番外編⑤騎士団とサウナ① 緊張のサウナ
俺のバトルスタイルはバックスタブだ。それは技であってバトルスタイルじゃなくね?って思うかもしれないが無敵のステルスコートを使えば確定バックスタブが決まる。ミスリルナイフで背中から心臓をずどん、今までこの戦法を破った奴はいない。
たまに正面戦闘で遊んでやりもするが基本的には遊びだ。手強いと思ったら透明化して背後に回るし、ちょろいと思ったら出足払いでも仕掛けてこかしてやるね。
そんな俺にも弱点はある。必要のない能力だから磨かなかったというか履修しなかったというか、真面目に訓練する必要がなかったのだ。
俺の弱点とは……
◇◇◇◇◇◇
すかーんといい音が俺の頭部から鳴った。まったく忌々しいことにデブの放った木製の細剣による突きが俺の額に命中したわけだ。
「やった!」
ってデブが歓喜のガッツポーズをする瞬間だ。超速度で踏み込んだ俺の蹴りがデブの側頭部を蹴った。哀れデブはサッカーボールみたいに転がっていって騎士団本部中庭の壁にぶつかっていった。
お嬢様が「おー」って拍手しているので勝者は渋く背中で語るぜ。
「勝利したと思った瞬間こそ最も気を払わねばならないのだ」
「名言ね、誰の御言葉?」
「俺です」
「名言っぽいだけの何かだったわけね……」
そうです。マジな話をすると剣術勝負で一本先取ルールなんだがデブに負けるのなんて悔しいからルールを無視してやっちまったからね、この行いを正当化する名言が必要だったわけですよ。油断したなデブ的な感じのね。デブ破れたり的な感じでね。
デブがゆっくりと立ち上がってこっちにきた。今のは本気でイラっときたんで本気で蹴ったのに頑丈な奴だぜ。
「ひどいよ、剣で勝負って話だったじゃん」
「勝利したと思って油断したお前は隙だらけだったからな。戒めのためにも必要な行いだった」
「負けて悔しかっただけだよね……」
そうだよとは言えないんだなあ。男には素直に負けを認めてはいけない場所と相手がいるのさ。
こんなアホなことをしていると笑いながらハンサムな騎士が近寄ってきた。デブの親戚のプリス卿だ。
帝国騎士団アークデーモンズ所属のキャスパー・プリス大佐。役職は騎士団長直属独立戦闘団大隊長という若いわりにかなりのおえらいさんだ。そしてクルクル巻き毛の王子様系のハンサムだ。
「俺に言わせればどっちもダセえよ。デブくんに負けたリリウスは言うに及ばず、リリウスの反撃をまともにくらったデブ君もどっちもな」
木剣で自分の肩をとんとんと叩いてるプリス卿が俺と向かい合う。指南してやっからかかってこいって態度だ。……この人ガチで強いからやりたくねえなあ。
仕方ないのでプリス卿の相手をしてあげる。軽やかなステップを踏みながらプリス卿の周囲を右回りに移動して……
「お前は無駄な動きが多いんだよなあ」
「無駄かどうかは勝負の後にわかるさ!」
「もうわかってるから言ってんだよ……」
俺の猟犬のステップを無駄技扱いすんのやめてくんない?
フェイントを入れながらプリス卿に肉薄する。これいけるんじゃね?
ディレイを利かせながらプリス卿の左後ろから切りかかる。これいけるよ!
かーん!
「あ……」
俺の振りかぶってからの渾身の袈裟斬りが、振り向いてもいないプリス卿の、さらには木剣を持ってもいない素手の左腕に柄頭を叩かれたせいで、手からすっぽ抜けた木剣が宙を舞う。
よし、蹴りをぶちこもう。
「その切り替えの早さは才能あると思うぜ?」
プリス卿の膝を蹴りをぶちこもうとしたが影も残さぬ超速移動で見失う。と思えば背中から蹴り倒されてしまった。……この人チャラいけど普通に強いんだよな。まともにやっても勝ち目のないレベルで。
プリス卿がダメだこりゃって顔でこっちを見下ろしている。
「だが単純に遅いし軽いし何より体幹が弱え。つか威力を出そうと急いてるせいで反撃に弱くなってる。そんなんじゃ多対一には対応できねえぞ」
「いや、これ一対一の訓練じゃん」
「それがデブくんに油断がどうのと語ってた男のセリフかよ」
なんと正論!
「俺もお前の名言には感心したんだぜ。訓練とか設定したルールなんてどうでもいいよ、剣士ならどんな状況には対応して切り抜けてみせろ。それができねえ奴はささっとくたばっちまうもんだ。……どうした?」
「いや、プリスのあんちゃんにしては正論だなーって」
「俺はいつも正論言ってんだろ。せっかく面倒みてやってんのにひでえこと言いやがってよ、俺をなんだと思ってんだよ」
深刻な馬鹿だと思ってますけど。人間関係破壊スイッチみたいなもんだから言わないだけで。
「まぁいいや。稽古をつけてやるよ、続きやろーぜ?」
「おう」
プリス卿を相手に打ち込み稽古をする。基本的に俺が斬りかかって、プリス卿が受けに回る。まさしく稽古だ。
「剣は嫌いか?」
「まぁ、苦手っすね」
「だろうな。普通にやればそこそこ戦えるくせにこの距離では何をしていいいかわかってねえ感じだ。実戦だろうが近接戦闘だろうがでけえ魔物にだってビビリやしねえお前がどうしてこの距離を怖がってるんのかねえ」
怖がってるっつーか苦手なだけなんだが。
それとも俺は本当に怖がっているんだろうか? 剣の間合いを恐れているのだろうか?
「何をどうするにせよ剣には慣れておけよ。お前が使うためにっつーか自衛のためにもな」
「自衛?」
「ああ。剣を使う奴は多いからよ、剣を学んでおくことは護身にもつながるって話だ。ほら、剣の苦手な距離とか位置取りとか場所とか知っておけば強い奴が相手でも何とかなるかもしれねえだろ」
「最初からそれを教えてくれねえっすかねえ?」
「ばぁ~か、自分で使ってこそ見えてくるもんだろ。他人から聞きかじった対策なんかにてめえの命を預ける馬鹿はそもそも戦いの場に出るんじゃねえよ」
「……今日のプリスのあんちゃん、普段より賢そうに見えるぜ?」
「……いや、お前の中の俺ほんとどんな評価なんだ?」
二桁の足し算もゆうゆうと間違える深刻な馬鹿ですけど。
でもプリス卿は面倒見はいいしたまにお菓子をおごってくれるしこうして稽古もつけてくれる、悪い人ではないんだよなあ。
俺はそんなことを思いながら中庭を見渡す。騎士団の訓練場でもある中庭には地獄のしごきを受けている連中の悲鳴と涙がこだましている。プリスのあんちゃんが面倒を見てくれる理由ってたぶん訓練からのサボタージュだよね。
あぁまったく今日もイイ汗を掻けちまうぜ。こんな日のサウナは最高だろうなあ。
◇◇◇◇◇◇
騎士団での過酷な訓練の後、団員はサウナに直行する。蒸し蒸しのスチームサウナで肉体の疲労を癒しながら団員どうしで「今日の訓練も頭がイカレてたな」とか「書類仕事しながら俺達についてくる閣下はあれはつっこみ待ちなのか?」とか日々の愚痴を言い合うことで交流する。
サウナとは騎士団の心のオアシスであるのだ。
◇◇◇◇◇◇
サウナはいつにない緊迫感に満ちている。普段なら馬鹿な話がワイワイ飛び交っているはずのサウナが恐ろしいまでの緊張感に満ちている。それは、なぜか?
答えはたった一つだ。普段はいない騎士団長閣下がサウナにいるせいだよ!
すげえよ、いつもは馬鹿話ばっかりしてる騎士たちがみんな無言で俯いたまま、じっと石の床を見つめ続けているんだ。
上司と入るサウナ。控えめに言って地獄だ……!
手ぬぐいを頭から被っているロン毛の騎士団長閣下がサウナへと視線を走らせる。騎士のあんちゃんたちは最大級の怖気に震えたみたいに身を震わせているのがちょっと面白い。ダメだ笑うな俺、笑うな…無理だ……
そんな緊張のサウナに騎士団長の厳格な声が飛び出す。
「おい」
「「はい!」」
騎士のあんちゃんたちが一斉に返事する。イイ返事だ。面白すぎて笑うわ。
「俺のことなど気にすることはない。普段どおりにしていろ」
「……」
「……」
「……」
上司から普段どおりにしていろと言われて、本当にハイそうしますなんて振る舞える奴は出世できないと思う。そしてみなさんは賢明な方々なので……
「え、いいんすか?」
と思ったら馬鹿がいた!
巻き毛のハンサムな騎士が一瞬でニッカリと破顔する。
「いやぁ~、いつにない緊迫感に呑み込まれてついつい黙っていましたが無用な気遣いでしたか。みんな、いつもどおり馬鹿話でもしようぜ」
この王子様系のハンサムの名はキャスパー・プリス・セルジリア。名前からわかるとおりデブのご実家のセルジリア家門に属する男である。そして馬鹿だ。だがただの馬鹿ではない。陽気で明るい光の馬鹿であるのだ。
プリス卿が一人でしゃべりまくる。賢明な騎士のみなさんは黙りこくっている。すげえよ、馬鹿はすげえよ、この空気でよくしゃべれるよホント。
「でよ、この後は当然行くんだろ?」
「ど…どこに行くって?」
騎士の一人がそう尋ねた。おそらくは反射的な返答だ。だって言ってから「やべ!」って顔してるもん。
そしてプリス卿がすげえイイ顔で立ち上がり、グイングインと腰を振り始める。
「決まってんだろ。これもんよ!」
こいつッ、上司の前で夜のお店に行く話をしよった!
どうなんだ、これはどうなんだという戦々恐々な空気の炸裂するサウナに響き渡る光の馬鹿の明るい声。
「あ、閣下も行きます?」
「「あんたには怖いものがないのかぁあああああ!」」
騎士のあんちゃんたちが一斉にプリス卿に跳びかかっていき、腰に巻いていた手ぬぐいで奴の口をふさぎ始めた。
そして閣下は俯いたまま顔を伏せているのだが……
「あのぅ閣下、もしかして笑ってます?」
「さて、どうだろうな」
もしかして意外にシモネタも好きなのかなあ。
「やめろー! 何を使うにしたってその手ぬぐいだけはやめろー!!!」
口を塞がれかけてるプリス卿の悲惨な悲鳴がサウナに轟くや、その御方の名誉にかけて誰とは言わんがとうとう堪えきれずに噴き出したのである。