑丈。貴族の子弟あたりが好んで携帯する武器だ。だが激戦と連戦をわたり歩く冒険者が求める水準には達していない。冒険者が求める武器とは刃が潰れても鈍器として使える重量武器なのだ。
「峰に刻まれた精緻な文様に何の意味がある! 着飾った武器などゴミだ。武器は使えてこそ美しいのだろうが!」
「おっしゃるとおりです!」
はい陥落。ちょろいな。ホテルにゆすりたかりに来る東方移民街のゴロツキのほうがよほど根性が据わっていたぞ。
私は事前に目をつけていた装備をサッと揃えて店員に突き出す。駆け引きのコツはスピード感だ。冷静な判断をさせる時間を与えてはならないとガーランドも言っていた!
ずっしりと重みのある聖銀の剣のみ。買うのは最初から目星をつけていたこれのみだ。
「これを貰おう」
「ひゃ、150ユーベルになります」
「はぁ~~~恥の上塗りだな。君は自らの置かれた立場を理解しているのか? あぁいい下手ないいわけをする必要はない。それが適正な値段であることは理解している」
「…………」
「君にも生活がある。もしかしたら妻がいて子がいるかもしれない。妻子を養うために働いている、じつに立派な男だ。まっとうな人生、まっとうな暮らし、じつに素晴らしい。君は己自身を誇るべきだ。……詐欺を働く前だったならな?」
「…………そのぅ、じつは145ユーベルでもよいのではないかと考えているのですが」
「そういえば名乗り忘れていたな。私はこういう者だ」
「ぎっ、銀狼ホテルサプライヤーCEO! 突如財界に現れたという東方移民街の雄!? まさかあなた様が……」
「まけろなんてせこい話はしていないんだ」
している。むしろそういう話しかしていない。
「ただこの商談は破談となり、私はここで起きた出来事を方々でしゃべるだけなのだ。ニコラ商会で廃棄寸前のゴミばかり掴まされそうになったという事実を。そして私の宿を利用している方々は商人と冒険者だ。私には私の顧客をこの悪質な店から守る義務がある、ただそれだけのことだ」
「…………」
「私は悪魔でも天使でもない。ただあなたに騙されそうになった顧客なのだ、それだけは覚えておいてほしい。君の名は覚えておくよ、ではな」
「待ってください! この剣を120ユーベルでお譲りします。どうか、どうか当店の悪評を流すのだけはおやめください!」
「何度も言っているがそんな話はしていない。この一件であなたがクビになろうがそれは自業自得というものだろう!」
この後数度のやりとりがあり……
その頃には店員の心がぽっきり折れた。泣きすがる店員の肩に触れ……
「君の熱意には私も心打たれた。改心してくれるんだね?」
「はい、もう二度とお客様を騙すようなあこぎな商売はしません……」
「その言葉が聞きたかったんだ。これからはまっとうな商売人としてお客様に尽くし、妻子に誇れる男でいてくれるだろうね?」
「はい、立派な商人になります」
「わかった。私も男だ、君との和解の証としてこの聖銀剣を他ならぬ君の手から買おうじゃないか」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
私は彼の手にそっと金貨百枚が詰まった革袋を載せた。三分の二か、悪くない儲けだ。
この後しばらく銀狼ホテルサプライヤーの社長は義理人情に篤い男の中の男だというわけのわからない噂が流れたが、本当に意味がわからなかった。
あとで冷静に考えれば交渉術だと気づくと思うのだがな……
◇◇◇◇◇◇
狙い通り聖銀剣を手に入れた私は戦闘用の衣類を東方移民街で揃えた。ここは品物が安い。毒性に強く柔軟性に優れた衣類であれば何でもいいというのが本音だ。
軽くストレッチをしてから依頼へと旅立つ。七割程度のちからでのランニングだ。
スキル疲労回復Aホルダーはこの程度の筋肉負荷なら瞬時に再生する。理屈の上では永遠に走っていられる。
しかしこのスキルを持つ者は総じて大食らいだ。スキルが回復の対価として大食を求めている。……文字通り金のかかる身というわけだ。
B級討伐依頼五件を終えるのはちょうど明け方までかかった。夜は魔物の世界だ。途中で余計な戦闘を挟まざるを得ず、多少の時間がかかった。
朝一で冒険者ギルドへと行き、換金する。
「……五件とも昨日の今日でもう終わらせてきたのですぅ?」
「確認してくれ」
討伐の証となる魔物の指定素材を渡し、報酬を受け取る。248ギルダであった。大満足だ。かつてたった三枚の銀貨を手に入れるのにあれほど苦労していた私がたった一晩でこれだけの銀貨を稼げるようになったのだ。そう思えばじつに感慨深い。余計なことは忘れろ。
「やはり労働で手にするかねはよいな」
「ホテル王さんからしたら本当に微々たるものだと思うのですが……」
「次の依頼を紹介してくれ」
「えええぇぇ~~~たった今王都に戻ってきたばかりと聞いた気がするのですが……」
「私の身を案じてくれてありがとう。だが心配はいらない、私なら一週間やそこいら不眠不休でも動ける。ルー、君はどうしてそんなやばい奴を見る目をするんだ? 傭兵なら一週間やそこいら戦うのはよくあることではないか」
「……それ負け戦の残党狩りに遭ってる時だけだと思うのですぅ。一週間徹夜が当たり前ではなくて普通その間に死んじゃうと思うですぅ」
そういう見方もあるか。
ルーは働き者なだけではなくて私とはちがう視点を持つ少女であるようだ。話していて何かと気づきが多い。人は人にとって宝物であるとは誰の言葉だっただろうか?
「やっぱりホテル王さんまで成り上がる方は常人とはどこかちがうのですぅ。では次は……少し遠くても?」
「構わない。私の足はどんな軍用騎獣よりも早いからね」
「……ホテル王さんなのにガチマラソンしてるのです? 騎獣は?」
「最近たるんでいたから錆び落としに鍛錬をメインに活動しようと思う」
受付嬢たちからどよめきが起きる。
どうして皆はそんな恐ろしい怪物を見るような目つきを……
今回は東のビルゲイン山脈方面の依頼を17つ引き受けた。討伐依頼が14、採集が3。採集に関しては知らない希少薬草だったので図鑑で確認してから出発。これが明け方までかかった。
「やあルー、次の依頼はないかい?」
「……え、あの量を一日で? ……本当に終わってるのですぅ。地元の猟師でも年に一度採集できるかどうかっていうマナリア火炎花まで……」
真面目に依頼をこなしていると他の受付嬢からの評価も変わる。どうやら私は使える男だと判断されたようだ。色々な依頼を頼まれるようになった。
冒険者業再開から七日が経った頃、一人の変な女の登場により、順風満帆に思われた王都での日々に初めての影が差した。
◇◇◇◇◇◇
真夏のとある夜。いつものようにギルドに顔を出し、報酬を受け取っての帰路にその女が現れた。
「へえ、キミが噂のホテル王くんなんだ!」
絹糸のように細やかな亜麻色の三つ編みと強烈な陽気を思わせる鳶色の瞳の、とても美しい女だ。だが不愉快なまでに心がざわめく。
市井でよく見かけるストレートパンツとワイシャツ姿であるが王侯であることは一見して見て取れた。彼女の何気ない所作は王宮で見かけるものだ。……この不愉快さはそこから来るものではなかった。
街中で化け物を見かければ誰だって平静ではいられない。この女はそういう類の化け物だ。
私のよく知る情欲に塗れた目をしながら、女が舌なめずりする。
「あたしカトリーエイルっていうの! よかったら一緒に冒険しない?」
「私は誰ともつるまない」
「そんなこと言わずに! 一回だけでいいから!」
肩を掴まれただけで一瞬で力量差をわからされたぞ!?
何なんだこのパワーは!? 以前一度だけ遭遇したオーガキングでもここまでの絶望的なパワー差はなかったのだがな……
「では正直に言うぞ」
「え、その前置きは怖いんだけど。あたしあんまりハート強くないほうなんだけど?」
「お前のような女は大嫌いだ」
いや普通にへこまれると私もいやな気分になるのだがな。
だがこの女を見た瞬間に噴き出した感情を否定しない。陰陽のちがいこそあれ、この女を見た瞬間に思ったのはクラリス様に似た印象であった。私は私の直感を信じる。この女は私にとって凶兆とも呼ぶべき存在になり得る。
去り際に、女が残した不吉な一言はどうにも気になるものだった。
「……一番いいのはさ、あたしの庇護下にある形だと思ったんだけどね」
この二日後、私の経営するギルド近くの宿で最初の事件が起きた。
守銭奴92→92%
装備:聖銀のブロードソード(200金貨) 木綿のワイシャツ(2銀貨) ランタインの足履き(2銀貨) エリスの編みサンダル(5銀貨)
所持金:約1920金貨
総資産:大型ホテル6軒 中型ホテル12軒 ホテル8軒 40万金貨(未受け取り)