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対男性究極奥義

 見誤りがあったのかもしれない。

 アルテナ神は清楚可憐でおしとやか。そういう思い込みがあったのはたしかだ。意外にも思えるわがままお嬢様気質も、甘えたがりなところも見てきたはずなのに見誤っていた。


 アルテナ神に攻撃オプションは存在しない。こういう思い込みだ。


「下劣ですわ!」


 シェーファへと剥き出しの欲望をさらけだした中年神官の股間へとアルテナ神の蹴りが飛ぶ!


 真下から垂直に振り上げられた蹴りが股間を強襲。哀れ中年神官はそのまま頭から天井に突き刺さってしまった。こ…これは対男性究極奥義キンタマケール! コカンケリアゲールかもしれない!


 天井ぶちぬいてプラプラしてるおっさんへとアルテナ神が首かっ切る手草である。見た目可愛いだけの美少女なのに怒らせると怖いんですねえ。


「不埒な下衆め。永遠の苦痛の中で猛省するがいいわ!」


 しかも治療不可能ダメージらしい。ひえー。


 見えてる奴も見えてない奴もポカーンってしてる。神様見えてない奴からすれば突然神官が天井に刺さったように見えたはずだ。だから見えてる奴のほうの戸惑いのほうが大きい。だってアルテナ様って虫も殺せそうにないイメージだったもん。


 すぐに僧兵がドタバタ駆けつけてきた。


「曲者め、エルナンド様に何をした!」

「大人しくしろ!」

「……まいったな」


 僧兵の目的は神聖なる大聖堂で神官を襲った馬鹿者を捕まえる事なんだろうぜ。犯人が聖アルテナ様だって言って通じるの? 無理だよね?


 シェーファが剣を抜く。僧兵から見れば絶望にも等しい極大の魔法力を放出しながら切っ先を向ける。


「斬り抜ける。異存はないな?」

「話の通じそうな雰囲気じゃないね」


 カトリまで臨戦態勢だ。……正しいとは思うぜ、このまま捕まれば間違いなく裁判のない死刑場送りだ。

 だがあくまで可能性だ。現時点では可能性なんだ。


 分の悪い可能性だからって見切りをつけてきた。ずっと。保身ばかりを選んで他の可能性を切り捨ててきた。今だから言える。過ちだった。


 命の奪い合いは最後の選択肢でいいんだ。僧兵にだって親兄弟がいるはずで、彼らが傷つけばその人達が悲しむ。


 処刑されたくないなら話し合えばいいんだ。そうするべきだったんだ。これまでもずっと……


「二人とも武器をしまえ」

「いいのか、だいぶ分が悪いぞ?」


 シェーファが愚行だと俺の決意を戒めるように念を押してきた。わかっている。だが俺は、少なくともいまは戦いたくない。闘争を厭う癒しの女神の前で人間の愚かしさを披露したくない。


「いいんだ」

 俺は鞘に納めた武器を放り出し、両手をあげる。シェーファとカトリもアルルカンも武器を放り捨ててくれた。ベティは空気読んで!


 ま、何の勝算もないわけじゃない。可能性があるから全力を尽くせるんだ。具体的にいうとラストさんである。


「抵抗はしないがラストを呼んでくれ。事情説明は彼女にしたい」

「……ラスト様を?」


 僧兵リーダーさんの胡乱な目つきはこいつらどういう連中だっていう俺らを計りかねているものだが、ラストの名前が大きいため無視もできないとみえる。


「大人しく捕まるのなら要望は叶えてやる。おい、王城への使者を頼む。拙僧はこいつらを牢へと連行する」


 俺らは手に縄をかけられて地下牢に閉じ込められた。……アルテナ様も一緒についてきちゃった。


 御子フェムト君なんて存在しない奴を殺した罪を原罪と呼ぶ聖アルテナ教会派はいま実在する強烈な罪を背負ったのである。アルテナ神を投獄した馬鹿どもは異端者通り越してると思うぜマジで。



◇◇◇◇◇◇



 薄暗い橋の途上で年老いた獣人が金貨をかじっている。どうも含有量を調べているようだ。舐めたり舌に乗せたりと特殊な方法で一枚の金貨のすべてを見抜こうとしている。


 虎の獣人だ。発達した四肢は人間ではなしえないほどの筋肉に覆われ、その肉体美は戦神レイザーの彫像のように見事だ。だがこれでもだいぶ衰えたほうだ。彼の若い頃は腕周りの太さは三倍ほどもあり、身長も今より一メートルは高かった。……今となっては誰も信じてくれまい。


 Aランク冒険者『鉄血』のユーゴーのなれの果て。それがティティス橋の両替商人ユーゴーの正体だ。


 朝から夕方まで橋を行き交う若者たちをぼんやり眺めている両替商へと二人分の影が差す。客かと思って顔をあげると懐かしい連中だった。


「なぁんだ、まだくたばってなかったのか」

「そいつはこっちのセリフだよ。ったく、ショボくれた面してんじゃないよ」


 生意気な口を利くライカンの娘っこと拳を打ち合わせる。ごつっと軽く合わせるだけのこいつは昔懐かしい冒険者の流儀って奴だ。これを言葉に直せば「よう久しぶりだな。元気か?」になる。


 ユーゴー爺さんはショボ暮れた面のまま愛想笑い。片や引退して老いていくだけの木っ端両替商。片や肩で風を切る銀狼団の副団長様だ。空元気すら出てこない。


 代わりに出てきたのは幻痛だ。斬り落とされた左足は聖アルテナ教会で治したが、劣等感だけは未だに引きずっている。


「てめえの親父は……ナバールは元気か」

「あんたとは反対だね」

「そりゃあ元気そうだ」


 かつて自分を引退に追いやったライバルは今も元気。それは少しばかり嬉しいお話だ。

 女々しくも恨んでなんかいない。ただ自分を倒したのだからせめて頂点まで往けとは願っている。


 あの当時ローゼンパームで夢見たスペシャルランクの頂へ。ユーゴーは夢破れたのではない、散々やりあってきたライバルに夢を託したのだ。


「サリフ、俺を笑いに来たってわけじゃねえんだろ。何の用だ?」

「二つ三つ知りたいことがあってね」

「なんだ?」

「この国の貨幣事情さ。含有量がだいぶ下がってるって聞いたけど本当かい?」


「……剣振り回すだけの小娘がずいぶん傭兵らしくなりやがった」


 ユーゴーはサリフから手渡された銀貨を受け取りながら月日の流れを感じている。短気で口やかましいだけだった小娘が一人前の傭兵になっているんだ。引退したジジイの腰が曲がるのも無理はないと。


「そうだな、以前は4.8gはあった金含有量が3.4まで下がっている。ここまで大幅な下げ幅は俺も聞いたことがねえな」


「どう見る?」

「そりゃ戦争準備だろうよ。金を溶かして遊ぶ変態でもいるんじゃなきゃ、金を増やす理由があるんだろうぜ。ここ二年の間にだいぶ進んでやがるぜ。そろそろ国内の金貨のすげかえも終わった頃だろう」


「ベイグラントのフェスタ派兵もそういう裏があったわけだ」

「そりゃそうだ。ルーデット卿とどんな取引をしたかは知らんが国が動くんだ、義理人情なんかであるはずがねえ」


「ユーゴー、あんたはどこ狙いだと思う?」

「食い頃のフェスタか因縁のジベールか、イルスローゼはねえだろうな。アルチザン家は親太陽政策を一貫している。リスキーな五大国は無視して東方諸国連合の可能性だってある」


「何も掴んじゃいないってのかい? ありえないだろあんたが」

「引退するってのはそういう事さ。堅気がお国さんの動向調べてたらおかしいだろうが」


 サリフが黙り込む。ユーゴーはヤケクソな気分で彼女の視線に耐えた。見下すなら見下せ、軽蔑するならトコトンしろ。俺はもうただの堅気のジジイだ。そういう気分だ。


「……からの?」

「しつけえな! 何も知らねえんだよ、催促されても何も出てこないんだ! 期待させて悪かったな!」

「はぁ~~~~~(舌打ち)」


 クソでかため息&舌打ちコンボである。態度が悪すぎる。パンピーいじめんなボケって思うほどだ。


 自分はもうくたびれたジジイだ。ブイブイ言わせてたローゼンパーム時代とはちがう。その事実をわかってもらうつもりだったが、理解されたくない自分がいることにも気づいていた。


 サリフの前ではあの頃のような最強の戦士でいたい。そういう想いもあるのだ。

 あの頃の自分がしゃべるように言葉が口を突く。


「トライブかもな」

「その根拠は?」

「この国にゃ足りないもんがある。祈りの都にだけ存在し、このアノンテンに無いものだ。アルチザン王家はそいつをずっと昔から欲しているのさ」


「そいつって何だい?」

「聖アルテナ神の錫杖エクスグレイス。女神の末裔を自称する連中がいかにも欲しがりそうな目に見える権威って奴さ」


 サリフはふと思った。すぐに王都に帰ったほうがいいなって嫌な予感と共に思った。

 サリフも信じているわけではない。だが純然たる事実としてリリウスのトラブル吸引体質だけは認めている。あいつの行くところ行くところ暴力の嵐が吹き荒れる。傭兵団やってても数年に一度クラスの大嵐が週刊連載のようにやってくる。


(アルテナ神を欲しがってる連中のところにアルテナ神を連れて来ちまった? あいつならやりそうだね……)


 サリフはとりあえずダッシュした。嵐の巻き込まれる前にシェーファをつれて逃げるために猛ダッシュした。でも愛しの銀狼はすでに地下牢の中なのである。

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