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番外編③ リリウス、知識チートをする

 リゾートから帝都に連行されて一ヵ月後の話です。十月の話なので前回のお話よりもだいぶ前ですね。

 RPGなんかで新しい町に着いたらまずは武器屋を見に行くのはゲーマーの本能だ。市内を探索してアイテム漁りをしたり、イベントに遭遇しては報酬を得たり……

 そう、新しい都市コンテンツはゲーマーにとっては宝石箱のようなものなのだ。


「ここに帝都探検隊の発足を宣言する……!」


 拳を振り上げて宣言する俺に対して三馬鹿の視線は冷たかった。

 きみたち社交性とか共感性とかそういうの諸々低くない?


「みんな、もっとやる気だしていこうぜ!」


 手振りを交えてアピールするがなおも二人の反応は冷たい。

 公爵家の庭にある泉のまんなかにあるカフェテラスでお茶をしている二人は本当に「ふーん」って感じだ。


「探検隊ねえ、あまりそそられないわね」

「え、アイデアへのダメ出しですか?」


「ねえリリウス、少し考えてほしいの。あなたにとっての帝都は馴染みの薄い新鮮な町なのでしょうけどわたくしにとっては年柄年中住んでる町なの」


 え、田舎者の観光になんか付き合いたくない的なノリですか?


「付き合ってあげてもいいけどまた今度ね。てゆーか忘れてたの、この後はウェルド先生の語学があるじゃない」

「勉強は大事です、それはわかります。しかしこの探索欲求はとめられないのです」


 ワクワクを止めるのに慣れると感情の上限値が減る。自制心の強さを大人になるということだというのなら、俺は大人なんてクソくらえと唾を吐く大人でありたいね。


 というわけで本日は単独行動だ。

 帝都フォルノークのアイテム回収を進めるぜ。初めてゲーム世界転生者らしいことをする気がする……


 え、転生から何年経ったと思ってるの俺?



◇◇◇◇◇◇ 



 ゲーム『春のマリア』のRTAでは必ずと言っていいほど用いられるテクニックがある。それはカジノでの人力乱数調整だ。スロットマシンでジャックポットを出してカジノ豪華景品で装備を整えてパワーアップ的なやつだ。

 しかし思い返すも四年前。帝都でカジノを探したが見つからなかった。それでデブに聞いてみたがカジノなんて存在しないってさ。まぁ本編開始までまだ数年あるし仕方ないか的な納得をしたよ。


 そして四年が経った今、再びデブにカジノができたか聞いたがまだ存在しないらしい。大親友カジノよ、お前ひょっとしてマボロシだったのか……? 俺はお前と戦いたかったよ。


 俺はお空に浮かんだ無数のカジノ産の超高性能武器たちの笑顔に敬礼する。

 さらば戦友たちよ、お前達の雄姿は忘れないぜ。



◇◇◇◇◇◇



 アイテム回収① 皇室立学院の隠し部屋


 学院敷地内の林の中に佇む始祖皇帝ドルジアの石像の首を左に三回まわし、次は右に二回、左に三回まわす。


 石像の台座部分の一面が倒れて、なんと中には地下への梯子が現れたではないか。

 ここには大した物はないけど換金用アイテムがあるので序盤の装備購入に大助かりだゾ。


「へえ、こいつは面白いねえ」

「……」


 と…突然、背後に何者かの気配が突然現れたんスけど……


 振り返る。俺の後ろには知らんおばちゃんが俺の肩越しに台座の中を覗き込んでいた。

 凛とした佇まいの綺麗系…怖い系のおばちゃんだ。ほとんど装飾のないストレートタイプのワンピースに、腰に何重にも巻いたベルトには剣が二本にアイテムポーチ。

 何だろうか、効率を突き詰めた軽剣士装備な人だ。奇しくも俺と似た装備だ。


「おばちゃん誰!?」

「ここの学院長先生だよ」


 おおっと、無断侵入者に厳しい展開!


 まぁステルスコート先生を使えば逃げるのは簡単だろう。アイテムを諦めることになるのは嫌だが。


「そういうあんたは誰で、ここで何をしているんだい?」

「素直に名乗ったとして、俺はどんな目に遭いますかね?」


 逃げる隙を伺いながらこう答えたらおばちゃんが噴き出した。楽しい冗談を聞いたみたいな反応だ。これは安心してよさそうだ。


「別に何も。うちの学院は生徒以外は立ち入り禁止ってわけじゃないし、毎週水曜の三時にやっている学外の講師を招いた特別講義はむしろ大勢に来てもらいたいと思っているくらいなんだ」


 左右非対称なアルカイックスマイルを浮かべる学院長先生が優しそうに目つきを和らげる。


「叱ったりしないから素直に名乗りなよ」

「疑ってしまって申し訳ない。リリウス・マクローエンです」

「マクローエンねえ」


 おや、マクローエンをご存じとはお目が高い。いや低いのだろうか?

 ご存じの通り極北にあるド田舎です。


「あたしはドロア・ファイザーだよ」


 握手を交わせば友情が生まれる…かはともかくとして最低限の礼儀を通したという関係性が生まれるのである。

 ドロア先生が梯子を指さす。


「で、こいつはなんだい?」

「親父殿からここのことを聞きましてね、面白そうなんで来てみました」


 華麗に親父殿に責任を押し付ける。


「あいつもまた妙なもんを知っているねえ」


 おや、知っているのは親父殿の方か。どういう知り合いなのかは聞きませんね。父親のむかしの恋人だったりしたら気まずいしね。


「それでお前の親父はこの中に何があるって言ってたよ」

「地下室ですね。金目の物が幾らかはあるらしいです」

「なるほど、親父から息子へ宛てたちょっとした宝の地図ってわけだ」


 金属の梯子を降りる。三階から一階に降りる程度の深さにある地下室はレンガの壁に覆われているが、あちこちから木の根っこが出てきていて、地下水もしみ出していて地下室に置かれている木箱のほとんどは腐っていた。


 無事な木箱を開けていく。藁を梱包材にした酒の入ったガラス瓶が敷き詰められた木箱。錆びた剣ばっか詰まった木箱。腐った食品の詰まった木箱。まぁ九割九分はゴミだよ。

 ドロア先生も肩透かしをくらったようで呆れている。


「なんだい、ゴミばっかりじゃないか」

「ですねえ」


 なんて応じながら木箱を開く。当たりの木箱だ。

 錆びて黒茶色になった宝石箱の中に金の指輪や真珠のピアスなんかが入っていた。真珠は中身がスカスカになっていたが他の宝石類はほぼ無事だ。


 ドロア先生が口笛を吹く。


「へえ、あいつも小粋な物を残してやがったね」


 まぁ親父殿は話のダシに使っただけで誰の物かはわからないんですけどね。


 学院長先生は別れ際に「面白いもんを見せてもらったよ」なんて言って歩いてった。分け前をよこせとか言い出すような小物ではない懐の大きな人物であるようだ。さすがは学院長先生。



◇◇◇◇◇◇



 アイテム回収➁ 帝都旧市街から南東にある街道沿いの墓地


 帝国の墓地は墓石が並んでるよくある墓地ではない。墓所とも言うべき神殿ふうの建物がお墓であり、それは死者の生前の偉大さや財力によって色彩や大きさが変わるヘンテコな墓なのである。


 街道を歩いてると普通に左右に墓所が立ってるんだよね。場所によっては見張りの兵隊が立ってたり、詰め所があったりするんだ。おかしな文化だよね。

 アイテム回収イベント第二段はそんなおかしな墓所の一つ、大富豪のハリス氏の墓所である。


 馬でやってきた墓所は昼間だってのに何だか不穏な静けさに包まれている。

 五階建ての塔のような墓所を見上げているとどっかからカラスの鳴き声が聞こえてくる。……不吉だ。


 なお先に弁明しておくと墓荒らしをするわけではない。墓所に潜んでいる怪物を倒してドロップアイテムをGETするのだ。


 墓所に近づくと使い魔に察知されるので最初からステルスコートを起動している。普通に正面玄関から塔に入って階段をつかって五階まで登っていく。階段の踊り場に座り込んでいるたくさんの死体に関してはスルー。通常なら一階あがる毎に連戦するイベントなんだ!


 塔ボスの配下のアンデッドをスルーして五階に到着。フロアーの中心に描いた魔法陣の中で膝を着いて眠りにつく塔ボスのリッチーさんに気づいた様子はない。


 所詮はサブクエのボスよ。しかも序盤の大したおかねも貰えない一山幾らのサブクエ産のボスだ。無敵のステルスコート先生を見破れるわけがなかったな。


「ホームランじゃー!」


 強振でリッチーの頭をぶっ叩く!

 クリーンヒットの手応え。飛んでいった腐った頭部が壁に命中してトマトみたいに潰れた。


 一撃か。やはり所詮はサブクエのボス、雑魚だな。


「ナムアミダブツ、安らかに眠るがいい。そしてアクセサリーを俺に託すがいい」


 動く死体の首だけになった首元からネックレスをGETする。

 リリウスはアクセサリー・侵食する狂気を手に入れたゾ!


 他にも何かねえかなーって探していると、囁きのような声が聞こえてくる。


(…………に………だ)


 それは空耳や隙間風かと思うような小さな音でしかなかった。


「あん?」


 フロアーは元々薄暗くはあった。だが今は昼間だしフロアーの四隅にはバルコニーのある吹きさらしになっていて明かりは十分にあった。

 だがなぜか今は夜のように暗く感じる……


( なにものだ なにものだ なにものだ )


 この声はどこから……?

 天井か!


 振り仰ぐとアーチ状の天井に闇が集まっていた。意思持つ黒煙のようにゆらゆらと揺れる黒煙がおぼろげに大きなドクロのような形に集まる。


(わが眠りを妨げるものはなにものだ!)

「そいつは死者のセリフだぜ。てめえは元々起きてただろうが!」


 帝国騎士団印のマジックボムをぶん投げる。

 同時に五階から飛び降りる。あばよ、とっつぁーん!


 しゅたっと華麗に着地する頃には塔の五階部分が壊れてガレキの山になっていたぜ。サブクエスト『帰ってこない参拝人』クリアー。


 これは商家の奥さんから主人が墓参りに行ったまま帰ってこず、迎えに行かせた使用人も戻ってこないって相談を受けて開始になるクエストなんだよね。それは今から数年後の話だけど、現在でも通行人を襲ってしもべに変えていたようだ。あとで騎士団に教えてあげよう。そして俺の壊した墓所の片づけをしてもらおう。


 戦利品を手に入れた俺は愛馬に跨り、ゆうゆうと帝都へと帰るのである。



◇◇◇◇◇◇



 アイテム回収はひとやすみ


 まだまだ回収を続けたいところだが一休み入れよう。よい仕事はよい休息なくては成し得ないという格言は……存在しないが俺はこの志を持っている。閣下、あんた間違ってるよ。


『人間は徹夜はできない、なるほど、だがそれは徹夜をしていないから鍛えられていないだけではないか?』


 あんたの発言にはブラック企業のブラック社長味がビンビンに感じられるんだよ。マジな話誰もがあんたみたいに再生能力持ってないんだよ。腕を切り落としても次の瞬間には完全に元通りとかあんた人間じゃねえ! 俺はいつかあんたがガチでアンパンマンみたいなマネをやらかさないかと不安でならねえんだ! 食肉問題を解決したとか言い出したら俺は本気で帝国から逃げるからな!


 まぁあんなワーカホリックの話はいまはいい。名前を出した瞬間にそこいらの草むらから「呼んだか?」とか言って出て来そうな怖さがあるんだよ。いや確実に三回くらいはあったし。

 

 ティーブレイクの前におたからの換金に向かう。売却先は帝都新市街にあるイース海運デパートだ。


 立派な大型デパートに華麗に入店するとコンシェルジュ的な存在から、なんだあの薄汚い子供はという視線がやってきた。

 ど…ドレスコードか……


 無敵のステルスコート先生であるが見た目はボロい外套だからな。ドレスコートには勝てない。


 仕方ないのでステルスコートは脱いでおく。すると中身は公爵家で仕立ててもらった新品のワイシャツとスラックスなのさ。よし、ドレスコードに勝利したぞ。


 まずは三階の宝石店に行く。宝石は宝石店に売る、日本的な感覚だと質屋なんだろうけど帝国だと宝石のことは宝石店にお任せなのさ。ゲームだとどこの店に売っても同じ値段なのにね。


 落ち着いた色調の店内に並ぶガラス製のショーケース。煌びやかな宝石が並んだ高級店に入り、店員のお姉さんにお声がけ。後ろ姿からだが相当な美人だと見た。


「あのぅ、買い取ってほしい物があるんですが」

「ええ、構わないわよ」


 店員さんが振り返った。この瞬間の俺の顔はかなり面白いと思う。だって彼女が噴き出してるから間違いない。

 ケラケラ笑っておられる。箸が転げても笑う年頃とはよく言ったもんだ。愛しのファラ・イースが口元を抑えて美麗に笑っている。


「なにその反応、本当に気づいていなかったわけ?」

「後ろ姿からして相当な美人だとは思っていたよ」

「ふふっ、当然」


 と言いつつも嬉しそうにしてるから可愛い人だ。

 信じられます、この女性が俺のカノジョなんですよ?


「しかし宝石の持ち込みねえ。あなたの特技を知っている身からすれば出自が怖いわね」

「大丈夫だって、きちんと持ち主のいない物を持ち込んだよ」

「殺したわけじゃないわよね?」

「ちがわい」


 真剣なまなざしで聞かないでくれ。いくら金に困ってるからって他人の物を盗んだりはしない……とは言い切れないが今回はしていない。


「じつはいま帝都のアイテム回収をしていてね、これもその成果なんだ」

「へえ、なんだか面白そうなことをしているのね」


 これを面白いと言ってくれるのは嬉しいね。彼女の家は冒険者の曾祖父が大きくした家だから冒険に理解があるんだ。最初に出会ったのもダンジョンの中だったしね。


 品物を見せる。リッチーから手に入れた品も井戸で洗って学院の地下で拾ったボロい宝石箱に入れてある。


「ねえ、アシェラの鑑定書は持ってこなかったわけ?」

「ないけど、必要だったの?」

「必須よ」


 必須なんだ……!

 さすがは俺には縁遠い世界の常識。普通に知らなかった。資本主義よ、もしかして俺のような田舎者には遠い世界なのかい?


「宝石は情念のこもりやすい品だから買い取りは鑑定書付きの物しかやらないわ。そりゃあそこいらのしょうもない商人なら構わずに安値で引き取るんでしょうけど、うちはそういう店ではないの」

「ごめんね、知らなかったよ」


 ファラが薄く微笑んでいる。中々にサディスティックな笑みで俺のことを可愛いとか思っていそうだ。

 美人のお姉さんの可愛い年下のペット。あぁ本望だ! 対等な関係なんて望まないぜ、俺はペットでいい! 本望だ!


「ま、今回は私が視てあげるわ」

「鑑定できるんだ! すごい!」

「まー、任せなさいな」


 そして流れるようにパーラーに移動する。イース海運デパート名物のイースパーラーは帝都の有閑マダムが通い詰めている超ハイクラスなカフェなんだ。味もさることながらお値段もハイクラス。俺も特別な日じゃないと来れないね。


 パーラーでの一番人気はジュエルパフェ。異国から輸入した新鮮な季節の果物をふんだんに用いた宝石箱のようなパフェだ。いやぁ特別な日であっても躊躇する値段だぜ。……テンペル金貨12枚だよ。二人で頼めば24枚だよ。俺のミスリルソードより高いんだよね。

 ファラさんのおごりで食べるジュエルパフェは最高だ。対等に並び立とうなんて欠片も思わないね。


 そんなファラはモノクルみたいな片眼鏡をつけて宝石の鑑定をしている。古代呪術のエキスパートである彼女は呪いに関してはものすごく詳しいらしい。浮気したら殺される!?


「で、どう?」

「だいたいは問題なさそうね。まぁどう見ても危険そうなのがあるけど」


 ファラがリッチーから手に入れたネックレス『侵食する狂気』を指に引っかけて持ち上げて、モノクルで覗き込む。


「高濃度のオルタナティブ・フィアーね。これ、どこで手に入れたわけ?」

「リッチーの首にかかっていたんだよ」

「きゃあ!」


 ファラが悲鳴と共にネックレスを放り投げる。俺は必死の想いでネックレスをダイビングキャッチ。

 なにすんだよ、って文句を言おうとした俺であったが、ファラのマジのお怒りの顔を見た瞬間に文句は取り下げる。


「ちょっと! アンデッドの首飾りなんて触らせないでよ!」

「配慮に欠けたのは謝るよ。それでどうなの?」

「どうって何よ、私の手が汚れたこと?」


 ファラがナプキンで手をごしごししている。そこまで嫌がるか。とは思いつつも動く死体の首にかかっていた品なんて例え宝石がたくさんついた首飾りであっても気持ち悪いわな。


「売れそうかどうかって話だよ」

「アンデッド由来の品の売買は帝国法で禁止されているわよ。十中八九は危険な品だもの」


 そ…そうなんだ。知らなかった。


「守ってる商人なんてほとんどいないけどね、一応厳罰もあるのよ」

「そっかー。……厳罰覚悟でまで売る気はないねえ」


 ファラが悪戯っぽく微笑む。せいかいって顔だ。


「正しい判断よ。自分が売った品で人が死んだなんて寝覚めが悪くて仕方ないもの」

「心の健康はカネでは買えない、でしょ?」

「正解」


 シャインマスカットみたいな大粒のブドウを載せたスプーンを差し出された。ご褒美うれしいですワン。


 パフェと紅茶を楽しみながらファラに聞いた話ではアンデッドゆらいの品はアルテナ神殿に寄付するのがベターだという。浄化と傷病からの救済の担い手であるアルテナ教徒はこの類の品物の扱いの専門家なんだそうな。

 売るのは禁止。持っているだけでも危険。そんな品なんだそうな。ゲーム内でそんなものを構わずに売っていた聖女さまって大丈夫なのだろうか?


「でもね、死霊術師が持っていた品なら強力なマジックアイテムなのよね。自分で使うという手もあるわ」

「そんな手もあるんだ」


「ええ、まずはアシェラ信徒に鑑定してもらって、障りがあったらアルテナ教徒に浄化処置をしてもらうの。リムーブカースを数回、ピュリフィケーションも数回、暗所に保管して数か月ほど様子を見て問題なければ処置完了。手元に戻ってくるわ」


「手間がかかるんだねえ」

「ええ、手間の分だけお布施も高額になるわよ。大抵は価値に見合わない金額になるわ」


 そりゃあ最初に出てきた選択肢が寄付になるわけだ。

 売却益が目当てのおたからで大損こいてたら話にならねえわな。


「じゃあファラにあげようか?」

「要らない」


 ファラがにっこりと、だが冬の貴婦人のように冷たい微笑みで再度言う。


「要らない。絶対に要らない」

「はい……」


 華のJKがアンデッドゆらいのネックレスを気持ち悪く思うのは当然だけど、本気で嫌なんだなぁって感じだ。過去にアンデッドに嫌な思い出があるのかもしれない。



◇◇◇◇◇◇ 



 ネックレスはマジで不気味なんで後日アルテナ神殿に寄付しようと思う。

 しかしアンデッドゆらいの品はカネにならないのか。となるとアイテム回収第三段も微妙そうだ。


「それでアイテム回収ってまだ続けるの?」

「ちょっと迷ってるんだ」

「あら、せっかく面白そうなのにやめちゃうの?」


 あらま、ファラが仲間になりたそうにこっちを見てる。


 なかまにしますか はい/はい


「ファラも帝都探検隊に入隊する?」

「ええ、面白そうだしね」


 よし、頼もしい仲間も加わったことだし休息はここまでだ。第三段に突撃しよう。



◇◇◇◇◇◇



アイテム回収③ 死の街


 帝都新市街の下は下水道網が張り巡らされている。こいつは悪用すれば皇宮にまで侵入できるという中々に悪用のし甲斐のある設備だ。たぶん設計の段階で緊急時における皇族の脱出経路として作ったんだろうけどゲームなんかだとここから侵入されて滅びてる国ってけっこうあるよね。アホやわ……


 頭いい人達ってけっこうアホやるから面白いわ。

 もし俺が城を作る時はこういう脱出経路は絶対に作らねえぞ。


 そんな重大な欠陥のある下水道にはなんと犯罪者集団が住み着いているのである。……この新市街作った奴ってマジのアホか、愉快犯かのどっちかだろ。


 俺とファラは下水道を歩いている。整備用の点検入り口から普通に入った。

 点検路が汚物で汚れているなんてことはなかった。点検路から随分と下の方を流れる汚水の勢いは強いが、それでも点検路まで飛び跳ねてくることはなさそうだ。なんらかの魔法的な処置が施されているのかもしれない。


「思ったより不衛生ではなさそうね」


 ファラが一つだけ安心したといったふうに緊張感のある表情のまま小さな笑みを作った。帝都有数の超危険地帯に一つだけ安堵できる材料が見つかったからって、緊張を解く理由にはならねえんだ。


 なお悪臭対策としてファラに浄化系のマジックアイテムを用意してもらった。

 ランタンのような明かりを放つマジックアイテムで、この白い明かりが不浄を祓うんだそうな。弱い悪霊や害のある寄生虫なんかにも効果があるらしい。素直に欲しいな。


「ねえファラさんや」

「なに?」

「こいつは売ってもらうとしたらお幾らになるんでしょうか?」

「金貨で四千枚とかになるのかしら」


 うわー、別世界だー。金策をがんばろうと言う気持ちを初手からへし折られる大金だ。


「でもこれは売れないわね。おじいさまからの贈り物だから手放したのがバレたら不味いの」

「怒られるのはいやだね」

「いいえ、目の前で泣かれるの」


 冒険者の王レグルス・イースが泣くのか。

 可愛いひ孫にプレゼントを贈ったのに勝手に売られたらそりゃあ悲しいわな。俺もそんな大切な物は買い取りたくないよ。


「うざったいことに目の前でわざわざ声を出して泣くのよね。何を言っても出ていかないで目の前で泣き続けるの」


 それはウザいですねえ。

 冒険者の王も家庭にあってはただのひいおじいちゃんってことか。


「ま、まぁ老人って寂しがり屋なところがあるから」

「そういうことにしておきましょう。私もおじいさまの悪口なんて言いたくないしね」


 下水道を突き進む。戦闘は起きない。ただただ複雑な経路を歩いていくだけだ。

 知識チートを頼りに進んでいき、奇跡的な偶然を引いて第三層まで来れたが……


「迷ったぜ」

「嘘でしょ……」


 ファラの顔色が悪い。青ざめている。

 とてもではないが呆れているふうではない。もっと身近に迫った危険に備えているふうな様子だ。


「これだけ濃い原初の暗闇の中で道に迷ったとかどうでもいいでしょ。なんでそんなに落ち着いていられるわけ?」

「ファラさんはお忘れですか?」


 ステルスコート先生の襟元を正す。整いましたとか言い出しそうな俺が言う。


「何も恐れなくていいよ、だって俺の潜伏魔法は完璧なんだぜ?」


 彼女もどうやら俺が何者かを思い出したようだ。

 夜の魔王の魔法具使い。ラスボスでさえ背後から殴り倒せる世界最強の男なんだぜ? 下水道の奥に潜んで細々と生きてるネクロマンサー集団なんて片手でポポポイよ。


「ファラが気にするべきなのは本日の収穫が幾らになるかだけさ。冒険をしたいところ悪いが俺と一緒にいる時にスリリングな展開になると思わないでほしいね」

「でしたでした、そうでしたっと」


 目に見えて落ち着きを取り戻した彼女が俺の腕を抱き、くれないの眼差しには強い信頼が宿っている。頼りになる男はやっぱりモテるんだなあと実感した瞬間である。


「まぁ問題がもう一個あって迷ってんだけどねえ」

「それなら問題ないと思うわ」


 ファラが指をさす。


「あっちから強い気配がする。恐ろしく強い原初の暗闇の塊が強烈な波動を放っているわ」

「へえ、大物か。……となるとアリステラちゃんかねえ」

「誰?」

「当代の冥府の王デスの巫女、デス神にいつか身を捧げるために生かされている可哀想なドSロリさ」


 っていうとファラが最高に嫌そうな顔になる。


「うわぁ、可哀想な感じがしないわねえ」

「いいや、可哀想な子だよ。自分が可哀想な境遇だってことさえ理解できないほどカルト教団の洗脳教育がガンギマッタ可哀想な、だが最高クラスのネクロマンサーだ」


 アリステラ=デスアビス・ラ・セイラー・アーキマン。登場時期の関係もあるが春のマリアにおいて三指に入る強ボスだ。なにしろ彼女とは一年の一学期内に戦わないといけないから周回プレイ時でもきついんだよ。

 使役するドラゴンゾンビの吐く瘴炎への耐性装備も彼女の操る闇属性魔法への耐性装備も手に入るのは中盤以降だからねえ。HP600の聖女ちゃんが五桁ダメージのブレスで沈んで呆然としたプレイヤーも多かった。あとオマケの英雄級剣士アンデッド四体も地味に強かった。

 俺も初めて倒したのは五週目で剣術技能・極の防御スキル『護剣の理・極』のスキル熟練度をマックスまであげてからブレスが来ないことを祈ってのお祈りゲーだったよ。物理攻撃を受け流してくれる小盾使いのクロード会長が必須な戦闘なのにね、彼が仲間になるのは二学期以降なんだよなあ……


 正直まともにかち合っても勝てる気はしないが、いま時系列の問題であの子たぶん五歳とか六歳なんだよね。たぶん戦闘にはならねえわ。ステルスコートもあるし。


「まさか戦うつもり?」

「まさか。五・六歳の女児をいじめる趣味はないよ」


 ファラの案内に従って下水道を進んでいく。やがて広大な空間にたどり着いた。目算で三十メートルほど下方に広がるのは、ここが下水道の中だと忘れてしまうような見事な地下都市だ。

 本当に広い。端まで二キロはあるだろうか。こんな地下都市が帝都の下にあるなんて上に住んでいる住人は誰一人として信じやしないだろう。それはファラも同じらしい。


「は……、え、ちょっと待って。デス教団が地下にこれだけの空間を確保しているの? え、どうして誰も気づいていないの?」


 ここが死の街。冥府の王デスを奉じるネクロマンサーどもが聖地のように崇める死のゆりかご。


 帝国でも有数の危険地帯だ。有数って他にもあるのか?って聞かれたら答えに困るけどマクローエンっすね。あのド田舎って瘴気の谷と近いから時々魔神級エネミーが這い上がってくるんだよね。そういう時は俺とファウスト兄貴で親父殿をフォローする感じで倒してたわ。


 死の街を見下ろしながら方針を宣言する。


「では俺らがこれからやるのはおたから大作戦です」

「誰にも気づかれないのをいいことに家々を巡っておたからを盗んでいくのね?」

「盗むなんて人聞きが悪いな」


 俺の中で敵性エネミーが徘徊するフィールドは遺跡やダンジョン扱いなんで。出会った瞬間「死ね!」って襲いかかってくる連中のいるフィールドからはアイテムを収穫してもいいってウィッチャーとゲラルトさんが教えてくれたんで。

 ウィッチャーは3で終わったんだけど4出ないかなあ。あのシリーズ本当に好きだったんだけど。


 一軒目。なんか普通の民家ふうな家に押し入って金品をくすねていく。金製の燭台、指輪、金貨、宝石、金目の物はリュックにしまいこむ俺氏。ファラはマジックアイテムを探してくれている。


「ほぼ呪いの品ばかりね。さすがはネクロマンサー、ここまで危険な品でも使いこなしますか……」

「悔しそうじゃん」

「そりゃあ私だって呪術師を名乗ってますからね。でも悔しいけどデス教団の秘蹟には何歩も先をいかれているみたい」


 呪いのアイテムでも構わずに装備できるのか。ネクロマンサーって敵側にしかいなかったけどじつは隠れた強ジョブなのかもしれない。ロリのアリステラをお菓子で懐柔して仲間にする選択肢もあるか? いや、次の瞬間には心臓をぶちぬかれて「お兄さんの血ってあま~いのね」って言われる自信がある。選択肢を一個間違えただけでBADEND直行のアリステラルートは地獄でしたね……


 二軒目、三軒目、四軒目、収穫は中々のもんだ。さすがは高額な報酬で呪殺をやって暮らしている連中だ。貴族や金満商人が顧客な連中だけあって随分な稼ぎになっている。


 そして俺らは明らかにやばいオーラを醸し出している神殿の前に立つ。

 オリュンポス神殿のような巨大な神殿から放たれる圧倒的なオーラ……いや俺にはよくわかんねえけどファラがビビってるんで間違いない。ここがアリステラの寝所だ。


「どうする?」

「スルーで」


 ロリをいじめる趣味はない。スルー安定で。


 ファラが安堵の吐息をついている。俺がどれほど頼もしくても、信じ切れないだけの恐ろしさがここにはあるのだろう。安定のいのちだいじに。


 華麗なるターゲット変更からのお隣、っつーか一段上の区画にある大きな屋敷に侵入する。


 大勢のアンデッド兵に守護される屋敷の門を普通に跳び越えて侵入。中庭を徘徊する見張りも何もかもを普通に通り過ぎて屋敷の正面入り口から内部に突入する。


「……本当に気づかれないわね」

「なんだよ、まだ俺を疑ってたのかよ」

「そうじゃないけど、そうじゃないけどここってデス教団でもかなりの高位神官の屋敷よ。何が起きたって不思議じゃないわ」

「なんも起きないよ」


 俺がなんでもないことのようにそう言い捨てると、ファラががっくりと肩を落とした。


「本当に何も起きないのね。……一番危険なのはリリウスに思えてきたわ」


 ちょっと面白かったので噴き出しちゃったぜ。


「なんだ、今頃気づいたんだ?」


 屋敷を歩き回る。ファラが確保と言った品は必ず確保する。俺よりも見る目があるからだ。

 やがて食卓で屋敷の主を見つけた。


「大司祭クラッスス・アーキマン……!」

「ファラ知ってるの?」

「デス教団の四人の最高位司祭の一人にして中央文明圏では有名な賞金首よ」

「なるほどね、で、いくら?」


 なんですその恐ろしい少年を見るような目つきは。

 いやいや、さすがに殺しはしませんよ。さすがに人様を殺しておかねを貰うほど厚顔無恥にはなれないよ。でも有名な賞金首の賞金って気になるじゃん。あくまで知的好奇心として。


「……気になるのはそこぉ?」

「だって、俺らに気づいてもいない雑魚じゃん」


 その有名な賞金首は俺らに気づきもしねえでやんの。これは雑魚っすわ。

 ゲーム内でも登場イベントでアリステラに殺されるだけの人だし。


「一応言うわね、言うけど言うだけだからね。……四十万ユーベル金貨」

「へえ~~~欲しかったランタンが百個は買えるねえ」


 気づけば俺はなぜかミスリルの短剣を抜いていた。気づけば俺はそぉ~~っと死の大司祭クラッススなんとか雑魚くんの後ろに移動しようと……


 くっ、とめるなファラ!


「ダメ! 絶対ダメ! デス教団の報復攻撃なんて絶対にひどいことになる!」


「くくく…なぁにわかりゃしねえって。さっと首を落としてさっと拾う。それだけさ」

「ダメー! 賞金を貰った時点で身許が割れるの! 私まだ死にたくない!」


 ファラが本気でとめてくる時点でこりゃあ本気でやべえなって思ったのですまる。

 ファラってなんだかんだブツクサ言いながらも俺の行動を容認してくれるけどさ、ここまで本気でとめてくるってのは本気でやべえんだろうな。


「わかった、やめるよ」

「じゃあその刃をしまって!」


 ミスリルの短剣を鞘にしまう。さあ落ち着こう、俺は刃を納めたぞ、どーどー。


「いま鳥の話なんてしてない! だからその不自然な、一瞬で抜き打ちのできる体勢はやめて!」

「冗談だってば」


 死の大司祭の食卓から離れる。これ以上あそこにいるとね、俺の封じられし聖銀の短剣がうずくからね。金貨四十万枚。確実に一生遊んで暮らせる金額を目に前にした人間ってここまで弱いとはな。


 この後は屋敷を適当に探索して適当に家財を盗み…いやいや拾って、帝都に帰った。

 はてさてリュックいっぱいのこのおたからの山はいったい幾らになるじゃろか?



 リリウスは常に破産しかけている。

 すべてはファラとのデート費用捻出のためだ……

 しかし最近は男のプライドを維持する責務を放棄して飼い犬のように自堕落にごちになっている有様だ。


 ガチのお嬢と付き合ったことのある男だけが彼に石を投げてよい(交際コストが月当たり数億円を超える女ファラ様。

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