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死者の館への突入

 黒の賢者ゾルタンの最上階工房から一階の大ホールへ戻ってくるとフェイとレテが書見台を使って古書を読んでいるところだった。

 やけに真剣に読んでいる。古い神話の絵物語であるようだ。


 ―――息子を失い悲嘆に暮れるアイシャルへと囁きかける悪魔がいた。狡猾な悪魔は甘言を用いてアイシャル自身の手で息子の亡骸を掘り返すように仕向ける。甘言とは我が子の蘇生である。


 彼女は自身の深き愛情に屈服し、神の霊廟への侵入を試みた。

 その夜はちょうど二つの月が交わる愛の夜。霊廟の守りについたセルトゥーラと■■■■はアイシャルの愚行を止める。神のしもべたるセルトゥーラが説く。


「理に反する。悪魔に惑わされてはならぬ」


 アイシャルは神の衛士によって霊廟から摘まみ出された。だが衛士の片割れである■■■■があとでこっそりと会いに来たのである。


「ならぬことはならぬと承知のうえで来たとお見受けする。望む結果にはならぬと承知でクト=アラドの亡骸を渡すおつもりか?」

「我が子がいま一度蘇るなら何でもする。それが母の愛なのだ」

「愚かな選択です。悪魔を喜ばせるだけだ」

「母の愛に理由はない。我が子こそが我が命なのだ。命亡き生になんの意味があろう。こればかりは母にならねばわからぬのだ」


 ■■■■は誠の母の愛に感じ入り、この夜深くに霊廟へと手引きする約束をした。

 そして兄セルトゥーラに見逃してくれるように頼んだ。最初は話も聞かなかったセルトゥーラだが双月の逢瀬が終わる頃には折れる。


「これは優しさではないぞ」

「わかっている。だが何もせずにはおれぬのだ」


 女神アイシャルは衛士二人を従えて霊廟に押し入り、我が子の亡骸を抱き上げる。

 小さく軽く成長することもなく息を止めた嬰児を抱き抱え、約束の森へと赴く。


 悪魔は湖畔で待っていた。忌まわしき蛇の王イザールと呼ばれる蛇だ―――


 絵本を読み耽っていたフェイが俺に気づいて、「もうこんな時間か」と懐中時計を開く。かなり集中して読んでいたらしい。


「イザールね。どうにも馴染みのある名前だ」

「ああ、別人と考えてもいいんだが本人である可能性もあるな」


 殺人教団ガレリアの教祖イザール。神話の時代から生き続ける怪物が神話に登場したからといって何の不思議もない。……ないはずなんだがまいったな。敵の強大さが改めてわかる。というか調べれば調べるほど影が大きくなっていく。


 それだけ恐ろしい相手ってわけだ。アルルカンも神話も誰もがイザールを恐れていて、誰からもあれを軽視する言葉が出てこない。


 フェイが神話絵本を閉じる。まだ途中だったと思うんだがな……


「もういいのか?」

「この本が今夜限りでどっかに逃げるっていうのなら朝まで読んでもいいんだけどな。明日に回す、他にも似たような本がないか調べたいしな」


 フェイ君マジ勤勉。横に座って絵本を眺めてたレテももういいらしい。


「いやー、あたし文字読んでると頭痛してくるし!」

「めっちゃ明るくお馬鹿発言したな」


 明るく可愛いレテは女の子としては高性能なんだけどちょっとお馬鹿なんだよね。恋愛以外頭から抜け落ちてるみたいな。


 でも物事を直感的に理解しているところがある。思考よりも本能で活動し、本能が真理に近いところにある。そんな子だ。

 そんなレテが絵本をまた開いて、■■■■と塗りつぶされている部分を指す。


「これ名前だよね。なんでこんなことになってるんだろ?」

「隠れ名の呪いかもね」


 レテの疑問にはカトリが答えた。


 俺はすでに魔王の恐ろしさも神の恐ろしさも知っている。誰も覚えていられない。そういう存在がいるのだと覚えている。

 神話に出てくるような連中だ。隠れ名の呪いを使ってもおかしくはないさ。


 チェックをするみたいにカトリが質問を重ねている間にフェイと会話する。というのもアルルカンが来ねえんだ。


「道に迷ってるとか?」

「ガキかよ。知人に会いに行ったというのが長引いているんだろ。あっちの用事が済めば勝手に合流してくる」


 もっともな意見だぜ。

 無限図書館を出て夕飯を食べに行く。昼飯は微妙な反応だったから夜も安い飲み屋さ。こりない!


 新宿ゴールデン街みたいに小さな飲み屋が集まる裏通りに、ウェロンとかいうイケおじがやってる飲み屋がある。ちな二階はアパートになっている。


 カウンター席が六つしかない狭い店だがツマミのラインナップだけは豊富だ。スヴェンオイルで漬けた生の海産物はツマミとしては最高だ。魚醤をつかったなめろうもイケる。


 祈りの都は土地柄から砂糖も塩も豊富だが、食材から自然に得られる甘みや塩けが形成する自然な味わいをうまく使っている。便利な調味料ではない旨味というものがあるんだ。……調味料高いしな。


 ワイワイ騒ぎながら夕飯を済ませ、そのまま適当に飲んでからの深夜―――


 俺らはコーネリアス教授の屋敷の前に立つ。


「作戦は?」

「真っ向勝負でぶっ倒す。敵は大罪教徒とつながりのある手強いネクロマンサーだがこの面子なら押し切れるはずだ」


 深夜の襲撃である。こっちはチャージ済みのカトリとフェイがいるんだぜ。問題なさすぎる!

 正門の鉄柵も屋敷の扉も蹴り一発で破って侵入する。


 陰キャの魔力波動を検知するためにサーチを放つと相殺するように干渉結界がやってきた。チャージタイム無しで干渉結界を使う魔導師なんて本来なら手に余るんだが……


 フェイ君任せたぜ? 


「くぅ……!」


 およよ、何ですかねその顔?

 フェイが必死な顔で魔法力を絞り出しているが、干渉結界が広がらない。彼の周囲に留まる干渉結界が屋敷の奥からやってくる干渉波動に抑え込まれているぞ。


「……桁違いの出力と制御力だぞ。無理だ、僕じゃこのレベルの魔導師を相手にゼロフィールドに持ち込めない」

「そう簡単に倒せる相手じゃねえか。まぁいい、突っ込むぞ」


 エントランスホールはシーンとしている。この屋敷には生きている人間の気配がないんだ。

 魔導師は己の工房を他人にうろつかれるのは嫌がるものだが、生者の気配が一切ないってのはやりすぎだぜコーネリアス。夏場だってのにひんやりした奥から廊下からグールの女中や執事がやってくる。掃除道具の代わりに鉄棍を構えた連中はそう大したレベルじゃない。


 包囲の完成を待たずに声が降ってくる。冷静さの裏に焦燥を隠した老魔導師の声だ。


『何者だね、ここが誰の工房か知っての行いかな?』

「コーネリアス・レイダー!」


 大声を張り上げると思念に戸惑いが混じる。さあハッタリこくぜ。通じるかな?


「貴殿に大罪教徒の疑いあり! 太陽並びに冒険者ギルド連盟での逮捕状が出ている。ギルド総長ブラスト・ランセル伯爵は大人しく拘束されるなら命だけは保証するが抵抗すれば殺しも構わないと仰せだ。抵抗してみせろ、救世の団に敵うと思うなら!」


『何か誤解があるように思えるんだけどね?』

「ガラテア・グローゼアルの名に覚えはないか。奴の口から零れてきた中に貴殿の名があったのだぞ!」

『……あの若僧が吐いたか。これはいいわけはできそうもないな』


 よし、罪を認めたな!

 そしてなぜか戦々恐々としているリリウス君の愉快な仲間達である。


「うわぁ、本当に大罪教徒だったあ……」

「こいつマジか。スパイ発見器かよ」

「何だかわからないけどリリウスすごいね!」


「ふっ、まぁ俺に任せとけよ」


 本当は逮捕状なんて出てねえけどどうせクロなんだから捕まえて吐かせりゃいいんだよ。完全に秘密警察のやり口だけどな。


 この理屈が当たり前に通る社会になると警察は増長して罪の捏造を始めるものだが、今回くらいはいいだろう。世の中には生かしておいてはいけない人間もいるんだ。理由は胸くそ悪いから秘密。

 死体冒涜の秘術の研究には死体が必要だからな、まぁ色々やってるんだわ。


「コーネリアス、お前を信じて裏切られてきた数多の学生の恨みが今日こうして俺をここに立たせている。天の報いと思え」

『太陽の手先ふぜいが天の御使いきどりかい? タダで首を獲らせる気はないよ。命懸けで来るんだね』


 従者の死霊の囲みを瞬時に破って屋敷の奥へと駆け抜ける。並の冒険者では歯が立たないレベルのグールで俺を止められるものか。廊下に仕掛けられたマジックトラップの類もレジスト力で無効化する。


 強力なアンデッドソルジャーが出てきたが手斧を投擲して打ち砕く。アロンダイク装備は霊的存在への破壊性能が飛びぬけているんだ。


 コーネリアスの工房は地下にある。廊下に奥にある地下への階段はダミー。その隣にある物置に入って地下工房へとつながる蓋を開ける。ごぱっと気密が抜ける音とともにネクロマンス特有のひどいにおいがやってくる……


「見取り図まで完璧なんだね……」

「ここからが本番だ。油断するなよ」


 地下へ降りる用のはしごも備え付けられているが無視してダイブする。ほんの五メートルだ。


 緩やかに地下へと続くスロープに降りた瞬間に五体のアンデッドソルジャーが剣を振り下ろしてきた。待ち伏せって奴だ。で、まともな頭が付いてりゃそういうものがあるってのは当たり前に予期しているもんだ。


 ウスノロなアンデッドソルジャーは無視して突っ走る。後から降りてきたカトリが攻撃後硬直状態の死霊兵を粉砕して追いついてきた。


「普通に考えたら術者の居場所こそが罠の本命だよね」

「俺もそう思うよ」


 屋敷に侵入してからここに来るまでの時間はまるごとコーネリアスに与えた魔法詠唱時間と考えていい。


 思念を送っての会話は時間稼ぎ。ならば稼いだ時間は有効に使ったはずだ。祈りの都でも第七位の賢者が放つチャージ済み攻撃魔法がどんな威力かってのは想像もできないが、俺のレジストでも貫通してくることは容易に想像できる。


 戦うと決めたんだ。運命を戦い、必ずすべてを精算する決めたんだ。過去に勝った相手に負けるなんてヘマやらかしてたまるかよ!


「……ステルスコート、俺にちからを貸してくれ」


 ステルスコートを広げて俺とカトリを覆うようにかぶり、闇の光が燃えたつ工房へと突き進む。

 呪言のような詠唱が聴こえる。あらゆるものを腐食させて溶かす闇の光が毒ガスみたに溢れだしている。


「≪―――誰も死からは逃れられぬ ラージ・ハーヴァ・ドネルクスガノン!≫」


 巨大ビームが俺らを呑み込んだ。ステルスコートが抗うように虹色に帯電しながら威力を減殺しているが通路をまるまる呑み込むほどのビーム砲撃だ。駆け抜ける足は止まり、まんじりと押されて通路を戻されていく。


 必死の想いで前進を試みるが砲撃の威力に押されて押し返される。まずいな……


「はっ、はははは!」


 陰キャ魔導師の笑い声が響き渡る。くそったれって感じだ。


「これを防ぐか、興味深いマントだ。だがいつまで耐えられるかな?」


 工房で杖を掲げるコーネリアスの姿は見えないがさぞ悪辣な顔をしているだろう。侵入者どもをうまく罠にはめてからの発動だ。脳汁どばどば出てるにちがいない。


「さあお別れの時間だ。チャージストック解放、ラージ・ハーヴァ・ドネルクスガノン解放」


 多重連撃だと!?

 二発同時に重なった闇のビーム砲撃が押し流すみたいに加えられる。進むどころか踏み止まるだったのに重ねられたらどうしようもない。干渉結界で肉体強化魔法を封じられてるせいだ。


 ステルスコートも今まで見た事がないくらい大きな光を放っている。……壊れそう。


 ちょっと諦めそうになったところで背中を押された。フェイだ。レテも精一杯踏ん張って俺の背中を押している。


「情けない面をするな。これだけの出力をそうそう長く維持できるはずがない。耐えきれば反撃に移るだけだろ」

「おう、だがきついわ」

「支えてやるから持ちこたえろ。レテ、お前はあれを使え」

「えー……」


 切り札かな?

 レテがもたもたしながら弓を用意してる。矢筒から魔石を削り出して作ったような神秘的な矢を取り出した。お高そう。矢じりだけでも金貨数十枚はしそうなのにまるごと魔石製とは……


 超気乗りしなそうなレテが矢をつがえ、構える。


「え~~~っと、深き森と銀の月のイリスの矢から逃れること敵わず、この矢は必中する!」

「ダメだこいつ、詠唱に魔力が乗ってない。使い方忘れてやがる……」

「何をしようってんだよ。この威力の中で矢を放ったって押し戻されるだけだぞ」


「白銀の風と共に往け 転移弓!」


 ベン! 弓弦がそう小気味いい音を奏でて矢が放たれた。というか矢が消えた。

 同時に工房から悲鳴。俺らを押し込んで呑み込もうとしていた闇の砲撃が消失する。


 工房の奥で矮躯の老死霊術師が膝を着いている。肩に刺さった矢からは絶えず雷撃が発しているようで、今にも白目を剥いて倒れそうだ……


 もしかして絶対に命中する矢なのか?


「当たった!」


 ぴょんぴょん跳ねて喜んでるレテであった。さすがフェイの同居人だけあって知らぬ間にパワーアップしてんな。ウルド様のとこ通ってるもんな。


 魔石矢に苦しむコーネリアスの前にはとびきり手強いアンデッドソルジャーが配置されているが、術者がこれでは制御も甘くなっているようだ。即座に粉砕する。


 俺はそっとコーネリアスの首に手斧の刃を突きつける。


「コーネリアス、お前の敗因は……特にないのが敗因だ」

「決めゼリフ考えてなかったの?」


 やめろカトリ! さっきの闇の砲撃で考えてたセリフが全部吹き飛んだだけだ!


 さっき市庁舎からパクってきた犯罪者用の魔封じの首輪を付けて―――手が稲妻に弾かれる。


『退けい』


 特大の思念波が響き渡る。視界は刹那に景色を変え、見渡す限りが夜空と浅瀬の不思議空間へと変化する。……超位階魔導師の固有世界に引きずり込まれたか。


 ほんの一瞬前まで俺がその命を握っていたはずのコーネリアスは奪われ、夜空低くに滞空する魔水晶のロリ賢者の隣に浮いている。黒の賢者ゾルタン、まさかこいつまでご同輩とはな……


「ぬかったなコーネリアス」

「抜かりがあったとは思えないけどね……」

「真正面から打ち破られたほうが恥ずかしいぞ? ぬかったことにしておけ、あとは我が引き継ぐ」

「助かるよ」


 コーネリアスとの会話を終えたゾルタンが寒気のするような冷たい目を向けてくる。


 あまりにも状況が不明だ。ゾルタンがどうしてコーネリアスに肩入れするかがわからない。大罪教徒つながりならアウト。祈りの都の賢者のよしみならイル・カサリアとのつながりを申し開きすれば可能性はある。試すべきだろうな。


「黒の賢者ゾルタン、あんたはコーネリアスの正体を知って肩入れをするのか? そうではないなら俺の話を―――」

「仔細構わぬ。そこはすでに詮議する必要なきことよ」


 はいアウト。

 でも戦いたくないなー。絶対手強いぞこいつ。


「お前も大罪教徒なのか?」

「元は付くがのぅ。そんな不思議か、何の思惑もなく祈りの都にいる方がおかしいではないか」

「そいつはどういう意味だ?」

「ここにアルテナ神がおるからよ」


 やばい、会話をすればするほど敵の可能性が高くなっていく不思議連鎖だ。


「我の仕える男神はアルテナにご執心でのぅ。我はこの地にて兵を引き入れる役割を担っておる」


 ってことは祈りの参道のイレギュラーコースで大勢死んでた兵隊さんはこいつの仲間かな?


「知らぬか? だが存外そうした目的でおる者は多いぞ。教師、商人、冒険者ギルドのマスター、そういう連中が怪しい企みを抱いて潜伏しておるのじゃよ」

「一人だけほぼ実名出された!?」


 あとでグランドマスターさんに告げ口しなきゃ! ひでえ、とんだ誤爆だな。〇ろうに剣心の作者くらいひどい。あっち全国ネットだったけど!


 ロリ賢者も先ほどの失言に気づいたらしい、眉を八の字にして困っている。


「……いまのは聞かなかったことに」

「ならねえよ! 無理だよもう!」

「では口を封じねばならんのぅ」


 そして不思議なことに俺の切れのあるツッコミで戦闘開始する不思議事態である。俺悪くなかったよね?


 ゾルタンが周囲に浮かべる七つの竜宝珠に魔法力を与える。先手必勝だ! やべー魔法使い出す前に倒すしかない!


「作戦決定。フェイとカトリが突撃して俺が背後から首を落とす以上!」

「あたしはー?」

「レテは応援してて!」


 夜と海だけが延々広がる固有世界の水面をけってロリ賢者を殺しにいく。最悪だな、全然勝てる気がしないぜ!

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