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番外編➁ 太陽の神話 ~旧世紀救世主伝説ストラ~

「どこのクソッタレだああ!」


 花火が始まるまでまだ時間のある夕刻。俺はなぜか大聖堂に討ち入っていた。


「どこの! クソッタレが! あの聖書を改悪したああああ!」


 大聖堂に響き渡るシスターの悲鳴。すぐさま駆けつけてくる邪悪な僧兵剣士隊。

 舐めやがってッ、ステルス起動!


 ドス! ドス! ドドス! グレゴール、てめえはイケメンだから二輪挿しだ!


「きゃああ! グレゴール様のお尻にスプーンがぁあああ!」

「二本も!?」


 阿鼻叫喚の大聖堂を練り歩く。あの立派な聖書を改悪した馬鹿野郎はどこだろう!?


 マジな話なんで聖書なんぞのために俺がここまでしているのかは不明だがきっとデブのこととか色々あってフラストレーションが爆発だよ! もう!


「祝祭を汚す賊徒め!」

「聖典を汚したクソどものセリフかああ!」


 なんか強そうなおばちゃん司祭が大魔法を使ってきたが立体起動で接近して側頭部を蹴り飛ばしておく。一撃かよ雑魚が。


 俺を囲んでいる僧侶どもがビビってやがる。リリウスくんが恐ろしいのかい?


「つ…強い……」

「まだ子供に見えるが、恐ろしく手強いぞ」


 恐れ戦くがよい。お前達の恐怖に歪んだ声音が俺を気持ちよくするのだ。


「聖典原理主義者か、あの年で目覚めるとはなんという信仰心だ」

「馬鹿なまねはやめるんだー、教派はちがえど我らは同じ太陽の信徒じゃないか。信徒どうしが傷つけあうなんてストラがお許しになるはずがない!」


 あんな教えを信じているくせに争いを避けような。即座に怒鳴り返してやる。


「あの救世主なら許しそうなもんだがなあ!」


 そして後退る僧侶ども。


「完全論破された……」

「いくらなんでも我らが教派が弱すぎる……」

「くっ、やはり争い合う道しかないのか……」


 掛かってこい、お前達の救世主さまも言ってただろ。

 汝、俺の青筋が三本立つ前に殴りかかってこい、ぶっとばしてやるって(教義改変)


 俺VS大聖堂の僧侶百人の大バトルが始まる寸前にだ。なぜか黄色い歓声があがる。


「きゃああああ! すごいすごい、私の救世主さま像にピッタリな子!」


 僧侶のお姉さんがダッシュで駆け寄ってきて、俺のほっぺを両手で挟み撃ち!

 ちょっ、それ犬にやるやつ……


「は・な・せ……! ってお姉さんのパワーすげえ……」

「わあ、すごい目をしているのね。魔眼かしら? でも志向性は感じないのよね、まるで行き場のないちからの渦みたい。つまりは神秘的ってことね!」


 このパワフルお姉さん(物理的な意味で)のエトナさんとの出会いによって俺は宗教の怖さを少しだけ知ることになるのである。



◇◇◇◇◇◇ 



 俺の怒りは収まった。美人のお姉さんに抱きつかれた瞬間に俺の怒りは雲散霧消して平和な心が戻ってきたのである。三大欲求とはよく言ったもんだ。怒りなんぞ性欲の前ではカスよカス。聖書のことなんて一瞬でどうでもよくなったぜ。


 エトナさんに連れて来られたのは大聖堂の三階にある小さな部屋だ。


「ここが奇跡発見室よ。主に帝国周辺で見つかった奇跡的な現象を資料として保管しているの」


「奇跡の定義ってあるんですか?」


「奇跡は奇跡よ、主の御業だと定義するに足りる不思議な出来事を奇跡と呼んでいるの。奇跡の認定には三段階の関門があって、まず帝国内の奇跡が本物かどうかをこの部屋で審査して、次にサン・イルスローゼにある太陽教会総本部の奇跡認定局で審査して、最後に四人の枢機卿猊下全員の認定があって初めて奇跡と認められるの」


「厳重なんですねえ」

「ええ、じゃないと季節外れの大量開花なんかでも奇跡だと言い出す人がいるもの」


 それは奇跡は奇跡でも奇跡的に美しい光景なんだろうな。

 まぁそんなものを見たら奇跡だと言い出す奴がいてもおかしくない。俺ほどのロマンチストなら奇跡だと認めちゃうね。


「エトナさんも奇跡発見室の人なんですよね」

「ええ」


「ここ最近で何か面白い奇跡はありましたか? って奇跡に面白いなんてつけたらダメか」

「いいのよ、男の子なら面白いものに興味があるのは当然だもの」


 好感度を稼ぎにいく俺氏。これはもう本能なので仕方ない。きれいなお姉さん相手に好きこのんで嫌われにいく男子なんているわけがない、俺が証明です。


「世はまさに奇跡そのものよ。世は神様の愛で満ち溢れているの」


 目を輝かせながら祈り手を組むエトナさんの姿はまさに信仰深い修道女そのものだ。こういう人に限ってじつはエッチだという都合のいい法則は存在しない。だが敬虔な修道女がじつは快楽に弱いというロマンは確実に存在するのだ。


 このまま面白い奇跡の話になるのかな、そう思ったが……


「そうそう、聖典の話だったわね」


 話は戻ってしまった。もうどうでもいいから戻らなくてもいいのに。一度興味を失うと心底どうでもよくなることってあるじゃん。まさにこれよ。


「神話演劇は古くから行われてきたの。でもね、人気がなかったの」

「なかったんですか」

「そうなの、みんな劇の後に配るお菓子が目当てって感じで劇を見てもいない子のほうが多い有り様だったの」


 エトナさんが悲しげに目を伏せる。抱き締めたいな、ガンダム!


「お腹を空かせた子供たちの荒んだ心には信仰は無力なんだと当時の私は悲しんだわ。だから帝都貴婦人の会が行っている炊き出しのお手伝いなんかにも積極的に参加したりまずは子供たちの心に安息を取り戻そうとしたのだけど……」


 だけど?


「そこでとても残酷なものを見てしまったの」

「残酷ですか、それはいったい?」

「……子供たちが紙芝居に夢中になっていたの」


 なんやて?


「当時はクラリス様という絵と物語を作るのが得意な皇女さまがいらっしゃってね、その紙芝居にみんな夢中になっていたの。大人も子供もみんな夢中になって紙芝居に熱中していたわ」


「子供たちの心に安息が戻ったのでいいことなのでは?」

「ええ、そうよね。そう思うわよね。でもね、そんな子供たちはやっぱり神話演劇を見てくれないの」


 それはマジで単純に演劇内容がつまんなかっただけですね。


「私思ったの、主の御業が皇女さまとはいえたかだか人間の作り出した空想に負けていいわけがないって。いいえ! 負けてしまうのはきっと私たちのせいだって! それからの私は体を鍛え始めたわ」

「え、話の流れが理解できない……」


 当時はまだ若く主の愛を理解できていなかったエトナさんは肉体を鍛え始めたらしい。健全な心は健全な肉体に宿るのだから鍛え上げた肉体は神の愛を理解できるとかそんな理由らしい。太陽教会ってやべー組織なのかな?


「私は二十歳の誕生日をきっかけに旅に出たの。このナックルがどこまで通用するかを確かめに! それと各地に残る神の愛の痕跡を調べに!」


 エトナさん、それだと奇跡発見のほうがオマケみたいに聞こえますよ。

 そしてエトナさんは海を越え、山を越え、剣神の神殿で修業を積み、竜の谷に挑んだそうな。あれ、最後のって世界三大魔境の一つじゃね?


 そんな修行の旅の果てにエトナさんは真なる愛を知ったらしい。男でもできたのかな?


「深い神樹の森で野営をしている時にね、不思議な少年と出会ったの」

「不思議な少年ですか」

「ええ、マントの下は裸体の不思議な少年だったわ」


 それはただの変態だろ。


「私が神の愛を探していると打ち明けると彼はお話をしてくれたわ。それは救世主さまの物語だったの」


 あ、この人まさか……


「話を聞き終える頃には夜が明けていて、彼の姿は消えていたわ。あれはきっと救世主さまの御使いが迷える私を導きに降りてきてくださったのだわ! そう、そのお話をまとめたものが現在発行している新約旧世紀救世主伝説なの」


 この人、あのクソヒャッハー軍団の生みの親だ!


 おいおいおい、こんなところに元凶がいたよ。でもなんだろう、今はどんなクソ改悪だろうが許せる気持ちだ。聖書なんて別にいいよどうでも。


「彼は言ったわ。主の御心は我らが胸の内にある、わざわざ探さずとも我らが感じた衝動こそが救世主さまの御心を理解するすべなのだと。だから私は旅を終えてここに帰ってきたの」


 次の瞬間、奇跡発見室の扉が開き、紙束を抱えた小さな修道女が現れたのだ。キミとは四年後にお会いしたいな。


「エトナ様ッ、新しい奇跡が降りてきました!」

「素晴らしい! やはりシャウラには主の愛を理解できているのね!」


 え、それってまさかあの世紀末のヒャッハー軍団の原稿じゃ……


「男女平等神拳! そうよね、救世主さまが女や子供を区別して拳を控えるなんてあってはならないわ。神の愛は誰にでも平等なのだから! 素晴らしいわシャウラ!」

「えへへへ! はい、いま私には神様が降りているに違いありません。だってアイデアがどんどん湧いてくるんですもの!」


 それただの創作活動ハイ!


 この人達この部屋で創作活動してんの!?


「ねえリリウスくん見て見て、今生まれたばかりの神話の放つ輝きを!」

「あなたも神話に興味があるんですね!? さあ私と一緒にあらたな神話を創造しましょう!」

「てっ……」


 俺は迷った。この衝動を抑えるべきか否か迷った。

 しかしなぜか不思議なちからが働いて、言うべきことは言わねばならないという結論に亜音速で到達した。なぜか今後の自分の名誉が懸かっている気がする。


「てめえらァ、聖典をオモチャにするなあああああああ!」


 俺は認めない、こんなクソ改悪聖書だけは絶対に認めないからなあ!



◇◇◇バイアットSIDE◇◇◇ 



 うまく立ちまわっていると思っていた。誰からも嫌われないように笑顔を絶やさずにいて、会話にもきちんと参加して、控えめながらに己の立ち位置を作り上げている、そう信じていた。


 頭の足りない馬鹿な従者仲間と明るく馬鹿なお嬢様を正しい方向に誘導するのがこの集団における自分の役目だと信じてきた。大人達が求めているのもそういうものなのだと……


 だが二人にとって自分はただの嫌なやつだった。

 リリウスの本音を聞き、ロザリアの言葉を思い出し、バイアットは自分が今まで何をやってきたのかわからなくなった。


 薄暗くなり始めた談話室にページをめくる音だけがしている。

 ガーランド・バートランドは今日はもう本当に仕事をするつもりはないらしく、さっきから暇そうに本を読んでいる。何の本なのかはわからない。今のバイアットには己以外に向ける注意力などありはしない。


「あのぅ、僕はどうすればよかったのでしょうか?」

「お前は正しさだけが己の取るべき道だと考えているのだろうな」


 反射的に言い返したくなる衝動もあった。正しいこと以外に意味なんてない、そう信じて生きてきたからだ。……だが今は正しさがわからない。


「お前にも俺にも他の誰にだって正しいたった一つの取るべき選択肢など存在しないが、あえて簡潔にするならお前はお前の心の命じるままにあの二人と接するべきだった。マナーのお勉強として大人から習った社交性や上辺だけの表情など使わずにな」

「……それで嫌われたらどうするんですか?」


「その時はあの二人とは合わなかったというだけだろう。合わない奴と無理に共にいることはない、別のグループを探せ」

「それじゃダメなんです。パパは僕に公爵家との仲立ちを求めて―――」


 ガーランドが本を閉じる。ぱたんと閉じられて初めて本のタイトルが見えた。『犬の飼い方、躾け方 飼い犬を駄犬にしてしまうのは飼い主のせい』と書いてあったが、今のバイアットには本に払う注意力などあるわけがなかった。


「お前の親父がそんなつまらんことのために息子を使うとは思えんがな」

「つまらないなんて……」


「つまらんよ、少なくとも男が一生を捧げてやるほどの仕事ではない。両家の良好な関係など季節ごとに手紙の一つでも出しておけばよいのだ。これがお前の認識しているお前の役割だ。逆に言えばお前の価値は数枚の手紙と同じになるが、それで構わないのか?」


 誰が言ったかガーランド・バートランドには人の心がないらしい。彼を嫌う何者かが流したありふれた陰口だと考えていたが今だけはバイアットも同感だ。

 鉄の男にとってはバイアットの悩みなど小さなつまらないことにちがいない。


「男ならば歴史書に名を残すほどの偉業を成し遂げるのが本懐であろう。それともお前は一生ロザリアの傍でへらへら笑っているつもりだったのか?」


 この男が何を言いたいのかわからない。

 答えを示してほしい。進むべき正しい道を教えてほしい。家の命令に唯々諾々と従ってきたバイアットには己の運命を切り開くちからなどあるわけがなかった。


「……僕はどうすればいいんですか?」

「ばか者め」


 ガーランドの手が近づいてくる。叩かれる!

 と思って身構えたが衝撃はなく、気づけば頭をがしがしと撫でられていた。


「ばか者め、素直にあの二人にそう聞いておけばよかったのだ」


 バイアットは完全に泣き出してしまった。


「今後の身の振り方は親父とでも話し合うがよい。改めて二人と向き合うにせよ、新しい道を探すにせよ、混乱していては話にならん」

(鉄の男なんてとんでもない、温かい人じゃないか……!)


 感激するバイアットは見てしまった。彼が今まで読んでいた本のタイトルを!

 さすがのバイアットも口をあんぐりと開いたままフリーズする。


(え、僕って犬扱いなの……!?)


 ガーランド・バートランドに人の心は解らない。なぜなら彼の心は本当に鉄でできているから、軟弱な子供の心なんてもう思い出せないのだ。



◇◇◇◇◇◇ 



 聖マルコの祝祭のメインイベントである花火が始まった。


 屋敷のバルコニーから見てるだけなのもイベント感がないので大聖堂の前までやってきて、大勢の人たちと一緒に花火を見上げる。

 腹まで響くどーんと大きな破裂音と特大の花火は不思議なほど俺の心のセンチメンタリズムに響いた。


 デブはずっと黙ったっきりだ。さっきから何も口をきかない。腫れぼったくなった目の辺りが泣き腫らした痕だと思うと俺とお嬢様も何も言えなかった。


「なあデブ」


 花火の音で消えてしまってもいい、聞こえなくたっていいんだくらいの気持ちで言う。


「大人はアレコレと無茶を言うんだ。自分にはできるから子供にもできるはずだって難しいことを平気でよ」

「……」


「お前がバランジット様からどんなふうに言われて俺らの傍にいるのか知らねえけどよ、間諜のマネ事させようなんて気はなかったと思うぜ」

「……」


「お前の将来を心配したりだとか、お前に同い年の友達を作ってやろうとか、なあデブ、お前はどうしたいんだよ?」

「……」


「俺はお前とダチになりたいぜ。御家の命令で嫌々付き合わされている野郎なんかじゃなくて、普通にしてる素のお前とよぉ……」


 なんか途中から勝手に感極まって泣いちまったよ。自分勝手にしゃべり始めて自分勝手に泣くとか情緒不安定な変な奴みたいで引くな。自分で。


「ねえバイアット、わたくしも何も気負っていないあなたと会ってみたいわ。今すぐには難しくても、いつかでもいいの」


 すぐに泣きぐずるような声が聞こえてきた。そいつがデブのなのかお嬢様のなのか、俺のものかはわからない。


 花火を見上げる視線を下げる気分じゃなかったからだ。



◇◇◇◇◇◇ 



 花火からの帰り道、なんかしゃべってやれたらよかったんだが別になんも意味のあるようなことはしゃべんなかった。花火きれいだったなーとか、そうよねーとか、そんなどうでもいいことばっかしゃべってた。

 空気はまぁ軽かったよ。みんな変な顔してたしな。


「お嬢様、まるで泣いた後みたいな顔してますよ」

「あら、あなたってば鏡を見たことないの? あなたもそんな顔してるわ」

「男が簡単に泣くわけがないのでお嬢様の目が変なんですー」

「あら、淑女だって簡単に泣いたりしないからあなたの気のせいよ」


 公爵邸に帰り着くと玄関ホールで意外な人物が立って待っていた。まぁ公が呼んだんだろうな。

 デブの親父のセルジリア伯爵バランジット様だ。俺は勝手にデーブンパパって呼んでる。


 デーブンパパがデブへと駆け寄ってきて、ラグビータックルのような猛烈なハグをする。やっぱ太ってるだけでパワーあるんだな。


「バイアット、お前がそんなふうに振る舞っているなんて……」

「ぱ…パパ?」


 怒られると思ってそうなデブがおどおどしている。

 安心しろデブ、今夜だけは俺が味方してやる。明日からは知らんが。


「ロザリア様に嫌われないようにしろとは確かに言ったがまさか太鼓持ちのマネ事をするとはな。俺の言葉が足りなかった、すまない」

「そんなっ、パパのせいじゃないよ、僕が悪いんだから……」


 デーブンパパがデブをハグしながら俺とお嬢様に視線を向ける。


「二人ともすまなかった。俺の言い方が悪くて二人を悪い気分にさせ続けてしまっていた。……リリウスくんからは妙に嫌われていると聞いてはいたがまさか愚息の振る舞いが原因だとはな」

「過ぎたことは気にしませんよ。俺も事情はわかっているつもりです」


「そうか。キミは、ファウルからはなんと?」

「好きにしろと。お前の好きなように付き合えばいいとは言われました」

「……敵わないな、戦士としてのみならず父親としてまであいつには敵わんか」


 いえ、父親としてはバランジット様は完勝してます。息子の父親への敬意はお小遣いの金額なんで。あのクソ親父のいいところは強さだけです。それだけは本当に認めざるを得ない。


 バランジット様がデブの頭を押して頭を下げさせる。お嬢様に向かっては特別に、というよりも今後のデブの立場のためにだ。


「ロザリア様にも謝罪を」

「構いません。わたくしも過ぎたことは過ぎたことと考えておりますので」


 バランジット様と今しがた降りてきたばかりのバートランド公が頷き合う。大人どうしで話し合いは済んでいるって感じだ。


「愚息は一度領地に連れ帰ろうと思う。側近の話は一旦無かったことにさせてもらうつもりだ」


 やはりそう落ち着いたか。指摘すればこうなる。だからお嬢様は黙っていて、公も黙認し続けたのだろう。たぶん。

 あれこれと頭越しに決まっていく自分の処遇に翻弄されてきょろきょろしているデブは今自分がどうなるのかもわかっていなそうだ。……じゃあ俺が言ってやるしかないじゃないか。


「デブ、これでいいのか?」


 きょろきょろと視線を彷徨わせていたデブがようやく俺を見る。今日の昼ぶりだってのに随分と長く目を合わせてしなかった気がする。


「ここが運命の分かれ道だ。たぶんお前にとって最後の」


 俺達から別れる道もいいさ。そうなりゃたぶん俺はお前を殺さずに済む。

 だがお前が、俺達と一緒にいたいと思ってくれるなら……


「今だけだ、お前が自分の人生を決められるのはこの瞬間だけだぞ。本当なら領地に帰ってよく考えてから決めるのがお前にとっては一番いいんだろうが、それだとお前はまた御家の風向きを読んでしまう気がする。だが今なら俺が口八丁でバランジット様を丸め込んでやれる。今だけはお前が自分の人生を決められるんだ」


 デブ泣くな。

 泣くなよ、俺までもらい泣きしちまうだろうが。


「リリウスくんは…どう…して、どうしてそこまでしてくれるの?」

「言ったろ? 俺はさ、ずっとお前とダチ公になりたかったんだよ」


 泣くなデブ。頼むから泣くな。

 ちくしょう、今日は涙腺のゆるい日だぜ。俺の理想とするクールなナイスガイは背中で語る系なんだがな、ちくしょう。


「お嬢様、僕はまだお嬢様の傍にいてもいいのかな?」

「嫌だったらとっくに焼いてるわ。…傍にいなさいよ、いまさらバイアットがいなくなるなんて寂しいわ」


 お嬢様が腕を組み、そっぽ向きながらそう言った。まるでツンデレお嬢様だ。ツンデレの見本品だ。大将、この等身大ロザリア・フィギュアを売ってくれ。毎日使う。


 ダバダバに泣いてたデブがぽっちゃり腕で目元をごしごしする。


「パパ、僕は二人と一緒にいたいよ。御家の利害関係のためなんかじゃなくて、今度こそ、本当の…友達になりたいんだ」

「本当にいいのか?」


 バランジット様が厳しく問いかける。本気の男の目をしている。下手をことを言おうものならマジで殴られる空気だ。さすがの俺もいつもの冗談を言えない雰囲気だZE☆


「お前は要領のいい子だ。俺が気に食わない言動をしない、それがお前自身の意思に反していてもだ。今回のことでそれがよくわかった」


 すごい迫力だ。これはデーブンパパなんてギャグな名前をつけていい人ではない。確実に猛将とか大戦士な風格だ。

 デブが気圧されてこっち見てくる。やめろ、今の俺は空気だ。


「リリウス君とロザリア様に流されて言っているだけなのなら俺はお前を連れ帰るぞ。そんな関係はお前のためにも二人のためにもならない。だからよく考えて答えろ、二人と共にいたい、それがお前の本当の気持ちなんだな?」

「……僕は」


 デブが小声で何か言った。あいにく俺には聞こえなかったがバランジット様の表情でなんて答えたかはわかった。


「やれやれ、お嬢様第一の手下の座を不動の物にするチャンスをフイにしちまったぜ」

「ねえ、そのセリフはわたくしの後ろに隠れながら言うこと?」


 だって怖かったんだもん。

 たぶんバランジット様って相当強いよね。親父殿レベルで。



◇◇◇◇◇◇ 



 諸々の後でデブが俺達の下に戻ってきた。


「あーあ、せっかくお嬢様を俺だけのお嬢様にできるチャンスだったのにてめえなんざの味方をするとはな」

「んっふっふ」


 なんだその変な笑い方。初めて見たがキモいぞ。

 デブがどや顔にも似たキモい微笑みを浮かべている。キモすぎてストレートパンチを放てば気持ちよくなれそうだ。


 よく見るとお嬢様までニマニマしている。こっちは愛らしいので抱き締めたいなガンダム。


「そんな憎まれ口を言っちゃって~~~?」

「本当はねー?」

「な…なんなんですその妙な連携技は?」


 デブとお嬢様がシンクロしている。水中でやるとオリンピックに行けちまうレベルだ。


「なんだかんだ言ってあなたってバイアットのこと好きなんだなーって、ね?」

「うんうん、普段は嫌われてると思ってたけど本当は僕のことを―――」

「いや、お前のことは心底から嫌いだ」


 本心から言ったんだが二人とも信じてない顔してるわ。

 素直になれない子供を見る目つきをしているわ。


「またまたぁ」

「そんなふうに言っちゃってさあ。僕がいないと寂しいんでしょ?」

「せい!」


 デブのお腹をパンチ。ぱちんと快音が鳴ったがデブのキモさが止まらない。


 くそぅ、この気持ち悪い空気がこれからも続くと思うと俺だけ三馬鹿から脱退したくなってきた。普通のリリウス君になりますぜ。

 そんな奇妙な空気の中、公がゆっくりと近づいてきた。なんじゃろ?


「それでリリウスくんあのね、じつは太陽教会からこういったものが届いているんだ」

「え?」


『召喚状』

『用件は分かっているはずよ。明日、ラーンドゥ大聖堂まで来てちょうだい』


 やべえ、俺だけ強制脱退の危機かも!?



◇◇◇◇◇◇ 



 ―――後日。


 新年を喜ぶ熱もそろそろ冷めてきた一月の半ば頃、太陽教会から俺宛てに荷物が送られてきた。つーか見習いの少年僧侶が持ってきた。寒い中ご苦労さまだぜ。


「ねえリリウス、教会とは和解したのよね?」

「そりゃ誠心誠意謝り倒しまして和解しましたよ」


 召喚状まで貰っちゃったらね。住所氏名年齢までバレてるってことだからね。そりゃあ素直に謝りますよ。お嬢様にも迷惑がかかるしね。

 で、その時エトナさんと取引をしたんだ。これはそれ関連の品だろ。


 お嬢様と一緒に並んで聖典の内容を確認する。


「へえ、絵物語になっているのね」

「子供受けを狙うなら子供にもわかりやすい手法を取り入れるべきだと提案したんですよ」


 お嬢様が「んんぅ?」って首をひねってる。


「謝りにいったのよね?」

「有益な情報を対価に許してもらったんですよ」

「随分と搾り取られたわねえ」


 マジでね。創作活動のアイデア欲しさに俺の話を提供させられたからね。


 なんでもエトナさんのイメージする救世主さま像に俺がぴったりだったらしい。あれにピッタリって遠回しな侮辱だろ。


 聖典を読み進めていく。完全超悪だった救世主さまご一行は少しだけマイルドになっている。エンタメに偏りすぎて聖典の意義を失っていた世紀末ヒャッハー軍団に正当な意義を与えることで俺なりにコントロールさせてもらったが、どうやら正式採用されたようだ。それだけはちょっとだけホッとしている。


 子供たちが見てくれないからって聖典が悪を礼賛するのはおかしいからな。マジで。あれを見て育った子供たちの社会なんて俺は嫌だぞ。ナンデ救世主さまが斧を振り上げて深夜に家に突撃して妻をさらっていくんだよ。ただの強盗じゃねーか。


 で、どんな方向性を与えたかっていうと大義だ。救世主が暴力を振るう理由。特撮ヒーローでいう絶対的な悪の登場。

 アル・ディーンと似ていたんでアルドって名前にしておいたわ。アルド、兄ちゃん頑張ってお前のためにとっておきのネタ話を作っておいたぞ。じつは僕の名前って神話に出てくる救世主さまの兄と同じ名前なんですよって自己紹介ギャグになるよね。


 左側に挿絵、右側に簡素な文体のストーリー。お嬢様が夢中になって聖典を読み進めてる。倫理観はともかくエトナさんに才能があるようだ。


「へえ、知らなかった、救世主さまにはご兄弟がおられたのねえ。アルドとルドガね、あなたの兄弟みたいな名前ね?」

「ええ、面白い偶然ですね」


 三人兄弟にしたんだけど最後の一人が思いつかなかったから適当にルド兄貴にしたわ。許せ。


「へえ、太陽に黒い粒が見えたら一年以内に死ぬんだ……、本当に?」

「ええ、黒点と言って大変不吉なのです」


 嘘です。超うそつきました。


 なおこの聖典が元になって天文観測をする学者の間で一騒動が起きるのだが俺は無罪を主張する。神話フィクションは用法・用量を守って気楽に楽しんでね。つか息子の首を取っちゃったから像の首を足す話とかマジで信じてる奴のほうがおかしいだろ。せめて取れちゃった息子の首を置き直せよ! 色んな神話を知ってるけどインド神話が一番ぶっとんでるわ。


「あぁ、なるほど、ご兄弟は太陽神の座を巡って争っておられるのね。それで信徒を得るために……」


 あとなんか物語が無味乾燥というか恋愛事情が欠片も存在しなかったからヒロインを追加しといたわ。太陽神の伴侶になる女神に恋焦がれる三兄弟がそれを理由に太陽神を目指すストーリーにしといた。

 絶対的な悪。戦う動機。無茶はするけど最終的に善行になる物語の軸。俺にできるテコ入れはここまでだよ。


 あっという間、というには少々時間がかかったが一気に読み終えたお嬢様が言う。


「面白かったわ。次の話はないのかしら?」

「気長に待ってあげましょう」


 創作活動には時間が必要だからな。そこはのんびり待ってあげてほしい。


 と思ったがまさか二月になる前に次の巻が届くことになるとはこの海のリリウスの目をもってしても見えなんだわ。エトナさん創作活動に命捧げすぎだよ。

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