三馬鹿トリオの結成?
などと企んでいたら翌朝……
「遊びに行きましょ!」
「お、おう……」
貴族のホームパーティーにお呼ばれしたら基本的にホストのお屋敷に数日はお泊りするものだが、朝一番で遊びに来るとは思いもしなかった。
まだお外も真っ暗な朝の五時くらいなのに元気良すぎねえか?
それと何でまた公爵家のお嬢様が小汚いぶかぶかのオーバーオール着てるんですかね……?
「ちょ、ちょっと待っててね。おーい親父ー!」
ロザリアお嬢様と仲良くなるそれ即ち俺の死を意味する。
俺は急遽姿見で髭剃りをしている今世の親父殿に助けを求めた。親父殿つまりはファウル・マクローエン男爵だ。
昔は輝くばかりのハンサムメン(本人談)だったらしいが今はちょいとくたびれた、貴族のご当主様にも関わらず生活に疲れた感じが出ている四十手前のヒモ系優男が俺の頭を強引に撫でやがるぜ。
「なんだなんだ親父だなんていっちょまえの口利きやがって、ダディと呼べ」
やだよ金持ちの馬鹿息子みてえじゃん。
「ダンディダディってな、ガハハ!」
親父ギャグだったんかーい。
「今日って色々予定あるよな、遊びに行く暇なんてないよな?」
「子供のうちから変に気を回そうとするな。ほれ、お小遣いをやろう」
くっ、普段ケチな親父殿が銀貨二枚もくれやがった。
あれか、友人の娘さんの前で恰好いいとこ見せたい的なあれか。間が悪すぎる!
「ハハハ、ロザリアちゃんにもあげちゃうぞぅ」
「おじさまありがと!」
ロリに頬キスをされて泣くな親父! 絵面が犯罪なんだよ!
「……うちのもロザリアちゃんくらい可愛げがあればなあ」
姉貴は十歳にして早くも反抗期が始まってるからなあ。
最近ではくさいとか汚らわしいとかいって近寄りもしない、むしろ全力で逃げていく始末だ。
「では楽しんできなさい」
「はーい」
「うす……」
助けを求めたはずなのに全力で送り出されてしまった。
ま、まぁ遊びに行くのはいいんだ。そこまで仲良くならなければいいだけの話なんだ。
だが無視できないものが視界の片隅にうずくまってるぞ! 具体的にはお嬢様の背後だよ馬鹿野郎! なんで親父殿はこれをスルーできたの!?
「あのぅ……そこでめそめそ泣いてる人はどういうこと?」
「園芸師の子供のノックスよ!」
「そのノックス君はなぜにパンツ一丁で泣いているんですかねぇ!?」
虐待か、虐待なのか!?
ロリザー様は七歳にしてすでに深い闇を抱えているのか!?
「屋敷を抜け出すためにノックスと服を交換したんだけどぉ……ねえなんでわたしのドレス着ないの?」
「お嬢様……ぼくにこのドレスはきついです」
見たところ十二歳前後のノックス君に、七歳のロリドレスはサイズ的に……いや心の問題ですねわかります。無理すぎる、心が死んでしまう。
「というわけなの!」
「というわけなんです……すいません、ぼくはこれで」
パンイチのノックス君はパンイチにも関わらずペコペコしながら去っていった。
不憫すぎる。
どうやらワガママお嬢様気質は七歳の時点ですでに全開らしい。
しかしまた何がどう、というわけなのだろう……?
俺の疑問に答えはなく、ロザリアお嬢様はとことこ可愛らしく走って二つ隣の客室をノックし始めた。たっぷり五分掛けて出てきたのはバイアットとかいう胸糞デブだ。朝からポップコーンもしゃってやがる。
「どうしたの?」
「遊びにいきましょ!」
「…………朝ごはんの後じゃダメ?」
「おいデブ」
「もしゃもしゃ、なんだいリリウス君、もしゃもしゃ」
「そのたっぷりのポップコーンの後に朝ご飯まで食う気か?」
「やだなあ、ご飯とおやつは別腹だよ。もしゃもしゃ」
当然のように言ってるけどそのポップコーンの紙袋明らかにお前の胃袋よりでかいぞ。こいつの胃袋は宇宙なのか?
「ご飯の後だと終わっちゃうんだけどぉ」
「どこに行くの?」
「朝市。帝都の朝市ってすごいのよ、世界中の珍しい果物とかが並んでるの。絶対面白いと思うわ!」
「じゅるり。今すぐ行こうか!」
「よーし、朝市に出発よー!」
「おー!」
「おー……」
お願い誰か空気を読んで?
リリウス君の心の底から嫌がってる空気を察して!?
公爵家や他の貴族のお屋敷のある高級住宅街いわゆる貴族街の丘を下り平民街へ。
帝都市街地の朝っぱらから大盛況だ。
七歳の子供の目線からすれば混雑する雑踏は、まるで動き回る壁みたいに威圧感があり、踏み潰されないように俺らは手を繋いで朝市の開かれる聖オルディナ通りを目指した。
人族絶対主義を掲げる帝国だが、さすがに帝都ともなればケモ耳の獣人やエルフ、ドワーフの姿を見かける。
その大半は首輪付きの奴隷だが、奴隷制度うんぬんへの批判的感情は控えるべきだろう。
この世界さ、人権が息してねえんだ!
帝都の南北を繋ぐ巨大主幹道路、百人がお手々つないで横に並べる聖オルディナ通りの差し渡し七キロメーターにも及ぶ路面は露店で埋め尽くされていた。
この全てが青果などの生鮮食品を取り扱っているのだ、と思えば食材の買い出しに来た奥様向けに串焼きの屋台もあるし果実水の売り歩きもいる。世にも珍しい純白のトラの見世物小屋まであれば軽業師が芸を披露していたりする。
まるでお祭りだ。
朝市でこの騒ぎなら五日後の春節はどんだけ盛大なんだろうか。
国をあげての大祭って話だしすげえ楽しみになってきたぜ。
異国情緒溢れる布が掛けられた露店では、厳めしい面構えの肉体派が威勢の良い声を張り上げている。
「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここに並ぶは朝一番の船から荷揚げされた異国の珍しい果物だよ!」
ムッキムキの半裸のおっさんが掲げる果物に……俺は愕然とした。
「あんまりおいしくなさそうだなあ」
「トゲトゲだものね。どうやって食べるのかしら?」
デブとロザリアお嬢様は不思議そうに果実を見つめているが、俺だけはあの果物が何かわかっている。
俺の大好物のパイナップルだ。領地の市場を見ても見つからなかったパイナップルだが当然だ、こんな北国でパイナップルが育つはずはない。
「あれ超うまいやつだぞ」
「そうなの?」
「食べたことあるの?」
「俺の大好物だ」
「さあ黄金に輝くこの実をご覧あれ!」
半裸マッチョが大刀でスパッとパイナップルを一刀両断。
するとトゲトゲの外皮の中から黄金色の実が露わとなり、道行く通行人も足を止めて「おおー!」と歓声をあげた。
「あんなん絶対うまいやつじゃん!」
「食べましょ! 今を逃すともう食べらんないわよ!」
「さあこの異国の味は一つ金貨五枚だよ!」
「はぁ!?」
馬鹿なのッ、馬鹿野郎なの!?
金貨っていったらあれだよ庶民の四人家族が半年暮らせるよ。五枚あったら二年半暮らせるよ!? だ、れ、が、買えるんだよ!
「おっさん、一個くれ!」
「うちにも一つちょうだい!」
「五ついただこう」
「木箱でくれ」
と思ったら大盛況だよ。
さすが帝都だ、住んでる奴らもけっこう金持ちなんだな。使用人や奴隷を連れたマダムや商人が殺到してやがる。
って! 今木箱で買ってったやつ何者!?
こいつはやべえ、ぼやぼやしてたらソッコー売り切れるやつだ。
「お嬢様」
「ロザリアって呼んでって言ったのにもう」
「「いくら持ってる?」」
二人して手持ちを両手に載せて見せあう。
俺は銀貨二枚。ロザリアお嬢様は銀貨八枚。子供にしては大金持ちといっていい金額だが合わせても金貨一枚にも満たない。
俺も交換レートに詳しいわけではないがたしかテンペル金貨一枚とベイル銀貨は三十六枚交換だったはずだ。
殺到してるマダムたちはパイナップルに銀貨百八十枚払ってるのかよ……
「無理みたいね……」
「そうですね……」
二人して陰鬱なため息を吐いていたら……
「おっちゃん、僕にも一つちょうだい!」
「あいよ!」
デブがパイナップルを買って戻ってきた。
しかも食べ易く輪切りにしてパイナップルの皮をお皿にしてもらっている。
「ほんとだ、これマジうまいよリリウス君!」
「だ…だろう?」
そういえばデブの実家は帝国有数のお金持ちって設定だったな。
領地にミスリル鉱山があって食っちゃ寝しているだけで大金が転がり込んでくるニート天国だった。ぐぅぅぅ羨ましいがこのデブが自分のおやつを他人に分け与えるはずがねえ。
デブがパイナップルを俺らに差し出してきた。
匂いだけでも楽しんでくれってドSプレイか?
「二人も食べて食べて」
「い…いいのか?」
「リリウス君は僕をどんな男だと思っているんだい。おやつは友達と食べるから美味しいんじゃないか」
「デブ!」
思わずデブを抱き締めてしまった。
「お前みたいな胸糞クズ野郎にも良いところの一つくらいはあったんだな! 見直した!」
「リリウス君マジ僕のことなんだと思ってたの?」
「ありがとうバイアット! うん、これ美味しいね!」
「超うめえ!」
何年かぶりのパイナップルはよく熟れた天上の甘みだった。
その後も朝市を満喫する。
何の肉かよくわからないイシターなる動物の串焼きや、焼きそばクレープとしか呼びようのない炭水化物の化身で腹を満たした。腹が満たされると好奇心を満たしたくなるもので、占いをやってるババアのところにも突撃した。
「おやおや、これは才に恵まれたお嬢さんだね」
怪しげなババアはロザリアお嬢様を一目見るや羊皮紙の切れ端にペンを滑らせた。
『魔法適正S 魔法習得効率S 友情の輪A 剣術A 疲労回復A 魅了C』
占い?
まるでゲーム内のスキルみたいな単語が列記されている。
「これが占い?」
「何を言ってるのリリウス。このおばあさんは鑑定屋さんよ?」
「あ、なるほど」
確かある特殊な訓練を積む事で主人公だけが習得できるスキルだったな。
鑑定スキルを習得するとそれまでゲージで表記されていた敵のHPやMPが数値化されたり、未鑑定のアイテムの正体がわかるんだった。
ふっ、冒険者を目指すなら自前で用意したいスキルだ。
「ババ…そこの怪しげな老婆よ、いっちょ俺に鑑定スキルってやつを習得させてくれ」
へへ、金が必要ならそこのデブが持ってますぜ。
なんですお嬢様その馬鹿な子供を見る目は?
「何を言ってるの?」
「そうだよリリウス君、まさか知らないの?」
「なにをだ?」
「スキルってのは神様からの贈り物なのよ。欲しいからって覚えられたりするものじゃないわ」
なんだと初耳だぞ。ゲームでは主人公が新しいスキルをポンポン覚えてたぞ!?
チートか、さすが主人公きたねえ!
「ちっこい坊やには可哀想だけどそれも世の仕組みだからねえ。気を落とすんじゃないよ」
くっ、怪しげなババアのくせに優しいじゃねえか。
だが慰めながら不安な発言すんな、まるで才能ないみたいに聴こえてるだろ。こちとらチートスキルが約束された転生者様だぞひれ伏せ。
『剣術D 商才D』
「気を落とすんじゃないよ」
「二回言わなくていいよ。ババアもっとしっかり鑑定しろよ、この溢れる才能が見えねえのかよ!」
「すまないねえ」
頼むから涙ぐまないでくれ!
「僕は?」
「そっちの坊やも中々だねえ」
『剣術B 知性C 魔法習得効率C 魔力運用B 疲労回復A』
くそ、デブのくせに良さそうなの揃ってやがる。
というか今考えるとお嬢様チート級の性能してたよね。
さすがチート主人公とヒーロー相手に終盤まで張り合うだけあるわ。
「わあ、バイアットすごい!」
「ロザリア様の方がすごいよ~~」
「その」
俺が発言すると二人がギクっとした。
あれ俺何か悪い事した? もしかして生まれてきた事が悪いの?
「リリウス君、気を落とさないでね!」
「スキルだけじゃ計れない価値があるわ!」
「うるせーい!」
鑑定ババアへの突撃は非常に残念な結果に終わってしまった。
具体的に言えば俺の輝かしい冒険者人生が始まる前に幕を閉じたのだった。
その後ロザリアお嬢様とデブは俺を気遣いながら朝市を楽しむ方向に出た。
それは接待ではなく慰めである。
「リリウスこれ美味しいよ」
「リリウス君これあげるよ」
「リリウス」
気遣いが痛い。ギザギザハートの気遣い歌やでほんま、こんな絶望しかないやん。思わず関西弁になってまうやつやん。
あぁお嬢様こんなスキルもないゴミに優しくしないでくれ。
優しくしないでいいからペロペロさせてくれよゲヘヘヘ……つらいマジつらい。
「そうだ! わたくしのお気に入りの場所に連れてってあげる!」
慰め方が完全に子供レベルなんだけどほんま天使やなこの子。
十年後くらいに恋敵にチンピラ嗾けてレイプさせようとする子とは思えん。はい、そのチンピラは俺です。
お嬢様に手を引かれて大通りから裏通りに外れる。
清潔な街並みは途端に猥雑となり、無計画な増改築を繰り返した集合住宅は道路を吸収して一個の巨大なお城みたいになっている。異世界クーロン城って感じ。
路上では痩せ細った大人達が朝も早くから道路に座り込み、暗い目で俺らを見つめている……
あのあのお嬢様? 俺の危険センサーが警報鳴らしてるんですけど……?
「ここは?」
「流民街なの」
つまりは貧乏人の居住区画か。スラムと言い換えてもいいかもしれない。
社会福祉の死んでいる帝国では貴族以外の国民は貧困に喘いでいるが、それが流れ者となればさらに過酷な暮らしを強いられている。
流民なんてものは何らかの事情があって故郷を追われた犯罪者や故郷そのものを失った難民だ。
情報化社会でもない帝国において氏素性の知れない厄介者を雇おうなんて奇特な人間は少なく、まっとうな職も得られない彼らは貧困を理由に悪徳に手を染めていく悪循環。
つまりここ超やべえとこじゃん!?
「あーお腹痛いなー! 今すぐおうち帰りたいなー!」
「でもあと少しだよ?」
「超痛いなー!」
小芝居を入れて元来た道に引き返させる作戦は失敗した。
手遅れだったぜ、なにしろ悪そうな連中が勇者ヨシ〇コばりに飛び出して来たからな!
「おおっと、ここは通れねえよ!」
「いひひひ、こいつは身なりのいい坊ちゃん嬢ちゃんだねえ。たんまりお小遣い持ってそうじゃねえか」
なんというテンプレ悪党か。カツアゲマニュアルでもあるのかと文句をつけたい。
「どきなさい」
「どかねえよ、ついでに言えばもうお家には帰れねえよ」
「世の中にはよぉ、お前らみたいな上品なガキを飼いたいって変態が多いんだ。そーゆー変態にお前らを売るのが俺らのお仕事。おわかり?」
やべえな……
デブはダメそうだ、ポップコーン食う手も止まって震えてやがる。
お嬢様は気丈に振る舞ってるが幼女に戦闘力期待できるか。
この場は俺がやるしかねえ、身体は子供頭脳は大人のちから見せてやんよ!
「あー、そこのチンピラ諸君」
「あ? おめえ誰に口利いてんだかわかってんのか?」
「チンピラの名前なんか知るかよ。そっちこそ誰に声掛けてるのか理解できてる?」
「ぎゃはははは!」
「威勢のいいガキだねえ、よしまずはたっぷりいじめてやろう」
「どうせお前さんは高値で売れそうもねえしなあ!」
「馬鹿どもが、こちらのロザリアお嬢様はバートランド公爵家のご息女であらせられるぞ」
「ば……」
チンピラどもが固まる。
商家のお嬢さんくらいに考えていたらしいが、皇室とも血縁関係にある公爵家だとは夢にも思っていなかったらしい。
欠片でもその可能性に気づいていたなら回れ右して帰っていたはずだ。
彼女の一回り離れた兄君は未来の騎士団長と名高い帝国最強の魔法剣士だし、父君に至っては地方軍閥の長で、母君は皇帝陛下のお姉さんなのだ。
バートランド公爵家の激怒とは即ち国家の怒りといっても過言ではない。
「う、嘘だ! ハッタリだ!」
「貴族がこんなとこに来るはずがねえ!」
「やれやれ、やっぱり気づいてもないか。お嬢様がこんなところに来るんだ、護衛もついてるに決まっているだろ?」
よーしよしいいぞ俺ナイス俺怯えてないぞー。
ハッタリ利かせるなら余裕を見せつけろ、大丈夫俺はやればできる子だー。
「わからない? わからないかその程度の実力じゃわからないよな。いるよ、少し離れたところから付かず離れずとついてきてる腕利きの騎士がね」
「嘘だ、だったら何で出て来ないんだ!」
「そりゃ俺らを試しているのさ。俺らがお嬢様のご友人に相応しいかを見ているんだよ。ギリギリになるまで出て来ないと思うけど、出てきた瞬間にはお前ら死ぬよ?」
「つまらねえハッタリ噛ましやがって!」
チンピラが刃物抜きやがったぜ。
くそぅまだ理性が残ってればいいんだがな、喧嘩になったら負けるぞ。
史実バリアーよ起動の準備は大丈夫か? 俺ら三人とも十年は生存するはずだぞ? 十年後くらいに俺だけ死ぬけど。
「ハッタリだと思うならそのナイフで刺してみなよ、そのつまらない思い込みで死ぬ気があるならな。馬鹿者どもがッ、俺の名はリリウス・マクローエン、帝国騎士ファウル・マクローエンの子息だ。お前ら如きチンピラに恐れなど為すものか。かかってこいよ、そのつまらねえ人生即座に終わらせてやる!」
「クソがぁああああああああああああ!」
チンピラが走り出す。
俺とは反対方向のどっかへと全力で走り出した。よっしゃ勝った!
「あ、アニキぃどこに行くんだ!?」
「馬鹿野郎が、貴族と喧嘩なんかできるわけねーだろぉぉぉおお!」
「待ってよアニキぃ!」
チンピラ三人組が逃走していった。
正義は常に勝つ。俺成敗される側だけどな!
「リリウスあなたよく気づいたわね……」
「騎士の潜伏魔法に気づくなんてすごいよリリウス君」
いやハッタリなんだが信じちゃってるなこいつら。この辺は七歳児なので仕方ないが純粋すぎるだろ。
どこかから拍手が聴こえてきた。
建物の隙間にできた影の中から聴こえてくる。
やがて足音も聴こえ出し、闇の中から純黒の甲冑を纏う騎士が現れた。
おいおい嘘から出た真ってやつか。
「まさか俺のハイディングマジックを破るとはな。少年、名前は?」
考えてみればロザリアお嬢様のような高貴な御方が、変装したくらいで屋敷を抜け出せるわけがねえ。護衛もちゃんとついてきてたってわけだ。朝早くなのにえらいぞ護衛君。
「リリウス・マクローエンです」
「ガーランド・バートランドだ」
んんぅ? ガーランド・バートランドだと!?
音速でお嬢様へと振り返ると、唇を尖らせて拗ねていた。
「おにーさまもお暇ですのね」
「可愛い妹の身を案じるのはすべての兄の義務なのだよロザリア。というのは冗談で朝市の巡回中に偶々見かけてな、面白そうだからつけてきた」
という事は途中までは護衛がいなかったのか。バートランド家危機管理ちゃんとしろ。
で、未来の騎士団長閣下はなんでまた俺の前で仁王立ちするんですかねぇ……?
「君は当然騎士になるのだろうな?」
冒険者志望ですとは言えない迫力なので頷いておくとそうかそうかと笑い出した。
「才能ある若者は大歓迎だ。君、帝都にはいつまで滞在する予定だ? 暇があれば騎士団本部まで顔を出しなさい」
嫌ですとは言えない威圧感なので頷いておく。
暇ではなかったので行かなかった感じで穏便に済ませたい。
というかこの人押しが強いな、ゲームだともっと陰気であっさりした人物だったはずなんだが十年分若いせいか?
「おにーさまわたくしのお友達を取っちゃやーです」
「ククク……すまんすまん」
すまんと言いつつその邪悪な笑みはやめてください。
「まぁゆっくりと考えてくれたまえ。だが鍛えるのは早ければ早いだけ良いぞ」
と言い残して未来の騎士団長閣下が去っていく。
あのあの、せめてここから出るまで護衛してってくれませんかね?
そんな一幕を挟みつつロザリアお嬢様のお気に入りの場所ってやつに無事たどり着いた。
今はもう使われていない廃棄された教会の大鐘楼から見下ろす帝都一望は素晴らしい眺めで、地平線の彼方まで続くような全長三十キロメーターの大都市はまだ多少の雪をかぶっており朝日を浴びて宝石のように輝いている。
なんだろうね、今さ、すげえワクワクしてるんだ。
「春節のパレードもここから見ましょ!」
「いいね!」
「むしゃむしゃ、いいよ~、むしゃむしゃ」
晴れ晴れとした青空の下で俺らは五日後の約束を無邪気に交わす。
俺ごときではこの程度の小さな約束さえ守れないと知らずに。
◇◇◇◇◇◇
リリウスの父ファウル・マクローエンは帝国の男爵でありながら、帝国貴族の通例として形式的ながら騎士でもある。
普段は領地と西の国境線を往復しているファウル男爵だが、せっかく帝都に来たのだから騎士学院生時代の友人と旧交を温めようと、バートランド公爵と共に騎士団本部のある帝都郊外の砦を訪問する。
そこで珍しい男を見かけた。バートランド公爵の長男であるガーランドだ。完全無欠の赤毛の貴公子の容貌と、鍛え抜かれた鋼の肉体を持つ彼は偶然出会った父とその友人に完璧な一礼をした。
ニヤニヤニヤニヤ、どことなく不穏な微笑みを浮かべている。
「マクローエン卿は良いご子息をお持ちだ」
「こいつには負けるよ」
お隣の公爵様の胸を肘で突く。公爵様の息子は次期騎士団長の呼び声も高い帝国最強の騎士だ。
眼前の青年こそがそうなのでこれは気の利いたジョークと呼ぶべきだろう。
「いやいや俺に勝るとも劣らぬ才ありと見た。実は先ほどですな」
ロザリアを含めた未来の三馬鹿トリオがチンピラに囲まれたお話を披露すると、バートランド公爵が苦い顔をした。
「ロザリアの護衛を増やした方がよさそうだな」
「急務でありましょうな。父上がよろしければ騎士団から派遣いたしましょうか?」
「いらん。こちらで動員する」
会話から察するに家族仲は良くないらしい。
そうした空気を察しながらファウル男爵はやや狼狽していた。
騎士学院二回生の長男ラキウスの事だと勘違いしていたのだ。まさか五男リリウスだとは夢にも思わなかった。
「リリウスにはまだ武芸の稽古はしておらんのだがな。本当に貴殿のハイディングを看破したと?」
「ええはっきりと」
「若くして帝国最強と謳われる貴殿の?」
「間違いなく」
これほど言葉を重ねてもファウル男爵は信じられない様子だ。
それもそのはず父なればこそ息子の実力くらい把握している。まさかテキトーこいたハッタリだなんて思いもしてない。
「まだ武芸のイロハも教えていないのであればそれは別格の才能の為せる技でありましょう、ご子息には優秀な師を付けるがよろしかろう、卿さえよろしければ騎士団で預かりたいものです」
「……信じられんな、あれは少々抜けたところがあるゆえ」
「能ある鷹ほど爪を隠すものです」
「信じられないついでにもう一つ、ガーランド卿がそこまで買ってくれる理由もわからん」
「先日ドロア団長より騎士団長の内定を戴きました」
「ほぅ……!」
「それはめでたい。で、それがうちの子と何の関係があるのかな?」
「騎士団は世代交代を迫られています。年嵩の騎士は俺のような若輩の命令など聞きたくなく、同年代ともなれば俺に栄光の座を掠め取られ忸怩たる想いでしょう。幾ら有能であろうと退役寸前の老害も憎しみに目を曇らせた愚か者も不要、若く優秀な忠実な手駒が欲しいのですがそういった者は中々おりません」
「つまり」
ファウル男爵の目が鋭く細められる。
同時に男爵が腰に帯びた魔剣ラタトゥーザから強烈な風が吹き荒れる。緑光に輝く風の帯は騎士団本部の床を、壁を、柱を、その圧倒的な暴威で切り刻んでいく……
ガーランドの背後に並んでいた騎士どもは立つことさえできずに膝を着き、留まることさえできずにじりじりと後退させられていく。それは男爵の隣に立っていたバートランド公爵も同じだ。青白い顔をしながら親友の暴威を止められずにいる。
だがガーランドだけは泰然自若とし、暴威の中でさえ完璧な貴公子を演じている。
「うちの息子を騎士団内の派閥争いに引き込むと?」
「そうした考え方もありましょう。が卿はどうもご子息を侮られておいでだ、未来の幹部候補として直に指導することをお約束しましょう」
嘘偽りではないらしい。
回廊に吹き荒れていた嵐風がピタリと止み、ファウル男爵の態度が風と同じく軟化する
「それが本当ならありがたい申し出ですな。今晩あたり息子に話をしてみましょう」
「吉報をお待ちしております」
リリウスの未来はリリウス自身の与り知らぬところで着々と動いているようだ。
彼の冒険者人生は本当に始まる前に幕を下ろしてしまうのかもしれない。