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旅立ち そして少年は悪魔に出遭った

 拝啓親愛なる姉貴、残暑もほどよく涼しくなったこの頃いかがお過ごしでしょうか。


 わたくしリリウスは大ドルジア帝国領を抜け、一路西進。中央文明圏への旅上におります。

とりあえずの目的はエルフの住むというユークリッド大樹海です。へへ、今まで黙ってたけど俺さ、エルフ萌えなんだ!


 大樹海を目指す旅は順調……とは言い難いよ!


 だってバイアット逃げちゃったもん! 生まれた時から手塩にかけて育ててきた愛馬のバイアットが野性の雌馬追っかけて逃げちゃったもん!


 くそがぁぁあああ! あんなデブの名前なんて付けるんじゃなかった! よくも俺を裏切ったなバイアットめぇええええええええええ! 地図も食料も全部あいつに括りつけてたんだよぉぉぉおお!


 ねえ返して! 地図だけでもいいから返して!

 ここはどこなの!?



 そして俺は現在どこぞの大草原を徒歩で旅している。

途中で遭遇した遊牧民からボッタクリ価格で食料や水を買い求めた時、ついでに道も聞いてみた。


「ユークリッド大森林ってどっち?」

「あっち」


 彼方の山脈を指差すという超大雑把な道案内を信じて歩く事五日、とうとう水も食料も尽きた……


 満天の星空の下、困窮する俺は大草原の向こうに見える明るさに近寄っていった。


 一頭の馬を連れた旅人が野営をしていた。たき火で暖を取りながら今宵の晩ごはんを煮込んでいる最中らしい。驚いたな、俺と同じくらいのガキじゃないか。この草原普通に魔物うろうろしてんすけどね? もしかして冒険者かな?


「旅の御方、どうかお慈悲を……」


 俺は最高に哀れな声で夕飯を恵んでくれるように頼んでみた。


「いやだ」


 即答するなし。


「多少のお金ならあるんです……」

「いくらある?」


 容赦ないなこいつ。銅貨一枚くらいで済まそうと思ったのに。そしてあわよくば平原を抜けるまでついていこうと思ったのに本当にこの世界善人がいねえぜ。……ちょいとケチって銅貨五枚でいいかな?


「話にならないね」

「待った、本当は銀貨を持っている!」


 渋々銀貨を差し出す。人里に着いたら馬を買う必要があるので節約したいんだが背に腹はかえられない。


「ドルジアの通貨か。あそこのコイン混ぜ物が多くて価値低いんだよな……」


 さすが貧乏帝国、他国に出ると評判の悪さが出てくるね。


「おい、三枚なら食わしてやるぞ」

「夕飯一食で三枚はボリすぎだろ」

「じゃあ諦めな」


 こいつ超ムカツク。


 古来よりこんな言葉がある。

 生まれつきの悪人はなく、飢えや貧困が悪を生み出す。俺はこいつを至言だと思っている。


 悪そうな山賊だって元々は普通の男なのだ、だが生活に困って悪事に手を染めた結果その安楽さを覚えて悪党に成り下がるのだ。これは裏返せば最初の一回で済ますと心に決めれば初回くらいオーケーなのではないだろうか?


 姉貴、心の錦を信じていてください。俺は決して悪党には落ちません、ただほんのちょっと困っているので一度だけやっちまうだけです。


 満天の星空の下で悲壮な覚悟を決めた俺は少し離れてからステルスコートを使って戻り、少年を殴り倒す。


 ゴン!


「いてえ! くそ、誰だ! どこにいやがる!?」


 おかしいな、ファウストなら一発でうんこ漏らす威力で殴ったんだが。

 仕方ない、ちょいと本気で殴るか。


 ゴン!


「いってえ! ざけんな卑怯者め、飛び道具とは汚えぞ! 出てこい!」


 あれれ……?

 こいつ頑丈すぎやしません?


 ちょいとからかってやるか。少し離れてから今度は本当に石を投げてやろう。いま必殺のトルネード投法じゃボケぇえええええええええ!


 あれぇ!? 後ろから投げたのにイチローばりの背面キャッチしやがった、つかイチローでもライナーはとれねえぞ。ゴールデングローブ賞でも持ってんのかこいつは!


 俺はあえてステルスコートを解除する。こいつから見ればいきなり闇の中から現れたふうに見えただろう。透明化を解いたのはちょっとこいつに興味が出てきたからだ。


「さっきの奴か。やけに荒んだ目をしていると思ったがアサシンの類だったか」

「善良な青少年捕まえてアサシンとは失礼な。そーゆーお前さんは何者だい?」


「僕の名はフェイ・リン、祖父が興した九式竜王流の有名を轟かせ世界最強の武術家になる男だ!」


 なんだか面白そうだな!


「おい」

「なんだ!?」

「その九式竜王流に興味あるから語れよ」

「ふん、薬物強化なんぞに頼るアサシンの分際で武術に興味を持つとは中々面白いやつだな。よかろう、少し語ってやるか」


 その語りのあまりの遠大さに俺は早くも後悔することになる。


「六十年前、垂空省は省都ラオから南に七里下った墨家に生を受けた祖父 ロゥ・リンの右腕には生まれつき竜の入れ墨があった。墨家の師ロゥ・チェンは祖父が竜の生まれ変わりと信じ、祖父を神仙が住まうと伝えられる崑崙の麓に捨てた」


 いや長いよ、生い立ちから語るんじゃないよ。


「祖父が本当に竜の生まれ変わりだったかどうかはわからない。だが一人の慈悲深い飛仙が赤子の祖父を見つけ、弟子として養育することになる」


 マジかよこの世界仙人いるのかよ!


 実は俺には一つだけ大きな疑念がある。

 ここが乙女ゲーの世界だってのは前世でこのゲーム『春のマリア』をプレイした俺だけが知っている。何の因果でそんな世界に転生しちまったのかも謎のままだし、そもそもこの世界はきちんとしているのかって疑念だ。

 ゲームの舞台である大ドルジア帝国や戦争パートで攻め込む近隣諸国はいい。問題は言葉だけで語られていた西方文明圏や他の地域が実在しているのか?という話だ。


 ゲーム部分以外に踏み込んだ瞬間、真っ白な霧に包まれて何も見えないとか何もないみたいなホラーはごめんだ。

 冒険者になった理由の一つは、ゲームでは名前どころか影も形もなかった場所で行かねばならないという欲求であるのだ。主に心の健康のために。


 人種が中国人っぽいフェイやその語りは俺にとって有益なものであるかもしれない……


 二時間後。


「七歳の年、祖父は飛仙に連れられて初めて下界に下りた。下界は陥落に満ち、様々な物珍しいものが祖父を誘うが学ぶべきものはないと悟り、祖父は崑崙に戻り修行をしたいと請願した。飛仙はこれにいたく感心した。魂を堕落させる俗に意を示すこともない祖父の魂は仙の頂に届いていたのだ」


 つまり町に行って帰ってきただけか、このエピソード本当に必要?

 というかこいつ祖父好きすぎるだろ。ウィキ暗唱できるマイケルファンかよ。


「少し待ってくれ」

「なんだ質問か。いいぞ、どこがわからなかった?」


 こっちから尋ねただけあって言いにくいなぁ……


「もう少し要約して、できればこう武術の概略だけ教えてくれないか?」

「なんだと!? 我が祖父ロゥ・リンの人生を辿らずして九式竜王流の奥義には至れんぞ!」


 いや、ちょっと気になってる段階で奥義習得する気はないから。部活見学に来た新入生に部の歴史披露したら逃げられるからね。

 てゆーかお腹空いて眩暈してるから、長話聞いてる余裕ないんだよね。


「わかったわかった。じゃあその話はメシ食いながらにしようぜ」

「仕方ないな」


 フェイが俺を招き寄せ、鍋で煮込んでいる粥のようなメシを茶碗によそって手渡す瞬間に変な顔になる。顔芸はいいからメシよこせ。


「どうして僕がお前なんかにメシを食わせてやる必要がある。さては謀ったな!?」

「いや、仕方ないなって言ってくれたのお前じゃん。完全に同意の上じゃん」

「ええい黙れ黙れ! メシを食いたくば僕を打ち倒してからにするんだな!」 

「面倒くさいやつだなぁ……」


 互いに鍋から少し距離を取り向かい合う。

 仕方ねえ、練習中の技ってやつを見せてやるか。


「ああああ! あそこに裸の美少女が!」

「ふんっ、誰がそんなマヌケな流言に掛かるものか―――なに!?」


 引っかかってくれると面白かったんだが掛からなくてもステルスコート先生は最強だぜ。


 透明化オンオフ切り替えによるヒット&アウェイを七回繰り返してやる。おおぅ、必殺のシャイニングウィザードでも膝を着きもしねえのか、本気で倒す気でやってんのになんて頑丈な野郎だ。


「くっ、僅かな気配さえも感じ取れないとは面妖な術を使う……」

「まだやるのか?」

「当たり前だ! 僕の名はフェイ・リン、世界一の武術家になる男に敗北は許されない! 気配を感じ取れぬなら、全方位を塞いでやる!」


 フェイの動きが加速する。

 その場に留まりながら全方位に向けて蹴りや拳を繰り出し始めた!


 なるほど、たしかにこれなら俺は攻撃に出られない。嵐の中に手を入れて濡れずに済むはずがない。……疲れるまで待つか。


 一時間後。フェイは最初より幾分か速度こそ落ちたものの未だ全方位に攻撃を繰り出し続けている。そんな頑張りをたき火の前でメシを食いながら見物する俺は当然透明化している。


 鍋のお粥を食べ終え、頭陀袋を漁ってチーズと干し肉を発見。軽く火で炙って食べる。お腹もだいぶ膨れた頃になると不憫になってきた。


 ステルス解除。


「お前さ、いつまでそうしてる気?」

「はぁはぁ……くっ、お前ぇええ何をのんびり休んでやがる!?」

「お前がそうやってハッスルしてる間、俺はこうしてのんびり待ってるよ。もちろん休んだ瞬間に殴りに行くぜ。お前さ、どうやって勝つつもり?」


 不利をようやく理解したのか悔しそうに顔を歪ませる。

 さすがに遅いよ、さてはアホの子だな?


「ここはお互いに譲歩して、俺から銅貨二枚を受け取ってメシを分けたということにしないか? お前は負けず、俺も負けない。取引は成立し以後ぐだぐだ文句は言わない。どうだ?」

「今回だけだ、今回だけお前の口車に乗ってやる」


 感謝するぜ、さすがに少し食い過ぎて反省しているんだ。


「なっ……鍋ん中が空っぽじゃないか!」

「すまん」

「ああああ! 遊牧民からひどい高値で買わされたチーズまで!?」

「ほんまかんにんやで」

「やっぱり殺すぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「ははははッ! 取引はすでに成立しているのだよ明智君、さらだばー!」


 殴りかかってきたので透明化してひらりとかわす。


「殺すー! でてこーい!」


 この夜一晩中俺を探し回るフェイから堂々と隠れ、たき火のすぐ横で就寝した。


 この勝負勝ったのは明らかに俺でもフェイでもない、俺らから大金せしめた遊牧民のおっちゃんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中国の物語について詳しそうな描写あるの流石すぎる。 2時間かけて7歳は寝れる
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