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ペール市の最低最悪な一日(夜明け)

 夢だ、夢を見ている。


 夢の世界には何の苦しみもなかった。大好きな女性と彼女の大切な仲間と一緒に旅をしている夢だ。


 主亡きゴーレムが彷徨い管理するいにしえのベルヌーイの空中島。世界の終わりに存在する海の果てる場所ロードエンド大瀑布。天狼諸島に聳える世界一高い塔ワールドラダー。


 おとぎ話の中にしか存在しないそこへと旅をする日々は楽しく、ユイはいつも笑顔だった。


 でもこれはただの夢。姉と慕ったエレンは旅に出る前に死んでしまったから、これはきれいなだけの夢。

 夢の中で灰色の目をしたエレンはいつものように灰色の右目を隠して、悪戯っぽく笑いかけてくれる。


 背の高い彼女はいつだって大きな歩幅でさっさと歩いて行き、ときたま振り返って手を差し出してくれる。


『どうしたの、冴えない顔しちゃってさ!』

(お願い、目を覚ましたくないの。目を覚ませばそこにあなたは……)


 エレンへと手を伸ばす。その手を掴めば彼女を夢の世界から連れ出せるかもしれない。


 懸命に伸ばした手は空を切り、ユイは雨の中で目を覚ました。


 夜は未だ明けてもいない。荷台で目を覚ましたユイの周りでは気落ちした人々が眠ることもできずに膝を抱えて俯いている。


 荷車をひいているのは冒険者の少年だ。まだEランクで戦闘面で役立ちそうもないからと言って積極的に雑用をしている。彼はユイを魔女呼ばわりした連中の一人だが、けっして悪い人間ではなかった。

 ただ心に余裕がなくなって、色んなものが怖くてパニックになっていただけなんだ。


 あの時のギルドはそういう空気だった。だから気にしてはいないのに、彼は詫びるみたいに荷車にユイを載せてくれている。


 彼もユイが目覚めたのに気づいたらしい。革袋の水筒を放り投げてきた。


「飲んどけ。いざって時に口が乾いて詠唱できないなんて馬鹿らしいからよ」

「ありがとう」

「へん、何でもねえよ」


 彼はあれ以来なにかと世話を焼く機会を探しているような気がする。だが謝罪だけは絶対にしてこない。頭を下げるのは男らしくない。だから借りを返す。そういう考えらしい。


(謝っちゃったほうが楽なのに。不器用なんだ)


 でもこういう不器用さには好感がもてる。

 気遣うみたいにちらちらこっちを見てくるのも。気づくとすぐに目をそらすのも。子犬みたいで可愛いと思う。でもまだ彼の名前も知らない。


「ねえ」

「なんだよ」

「あなたの名前は? わたしはユイ」


 迷うような少しの空き時間のあとで、いやそうに……


「……ビーンズ」

「豆のビーンズ?」

「おう」


 どうやら自分の名前がきらいらしい。

 なんでかって言うと聞きもしていないのにしゃべり出す。


「荒地でも水がなくても元気に育つから豆は強いんだとよ。豆みたいに強い男になれって父ちゃんがつけたんだが、俺にとっちゃ呪いだよ」

「呪いですか? なんで?」

「背が伸びねえ」


 笑ってしまった。そのせいかビーンズはますます不機嫌になってしまった。そういえば彼の身長はユイとほとんど差がない。ハイティーンで160そこそこというのは、イルスローゼの基準でいえばかなり小柄なほうだ。


「……お前の仲間のあんちゃんたちはみんなでかくていいよな。ランクはどうなんだよ」

「リーダーのバトラはB、クラウもです。トキムネさんは私と同じで……」


「やっぱ背が高いほうが強いんだよ。父ちゃんもなんでこんな名前にしたかな、ジャイアンとかドラゴみたいなでけえ名前がよかったぜ」

「背が低くても強い冒険者を知ってますよ?」

「ほんとか。どんなだ?」


 真っ先に思いついたのはリリウスだ。少し前までは自分よりちっちゃかったのに、旅から戻ってきたら一気に追い抜かれていた。今はもう170くらいはあるんじゃないだろうか?

 でもその話はナイショにする。


「私が知ってる冒険者の中では最速ってくらい素早いのに、自分の身長よりも大きな斧をブンブン振り回してるんです」

「ドワーフじゃねえだろうな」

「きちんと人間ですよ。バトラの弟なんです」


 ビーンズが少し先を歩く強靭な体格の魔戦士を見つめ、ため息を吐く。

 バトラの身長は195もある。まだまだ伸びているらしい。


「あれの弟なら将来性ありすぎだろ。名前だってバトラだろ、強そうだしやっぱり名前だよ……」

「名前は関係ないと思いますけど」

「だといいんだがな。そういやお前のユイって何か意味があるのか?」

「結ぶだそうです。人と人を結ぶ、何かと何かを結ぶ、縁を結ぶ……糸みたいなものですね」

「ほらやっぱり。お前細いもん」


「考えすぎだと思います。コパって名前はどう思います?」

「絶対チビ」

「それがバトラと同じくらい背が高いんですよ」

「マジ?」

「ええ、もうおじいさんですけどムキムキで」

「ムキムキなのか」

「さらにえらい学者さんなんです」

「すげえな完璧かよ。名前、あんま関係ねえかな?」

「ないと思います」


「じゃあ俺もでかくなれっかな?」

「お肉たくさん食べたらいいと思います」


 テキトーこいたらビーンズが少しやる気になったらしい。こころなしか背中がしゃっきりしている。


「肉食いまくってぜってえでかくなってやる。そのためにも生き延びねえとな」

「はい。……今はどの辺りなんですか?」

「それは俺に聞かれてもな……」


 雨は相変わらず弱まる気配もない。雨具の外套を羽織っているけど体は冷え切っていて、そうした装備も用意できなかった荷台の人々には咳をしている人もいる。


 リジェネーション・ヒーリングを使えば体温の低下を戻せるが、バトラからはいざという時まで魔力の使用を禁止されている。

 バトラが先頭をトキムネに譲ってこちらまで後退してきた。


「体感だが30キロも歩いていないと思うぞ」


 避難先のトリアタ市までは112キロだと出発前に聞いた。まだ四分の一と聞くと気分も落ち込む。そもそも王都からペールまで七日かかったのだ。


 バトラが懐中時計を放ってきた。時刻は午前三時すぎ。もう八時間近く歩いているはずなのに……


「速度はまだまだ下がるはずだ」

「疲労ですか?」

「それもあるが寒さだな。まだ夏だってのにけっこう冷えてきたからな、それにこの雨だ、普段町から出ない連中には相当堪えているはずだ」

「ルピンさんは?」

「まだ戻ってこない。逃げたんじゃないかって後ろの方ででかいのが怒ってる」


 でかいのっていうのは避難民団のリーダーを任されたガイウスだろう。ユイも逃げた気がしている。何しろあのおじさんはウサンクサイ。


 あのおじさんが逃げたかどうか、それは置いても色々とわからないことが多すぎる。というのも彼は色々知っていそうなのに、何もしゃべらなかったからだ。


 リリウスを連れてきてくれと頼まれた矢先にモンスターパレードが始まってそれどころじゃなくなって、うやむやになった形だ。でもあの時のルピンは真面目な顔をしていた。本当にリリウスが必要で、彼にしかパレードを止められないという話だった。


 神狩り。当代の救世主。リリウス・マクローエンにしかできない使命。それは何とも不思議なセンテンスであり、彼をよく知るユイでさえ全然ピンとこなかった。


 でもそれが本当なら……


「私がリリウスに伝えに行きましょうか? リジェネーションをかけながらなら私は何日だって走り続けられます。王都まで行ってリリウスにパレードを伝えられたら……」

「迷宮騎士団の伝令が走っているはずだ。騎獣を使っているなら今頃王都には着いているだろう」


 バトラのこの言は帝国騎士団が所有するレベル30前後の軍用騎獣が指標となっている。ペール市の迷宮騎士団は騎兵戦力をあまり必要としない環境なので同じガイアルビーストでもそこまでの練度ではなかった。

 そして彼はパレードの裏で暗躍する存在を知らなかった。


「それに伝令は途中のトリアタ市にもかけあってキャラバンの迎えを用意させているはずだ」

「そいつは望み薄だな」


 後方列からカルナックの軍狼のガイウスがやってきた。行軍疲れかルピンへの怒りか、だいぶ機嫌の悪そうな大剣使いの口がへの字になってる。


「俺らのだいぶ前に領主のブタ野郎の避難団が先発している。俺らを優しく迎えてくれる毛布も荷馬車もみんなそっちに取られちまうだろうぜ」

「だろうな」


 バトラが同意するとわかってたよって苦笑をされた。


「当然気づいてたってわけだ。クラン長は大変だな」

「キャラバンの団長ほどじゃないさ」


 お互い気苦労の張りどうしだ。何の希望もないのに仲間の心を守るために希望があるふりをしなきゃいけない。

 そんなお忙しい団長さんがバトラに会いに来た理由は希望について相談があるのだ。


「そろそろ夜が明ける。この天気じゃ大して明るくはならねえが俺らを見つめてヨダレ垂らしてやがる魔物もだいぶ減るだろうぜ。すまねえがそっちのクラウだったか、魔導師先生にはトリアタ市まで飛んでいってもらいてえ」

「迎えか?」

「おう、新市街の避難団についちゃ問題はねえはずだ。だが後から俺らが来るなんて予想もされてねえだろ。俺らもきちんと生きてそっちへ向かってるってのを伝えてきてくれ。それと馬車の一台でも二台でもあれば助かる。後から新市街の連中が使ってた物をこっちへ回してくれるように言いつけてくれても助かるな」


 ひと息でそこまで言ったあとでガイウスがくしゃりと顔を歪めた。それは何か不安があるとか信用がみたいなものではなく、何か見落としがないか己の内を探るような顔つきだ。


「ま、あんたが一番いいと思う形でやってくれ。どう見ても俺より頭が良さそうだ」

「俺もそう思う」

「頼もしい答えだな。こんな時じゃなきゃぶん殴ってるぜ。……いまさらの確認で変だが、クラウ先生はレビテーション使えるんだよな?」


「本当にいまさらだな。うちのクランはみんな使えるぞ」

「は? ……なんだそりゃ、どんな少数精鋭だよ」


「人数の少なさを個人芸で補ってるだけさ。荷馬車隊の護衛要員も必要だ、あちらのギルドにも要請をかけるがうちのクランは連れて行っていいか?」

「好きにしてくれ。今更トンズラこくなんて疑いもしねえよ。あのチョビ髭じゃねえしな」

「そう言ってやるな。マンティコアにでも倒されたんだろ」

「そっちの方がだいぶマシだな。なんだかんだでSランクってのに期待してたからよぅ、やっぱショックだったんだよなあ……」


 ガイウスはずっと怒っていた。それはSランクという存在への憧れを汚されたからだったのだ。

 例えモンスターパレードであってもSランクなら簡単に乗り越えてくれると期待して何がおかしい。Sランクはガイウスたちすべての冒険者の到達点にして目標なんだ。


 頂点にのぼりつめてなおパレードに怯えなければならないという事実には、がっかりしてしまう。


「じゃあ頼むわ。いい感じにしてきてくれ」


 ガイウスが去るとユイが不安そうに見上げてきた。何が言いたいか二つの意味でも察して、バトラは彼女の頭を撫でてやった。……アホ毛の手応えが驚くべきことにしんなりしている。

 最近ユイの頭をちょくちょく撫でている理由はアホ毛チェックだ。


「どうして飛翔魔法をみんなが使えるなんて嘘を?」

「置いて行かれる方の気持ちを考えればな」


 置いて行かれるのはユイとトキムネだ。置いて行くと泣きそうな気がする。もうすでに目の前で起きている出来事みたいに目に見えている。何も悪いことしてないトキムネがなぜか謝ってる……


 モンパレという未曽有の大災害の真っただ中で仲間だけ安全な都市に先行されるのだ。バトラだってそんなのは絶対にいやだ。そういう説明をすると笑われてしまう。


「くふふ。バトラにもいやなことがあるんですね」

「知らなかったのか。俺はけっこう怖がりなんだぞ」


 ユイは怖がりな人はこんなふうに立派に振る舞えないと思った。だが事実としてバトラは多くを怖れていた。


 ラトファを失いたくない。仲間を死なせたくない。俺の判断は甘いんじゃないのか。見ず知らずの誰かを守ろうなんて間違っちゃいないか? 倫理的に正しい行いが本当にグランナイツにとって最良の決断なのか? ……正しいのは真っ先に逃げ出した連中じゃなかったか?


 心の奥にいる批判者がバトラの行いを責め続けている。何の因果かファウスト兄貴の形をした批判者はバトラの弱さを的確に突いてくる。


 ファウストは誰もが認める理想の貴公子。帝都にさえ名の届く最果ての貴公子。憧れこそしても敵うなど夢にも考えたことはない。……ただ彼には人の心がなかった。


 人の心を持たぬがゆえに永遠に正しい答えを吐き出し続ける貴族と言う名をしたシステムにとって、バトラの行いは愚行でしかなかった。


(だが俺は貴族ではない。もうノーブルブラッドではない。俺はただの第三身分だ……)


 夜闇が僅かだが優しくなった。

 夜が明けたのだ。暗黒なのは変わらない。肌を叩く雨の勢いなんてむしろ強くなっている。だが街道の両脇から静かなプレッシャーをかけてきていた魔物が、僅かだが減っていく。


 パレードの魔物は見境がない。狂奔の魔法効果にでも汚染されているみたいに目に映る人間に襲い掛かってきていた。だが平野の魔物は狩人のように慎重だ。所詮は本日の餌を手に入れにきたにすぎないため、暗視という優位性を失った瞬間に帰り出した。


(……今なにか違和感が?)


 バトラは一瞬だけパレード内で遭遇したマンティコアの異常性に気づきかけたが、疑念にさえ至らなかった。たった一度パレードを経験しただけの人間がどうしてそんな異常に気づけるというのか。迷宮騎士団でさえいいように踊らされたというのに。 


 一党に召集をかけ、飛翔魔法を用いてトリアタ市を目指す頃には違和感さえなくなっていた。



◆◆◆◆◆◆



 夜明けから小一時間あまりが経った。

 夜の闇はすっかり失せて、多少暗くはあるが視界の保持に困るほどではなかった。


 空の人となったグランナイツはひたすらに街道の上を飛び続ける。空を飛べるのならトリアタ市まではもっと近い進路もあったが、ショートカットはしない。


 拠点であるローゼンパーム近辺とはちがって土地勘がないというのも理由の一つだ。他にどんな理由があるんだと来れば、先に出発した領主バルター率いるキャラバンの位置も把握しておきたかった。


 街道を往けば往くほどに目に入る惨憺たる有り様は、目を覆いたくなるほどだ。


 先発隊を襲った魔物の数は相当なものだったらしい。これだけ大量の食糧が移動しているんだ。普段は住処でのんびりしている凶悪な魔物が釣られて出てきたのだろう。


 街道に転がる壊れた武具や戦いの痕跡は今までだってあったかもしれない。ただ雨と夜がそうした陰惨なものを隠していただけなのだ。


 死体はない。そんなものは今頃モンスターの腹の中だ。血もない。雨がすべて洗い流してしまった。ただ壊れた荷馬車の破片と武具だけが路傍に打ち捨てられている。


「うひゃあ、これはひでえな……」

「予想されてしかるべきと結果だと言えるのでしょうが、さすがに目もあてられませんね……」

「ここでトキムネから嬉しいお知らせがある」


 みんなトキムネに注目する。トキムネがキョドりながら数十秒溜めに溜めて……


「わりい、何も思いつかなかったぜ……」

「はー、トキムネらしいわね」

「油断していたのですか?」

「さすがトキムネさん……」


 無茶ぶりに応えられなかったというだけで謝らされた上に罵倒されているトキムネだが、恐るべき事実として彼は何にも悪くないのである。だってナイスなネタ話思いつかなかっただけだし。


「トキムネは悪くないさ」

「バトラ、すまねえ……」

「俺が過剰な期待をしすぎていただけでトキムネはもっとできない奴だったんだな。次からは荷物番を任せたいんだが、それくらいできるよな……」

「え、そういう感じにする? バトラぁ~~~そいつはひでえよ!」


 非情のトキムネネグレクトである。一年も同じ家で暮らして毎日冒険してる連中だ。いじり方に遠慮がない。

 明るさは目を逸らしたいものへの裏返しでしかなかった。


 やがて避難団の尻尾が見えてきた。……バトラはあまりの愚かさに反吐が出るかと思った。


 前評判はギルドで聞いていた。ペール市領主バルターは無能を絵に描いたブタ野郎。だが前評判でさえマシだったという他にない。


 無数の車両列が街道を埋め尽くすほどにずらりと並び、早馬の速度で走り抜けている。魔物の襲撃を受けているのだ。


 蟻の大軍に群がられた蛇みたいに、避難団は魔物に抗うこともできずにいいように食い荒らされている。護衛が足りないのだ。


 抵抗するちからのない餌の塊だとバレたキャラバンの末路はいつだって全滅だ。


(たしかに大雨で街道からはみ出た車両は使い物にならなくなる。必然的に車両は整備された街道を往くしかない。だが車列が伸びれば護衛の難易度は跳ね上がる。通常一台の護衛には五人から八人が必要となるほどだ。……だが、だが他にやり方はなかったのか?)


 すでに迷宮騎士団と思われる人員はいない。

 この避難団は全滅しかけている。最後のちからを搾り出しての早駆けなのだろうが、魔物に集られた荷馬車を置き去りにすることで成立している……


 餌を少しずつ差し出しながら逃げるしかない集団なんて全滅を認定するしかない。


「見過ごせません。バトラ、追い払いましょう!」

「そうだな。やろうぜバトラ!」

(助ける…のか? 冒険者を見捨てたこいつらを……?)


 最初に激しい感情がダメだと叫んだ。それはダメだ、あまりにもリスクを背負い過ぎている。現状でさえキャパシティを凌駕しているのに、この上さらにこいつらまで背負い込む……?


 不可能だ。だいたいここで魔法力を使い果たしてどうする。トリアタ市へは誰が向かう? 誰がこの遥か後方でパレードに怯えるキャラバンに助けを呼ぶんだ?


 レビテーションは魔力消費の激しい魔法だ。余計な交戦を挟む余裕など……


「バトラ?」


 ユイの催促する声に気づけば、仲間達がバトラを見つめていた。

 トキムネが、クラウが、ユイが、ラトファが、言葉もなく険しい目つきでじっと見てくる。決断をしろ。お前の責任を果たせ。そういう目だ。


 そう言う目からバトラは目を逸らした。……選ぶことが怖かったんだ。


 誰の命を選ぶのか、この決断は正しいのか? 何かに流されてはいないか? この行動の果てに誰が失われるのか……


「あ、こりゃダメだ」


 ラトファの陽気な声がしたと思ったら―――ぶん殴られた。グーだった! 思い切りグーで殴ってきたぞ!?


 バトラが痛みにうめいていると、仲間たちが何やら相談タイム。


「うちの旦那さんグルグルしてる時は役立たずなのよね。はーい、そんじゃリーダー交代であたしね! ぶっちゃけ、これ使えると思わない?」

「これ…ですか?」


 ラトファが真下のキャラバンを指差してる。

 ぶっちゃけこれってどれだ? 


「あー、襲撃に乗じて領主野郎をやっちまおうってか?」

「なんの利益があるんですか。まったくトキムネは…………あぁなるほど! ラトファあなた冴えてますね」


 クラウが何かに気づいたらしい。


「なんのお話ですか?」

「考えてもみなさい。私達は何をしに行くところでしたか?」

「え~~~っと、何とか町に行って馬車を出してもらうんですよね」

「あー、そっかそっか。そういうことか。町まで行くこたねえや。ぶん盗っちまえばいいんだ」


 眼下には魔物と避難民と彼らを載せている馬車がたくさんある。

 こいつは使える! わざわざ町まで取りにいくことはない。これをパクっちまえばいいんだ。


「まずは魔物ね。クラウこのあとしばらく休んでていいから、でかいので決めちゃって!」

「ありがたい。休憩のためなら虐殺だってやりますよ」


「虐殺はやめろ。この後に差し支えんだろ」

「クラウのジョークって笑えないです」

「フッ、休憩を控えた私の一撃は強烈ですよ」

「どんだけ休みたいんだよ!」


「神話級で一気に制圧します! 彷徨える光の章、フォーチュン・アーテリアルの系統樹第七神話を」


 クラウが謳いあげるのはフォーチュン・アーテリアルの詩編の題名でまとめられた民間伝承。彷徨える光のあざ名で呼ばれる名も無き聖者が為した救済の物語。

 シャピロ語に似た響きの不思議な言語が語るズーズー弁の物語!


「≪さあ約束の地へ―――ライト・リアリフィケーション≫」


 クラウの短杖の先に灯る光は白濁している。なんかぶよぶよしてる。明滅してる。対流もしている。なんだこの謎魔法? テニスボールくらいの大きさなのに謎の圧力を感じる……


 メガネが邪悪な微笑みを……

 みんなはどん引き……


「フフフ……マルチターゲットロック。無限光に沈みなさい」


 謎の光が地面に向けて―――光速落下!

 ずどーん!

 シュバババババ!


 地面に墜落した光が無数の光の針となって破壊の限りを尽くした。ほんの一瞬だった。一瞬だけ閃光が弾けたと思ったら魔物がほとんど死んでいた。……みんなどん引き。


 後衛火力が本気で後衛に徹することのできる安全な環境でじっくりチャージしてから特攻文言付与した攻撃を放つとこうマネができてしまう。


 日頃そのへんを通りかかるパンピーの馬車襲ってる程度の平地の魔物なんかが大軍になった程度では、グランナイツが誇る火力担当の猛威に抗えるわけがなかったのだ。……それにしたってこれはあまりにも。


 閃光の大虐殺にビビって生き延びた魔物も散り散りに逃げていってる……


 みんなはどん引きしながら拍手である。数百頭っていう魔物を一撃で屠ったのだ。MVPにはとりあえず拍手するのがグランナイツである。


「クラウすごいクラウやばい」

「すごいすごい。でも手加減って知ってます?」

「やべべのべーだな」

「やあやあどうもどうも」


 握手会になってる。バトラだけぽかーんとしてる。だからラトファが言ってやる。彼女は仲間であり妻だ。旦那が頼りにならない時は妻が家計を支えるもんだ。


「悩む前に仲間に頼りなさい。私という頼もしい妻と―――クラウ大先生を!」

「ラトファお前……そうだな、頼もしい大先生がいるもんな」


 復調したみたいにラトファと身を寄せると……

 大先生が握手を……


「どうも、頼りになる大先生です」

「どんなキャラだよ。わりい、ちと悩んじまった」

「構いませんよ。今度からきちんと相談してくれるのでしょう?」

「つか責任の押し付けなんかする気はねえぞ。頼れよ、大先生を」

「そーです、困ったら大先生のお任せです!」


 バトラの責任がクラウに委譲された瞬間である。何の問題も解決していない。……みんなは冗談だとは思うが、ユイだけは本気な気がする。


 眼下のキャラバンは激走を止めている。たぶん王都から凄腕のチームが派遣されたっていう勘違いをしてそう。領主らしき太っちょのおっさんが出てきて、何やら叫んでいる。


「大先生、休憩前にもうひと働きいい?」

「お任せあれ」


 クラウのメガネが陰湿に光る。


 交渉事は経験だ。知識を学び、経験で活かして初めて機能するスキルだ。オルトス魔導学院で法律と歴史を学んでから冒険者として実地でネゴシエーションを磨いてきた。無教養な平民と脳みそまで筋肉でできてる冒険者どもをキリキリさせてきた。並みの魔導官と比べたって場数がちがう。

 領主位にあぐらを掻いて無茶な要求を押し通すだけの無能貴族なんて餌だ餌。


 まずメガネがやったのは「おーい!」って両手振ってる無能領主バルターの下へと……

 かちギレながら降りていくことだ。


「ローゼンパームのクラウ・ヘンデルベルクである。ペール領主バルター殿だな?(重低音)」

「う…うむ、ペール伯爵バルターである」

「アアン!」


 名乗り方が気に食わない。そう言いたげなクラウがオラつきながら領主の周りをグルグルする。……領主様は冷や汗ダラダラ。


 だって今さっき魔物の大虐殺やった奴がかちギレてるんだ。貴族位をチラつかせようにも相手の位階がわからないのでは……


 どっかの貴族なんだろうけどヘンデルベルクってどこなんだ! さっぱりわからない!まで計算されたメガネ・ネゴシエーションである。

 ぶっちゃけ王都から来たえらい魔導官ぶってるだけだ。


「そ…そこもとのお立場は……?」

「バルター殿、この惨状はどうなっている? どれだけの被害を出した?」


「あ…いや、まだ把握はできておらん。何しろ状況が状況だ、理解していただけるとは思うが……」

「貴殿の無能采配が理解できぬから申している。迷宮騎士団はどうした? まさか護衛も伴わずに無謀な脱出行をなされたか?」

「いや、五十騎を付けたが……」

「この人数に対して五十騎を伴ったとは堂々としたぬかしようだ。もしや恥知らずなのか?」


「あしざまに言ってくれるものだ。ではどうすればよかった? 貴殿ならうまくやれたか。ぜひご教授ねがいたいものだな」

「私見を申せば貴殿は町を出るのではなかった。手勢のすべてで守りを固め、近隣都市から応援を呼び王都からの騎士団派遣を待つべきだったのだ。また有事の際に必要なグリフォンなどの足の速い騎獣の配備も怠ったな。単純兵力の増強の意味でも冒険者ギルドとの連携を怠ったのも悪手だ。とどのつまりは日頃の不心得。それゆえに恥知らずと申したがまさか理解もできなかったのか? この程度の問答にイチイチ説明が必要なのか? 私はその程度の見識もそこもとに求めてはならんのか?」


 即答で心を折る!

 プライドだけ高い無能領主と喧々諤々やりあうなんて馬鹿のすることだ。早い段階で主導権を握って命令を利くだけの人形にしたほうがいい。


 クラウの提案は少々机上の空論じみている。ラインダルトほどの男が採択しなかった手法だ。実際に実行すれば様々な問題があるのだろう。だが事の真偽はともかく領主が信じればいいのだ。大丈夫だ、向こうがクラウを王都の魔導官だと勘違いしている限り何の問題もない。


 キョドキョドしてる領主様だったが、やがて微笑みを浮かべ出した!


「いやぁ、まったく仰る通りですな。使用人の言うことを素直に聞いてしまった私の落ち度であります」

「ご理解いただけたか。あまりの惨状ゆえ厳しい意見をしたが、民草があまりにも不憫でな。他意はなかった」

「左様でしたか……」


 そして和解の空気に持っていくメガネ。領主様はもうすっかりクラウに絆されている。あわや全滅って時に颯爽と助けに来てくれた白馬のメガネにすっかり心酔している。


「見れば疲労困憊の様子、そこもとではこの先の指揮は難しかろう。この場の指揮権を委譲してもらいたい。私が責任をもってペール市民をトリアタ市まで誘導しよう」

「おおっ、クラウ様……!」


 伯爵が感激の握手を求めてきた。ニコニコしながら応じるクラウは聖人君子の顔をしているので、みんなどん引き。


(様になるまでが早かったわねー)

(このメガネじつは天職は詐欺師だろ)

(なんて頼もしい詐欺師だ)


 メガネの詐欺師が伯爵家の馬車の御者と相談を始め、すぐにキャラバンの状態確認が行われた。これは各馬車を操る御者を集めて報告を受ける形とした。


 屋根のある箱馬車やほろ付きの馬車。あまざらしの荷馬車。これらに乗る人々は怯えと希望の相反する感情のただ中にあり、王都から魔導官が派遣されたと聞けばわりと大人しく従ってくれた。


 152台に1200弱が乗り込んでいた。軽く見た感じ馬車には隙間がそこそこある。……途中で振り落としてスケープゴートしたか、落ちてしまったか、魔物に食われたか、何にしても真相は語るまい。


「上々ですね。これならいけます」

「いけるか?」

「ええ、馬には多少無理をしてもらうことになりますが。ユイ、馬にリジェネーションを」

「はい!」


 リジェネーション・ヒーリングはいわゆる高等魔法に属する体力回復の奇跡だ。そのちからは肉体を癒し、万全の状態を維持してくれる。


 一見スタミナポーションと同じ効果に思えるが、限界から無理やり体力を引き出すポーションとちがって継続性が高い。絞り出すと回復のちがいだ。


 数百人の避難民に使用すればユイの方が先に潰れるが154頭の馬に限れば使用も許可できる。ユイの戦線離脱を補ってあまりある価値があるからだ。


 クラウは何の迷いもなくアルテナ神官という最後の命綱になるカードを切る。その判断の正しさはグランナイツの誰もが理解していたが、それが本当に正しいのかはクラウにもわからなかった。


「総員転進。後方を往く旧市街避難民を迎えに行き、しかる後トリアタ市を目指す!」

「……それは」


 この号令には手綱を握る避難民たちも不満げに文句を言い始めた。


「魔物で溢れかえってる街道を戻れとおっしゃるか」

「なんでわたしらがそんな危険なまねをせにゃならんのです。わたしらの家族も寒さで震えているっちゅうのに」

「旧市街っつったら冒険者だろ。あいつらなら自力でどうにかできるだろうに……」

「拒否は認めます」


 不満げな空気がゆるむ。話のわかる御方で助かった、そんな雰囲気だ。

 でもみなさんの目の前にいるのは地獄のファッキンメガネである。


「その代わり私は帯同しない。私という戦力を怖れて一旦は平地に散った魔物が戻ってくる可能性もきちんと考えてください」


「なんとむごい……」

「王都の方、それは脅しでしょうか? わたしらに死ぬっち言いますか?」


「勘違いはなさらぬように。私はペール市民を救うために参りました。新市街旧市街を問わずペール市民をです。彼らが馬車を求め、あなたがたは戦闘員を求めている。合わせれば自己救済の目途も立つ。そうではありませんか?」


 理路整然としているところがまた腹が立つ!


 さすが王都のお役人だ。理屈っぽい上に筋が通ってて面倒くせえな。みんなそんな顔をしている。地獄から逃げてきたのにまた地獄に戻れって言われて素直に頷く奴はいなかった。


 だからファッキンメガネが追撃する。これは同意を求めるものではなく、指揮権を得た現場指揮官による命令だと理解させるためにだ。


「拒否は認めましょう。ただ生き残れるのは私の指示に従った方々だけです。救いの手を拒否するか否かはご本人で決めてください。さあ伯爵、戻りますよ」

「本当に戻るのですか?」

「はい」


 伯爵も戻るのはいやそうだけど、はいって言われたので仕方ない。御者に命じてきた道を引き返す。

 伯爵の馬車だけ走り出す。


 みんな置いて行かれた。……ぽかーんとしていた避難民も慌てて馬車に戻って伯爵の馬車に続く。

 怖いけど置いて行かれるよりは怖くないからだ。


 箱馬車に屋根に座り込むグランナイツは、詐欺と恫喝で152台の車両をゲットした大先生に拍手。すごいすごいってみんな褒めてる。


「うまくやったわねニセ魔導官様」

「お前マジで縛り首になるぞ。ぜってえ無関係だって言い張るからな」

「騎士団も言いくるめそうなところがな……」

「クラウは本当に一回捕まって反省したほうがいいと思いますぅ」

「やあやあどうもどうも」


 屋根にはクラウだけ寝っ転がってる。最大範囲の魔法ぶっぱした後に交渉までやったから疲れているのだ。ユイのヒーリングを受けながらも、動悸がやまないのか胸を苦しげに掴んでいる。

 それでも顔には絶対に出さないクラウであった。


「今後の方針ですがやはりトリアタ市にも要請を出すべきでしょう」

「あちらにも話は通っていると思うがな」

「入れ違いになっても構いません。それに私は迷宮騎士団を信用できていない」

「そうだな」


 共にパレードという災禍の中にいるはずなのに迷宮騎士団とは遭遇できていない。どんな連中かもわからない奴らを妄信するのは危険に思えた。キャラバンの護衛に失敗しているっていうのもある。


「これは飛翔魔法の使えるバトラかラトファにお願いしたいが、バトラでしょうね」

「うん、あたしじゃ町のおえらいさんと交渉できないもん」

「大先生!」

「大先生は休憩中です」


 小さな笑いを置いてバトラが立ち上がる。

 ふわりと宙に浮かび、声にも出さずに死ぬなよって思うだけに留める。


「じゃあ行ってくる。無茶はするなよ」


 バトラは再び空の人となり、一人トリアタ市へと向かう。

 見送る仲間たちが笑顔だったのは、そうしないと彼は飛び立てないって知っているからだ。


 この救助活動は正しいのか? 本当は仲間だけを連れて逃げるべきじゃないのか? ……みんなずっと悩んでいたんだ。

 彼の抱える葛藤も懊悩もみんなわかっている。同じ時間、同じことをずっと悩んできた。

 だから同じ不安を抱きながらも懸命に振る舞うバトラの勇気を支えることを選んできた。


 一人一人の臆病を束ねて勇気に変えられる関係を、仲間だと呼ぶのだと信じているからだ。

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