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ルルは気づいた

 古代魔法文明の遺跡探索のために王都ローゼンパームを旅立ったルル・ルーシェとコンラッド・アルステルムはユーディーの田舎町にひと晩の宿を求めた。


 どんな小さな田舎町にも一つは必ずあるような安っちい酒場に入り、安いビールと安い郷土料理を囲んでいる。上機嫌なルルは「まずいまずい」と笑いながらメシを食べているので、地元民の皆様から大変不愉快そうな睨みが飛んでくる。


 十人ばっかしから殺意ギリギリの眼差しを浴びてるのに何も気づいていないのである。


「まずいのなら食べなければいいではありませんか」

「まずさの中にも味がある。あぁこの用法はおもむきだぞ伯爵。味がなければさすがにブチギレてこの店を破壊している」


 あ、やべー奴らだ!

 瞬時に察した地元民のみなさんが殺気を引っ込める。ルルが悪戯みたいにちょいと広げた破壊魔法式の意味を理解できたわけではないが、田舎の魔導師とはレベルがちがうことだけは察したのだ。


 なおみなさんは一番やべー奴が微笑みを絶やさない執事服のハンサム君のほうだとは気づいてもない。この男やろうと思えばこの町の全兵力の三倍を真っ向勝負で蹂躙できるのである。


「旅の醍醐味は食べ歩きだろう。珍しい食いもんは人生の花だ。夏休み明けの話題にもなるしな」

「また弾まなそうな話題ですね」

「いやいや旅行記に一定の需要があるように人間食事には並々ならぬ興味があるものだぞ。君は舌が肥えているからね、不満があるのはわかる」


 ちなみに旅の足である飛空艇には豪華なキャビンとアルステルム分王家お抱えのシェフがいるので、旅先でも最高級の料理が楽しめる。ふかふかの寝台もある。


 なのにルルはわざわざこんな安宿に泊まろうと言い出した。旅の醍醐味ってやつなんだろうが、おぼっちゃん育ちの伯爵はあんまり乗り気ではない。下町はとにかくくさいのだ。貴族にはこの不衛生な香りは耐えられない。


「君まで付き合ってくれなくていいのだぞ、とは言わない。せっかくの旅行だしな」

「わたくしも執事ですからトコトンお付き合いしますとも」


 名物の名が泣きそうなシェパードパイをツマミに温いビールを飲み、話題はズレにズレていく。


 明日には到着予定の古代遺跡の話。夏休み明けのテストの話。制作はしたもののまだ微調整の残っているマジックガンナー兵装の課題点の羅列。こいつは飛空艇での移動の間の楽しみとして持ち込んでいる。


 あれやこれやといじってはいるが消費魔力と比較しても威力が微妙なのは何か見落としがありそうなのだ。理論的には理解していても致命的な部分をじつは理解できていなかったというのは存外あることだ。


 時には優秀な学者よりもそこいらの酔っぱらいの適当な発言のほうが的を得ているなんてこともよくある。


「ま、どうにもならなければあのステルス小僧をとっ捕まえて意見を出させるとしよう。あいつ頭は悪いが物知りなんだよね」

「知識はあってもうまく使いこなせない。わたくしどもも他人事ではありませんがね」

「うむ、なぜか知らんが世の中の役に立ちそうな物を作ろうという気にならん。これもまぁ結果的に言えばあの小僧と似たような性質なのだろう」


 日頃先生がたからもっと実のある研究をしなさいと言われているが、誰にでも作れそうな物は誰かが作ればいい主義者なので本当に自分が面白いと思った物しか作らないのがルルだ。そしてその優秀な頭脳をルルの助手に使ってる伯爵も同罪だ。


 とはいえ何だかんだでカメラの小型化に成功してアルステルム工房から量産販売したり、意外にも売れる物も作っているのだ。……ルルには一銭も入ってこないけど。


 話題がリリウスに向いたので伯爵が温めていた話題を振る。危うく夜の魔王が復活しかけたというファンキーな話だ。何しろ伯爵とコパ教授でしっかり封印済みなのでオチも安心だ。


「ほう、ではステルスコートを手に入れたか。どこに封印した? やはり君の工房だろうね。あとで軽くいじらせてくれたまえよ」


「封印? いえ、彼が持っていますよ」

「それほどに危険な呪具は即刻封印するべきだろうが。あのツルッパゲならどんなに嫌がっても無理やり封印しそうだが……」

「いえ、コパ教授も封印の必要はないとおっしゃっていました」


 伯爵がなにげなくそう言った。

 ルルは冷や汗と鳥肌がゾァッと出てきた。


(ありえんな。そんなことあるはずがない。まともな神経をしていれば呪具は封印する。絶対にだ。保有者が魔王の御業を使い出した時点ですでにアウトだ。本人の自由さえ奪ってしかるべき事態であり、あのツルツル頭が情けをかけるはずがない……)


 伯爵はいつも通りだ。いつも通りにしか見えないのに……

 すでに精神汚染されている。コパもだ。この世に五人といない最高位の鑑定師二人がそうと気づかないままに精神を変容させられている。


 認識を変質させられたのだ。呪具はコントロールできるという認識を与え、その危険性を低く見積もらせている。


(鑑定師は精神干渉系魔法への耐性が強いはずなのだがな。魔王の技は世の摂理さえ覆すのか?)


 深く考え込むルルの様子を訝しがり、伯爵が気遣うような言葉を掛けてくる。その態度も仕草も微笑みさえ依然と何一つ変わらないのに……


 ルルが杖を向ける。教鞭のような伸縮式の杖は増幅器としての位階はそう大したものではないが、ルルの強力な事象干渉力があればこそ魔法はかかる。


「お嬢様なんの悪戯ですか?」

「心をほどきたまえ、リラックスして我が魔力に委ねたまえ。君はマインドハックされている」

「……わかりました」


 七つの小節からなる光と闇の神話を唱え、150秒のチャージで増幅した魔法力を解き放つ。

 アルテナ神の奇跡『セイクリッド・ピュリフィケーション』だ。精神を落ち着かせ、混乱などの状態異常を取り除く。一縷の望みに賭けるように奇跡を放った後で問う。


「呪具をコントロールできると本気で考えているのかね?」

「あぁなるほど。そういうことですか」


 伯爵がルルの意図を察した。これにはホッと胸を撫でおろした。

 癒しの法術が彼の精神に張り付いていた認識改変を打ち砕いた。そう思ったからだ。だがルルは次の一言で地獄に叩き落とされた。


「あれはたしかに強力なマジックアイテムですが彼との精神的な接続さえ断てば問題はありませんよ。処置はしたと言ったではありませんか」


「…………君は、自分の発言に何の疑問も思わないのか?」

「お嬢様、過度に怯える必要はありません。夜の魔王だなんだと言っても所詮はいにしえの遺物ではないですか。人の歴史と共に高度に発展してきた現代魔導を用いる我らが過去の技に怯えるなど、心配性と呼ぶ他にありませんね」


 精神汚染を治す術はない。コーヒーに垂らしたミルクをかきまぜた後にミルクだけ取り出すことができないように、魔王の術は彼らさえ自覚しないままに彼らを浸食している。


 誰も不思議に思わないのか?

 誰もが認識を書き換えられ、ステルスコートの危険性を見誤っているのだ。


(我は運よく逃れられたということか。たしかにステルスコートと関わった時間は正味三日もない。すれちがう者までわざわざマインドハックを仕掛けない慎重さに救われたな……)


 テーブルに銀貨を叩きつけて荒々しく席を立つ。もう一刻の猶予もない。


「帰るぞ伯爵!」

「帰るとは……」

「ローゼンパームだ! 議長殿にも協力してもらう。わたりをつけてもらうぞ!」


 騎士団を動員して倒せればいい。思い過ごしだろうが杞憂だろうが倒せさえすれば脅威は消える。呪具を相手に穏便な解決策などない。あったとすればそれはルルでさえも取り込まれた結果的にそうなるだけだ。それはとても不幸な出来事の前触れでしかない。


 夜の魔王の再誕を、誰もが見過ごし、その時間を与えている最悪の事態だ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんでルルだけきづけたんですか? というかこの時点で主人公がモルダラ使ってるのに誰も違和感ないってこと?
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