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番外編 追放者たちの凱歌02

 暴虐の砂嵐の中では何者も抗えない。吹き付ける砂風を浴びてカラカラに乾いた死体に変貌する連中を横目に見ながら嵐の海を渡り往く。風に巻き上げられて空中で圧殺される者もいる。


 怯えて逃げる者どもの運命も変わらない。死だ、あれは死の風だ。


 だが砂の魔獣の権能といえど限界はある。この嵐のすべてを制御できるのならイルスローゼ艦隊は一瞬で潰されているはずだ。だがそうではなかった。


 死の砂嵐は見た目こそ派手だが私の魔腕のように制御できる数に限りがある。なれば斬り抜けることもできよう。


 イルドキアから圧倒的な害意が放たれている。この砂嵐のすべてを覆い尽くす強烈な思念だ。だが思念の中にも量的高低がある。これを読み解けばいいだけだ。すべてを掻い潜り喉笛に食らいついてやるだけだ。


 あぁ毒花の声がする。


『本当に行くの? 死んじゃうかもしれないのだけど……?』

 貴女の望みは私の死であるはずだ。


『あれには勝てない。その理由わからないわけじゃないでしょ?』

 わかっている。未だ神化の使えぬ私に勝てる道理はない。


 砂の魔獣は正しく神獣とも呼ぶべき存在だ。奴隷兵から奪ったカトラスで傷つけられるとは考えてもいない。


『……困ったラ・チェンダ。ならあちらへ往きなさい、砂の密度が薄い、きっと何かやっている方々がいるのだわ』

「クラリス様、貴女はどうして……」


 何が望みだ。何がために私に纏わりつく。亡霊となってまでどうして私に固執する。どうして……私に手を貸そうとする……


 砂嵐を蹴って空を蹴ってイルドキアを目指す。身を引き裂かれそうな嵐の中で、この頂点に座す支配者を目指して―――



◆◆◆◆◆◆ 



 戦場を支配する砂の支配者は砂嵐の上から海を這う虫けらどもを見下ろす。帆船の帆は折れ砕け、不規則な風に煽られた波に絡まれ操舵不能。


 万の兵員を積んだ艦隊といえどこうなってしまえば四肢をもがれたアリも同じ。砂の大巨人の腕を振り下ろすだけで簡単につぶせる。


 海面から撃ち放たれる魔法光弾は意味を為さない。億や兆という数の砂のカーテンに絡め取られてあっさりと失墜するだけ。飛翔魔法に意味はない。砂嵐の権能の前では翼に何の意味がある?


 問題があるとすれば持ち込んだ文庫の読み返しが三周目に突入したくらいだ。

 砂のイルドキアは文庫本を閉じ、早すぎる結論を出す。


「こんなものか。あっけないねイルスローゼ」


 人がアリの巣を弄ぶように簡単に終わる数多の命だ。これら人々に敬意はない。そんなものを持てるはずがない。砂のイルドキアにとって人は少しばかりちからを入れて触れれば壊れる人形のようなものだ。


 砂嵐の中には中々頑張っている奴らもいる。どうにかしてイルドキアまで届き、一矢を食らわせようともがいている連中だ。不可思議な歩法で空を踏んでいる奴もいる。……無駄だ。無意味だ。哀れでさえある。何をしたところでこのイルドキアは倒せないというのに。


 勇敢な連中は放置する。イルドキアの意識は戦場から逃げようとするイルスローゼ艦隊にある。残りは七隻。それが済んだら遊んであげよう。……そういう気分でいたイルドキアの肉体を七条のビーム砲弾が貫いていった。


 粒子を解いて肉体を粉末状まで細分化しているイルドキアには何らダメージはなかったが、攻撃が届いたという事実が彼の誇りに触れた。


 砂嵐の中から光鳥がやってくる。美しく輝く光鳥が十字架のような光を撒いて一直線にやってきた。すれちがいの一瞬で胸を切断されたが痛みはない。だが反応できない速度だった。


 光鳥が停止する。太陽を背にするそれは艶やかな黒髪をなびかせる貫頭衣の麗人であった。一目で嫌な顔つきをしていると感じた。傲岸不遜な自信に満ちたその顔つきはどこか兄イルドシャーンを思わせるからだ。


「砂のイルドキアとお見受けする」

「うん、合っているよ。あなたは?」


「我が名はナルシス、太陽の王子である!」

「へえ、太陽の王子は単騎駆けをするのか。まさか俺に勝つつもり?」

「天に輝くストラの現身がある限り、太陽に敗北はない!」


 現れたのは性格がねじくれ曲がっていると評判の太陽のナルシスであった。万能の天才と謳われてできないことはボランティアくらいだと評判の快男児だ。となれば……


 イルドキアが突然の激痛に身をよじる。全身の神経という神経に針を突き入れられたような強烈な痛みの後に―――


「があああああああああああッ!」


 心臓を杭で打たれる痛みが。火刑台で処される痛みが。頭蓋骨を丁寧に割られて脳を取り出される恐怖が。無限にも等しい痛みが一瞬に濃縮され、イルドキアへと与えられた。


 この不可思議な痛みの原因を探ればアルステルム市の頂上に何者かがいる。聖銀で作られたドーム形状の都市の天井に、齢十を数える年頃の少女と六人の僧兵の姿。


 その姿を見た瞬間にイルドキアは戦慄した。己に勝るとも劣らぬ強大な魔法力があの少女から放たれている。


 ナルシスも強大な存在だがあの少女は別格だ。

 神秘的な少女が再び神聖法術を唱え始める。


「≪命の輝きを悉く簒奪せよ!≫」


 邪悪な想念が収束していく。

 変換されていく魔法力の総量が桁違いだ。超位階の魔導師数十名分という魔法力が憎悪の形へと変質していく。あれを食らうのは危険だ。防御行動に頓着のないイルドキアが瞬時に移動を試みるほどに。


 だが詠唱を終えるほうが早い。


「≪生命の喜びを悉く奪え 死人よ謳えその苦しみがいかなるかを 汝らの痛みを束ね我が敵に差し出せ! 憎め、憎め、憎め、憎悪の歌を解き放ち、生者の悉くを食らい尽くすのだッ! アシェラの名において命じる、砂の魔獣ザナルガンドよ再び冥府に帰るがよい! 連死想カラバ!≫」

「当たるか!」


 解き放たれた夜色の極光をイルドキアが空中三段ジャンプで回避。……よけたぞ? 完全に必殺のタイミングだったのにちんたら詠唱したものだからよけちゃったぞ。


 アルステルム市直上から夜の魔王の必殺魔法を放ったアシェラの巫女と思しき少女が呆然。周りを囲む悪徳信徒たちも頭を抱えている。


「え、本気で?」

「悠長に詠唱なんてするから……」

「アシェラ様、今からものすごい事実をお伝えしますね。今のが最大の好機でした」

「わかってるよ、ボクだってわかってるけど外したものは仕方ないじゃないか!」

「開き直るのはおやめください!」


「……囮をやってやった私の立つ瀬もないな」


 ナルシスがものすごいため息をついてる。


 冷や汗掻いてるイルドキアが気を取り直し、嵐のフィールドを広域形成する。今度はこの海域とアルステルム市を覆う巨大な嵐だ。


「アシェラの巫女と悪徳信徒か。来るとは聞いていたけど早かったな」


 イルドキアの肉体がさらさらと砂に解けていく。再形成した嵐のフィールド全域に砂の権能を散らしていく。こうなってしまえば何者もイルドキアを傷つけることはできない。嵐風と共に舞い散る粒子の一つを狙い撃ったとてイルドキアには爪一つ分のダメージにさえならない。


 最大展開した嵐のフィールドの中ではナルシスも悪徳信徒も吹き飛ばされないように堪えるしかない。

 彼らは確かに大きな好機を逃したのだ。この先には何の希望もないほどの千載一遇の好機を……



◆◆◆◆◆◆ 



 イルドキアが行った嵐のフィールドの再形成、これにより思わぬ好機を手にした者がいる。

 吹き荒れる強風に邪魔をされて嵐の内部を進みあぐねていたシェーファだ。


「風が止んだ」


『わたくしのラ・チェンダッ、今この一瞬は万金に値するわ。グリードブレイサーで飛びなさい!』

「私に指図するな!」


 靴が傷むから嫌なのだがな!


 魔腕を足場に急上昇させる。広大な嵐のフィールドの中心部は無風。そこに本来いるはずのイルドキアの姿はない。


『粒子への支配権限で自らの肉体を砂化したのね。まったく世界は広いわね、わたくし達ドルジア皇族から見ても異常よ!』

 口うるさい亡霊だ。死人に口なしとはとんだ嘘っぱちだったな。


 竜の脈動を感じる。私の中に眠る神竜レスカのちからが砂のザナルガンドを討てと叫び出す。……因縁の相手というわけか。


 身の内から溢れ出す魔法力を留め置くすべはない。だからすべて解き放ってしまえばいい。


「≪邪悪なる蛇の王、汝が名はリューエル この世で最もちからある蛇の王≫」


 私から溢れだした凍結のイバラが嵐のフィールドを侵食する―――

 最大の出力。最大の解放感。極限の凍結の秘術を解き放つ。これほどのちからを放出するのは快感だ。


 どれほどのちからを放出しても毛ほども疲労がない。無限のちからとつながって、私はいま世界の根源領域に触れている。


「≪今より此処は永遠の冬の領域 今より汝は永遠の冬の虜 さあ蛇の王が舞い降りる≫」


 確かな手応えを握りしめる。嵐のフィールドの支配権を奪い取り凍結のフィールドへと変換した。背筋を這い上がる快感に笑みを抑えきれない。いま私はダージェイルの大魔ザナルガンドに王手を掛けているのだ。


 我が全身が白銀の発光し始める。ちからが溢れ出していく―――


『ええ、それでいいのよラ・チェンダ。解き放ちなさい、わたくしども竜の王の末裔こそがこの世を統べるのだと知らしめるの!』


「≪降臨せよ! 神蛇召喚(リューエル)!≫」


 それは水晶の蛇だった。巨大な水晶蛇が凍りついた嵐を駆け上がっていく。触れるすべてが砕けて氷片へと変わる。何者も抗えない。

 ここに神話は蘇った。魔法というちからの根源である神々の召喚はここに成った。


 遥かな頭上では巨大な黄金の獅子ザナルガンドと蛇の王リューエルが互いを滅し合うがごとくちからを撒き散らす。煌めく光と衝撃が波となって押し寄せてくる。


 凄まじい戦いだが見惚れるほどに美しい。遥かな昔人間はこうして神々の戦いを見上げていたのだと思うほどに。


 背後に魔力波長。瞬時に人間形をとったイルドキアが手刀で打ちかかってきた。消耗しているのかそこまでの速さではない。背後を取った油断か?


 背面蹴りで胸板を打ちぬいてやると咳をしながら距離を取られた。追撃に走ったが砂の巨人三体のぶん回す腕に防がれ―――いや好機だ。無理を押しても追撃に走る。


 刹那の攻防のあと、私は砂のイルドキアの首を掴む。いつなりと殺せる形だ。

 吠えるだけが取り得の冒険者なら無茶もするがイルドキアは王族だ。話せばわかる。状況判断もできる。ならばこれで十分だ。


 彼は両手をあげて降参を示した。


「まいった。強いな君は」

「あなたもな」


 社交辞令はここまで。


「イルスローゼは砂のイルドキアの首に金二十万枚の懸賞金を懸けている。私はこれを安いと考えている」

「たしかに安いな。俺が言うのもおかしいが俺なら倍は出す」


 ほお、やはりジベール王家はイカレてるな。


「いつ受け取れる?」

「イス・ファルカはいつでも君の来訪を歓迎する。できればイルスローゼの娯楽書籍なんかも持ってくるといい。倍の値段で買い取ろう」


 思わずハグしてしまった。


「砂のイルドキア、あなたは偉大なる敵であり良い友達になりそうだ」

「は…ははは、現金な奴だね君は。え~~~と?」


「シェーファだ。祖国では銀の狼という」

「シェーファ、良き付き合いになることを願っているよ。君はたぶん俺の苦手なタイプだ。じゃあそういう事で」


 イルドキアは肉体を砂に変じて去っていった。

 頭上で激突する水晶蛇と黄金の獅子の決戦も黄金の獅子ザナルガンドが退くことで決着が着いた。では演劇をするか。


 私は凍結のフィールドを解除し、剣を掲げて叫ぶ!


「砂のイルドキアは銀狼シェーファが撃退したぞ! イルスローゼに栄光あれ!」


 ジベールの大艦隊がフェニキア沖から逃げ出していく。

 イルスローゼ側に追撃の手はない。艦隊の被害は甚大であるし何よりアルステルム市内ではジベール軍残党との戦いが続いている。


 私はゆうゆうと帰還する偉大なる敵の無事の帰国を祈った。あとで40万ユーベルくれる最高の友達だからだ。


 ウェンドール801年2月の海戦はアルステルム市北上3海里の地点で両軍が衝突。フェニキア総督軍は終始劣勢を強いられたが開戦から二日後、ジベール王国総大将イルドキア・イス・ザナルガンドの敗走により決着が着く。


 砂のイルドキアの無敗神話に初めて土をつけた冒険者シェーファは蒼海騎士団艦隊司令付き一等魔導官ナルシス・イルスローゼ直々にお褒めの言葉を賜り、恩賞として聖双剣十字勲章(年30ユーベルの年金付き)と800ユーベルを頂戴する。


 ローゼンパームへの帰路にある軍艦の中で私はニヤニヤを止められなかった。

 


◇◇◇◇◇◇



「砂のイルドキアは銀狼シェーファが撃退したぞ! イルスローゼに栄光あれ!」


 青天の空の下、砂の魔獣ザナルガンドを撃退した若き勇者が剣を掲げる。その雄々しい姿は戦神もかくやというもので、誰もが目を見開いて勇者を見あげた。


「砂のイルドキアを倒した……?」

「ジベールが引き上げていくぞ! 俺達は勝ったんだ!」


「銀狼シェーファ、聞かない名だ」

「そんなのはどうでもいい! 歓声だ! 俺達の英雄を歓声で迎えるんだ!」

「シェーファだ!」

「戦神レイザーの愛し子シェーファ! 新しい英雄だ!」


 感動に打ち震える戦士達が海上から、市内から、シェーファの名を呼び続ける。

 戦火に見舞われた無辜の人々もまた勇者の名を胸に刻み付け、感謝の言葉と共にその名を口にする。


 ザナルガンドとリューエルの激突がために一旦戦線離脱していたナルシスと肩を組んで並び立つ美しき銀狼の姿は神話の英雄であるかのようだ。


 あの眩いばかりの光景を、アルステルム市の聖銀のドームの上から見下ろす女神アシェラは興味深そうに目をまたたかせている。


「すごいなあいつ、人の身でザナルガンドを降すかよ……」


 素直に賞賛する。隙を突いた形とはいえ大戦果だ。何しろアシェラは同じ状況で外した。

 仕方ないことだ。神殿に引きこもって陰謀たくらんでる女神が超位階の戦士たちのスピードについていけるはずがない。何より依り代とした悪徳信徒ファティマ・エントアの肉体との同調が思わしくなかった。夜の魔王の秘術に耐え切れず拒絶反応が起きたのだ。


「まさかザナルガンドを降すとはな。いったいどのようなスキル構成やら……、ッッ!?」


 悪徳信徒ラケスが鑑定眼が発動させるが不発。右目が焼けるような痛みを放った。


「やめておいた方がいい。王竜の加護を起動している状態のSSホルダーに鑑定なんて逆に呪殺されかねないよ」

「ご助言ありがたく。先に仰ってくださればこのような……」

「ごめんよ」


 軽く笑いながら女神がシェーファのスキル構成を明かす。類まれなる構成だ。おそらくは数百年に一人現れるか否かという逸材。これを悪徳信徒ふうに直せば見逃すのは惜しいだ。


「油断した頃を狙いますか?」

「いやいやせっかく助けてもらったんだ。ここは素直に英雄殿の前途を祈ろうじゃないか」


 女神の神託は下された。あの者は生かしたまま帰す。

 フェニキアは砂漠の民だ。復讐は必ず成し遂げるが受けた恩も必ず返す。この少しばかり粘着質な性質は古くからこの地に住まう女神の御心に沿うものなのかもしれない。


(……あの綺麗な銀髪の彼も気になるけどね。もっと気になるのは彼に張り付いている魔女のほうだな。一応アシェルにも様子を見るにように言いつけておくか)


 鑑定のアシェラの真実を射抜く眼には、眩いばかりの英雄の肩に張り付いた美貌の毒婦の亡霊がとても忌まわしいものに見えた。彼という存在に大きな傷を与えかねないと案じてしまうほどだ。

 守銭奴87%→88%

 装備:飛竜革の鎧(12金貨相当) 巨兎の毛皮(6銀貨相当-破損) 飛竜革の具足(7金貨相当) 聖銀の片手剣(98金貨-破損) 飛竜革のブーツ(4金貨相当-破損)

 所持金:約809金貨

 総資産:40万金貨(未受け取り)


 恐ろしいミスを発見したので訂正。

 ジベールの宝石貨幣1ダイヤは50ユーベル相当です。

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