武器マニア敗北するの巻
停止したペール迷宮の最下層。大罪の使徒は赤黒く染まったダンジョンコアの前で興味深そうにレコードを読んでいる。
ダンジョンコアにはダンジョンの情報が蓄積されている。取り込んだ魔物を複製して侵入者を殺す量産兵器とする機能と同等の、記録機能だ。
この閲覧は当然ながら尋常の技ではない。彼が仕える邪神から与えられた特殊な術を用いてのものだ。
迷宮の暴走から僅か三日。それも自らが情報封鎖・妨害する中でたった三日で鎮められるというのは想定外すぎた。不可解に思いダンジョンレコードを読んでみれば多少は納得できた。
最下層の守護者を倒したのはガレリアの殺人機械。ハイエルフ。アシェラの悪徳信徒。他の二人は従騎士階級なのだろうが前衛アタッカーとして相当にハイレベルな連中だ。
「ガレリアと組んだハイエルフの戦闘部隊か。いやいやさすがはウェルゲート海の太陽、田舎とはひと味ちがう恐ろしい連中がいるな」
暗殺教団ガレリアにはオリジナルナイン・セルトゥーラの直系王族が協力している。オデトゥーラという伝説の猛将だ。彼女はおそらくそのつながりの一人なのだろう。娘かもしれない。
大罪の使徒ガラテアは名誉ある闘争を願っている。神々は人の闘争を愛し、素晴らしき闘士には御言葉をもって報いるからだ。
強敵との戦いは望むところ。強ければ強いほどよい。困難な敵が現れるということを教義に照らせば神々がそれを望んでいるからだ。困難な試練を与えられることは信徒にとって神の愛であるからだ。
だからガラテアはくつくつと笑っている。神の愛が与えられることは彼にとって至上の喜びだ。
「おお我が主よッ、ご照覧あれ必ずやあの強敵を屠ってみせましょうぞ!」
さあ闘争へ!
……と帰ろうとしたガラテアの足が止まる。
「いかんな、興奮のあまり任務を忘れるところであった」
ガラテアが懐から小箱を取り出す。
小箱の名は『神器エンテレケイア』という、内部に固有世界を持つ封印具だ。これは封印し持ち帰るという機能だけを有する呪具であり、それだけに特化しているがゆえに非常に強力だ。活動停止中のダンジョンコアでさえ持ち運べるほどに。
「≪我は招く神々の欠片≫」
キーワードを唱えて岩壁に埋まったダンジョンコアを吸引する。抵抗する素振りさえも見せずにあっさりと封印箱に吸い込まれたのを確認してから小箱を閉じ、術符を張りつけて封をする。
彼の任務はこれで終わりではない。最下層に僅かに残ったリバイブエナジーを気流操作で搔き集めて別の箱(これは封印具としての等級は三段は落ちるが)にしまいこむ。
これで任務はおしまい。あとは本国に持ち帰り、主に捧げる供物にする。通常なら。
「ガレリアとてリバイブエナジーは欲しているはずだがなぜ放置されていた? イザールは不可解な酔狂人だが意味のないことはしないはずだ。何か狙いがある? それは何だ?」
しばし熟考してみるが答えは出なかった。
ガラテアの賢者のごとき知性をもってしてもガレリアの殺人人形が休暇中に冒険者やってるなんて謎の事態を導きだすことはできなかった。
わからないは許されない。主への報告は正しくするべきだ。わからないはわからねばならぬ。
「サンプルが必要だな」
ガラテアが手元の小箱を見下ろす。この中にはモンスターパレードを引き起こすまで成長したダンジョンコアが貯め込んだリバイブエナジーがおよそ12%収納されている。ライフエッセンスポーションなど比較にならない純度だ。
ガラテアは考えた。このエナジーの使い道を考えながら、魔物の血肉で汚れたダンジョンの通路を戻っていった。
◆◆◆◆◆◆
黄金騎士団団長シュテル王子がリリウスの話を聞いた時、正直に言ってこんな感じだった。
(パレードねえ……? かなりうさんくさいな。投資話もってくる自称親戚よりうさんくさい)
かなり疑っていた。なおその自称親戚は本物の親戚だけど、関わり合いになりたくない親戚ってだけだ。
とはいえ以前コパからこいつは信じたほうがいいみたいな助言を貰ったことがあるので、一応前向きに考えてやることにした。悪戯だったなら戦費を負担しろと言えば取り下げるはずだ。
だがリリウスは条件を呑んだ。行って帰ってくるだけで15000ユーベル払うと承諾するとは思えなかったが、じつはこの時点でも半信半疑だった。
疑いの中にはシュテルを王都から誘引している間に王都でわるさをするとか、王都からおびき出して暗殺みたいな外道な妄想もあった。3000騎というのはシュテルの護衛としては万全であり、王都防衛に十分な戦力を残せる、半信半疑の兵力である。
ところが実際行ってみればトリアタ市は市外壁を破られての総力戦の真っ最中。慌てて騎士団による絨毯爆撃を行い、責任者であるトリアタ市領主とペール市領主から事情聴取した結果三日前からパレードが起きているという最低な事実が発覚した。
報告を聞くシュテルは内心冷や汗ダラダラである。
(……3000騎では足りんな。近隣都市の防衛も考えればあと5000騎欲しい)
騎士団員に命じて王都から応援を引き出させるという二度手間をやらかすはめになった。なおリリウスはとっくに来ており、二時間も前にペール迷宮を鎮めに行ったとかいう頭のおかしい報告を聞いた。
この説明を行ったのは冒険者のフェイ・リンだ。彼とはフェスタでの縁がある。礼儀作法はリリウスと同じでなっとらん奴だが極めて実直で、若い武芸者としては好感が持てるため、最前線で鬼神のごとき活躍をしていたこいつをわざわざ呼び出して説明させた。
「あー、つまりだ。あの馬鹿もんはたった五人で迷宮を攻略しに行ったのか。死ぬだろ」
「そうか? ウルドなら一人でも余裕で攻略してきそうなものだが」
「ウルドのばあさまはたしかに強力なカードだが……ダンジョンパレード舐めすぎとちがうか?」
「改めて言われると狂人の所業だな」
「だろう」
フェイが納得したので同意する。だが勘違いだった。フェイは納得はしていなかった。極めて好戦的な闘者の笑みを張りつけて、こう言う。
「あんたはリリウスを舐めすぎだ。このアロンダイクの手甲を賭けてもいい、あいつはダンジョンを鎮めて鼻歌まじりで帰ってくるさ」
「ふん……! 男の友情か。面白い、それが本当なら乗ってやる」
シュテルは今になって思えばなんであんな馬鹿なギャンブルやっちまったのかと後悔することになるが、シュテル個人の宝物殿から好きな武器を持っていく権利を賭けてしまった。たぶんアロンダイク装備に目が眩んだのだ。
とりあえず連れてきた3000騎の竜騎兵を二個中隊ずつの15部隊に分けて近隣都市の防衛に回し、シュテル自身も東方のガルム自治都市領へと向かった。自治都市領の付近には赤虎騎士団の駐屯部隊がいるので応援を出させるのである。
あっちこっちを飛び回ってパレードへの対処を行い、翌日の昼間になってようやくペール市上空から迷宮の様子を確認したら……パレードが鎮まっていたのである。
これを見た瞬間のシュテルは鼻水を宙からまき散らさんばかりの驚きぶりであった。
(わからん。リリウスめが本当にわからん……あんな賭けするんじゃなかった……)
そしてパレード鎮静化から二日後の王都で、シュテルは騎士団本部の執務室にフェイを呼び出した。パレードへの対処は副官のブライに任せてきた。シュテルの立場はあくまで王都守護であり、イルスローゼ全体の治安を広範囲でカバーする最大戦力である竜騎兵を用いての予備兵力なのだ。
パレードにあたるのは赤虎騎士団二万と黄金騎士団からの派遣戦力八千で足りると踏んだので王都に戻ってきたわけだ。
「用件は言わずともわかっていると思うが」
「僕も楽しみにしていた。昨夜から眠れなかったほどだ、さっそく宝物殿を見せてくれるんだろ!」
シュテルはフェイから同類のにおいを感じ取った。武器マニアのにおいだ。
だが一応抵抗はしてみる。
「うむ、好きな武器のどれかか、一万ユーベルのどっちかを選んでくれ」
「武器がいい」
「間違えた、三万ユーベルであった!」
「武器にしてくれ!」
フェイは譲らなかった。シュテルは頭を抱えて、こう言う。
「手加減はしろよ」
「わかった。拒否権は二回まで認めよう」
早々に二回拒否らせて好きな物をかっぱらっていこう宣言にしか聞こえなかった。シュテルなら絶対にやる。この条件下であれば大して欲しくもない価値だけは高そうな武器を最初に二回選び、本命を奪いに行く。絶対にやる。
武器マニアどうしの激戦を終えた後だと話ができない気がするので、先に別件を済ませておくことにする。
「先にリリウスの話を聞きたい。座れ」
「きたないぞ、時間稼ぎだな!」
フェイはこの世間話の時間を宝物庫からめぼしい武器を引き上げる時間だと勘違いした。武器マニアだから絶対にやる。事実シュテルはそういう思念を部下に送って宝物庫は今まさにテンテコマイだ。
しかしそこは太陽の王子である。ポーカーフェイスで真面目な顔つきをする。
「待て、真面目な話だ。この目を見てくれ、これが嘘をついている男の目に見えるか?」
「む……」
フェイがおっさんのくりんくりんの輝く瞳を凝視する。THE人情派、THEいい人、平民がタメ口きいても怒らない庶民派王子のくりんくりんの目だ。
「わかった。あんたを信じよう」
(すまん)
フェイが男気を見せたのでちょっと情けなくなったおっさんであった。
自分の息子より小さな子供を騙した葛藤に苦しむ(じゃあそんなことすんな)おっさんに、フェイが問う。
「リリウスの何を聞きたいんだ?」
「暴走した迷宮を五人で鎮めちまう連中に興味がない武人ってのはこの世におらんぞ。あいつはどういう来歴の男だ?」
「てっきり黄金騎士団も調べていると思ったんだがな」
「国元に照会したが向こうから拒否されたのだ。あちらの貴族院の議長……たしかアルヴィン・バートランドと言ったか。直筆の署名付きで照会には応じかねるときたもんだ」
「僕も詳しくは知らないが領地では野郎のケツにスプーンねじ込む悪魔と恐れられていたらしい」
「それだけ聞くとただのホモだな」
「あいつそっちはまともだぞ。何しろ嫁探しにベルサークにまで侵入したしな」
「伝説のハイエルフの都に侵入した理由がひどすぎるな。つか実在したのか。まさかお前も同行したのか? よく生きて帰ってこれたな」
「とっ掴まってセルトゥーラ王の眼前に引きずり出されたぞ」
「冒険してるじゃねえか冒険者。お前らの活躍もじっくり聞いてみたいぞ」
「武器選びを終えたあとならいくらでもな」
フェイはリリウスより手強いので、絶対に諦めそうになかった。
その後も色々尋ねてみたが知らないことが多い、というか国元での地位やどういう交友関係があるかといった情報は出てこない。どうやら故郷によい思い出がないらしく、あんまり思い出したくないらしい。
「あいつの兄貴がアルテナ神殿に入院している。そっちに聞いたほうが早いぞ」
「おう、そうするか。紹介してくれ」
「武器を選んだ後ならな」
フェイは本当に手強かった。この後シュテルは国宝からは一段落ちるものの、大変強力な太陽の双剣リコラスを毟り取られるはめになった。木箱の底にある隠し蓋に隠したこいつを発掘した時のフェイのあくどい笑顔ときたら……
◇◇◇◇◇◇
フットワークの軽さには定評のあるシュテルがアルテナ神殿を尋ねたのはフェイとの相談を終えてすぐだ。
アルテナ神殿は昼食を迎えて忙しさもひと段落、こののんびりした時間を狙って出向いた。ちなみに王族が訪問するとなると事前に書簡を交わしたりと大変面倒な手続きが必要になるため、いつものお忍び町人モードで出かけた。
熊みたいな筋肉の塊のマッチョなおっさんがガテン系の服で訪問したので誰も疑わない。面会相手も冒険者だし普通に冒険者仲間か飲み友だと思われてそうなぞんざいな対応をされた。
礼儀作法というワードを知らなそうな天真爛漫な神官の案内で病室に行くと……
「病人がイチャイチャイチャイチャ……殺されたいのあんた?」
「やめろやめろやめろ。彼氏ができないからって八つ当たりはやめろ」
「むきー! ころすー!」
リリウスの兄らしき人物がやけに目つきの悪い神官から殴られてた。マウントポジションからの殴打だ。手加減なしの全力だ。
フルーツ盛り合わせを抱えているシュテルはあ然。
「あれはどうなっとるんだ?」
「リザちー最近きげんわるいの。気にしないであげて」
入院している兄が妻と毎日イチャイチャしてるから機嫌が悪いらしい。
こいつらの存在は密偵衆から報告を受けている。ただやはりドルジア帝国は身分照会に応じなかった。冒険者ギルドを介して情報提供を請うたがそっちもダメだ。もっとも冒険者ギルドが所属会員の情報を素直に明け渡すはずがないのでブラフの可能性はある。
情報が欲しいからって兄弟凸は賢くはない手法だが、国交のない遠方の田舎国家の出となると他に方法がない。相手は所詮義賊だ。そんな奴のために遠方まで諜報員を派遣するのも馬鹿らしいと思って差し止めたが、いま思えばあの時に派遣しておくべきだった。
とりあえずフルーツ盛り合わせのカゴをプレゼント。そこらの店で買ってきた安物だ。
「……シュテル王子殿下? 御冗談?」
「現実逃避はやめろ。この魔力の持ち主がただ者じゃないことくらいわかるだろ」
「でも王子様が話を聞きに来るのはおかしいわよ。呼び出せば済むのに……」
マクローエン兄弟は大変困惑している。そりゃそうだ。普通太陽の王家はお供もつけずに市井を出歩いたりはしない。平民や他国の木っ端貴族なんて使者をよこして召喚すればいいんだ。
「戸惑わせてすまんな。俺は何事もパパっと済ませる主義だ」
この瞬間リザだけ納得した。彼女が知っている地元の騎士団長もすこぶる付きのせっかちさんだった。超ワーカホリックなので「俺がやったほうが早い!」「計算? 俺なら六秒で終わる!」という鬼の仕事ぶりで有名な男だ。
つまりリザの中で騎士団長っていうのは仕事中毒の実利主義になっている。
マクローエン兄弟が頷き合う。バトラは入院中なのでリザが受け答えを主にする形にしたらしい。領主代行であるファウストの補佐をしていただけあってリザの方が面倒な問題に対して慎重に当たれるのも理由だ。
「それでリリウスの何をお聞きになられたいのです?」
「そうだな。まず国元に照会をかけたが拒否された理由を知りたい」
「危険人物の疑いを?」
「うむ、リザレア嬢からそうした言葉が出てきたようにそう取られても不思議のない措置であることは理解してもらえるだろう」
普通国家は他国からの人物照会には特別な理由でもない限り応じる。平民であれば応じようにも資料がなくて応じかねるだろうが、貴族階級であればパーソナルデータは貴族院が保管しているはずだ。
照会拒否となれば祖国がそんな奴はいないと言っているも同然だ。当人に対して良い結果になる措置ではない。
「うちの弟は庶子なのでそもそも貴族院が把握していないだけという気もいたします」
「ふむ、ではリザレア嬢はどうなのだ? そこなバトラもか?」
「あたくしは育み。バトラは廃嫡済み。どちらも貴族階級ではありません」
「筋は通っているな」
面倒な背後関係はなし。と一応判断してもいい発言だ。
詳細を尋ねるとあっさり応じてくれた。マクローエン男爵家は極北の貧しい領地で、目立った姻戚関係もない。強いて言えば父が個人的に大貴族のご当主様とお友達であるくらいだ。
弟は本来そこのお嬢様のガードとして養育されるはずだったが本人が逃げ回っていたらしい。兄の騎士団長からも片腕に指名されたのに逃げ回っていたらしい。
「理由はなんだ?」
「冒険者になりたいって昔からずっと言ってましたので、おそらくはそれかと思います」
「たしかに冒険者になっているな」
疑念は晴れていくが理由がしょうもないので退屈だ。スパイ活動くらいしろよあいつって思い始めたくらいだ。
「兄さんからは何かある?」
「あいつと一番仲のいいお前よりたしかな発言なんて出てこないぞ。そういえばいつだったか若いうちにお宝見つけて一攫千金、家賃収入で一生ゴロゴロしながら暮らすとか言ってたな」
「マジでくだらねえ奴だなあいつ」
「座右の銘は不労所得ですもの」
「若いのにもうドロップアウト考えてんのか。なんも考えてない連中よりはマシなんだろうが……」
ここでバトラが弟の人格を語るよいエピソードを思い出した。
リリウス・マクローエンがどういう人物か一発でわかる最高のエピソードだ。
「弟は昔こういう夢を語っていました。美少女奴隷を華麗に救い出して奴隷ハーレムを作りたいと。ですがね、これは五日後に潰えました」
「ほう、何かあったのか?」
「いえね、父上と一緒に奴隷市場を見に行ったらしいのですがその後はこう言い出したのです。やっぱ自由人の普通の女の子を恋人にしたほうがいいなって」
「あいつ馬鹿なのか?」
「お恥ずかしながらうちの弟はお馬鹿さんなのです」
姉がすっぱり断言した。伝説の武具をホイホイ持ってる戦闘能力の高い馬鹿とか最悪だな。どう考えても将来的にヤクザ者になる気しかしない。
ダンジョンを日帰り攻略してくる戦力だ。これが悪に落ちたら大変厄介な存在になる。シュテルの任務は王都守護なのでそういう存在は歓迎できないが……
(消すには惜しいか? 手綱を握っておくべきだろうな。アルステルムのクソ坊主にはビビっているようだし、ナルシス経由で打診しておくか)
バトラには見舞金という名目の情報量を60ユーベルほど置いていき、おっさんは王宮に戻った。
そして息子のナルシスに相談した。ナルシスは頭がいいのでちょくちょく相談している。こいつ自身の修行にもなる。シュテルくらいの立場になると気兼ねなく相談できる相手は少ないので、これからに期待しながらビシビシ鍛えているところだ。
聖銀剣での軽いトレーニングを交えながらの相談だ。この親子は両方とも太陽宮の重鎮なので、コミュニケーションを取るにも名目が必要だったりする。
「父上は最終的にどういう形に収めるおつもりですか?」
「待て待て、結論を急ぐな」
ナルシスの発言はあれだ。リリウスの扱い方の最終形態についてのものだ。
雇用するならどういう形か。こちらから姫を出して貴族身分に取り立てて召し抱える最高の扱いから、シュテル個人と契約する家臣にする形。単なるガードにしてしまう手もある。
始末するなら暗殺か処刑か。暗殺なら簡単だ。処刑も罪をでっちあげるくらい簡単にできる。こういう言い方はあんまりよくないが、平民の一人や二人始末するのに理由など必要ない。シュテルやナルシスのような立場の者であれば個人的な考えで町の一つや二つ浄化処理することも可能だ。
だがシュテルは結論を急ぐなと制止した。つまりまだ見極める時間がほしいのだ。あの憎たらしいアルトリウス・ルーデットも求めた少年だ。将来性はかなりあると見込んでいる。……つまり兄弟からの馬鹿呼ばわりがなければ厚遇で雇ってやるつもりだったのだ。
「お前はせっかちすぎるのだ。悪い癖だぞ」
「最終的な目標が見えているほうが策も打ちやすいのですよ……」
ナルシスが拗ねちゃった。
息子は頭はいいが何事もきっぱりしすぎている。そういう意味でもまだ修行中なのだ。
「策を打つ手腕には長けているが融通が利かないのが悪い癖だぞ。もっと柔軟な考え方をしろ。……そうだな、お前にいち任してみるか」
「姿の見えない義賊を私に任せてくださると仰せで?」
「うむ。お前のよいように扱え。ただし短絡的な方法は控えろよ。処分するなら処分するで詳細な報告ができるようにしろ」
「ふ~~む、基本的には私の独断で判断してよいが後で監査は入れるぞと来ましたか。父上も色々とお考えなのですね」
「当たり前だ馬鹿もんが。早いうちに後進の育成が終われば俺も気楽になる。なにしろ第二の人生はレストランのオーナーシェフだからな! ガハハ!」
「それ本気だったのですか? ファトラを連れていくのはおやめくださいよ。あれは私の手駒になるのです」
「いやいや、あいつは俺の店の看板ウエイターになる。ダメだ」
「それは儲かりそうですね」
「だろう?」
ファトラ・ガランスウィードはひとなつっこい美少年なので王宮すずめの間でも大変人気がある。あいつがウエイターになったらレストランは貴族女性で満員のウハウハになるにちがいない。
とはいえシュテルもわかっているはずだ。血統スキル持ちに平穏な人生はありえない。ナルシスと同等の才能を持つファトラもまたその身を蝕むスキルに苦しむことになる。今はまだ幼く魔法力が低いが、そのうち耐え切れなくなる。
熱量における完全耐性を持つ太陽の始祖と同じ肉体を持ちながら己の体内から発する熱に負ける日は、そう遠くないはずだ。
シュテルもナルシスも血統スキルには苦労してきたからファトラは甘やかしている。完全な怪物になる前に愛された記憶があったなら、怪物は怪物でも優しい怪物になれるはずだから……
ナルシスは孤独な幼少期を送ってきた。遠方の国に生まれ、彼を怖れる無理解な大人たちに囲まれ、父のぬくもりさえ知らずに……
自分の捻じ曲がった性根もひねくれた心ももう戻せはしないが、それでもファトラだけは守ってやりたかった。孤独の痛みを知っているからだ。




