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フォーチュン・アーテリアル

 やべーストーカー疑惑の馬車オーナーが騎士団に連行されていく。


「離せー、俺は無実だぁー!」

「無実かどうかは調べればわかる。大人しくしろ!」


「隊長、こいつ付きまといで有名な変質者です。先月は六度も通報がきて今月あたり何かやらかしそうだと噂の!」

「なんでそんな奴を先月の間に捕まえておかなかったんだ」


「俺はまだ何もしてない! 官憲の横暴だ!」

「何かやらかしてからじゃ遅いだろうが。余罪がありそうだな、徹底的に痛めつけろ!」


 馬車オーナーのナルドさんが塀の中に連行されていった。どうも本当にストーカーだったみたいですねえ。

 やべー奴は普段の言動からもやばさがにじみ出ているもんだ。あいつかなりアウトだったよね。


 出発そうそうに馬車を失った我々は市街地と農村部をつなぐ正門を出て作戦会議。まずはベティから提案が出てくる。


「ハゲ、みんなの乗り物ベティ子さんをお忘れじゃないかい?」

「そうだったな。ベティ、お前はアルルカンと合流してフェイを連れてくるように言ってくれ」

「えっっ!?」


「その後は宿で待機な。暇だったらベルクス君のお手伝いでもしてていいぞ」

「えっっ!?」


 ベティの驚愕は昨年ホームラン王に輝いたにも関わらず年俸を二千万減らされた二塁手のような顔である。何だか悪いことしたみたいな気分になるなあ。


「……戦力外通告?」

「お前はスタメンです」


 下手したらリリウス君より上位のスターティングメンバーだったりする。タイマンなら絶対負けないけどアビリティのラインナップが強力すぎる。


「じゃあ不当解雇?」

「解雇でもない」

「嫉妬か?」

「マジで解雇すんぞてめえ。調子悪そうだからローゼンパームに戻れってんだ」

「大丈夫なのに……」


 ベティが不満そうに去っていった。

 何やらみなさんから非難の目線が……ひどくね? ずっと鼻水ズーズーやってる奴なんか連れていけるか。


「アルケンメディス、ママが可哀想だろ」

「誰がアルケンメディスやねん。大砂海育ちのあいつにこの寒さはきつい。あいつは無理しちゃう頑張り屋だからこっちから早めに切り出してやるほうがいいの」

「きゃんきゃん!」


 愛犬サリ公がうるせえ。なんて言ってるんですか?


「突然リーダーぶりやがって困惑する。もっとボケろ、で滑れって言ってるぞ」

「カトリ」

「はいほい」


 カトリがサリ公の前脚を摘まんで俺らはお腹をつっついてやる。サリ公がくすぐったそうにジタバタ暴れてるぜ。この罰ゲーム誰も損しないな。


 このあと農村のおっちゃんを雇って馬車で隣の町まで連れてってもらう運びとなった。


 舗装は大昔にされてても整備のされてねえ街道の旅は大変なストレスを伴う。主にケツへのダメージな意味で。

 サスの存在しない旧時代の遺物ともいうべき馬車は小さな石ころ一つで大きく揺れ、積み重なるダメージでケツが痛え。伯爵ー、早くサスペンションを市販してくれー!


「ケツ論、ケツが痛え」

「ケツの話はやめてくれ。ベティを使えないとわかっていればクッションを用意したんだが……」


 サリ公だけシェーファの膝の上で安穏とあくびをしているのだった。サリ公マジ卑怯。いつまで犬化してるんだって聞いたら人化すると寒いからいやなんだってさ。卑怯。


 俺らは冒険者だしこの手の粗悪な旅は慣れたもんだが今回はアルテナ様がいるから申し訳ないぜ……


「お気になさらぬよう。わたくしこれでも旅慣れているのですよ?」

「へえ、意外ですね」

「そうかもしれませんね。昔々の大昔、何日も歩き通したこともありました。こんなふうにたまに旅人の馬車に乗せてもらうこともありました。旅は好きです、まだ見ぬ何かに出会えるから」


「……アルテナ神よ、あなたのような主神クラスの女神がそこいらをうろうろしているのはよくあることなのか?」

「さてディアナ様ならばあちこちを旅しているでしょうが他の方々のことはよくわからないの」


 アルテナ様が旅の思い出を語る。姿が見えないのをいいことに馬車の端っこに乗せてもらったり、旅の途中で足を折った馬の怪我を癒したり。流行り病に汚染された村に偶然立ち寄り法力で癒したのをきっかけに長く逗留することになったり。


 そういう思い出話を聞いているとシェーファが何かを思い出したようだ。


「そうか、フォーチュン・アーテリアル。彷徨える光の聖者の物語か」

「なんだそれ?」

「古いフォークロアだ。大筋は姿の見えない聖者が癒しを与えて回るというストーリーで、癒しを与えられた者の中には主に子供だが光に包まれた聖者の姿が見えたという勧善懲悪的な民話をまとめたものなんだ」


 はて、癒しを与える聖者のお話なのに勧善懲悪とはいったい?


「それ悪をどうやって懲らしめるんだ?」

「悪い奴だけ病気に苦しみ続けるんだ」


 なるほど、みんな元気になったのに悪い奴だけ癒しを与えられないのか。たしかに勧善懲悪してるわ。


 シェーファの話によればアルテナ様の思い出話はそうした民間伝承と酷似しているようだ。幸運をもたらす光の伝承。やっぱりご本人かな?


「他の方ではないでしょうか?」

「幸運が訪れる度に対価のように納屋のニンジンが減っていたというが?」


 アルテナ様がサッと顔をそむけた。荷台に載ってたニンジンをかじってる女神様には心当たりがあるらしい。やっぱりご本人ですねえ。


 馬車がのんびり進んでいく。隣の鉱山町に着いたのはちょうど夕方頃である。



◇◇◇◇◇◇



 王都アノンテンから南西に20キロ。険しい谷底の町フリッグは夕方を迎えて一日の終わりを知る。暮れ往く空を見上げて仕事の手を止め、腰をあげて家へと帰るのだ。


 労働者で溢れかえっている場末の酒場で作戦会議してると、給仕娘のねーちゃんが声をかけてきた。


「どんな集まりだい?」

「野鳥を観察する会ですよ」


 メンバーが異色すぎてとうとう冒険者にも見られなくなった。いやいやラノア師が原因じゃわい。


 給仕娘の興味を適当にいなして作戦会議する。

 カトリがトライデントの支部から貰ってきた地図を広げて……


「ここがアノンテンで、こっちのがこの町じゃん」

「ふんふん」

「でぇー」


 スーッと指が真下に下がっていく。三日月というか太ったナスみたいなベイグラントの大地をスーッと下がって南の方。ここら辺が大きく丸に覆われている。


「この辺りが最前線」

「超アバウト」


 だいぶ大雑把にエリアをまるっと最前線にしてるな。何百キロ平方あるの? ここのどこに行けばラストに会えるの?


 それとは関係ないけど地図の南東にちょこっとイルスローゼの国土が見切れてる。ドワーフの第六本陣ってこの辺りなのかー。獣の聖域のあるアヴァロン島も見切れてるな。


 ベイグラント大陸とアヴァロン島の間にある海峡にはこういう名前が付けられている。

 竜の谷。


 俺はいやな予感を抑え込みながら自前の地図を取り出して見比べる。……古代の地下都市リーンスタップの位置が完全に竜の谷のド真ん中なんですが。


 これにラノア師が興味を示した。


「精巧な地図ですね、どこで手に入れた物なんですか?」

「古代魔法文明期の世界地図ですよ。入手経路は秘密です」


 秘密ってのは知られたくないから秘密なんだ。でも秘密って言葉には誘惑する魔力でもあるみたいに人を引き付ける。頭の良い人ほどね。


「アロンダイク装備をお持ちの方々です。さして不思議とは思いませんし当然の措置でしょう。秘密を探ろうなんて気はありませんよ」

「そりゃどうも」


 ラノア師は個人的にはいい人だと思うけど異物感がある。彼は俺の仲間ではない。今この一瞬だけ一緒にいるだけの人にあけすけにしゃべる気にもなれない。


 本題に戻ろう。まずはラストと合流するだけでいい。作戦会議の進行をシェーファが引き継いでくれるらしい。


「この中にベイグラントの地理に明るいものは? いないな。では私が行軍計画を指導しよう」

「行軍はなんかちがくね?」

「じゃあピクニックだ」


 国家間紛争の最前線までピクニックに行くわけだ。とんだバーサーカー集団だぜ。


「馬車を調達してこのカルスモータッドまで街道を南下。しかるのち南部最大の都市ウェンディゴまで下る。ウェンディゴで情報収集して再出発だ」

「そのウェンディゴまでは何日かかる?」

「何のトラブルも起きなければ二週間程度」

「どんなトラブルを想定している?」

「君の持ち込むトラブルを予見できる自信はないな」


 うん、さっそくだな。全員を透明化させよう。


 ドバン!とものすごい勢いで酒場に入ってきたルナココアが狂犬のような目であちこち見渡している。完全に騎士団の強硬突入です!


 ルナココアは血に飢えた野犬のように酒場内をうろうろしてたが、しばらくしたら去っていった。


「どうしてわかったと思う? やっぱ千里眼持ちかな?」

「私がそんなトリガーを見逃すものか」

「じゃあ何だよ、まさか野生の勘とでも言う気か?」

「あー、リリウス君たぶんそれ正解だよ」


 野生の勘が人間の領域を突破しているカトリがそう言った。俺らはこの不毛な談義を終わらせるしかなかった。ベイグラントのお姫様は危険な奴しかないの?


 この日は予定を変更して鉱山で野営した。狂犬のうろついてる街中に泊るのは怖いからだ。



◇◇◇◇◇◇



 ラノアはこの少し不思議な冒険者チームに対して並々ならぬ親愛を感じていた。というのも彼らがたまに口にするアルテナ神の御名は、まるで常に主神と共に生きているようではないか。彼らは敬虔な信徒なのだ。


 ラノアとて人間だ。時に欲望に襲われることもある。時に一枚の食パンを二枚にしたいと考えることもあり、この醜い欲望を神の御名を唱えることで抑えている。


 実力に関しても問題ないように思われる。赤薔薇でも実力者で知られるルナココア殿下を問題にしていない。余裕であしらっている。


「我らキャロットオーダーの悲願を彼らになら託せるかもしれない」


 見極めるにはまだ早い。

 ラノアは時が来るを待つつもりだ。彼らがその価値を示し、使命を与えるに相応しいか否かを判断する時を……

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