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巡礼路を越えて信仰の主にいたり

 祈りの都の最奥の高台に建立されたアルテナ枝神殿。神代の歴史と威風を兼ね備えた荘厳な大神殿は建立八百年……大昔ではあっても神代ではねえな。盛ったわ。


 枝神殿の裏手には森が広がる。静寂に包まれる深夜の森。夜露に濡れた木々の合間を歩いて通るとやがて大きな門が現れた。


 いにしえの昔に滅びたといわれる霜の巨人族が用いたかのような巨大な山門は苔生し、遥かな神代の香りを……それはさっきやったわ。


 この町は権威や歴史を売りにしてるからちょくちょく盛るんだよなー。売りもんがそれくらいしかないんだろうけど、過剰すぎると冷めるんだよテーマパークって。


 山門の守りは四人の僧兵。いずれも女性だが危険なにおいがしている。並の騎士レベルなんかじゃ絶対にない。国家から聖銀の装備を支給されグロウポーションでレベルを上げ、国の支援を受けて何の不安もない環境で武芸を磨いている騎士団が百人で来ても撃退できる精鋭とみた。フェイでも一対一でなくては敗北は必至という連中だ。


 聖淫婦ユイでさえ衝突を避けた連中だ。神へと至る門を守る衛士とは皆がそういう領域の化け物なのだろう。


 静かに佇みながらも一騎当千の凄みがあるお姉様がたがジロリと睨みを利かせてきた。だがアルルカンの姿を見るや少し様子が変わる。


「ここは祈りの巡礼路。敬虔なる信徒よ、何を求め、何を得るがために参られたか」

「我が信仰に答えをもたらすため」


 符丁のような会話だ。入山する資格を持つ者と認識したうえで確認のために決められた合言葉を求める、そんな会話の後で僧兵がゆったりした袖を振り上げ、参礼を組んで膝を着く。


「主は汝に御言葉を授けられるであろう。巡礼路を往き、答えを得るがいい」


 山門は微かに発光すれど開かない。

 アルルカンは山門へと近づき、まるで門などないかのようにその中へと入っていった。俺らも続く。


 山門一枚を通り抜けた先は山門の裏ではなかった。もっと標高の高い、祈りの都を一望できるタルジャンジー山脈の中腹だ。本殿までの道のりをちょっとだけ近道させてくれるだけのようだ。


 むせ返るような森の臭気の強い森で、案内役のような律儀さでアルルカンが待っていた。周囲に青白く燃える鬼火をまとわせているのに、手にはカンテラをさげている。


「これか? タルジャンジーを守護するガルダへの目印のようなものだ。これを持っていれば襲われない」

「便利アイテムってわけか。どういう仕掛けなんだ?」

「主の神気を帯びて永遠に燃える火を宿しているというだけだ」


 祈りの巡礼路には色々と仕掛けがあるらしい。何も知らぬ侵入者を殺す仕掛けだ。

 当然なのか用心深いのか、これが神の基準でどうなのかはわからない。だが一般的な感覚でいえば度が過ぎた警戒度なのは誰にでも理解できると思う。


 フェイ級の衛兵を複数人配置してガルダと雷竜に守らせるなんて病気だ。ま、コーネリアスやゾルタンみたいな連中に狙われているんじゃこのくらいは必要なんだろうな。


 祈りの巡礼路を進む。うっそうと生い茂る森の中を、切り立った崖にある桟道を、深い洞窟の中を、洞窟の中にある湖を渡り……


 フェイがずっと静かにしてる。苦しそうな呼吸をするレテを背負うフェイはずっと暗い顔をしている。俺らのうしろを黙ってついてくる。


 こういう時は触れないのが男の距離感だ。特に自分が醜態さらしてるって自覚がある時は黙っていてもらいたいもんだ。


 そんな理由で場は俺とアルルカンとカトリの会話がつないでいる。


「アルテナ神かあ……いやはやリリウス君といると退屈しないわ。ちょっと前まで神の実在なんて信じてなかったもん」

「わかる、俺もティトと会うまで信じてなかったよ」


 さらに具体的にいうと加護を鑑定してもらうまでは頭のおかしい痛い少年だと思ってたわ。あれで神様だって信じた。


 こういう想いは彼にとっては懐かしい感覚なのか、アルルカンが微笑ましそうにしてる。


「奇縁が奇縁を結んだのであろう。私もティトと出会いあまたの神と縁を……」


 どうした? アルルカンの耽美系な美貌が引きつってるぞ?


「思えばこの流転する運命も奴から貰ったようなものだな。ティトの有する巨大な運命渦に巻き込まれたと考えるべきだろう……」

「あいつ疫病神なん?」

「そういう側面もあるとみていいだろう。強くなれよ、あれの運命に巻き込まれたなら強くあらねば生き延びられんぞ」

「うひー」


 悲鳴が出ちゃったぜ。

 でもそういうふうに考えるとティトの過酷な運命に巻き込まれた俺がフェイとカトリも巻き込んでるわけか。俺も疫病神じゃん。


「ねえねえ、ティト神ってやっぱりああいうトンデモナイ化け物なの?」

「それ神殿の邪神像さしてる? いやいや、カトリの好きそうな美少年だよ」


 あ、カトリさんのモチベが急上昇しちゃった。


「ぜひとも紹介してね♪」

「う…うーん……」

「ルーデットの姫は剛毅だな。地上で最も強大な神王と寝るつもりか? やめておけ、あれは無垢だが人の手に負える存在ではない。善意と無邪気さで破壊と不幸をまき散らす災厄のようなものだ」


「手厳しいね?」

「友人と思えばこそ手厳しい意見も出てくるというものだ。あれの度を越した善性は人の理屈に照らせば邪悪にさえ見える。心に刻めよ、善なる者が常に恵みを与えるわけではないのだ」


 アルルカンの言葉は実感こもった説得力の塊だ。

 優しい奴が常に正しい行いをするわけじゃない。そして優しさに引きずられた誤った判断を諭すのはこっちの方が疲れる。間違っているわけではないからだ。


 感情的には正しい事と、冷静に長い目で見れば正しい行いはおうおうにして異なるものだ。


 優しい愚行、これを繰りかえしながら反省をしないティトとぶつかるのは大変そうだ。だってあいつはみんなの幸せなんて存在しないもののためにがんばっているからだ。


 やがて巨大な神殿が見えてきた。

 タルジャンジー本山を背後にして屹立する巨人の神殿。内部は山をくり抜いているのだろう、外からではどれほどの広さがあるか想像もつかない。……奇縁か。


 奇しくも俺はまたここに戻ってきた。あの時は子供でもあしらうみたいに追い払われたが……


「やめる?」

「いいや、俺はゴーストじゃない。俺は俺だ」


 アルルカンの案内でアルテナ本殿に入る。

 大樹のような柱が屹立する荒涼たる大神殿。ガランと空いた空間と柱だけが闇の向こうまで続いている。スケールがちがいすぎる。明らかに通常の空間ではない。迷宮のようなじっとりした空気ではないが、何か異質な混ざりものがあるのか呼吸をすれば肺が重くなる。


 眩暈がする。俺は…俺はここへ何をしに……?


「おい」

「リリウス君? ねえ聴こえてる?」


 俺は…俺はどうしてここに戻ってきた?

 何を願う? 何を求めてきた? 俺はここに戻ってきた。どんな願いを抱いて……


「俺は…俺はリザレクションを求めて……いや、ちがう。そんなはずはない。姉貴は死んでいない……のに…」

「まずいな。ショック反応が起きている。神気にあてられたか」


 アルルカンは俺を気絶されたほうがいいと判断した。当身の用意として腕を振り上げたがカトリが止めてくれた。


「意識を落としてやるのが彼のためだ。神との邂逅など誰にでも耐えられるものではない」

「それはあなたの判断することじゃない。リリウス君なら大丈夫」

「だが……」


 いや助かった。いまのは気合が入った。惚れた女が信じてくれるんだ、これで踏ん張らない奴は男じゃない。


 自分の両頬に平手打ちをいれて、意識をしゃっきりさせる。ゴーストの記憶なんかに惑わされている場合じゃない。


「俺なら大丈夫だ、カトリが信じてくれる俺ならどんな苦しみだって耐え抜ける」

「言質とったよ!」

「試練与える側に回るんじゃないよ!」


 カトリをぶっ叩いてやった。するとアルルカンが楽しそうに笑い出したけどこのやり取りはネタじゃありませんよ?


「まいったな。つくづく老兵だな私は。若者はこんなにも頼もしいのに要らぬお節介を焼きそうになる」

「気遣いは嬉しいぜ、飴と鞭は大事だ」


 最大の問題はなぜか人類の大敵である吸血鬼が飴ちゃんをくれ、最愛の彼女が鞭をびしばし打ってくる点である。


 ま、俺は自分に甘い男だから厳しくしたほうがいいってのはガーランド閣下が証明している。何だかんだで今日までの激戦を潜り抜けてこられたのは帝国騎士団の訓練に参加した半年のおかげだ。死ぬほどの走り込みと基礎練の結果が現在の俺を作っている。


 集大成だ。俺はここを踏破して過去の俺を越えていく。その気概なくして神と相対できるはずがない。


 気合いを入れ直してズンドコ歩いていくと……


『止まれ!』


 ドス黒い情念のこもった思念の声が殷々と響き渡る。

 アルテナ神のおでましってわけか。


『あぁおぞましい、なんとおぞましい……ダルタニアン、この痴れ者めがなにを引き連れてきおったかわかっておるのか? よりにもよって我が手に噛みついた大罪人を……』


「たかが呪具の所有者というだけであろうが。銀の月のイリス神ともあろう方がそれほどに恐れるか?」


 え、イリス神?


 豆知識、二つの月のイリスとエリス神は姉妹神。主にエルフ族が崇めている神様だ。この二つの月が重なる夜を愛の月と呼び、宗教的観点からも公認を受けた愛し合うのを許された夜なんだ。

 これが年に三回ほどあるんだがその夜までに恋人が作れないとウギギギ……


 以上をまとめるとイリス神ってのは世の非モテから最も恨まれている邪悪な女神だ。何が邪悪かってブサメンをいじめる神様だからだ。


 アルルカンの挑発に乗ったイリス神が暗闇から現れた。マジか、ビビリすぎだろ!


 銀の月の女神に相応しく青白い銀光をまとった美しい女神なんだが……

 白銀のヴァルキリーメイルを装備して腕には壮麗な銀の槍。周囲には片翼のような浮遊剣を何本も浮かべている。明らか完全装備やん。どんだけレザードが怖いねん。


 こういう感覚はアルルカンも感じたようだ。噴き出してる。


「ふっ、それほどに恐ろしいのだな。よくわかった」

「あれを生み出したるは我よ。このちからの粋を集めて作ってやったのだ。恐れて何がおかしい」


 ビビリ女神がそう言った。

 カトリが人を小馬鹿にした様子で女神を指差して一言。


「あれほんとに神様? なんかあたしの想像してたのとちがうなー」

「ニセモノじゃねえの?」

「ほれ、このように言われておる。度量がちいさいと言っているのだ。夜の魔王当人ならばまだしも呪具を扱うだけの小僧ではないか。神格も低く見えるぞ」


 あおるあおる。どうやら仲が悪いようですねえ。

 じつのところ俺はあんまり怒ってない。二人が全部言ってくれてるってのもあるがこの女神様ちっちぇえもん。器が。


 こんな狭量なヒス女神はどうどうといなしてやるくらいでいい。

 この裏にはアルテナ神が控えている。小物女神なんかで手間取っていられるか!


「ここにアルテナ神がいると聞いて来た」


 フェイが進み出てきた。


「こいつを治せるとも。膝を着けというなら跪きこうべを垂れよう。改宗命じられたなら主義を変え、アルテナ神の下に降ろう。……イリスは慈愛の女神と聞いた、頼む、僕を通してくれ」

「無礼な! たかが守り人の娘を癒すためにアルテナを頼るつもりか。その思い上がりはいずこからきた!」

「―――そうか。ならば押して参るのみ!」


『まあ、お連れくださったのですね!』


 ファッキン女神とフェイが今にも衝突って瞬間に空間が変質する。


 まばたき一つの間に居場所が入れ替わり、俺らは真っ白な謎空間でディナーテーブルに座らされていた。……突然の不思議現象多くね? 俺もそろそろ頭の中いっぱいいっぱいだよ。


 長いテーブルの向こうに美しい少女がいる。息をするのも忘れてしまいそうなほど美しい黄金の瞳に射抜かれて俺は……


 やべえボケ~~っとしてた。まずいぞ、これはチャームの呪いなんてケチなもんじゃねえ。モロタイプって奴だ!


 黄金の瞳も聖乙女が小走りでやってくる。で、俺の手を両手で包んで……何なの!? 恋してる目してるけどこの子だれぇ!?


「リリース様ですね?」

「ん?」


 マジな話するとちょっとちがうなとは思った。誰だよそのプロモーターが天職っぽい滑らかな男は。得意技は忖度ですかと言いたいところだが些細すぎてどうでもいい。


 はいそうですって答えると喜ばれてしまったぜ。まいったなこれは。


「嬉しいっ! アルテナは貴方様に会える日をずっと願っていたのですよ」

「ええっ、そうなんですか? いやあそうかぁ、ずっとかあ」


 マジな話アルテナ神が俺の噂を以前から知っていたとは欠片も思えなかったがここは乗る。このビッグウェーブに乗らなきゃ男は名乗れねえ!


 清貧・貞淑・正直、世間様で尊ばれる美徳については重々承知だが男ってのは時にはそうとわかっていてもいかねばならない時がある。あぁ俺の心の中の親父殿もいい顔して「往けリリウス、男ならば処女神を己の物のしてみせろ!」って激励をしてくるぜ。


 などと今夜はいけそうな予感に心浮き立っていると……


「……アルテナ神からユイちゃんと同じ空気がしてるぅ。アルルカン王、彼女はどういう性質なの?」

「天然の男垂らしだ。誰もが己のために身命を投げ打つを当然と思い、甘やかな言葉で男をその気にさせ飽きたらポイだ」


 え!?

 最高に聴きたくない嫌な情報が耳に飛び込んできたぞ!?


 ええええぇぇぇ……この女神のように(実際に女神なわけで)美しい微笑みをする聖乙女が……

 悪女なのか。


 俺はとりあえず奇声を発しながら飛び退いた。

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[気になる点] アルテナはリリウスのことを覚えていたんですか?
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