短話 地獄の愛妻料理
イースの後継者編の途中だというのに短話に逃げてしまった。
ラトファは松島の癒しです。だって100%ギャグ世界の住人ですもん。
基本的にいい子なのに中身が全滅してるという困ったちゃんですがそこがいい。
世界は広く料理は土地の数だけ多様なバリュエーションを持つ。さらにその土地土地においても住んでる種族によって多様に変化する。味覚の違い、食物摂取器官の違い、分解できる栄養素の違い、こいつらは本当に大きな種族どうしの壁なんだ。人狼が玉ねぎ食ったら死ぬわ。魔石から魔素吸収してるだけの種族もいるし。
今回は種族格差のお話だ。なんでそんな話をするんだってなると八月初頭、バトラが逃げてきたんだ……
俺の宿泊する安宿一階の食堂でバトラがメシ食ってる。大食い選手権かな?って思うような勢いで焼き飯かっこんでる。なんでこいつメシ食いながら泣いてんの?
「うまい、うまいぞぉぉお!」
「リアクションが海難事故にあって無人島で三日間サバイバルしてて救出された奴のじゃん」
「ハゲ、例えが長すぎ」
焼き飯のお代わり運んできたベティが超冷静に俺のツッコミにダメ出ししてきた。うるせえって感じだ。
ベティはそのままキッチンに戻っておかわりを作り始める。
食堂は満員だ。ベティが全部作ってる。というかこいつらさっき朝食食ったはずなのにベティがキッチンに立ったと聞いて部屋からまた降りてきたんだ。行列のできる名コックさんかよ。……俺が作ってやるって言っても断るくせにこいつらウギギギ。
「うまいうまい、うぅぅぅぅ……」
泣きながらメシ食ってるバトラは何だかストレス溜めてそう。本当に何があったんだ?
八人前をたらふく食べてようやく人心地ついたらしい。ようやく事のあらましを語り始めるようだ。
「あー、じつはな」
話はいつまで遡ったものか、とりあえず今朝の事だ。
◇◇◇◇◇◇
早朝のクランハウスに陽気な鼻歌が響いている。古く物悲しい悲恋歌を今風にアレンジしたもので、悲恋のくせに青春歌みたいに楽しげになっている。
キッチンに立つラトファはエプロン姿で鍋を掻き回している。その姿は料理を作れるのが楽しくて仕方ないっていう喜びに満ちている。
対して食卓に着く野郎どものどんよりしたオーラはどうなっているのか。この世の終わりみたいな顔をして、ラトファの背中を見つめているぞ?
屠殺される寸前のブタみたいな神妙な面をする三人の男、バトラ、クラウ、トキムネは食卓につきながらどうにかしてこの地獄から解放される術はないかと考え込んでいる。暗い顔からわかるとおり勝算は絶望的だ。
そんなときだ、トキムネがこっそりと席を立つ。
「あー、俺用事思い出したわ」
「逃がさん」
「座りなさい」
野郎二人から肩を掴まれて座り戻されてしまった。逃れるならば全員だ。独りだけ助かろうなどという卑怯者はユルサナイ。
古時計の針がカチコチ時を刻む。三人は結局何もできなかった。
「出来たわよー!」
ラトファが出来上がったばかりの朝食を持ってきた。それがなんていうかもう異様を通り越してグロテスクだ。
サラダがある。キャベツを一口サイズに毟っただけの簡素なサラダにはポーチドエッグが四個載ってる。タンパク質は大事だ。それはわかる。しかしタマゴの殻を砕いて粉チーズみたいに振りかけている意味が理解できない! こんなん食ったら口から血出るわ、中レベル冒険者だから出ないけど!
次にモツがある。肝臓や心臓や小腸がそのまま大皿に載せられている。生だ。ソースどころか茹でてさえいない。しかもモツの持ち主なのか鹿の頭が飾りみたいに添えられている。
これは料理ではない! 邪悪な宗教団体の儀式だ! そう思いながらも三人はフォークを手にして本日のおいしそうな朝食の攻略を開始する。
バトラがモツをくっちゃくっちゃ音を立てながら噛む。この内臓の持ち主だったであろう鹿の生首と目が合いながらもっちゃもっちゃ噛んでいる。
クラウはサラダを食べながら口からザリザリゴリゴリ変な音を出している。
トキムネは神に祈るように目を閉じながらフォークを己の首に向けている。自殺か?
「おいしいでしょ~~~、やっぱり鮮度がいいのよね」
ラトファはこのために夜明け前から北の森へ行き雌鹿を狩ってきてくれたのである。まずいなんて言えるはずがない。
最初のうちはその思いやりに感謝してうまいうまいと食べていたバトラだったがそれがいけなかった。褒められたもんだからすっかり調子に乗って毎朝作るようになってしまったのである。……いまさらまずいなんて言い出せない。
誰よりも早くごはんを食べ終えたラトファがキッチンでいそいそ働いてる。嫌な予感のするクラウが……
「その、何を?」
「ランチボックス作ってるの」
絶望が告げられた。祈るように目を閉じていたトキムネの目から涙が……
「みんな、楽しみにしててね!」
ラトファの無邪気な笑顔が弾けた瞬間、バトラは逃げた。急用を思い出したとか大嘘こいて逃げた。逃げた先がリリウスのところだったのである。
◇◇◇◇◇◇
バトラ兄貴が深刻そうな表情で語ったお話をようやくすると新妻がメシマズで困ってるである。悩みが贅沢すぎてノロケ乙って感じだ。
ここは底辺冒険者さんの宿だ。金も恋人を作る余裕もないFランの巣窟だ。そろそろBランカーになろうっていう成功者が美少女エルフの嫁を貰って順風満帆なのである。メシマズが何だよって感じだと思ったが……
食堂にいるFランどもの表情が冴えない。どうやら宿の女将さんのマズメシを体験してるせいで、シンパシーを感じちゃったらしい。
本題はここからだ。別に兄貴はメシを食いに来たわけじゃない。
「ラトファに料理を教えてやってくれ」
「それくらいはいいけど……」
俺ラトファ大好きだし日頃遊んでもらってるから料理教えるくらいは問題ない。でもどうやってその流れに持っていくかは問題だ。バトラがそうであるように俺だってラトファに嫌われたくない。
悩んでいるとレイラが声をかけてきたぜ。ベルクス君と一緒じゃないなんて珍しいな。さては奴らに黙ってこっそりベティ飯食べにきたな?
「ついでに女将さんにも教えてやってよ」
「不機嫌になりそう」
キッチンでは女将さんが仕事もせずにのんびりと読書してる。ある意味であの人が一番手強い。だってメシマズの自覚あるのに直す気ねえんだもん。
ベティが大皿持ってきた。俺の独壇場だったパスタ業界に進出してとうとう作り上げた究極ナポリタンを掲げてだ。すげえうまそうだ……
「基礎のなってないハゲが料理を教える? なんの冗談だ」
「くっ、こいつ……!」
ベティの料理はうまい。お世話人形なこいつはネットワーク経由で神代のクッ〇パッド使ってるんだ。勘もいいから現代の料理も俺の異世界料理もすぐに習得しちゃうんだ。天才ってのはこいつのためにある言葉だよ、初めてだよ歯向かう気さえ起きなくなるレベルでボコられたのは……
「どうした、怖いか?」
「俺専用の煽りスキルまで習得してからに。くそぅ……」
煽ってきたベティ姫が途端に口元を緩めた。
「でもハゲは向上心がある。そのうちしっかりしたコックになれる」
褒める方向性がちがうな。俺冒険者だよ? コック見習いじゃないよ? だが敗北の記憶を抱えたまま冒険者として成功するのはちがう。そいつは逃避だ。
強大な敵から逃げていいのかって話だ。ベティ姫は敵じゃないけど。それどころかご飯作ってくれる人だけど。
「料理教えてやろうか?」
「なるほど、その手があったか」
おい度し難い馬鹿を見る目はやめろ。そんな簡単なことに今まで気づかなかったのか?みたいな目をされると辛いだろ。そうじゃねえ。
「料理教室でもやらない?」
「いいぞ」
こうしてメシマズ女子を集めた料理教室が始まった。
そして俺は思い知る。種族差がいかに埋め難い高いハードルかってことを本当の意味で思い知るのだ。
◇◇◇◇◇◇
この日の夕方、宿の食堂で第一回料理教室を開催する。参加者は俺と女将さんとラトファとバトラ。講師はベティ子先生である。
「じゃあ始める。今夜はビードシュワンプを作る。イルスローゼに古くからある郷土料理の中でも基本的な技術が多く、これをきちんと作れるなら料理への理解も深まると思う」
料理の話になると急に饒舌になるベティ子さんマジ料理ガチ勢。料理オタクなんだね。
さっそく調理開始である。
みんなして里芋を洗うぜ。
ビードシュワンプってのはビード芋を使った蒸し料理だ。ふかしてからスライスした里芋を、ひきにくと豆とエビをあえた辛めのソースに浸して完成。これ一品で一食分のおかず全部を賄う量を作って、鍋から小皿に取り分けて食べるんだね。
まずは下拵えから始まる。里芋は水洗いしてアク抜きのために水に漬けておく。だいたい二分くらいって話だが他の下拵えが終わってからやってもいい。この辺は状況次第で。
さっそくバトラから質問だ。
「漬けすぎるとまずいのか?」
「ミニッツなら問題ないけどひと晩とかはやめたほうがいい。最初から手際とか気にしなくていいから丁寧に覚えて」
「わかった。さあやろうか」
「うん」
新婚夫婦が並んで里芋を洗う。親指の平でごしごし土を落とす感じでいい。
バトラはこの料理教室にラトファを誘う際にこう言ったらしい。故郷の味が懐かしいってさ。策士かよ。そんなん自然にリリウス君に習いに来るやん。
そして偶然! 不思議なことに! なぜか料理教室やってるから一緒に参加しなよって流れで誘えたんだ。いやー不思議なこともあるもんだ。
豆も洗うしエビも洗う。口に入るもんだからきちんとやる。熊とか生魚の寄生虫で死んでるけど元気になるはずの食事で病気になるのはおかしいんだ。
洗うもの洗ったあとはアク抜きしてた里芋を引き上げてザルに移す。グツグツ煮えてる鍋にエビと豆を淹れてしばらく煮る。煮てる間に里芋の皮むきをする。
最初はモタついてたバトラだが三個目から上手に剝き始めた。伊達に剣士やってないな。
「やるじゃん」
「刃物なら任せろ、と言いたいところだがまだまだラトファの方がうまいね。教えてくれよ」
「ナイフを動かすんじゃなくて芋を回すと簡単だよ。ほらこうして……」
「こうかな」
「うんうん上手じゃん。勘がいいのよね」
「教え方がいいんだよ」
「なんだあいつら」
いちゃいちゃ料理してる若い夫婦を見ている女将さんが急にヤサグレ始めたぜ。旦那さんまた旅に出ちゃったもんな。
「めんどくせ。こんなに手間のかかることやってちゃシーツを替える時間もなくなるよ」
「……ママさんはきちんとやってるよ?」
「ママが何年家事やってると思うんだい。あたしにゃ無理だよ」
向上心ゼロすぎてワロエナイ。料理のうまいへたの問題じゃなくてうまくなる気がねえんだ。
煮終えた豆を潰す。ここを小さな塊も残らないくらい丁寧な仕上がりにすると驚くほど滑らかな仕上がりになるんだ。豆は潰す前に薄皮を剥いておくとさらに上品な口当たりになるね。
続いてフライパンでひきにくと玉ねぎを炒める。こした赤ワインを浸るくらい入れて水分を半分飛ばし、潰した豆と皮を剥いたエビを混ぜる。これでソースは完成。
ふかした里芋をスライスしてソースの上に並べて完成だ。パセリなんかで彩どりを加えてもいいだろう。
そして我々は恐ろしい物を目撃する。
我々はおなじ料理を作っていたはずだ。でもラトファの皿だけ何か変な料理が載ってる。そもそも料理なのか不明だ。……マジでなんだこれ?
ベティも驚愕してる。こいつのマジ驚愕した顔初めて見たわ。
「……どうして捨てたはずのエビの殻まであえた?」
「捨てるなんてもったいないよ! だってさ、殻には骨を丈夫にする栄養があるんだよ!」
この瞬間俺とベティがアイコンタクト。
(あるの?)
(ないとは言い切れない。わからない、こんな物食べようなんて考えたこともないから……)
ニッコニコしてるラトファの笑顔には何の曇りもない。あるかないかはともかくあるって信じてる顔なのでそれは仕方ない。栄養は大事だ。健康食品も言ってる。
そこは一旦置く。絶対に指摘せずにはいられないものがまだ残っているからだ。ラトファの皿にはぐるっと円を描くみたいに海老頭が飾り付けられている。料理というか猟奇だ。
「じゃあどうしてエビの頭を並べている?」
「賑やかでしょ」
怖い! 俺は料理に賑やかさなんて求めていない! いや賑やかな方が楽しいけどこれは怖いんだ。
なんでこれから食う奴の顔見ながら食事を楽しめるんだ!?
「あたしたちはね、命をいただいてるの。森の恵み、川の恵み、いつか土に還るまであたしたちはあらゆる恵みを糧として生きていく。あたしたちは命を分け与えてくれた者に対して感謝するべきだと思うの」
「……そう」
めっちゃキラキラした眼差しでベジタリアンみたいなこと言われた。命を食べないベジタリアンが一周回って雑食に目覚めたみたいな発言だぜ……
(不思議と理解できなくはない気がしたけどやっぱり理解できない)
(わかる。理解できそうでできない)
ちらっと見るとバトラはもう何か諦めたような穏やかな顔してる。悟ったな。この地獄から解放されないとわかって逆に悟ったな。屠殺場で死刑待ちしてるブタみたいな空虚な目してやがる。
「しかし信念を持って作ったのならおいしいはず……」
ベティが勇敢にもフォークを手にしてラトファ料理をひと口。
ザリ。
食事の音とは思えない異音とともにベティがフリーズした。俺は小刻みに震えるベティの肩を優しくたたいてやった。
◇◇◇◇◇◇
フェイは今夜はいつもとちがう夜だなって思ってる。
クエストから帰ってくるとまず部屋がピカピカに掃除され尽くしていた。同居人であるレテが綺麗にしてくれたらしいのでお礼を言うと含み笑いされた。
(……どういう返答だ?)
ベッドもいい香りがする。日干しされたシーツは真っ白だし敷いている干し草も新しいものに替えられていた。この時は何かいいことでもあったのか?って思った。
夕食も豪華だった。いつもは外に食いに行くのに今夜はなぜかレテが作った。ヤムー肉の煮込みは普通に食えるし、サラダはオーガニックだし上等なワインも付いている。
「ドレッシングは?」
「あたしあれきらーい」
エルフは異種族なのでトールマンとは味覚そのものがちがう。酸っぱい=腐ってるという解釈をするのでビネガー関連は絶対に使わない。
しかし前衛戦闘職種は基本的に濃い味好みだ。日中に消費したカロリーを求めて塩分も糖分も貪欲に欲しがってしまう。つまり食の好みが致命的に合わない。しかし作ってもらっておいて文句を言うほど礼儀知らずなマネはしない。
「まぁいいか」
シチューを七回お代わりしてキャベツのサラダには塩を足してもしゃもしゃ食べる。
そんな食事を終えて上等なワインを味わっているとレテが身を寄せてきた。……おかしい。
対面に座っていたレテが隣にやってきてピタリとくっつき始めた。おかしい。
どんな悪戯だよって顔を見れば紅潮してるし呼吸は浅いし……
「風邪か?」
「はぁ?」
「ちがうらしいな……」
キレ気味に返されたのであっさり折れておく。
以前アドバイスを求めた時にリリウスからこう言われている。女性を怒らせても何の得もねえ、ここぞという時まで黙って従っておけだ。
たしかに怒らせたいわけではないので従っておく。しかしフェイの脳内は言い知れない不安でいっぱいになっている。
(おかしい。今夜は何かがおかしい)
レテの熱病に浮かされたみたいな表情を見つめていると動悸がひどい。フェイはこれを風邪を移されたと考え、ポーションを一本飲んでおいた。
「ねえフェイ、もう寝ない?」
「いや型稽古をやってから寝る」
そう答えるとレテが激怒した。尻尾があったら逆立ててるくらい怒ってる。シャー!って言ってる! 何なんだ!?
「今日はサボって」
「しかし鍛錬を一日欠かせば三日の遅れを……」
「いいからサボって!」
「……わかった」
おかしい!
今夜はおかしい。何か変だ。絶対に何か恐ろしいことが待っている!
その勇ましい経歴と戦闘能力とは裏腹に根っこはビビリなフェイはこういう時に逃げを選択する。
「そういえばバトラと飲む約束をしていたな」
そんな約束はしてない。
「それもサボって」
(こいつ何を企んでいる……?)
フェイがお馬鹿な疑念に駆られているとボロ小屋の扉がノックされた。最初は三回小さなノック。反応しないでいるとドンドンと強くなっていく。
でもフェイは立てない。何だか知らんが腕にレテがしがみついている。出るなって目つきだ。
「おい、緊急の用件かもしれない。離せ」
「……うん」
しぶしぶ解放されたフェイはブツクサ文句言いながら玄関を開ける。するとリリウスとベティがいた。フェイは大喜びで口笛を吹く。
「やるじゃないか、泊っていくのか!?」
「なんで歓迎されてるのかわからねえけど話が早くて助かるよ」
次の瞬間、レテが大声出してキレた。
◇◇◇◇◇◇
料理教室の後、フェイのお宅を訪問すると……
「帰れぇぇぇええええ!」
突然キレたレテが俺をしゃもじでバシバシ叩き始めた。
あれ、俺また何かやっちゃいました?
そしてめっちゃ叩かれてる俺を挟んでケンカする二人。
「どうしてリリウスを邪険にする、今日のお前は本当におかしいぞ。家主は僕だ、こいつを泊めるのは僕の決定だ!」
「ダメ、帰して!?」
「お前リリウスを見捨てる気か!?」
「今夜だけはダメなの!」
「ええい、さっきから何だってんだ。お前なにを企んでるんだ!?」
「ダメったらダメなの!」
レテが頑固に家にあげてくれない。室内の様子で我々もお察ししてしまった。
エルフって繁殖の前には家も体もピカピカに磨き上げて豪華な食事を食べた後にそういう営みを始めるらしいんだ。つまり今夜は特別な夜なんだ。……なんて日にお宅訪問してんの俺ら?
フェイっつーかレテにエルフの風習について聞きに来たのにこれじゃあな。聞ける話も聞けないわ。
「本当に大した用事じゃないんだ。俺らはこれで……」
「待て」
フェイに肩を掴んで引き留められた。
「僕を見捨てる気か? 今晩だけはここにいてくれ、頼む」
「早く帰って、あたしが押さえてるうちに早く!」
「行くなリリウス、頼む!」
すまんフェイ。それとお前たぶん勘違いしてるけど今夜はステキな夜になるぞ。
親友を見捨てて夜の町をとぼとぼ歩いてるとフェイが追い付いてきたぜ。こいつマジか。
「戻った方がいいと思う」
「いやだ。あいつは何か企んでる」
何か企んでる=悪い事ってのは否定しないがステキな初体験に向けてずっと前から準備してた女の子から逃げてきたのはマジひどいと思う。お互いに不器用なんだな。
とりあえずそこらの公園のベンチに座って事情を説明するとフェイの顔がくしゃりと歪んだ。どうやら心当たりがあるらしい。
「エルフは森に住む種族だから食事に火を使うという習慣がないんだ」
はてそうだっただろうか?
思い返してみてもラトファもレテも火を使っていたように思う。
「そうなのか、いつかのレスバ族の宴会でも普通にBBQが出ていたぞ?」
「あいつらは外ともつながりのある傭兵民族だろ。ラトファやレテだって街で暮らして長い。ユークリッド大樹海の里やベルサークで火を見たか?」
「そういや見なかったな」
でも理解はできる。森で木造建築に住んでる連中にとって火の気は怖い。下手をすりゃ森を焼き尽くす大火事になる。さすがエルフと同棲してる男だな、乙女心は欠片もわかってねえのに民族性はきちんと理解してる。
つまり火を使うことは理解できても抵抗があるんだ。
「問題の根幹は文化だ。僕が醤を好むようにこいつを強制するのは難しいぞ」
「超わかる」
俺も明日から醤油を捨てろって言われたらどんな手を使っても回避しようとする。ラトファの残虐グロ料理は俺にとって醤油と同じ……バトラ死んだな。
「とりあえずウルド様に相談すっか」
「お前にしては名案だ」
ウルド様はエルフ族の女王だ。種族の頂点に立つセルトゥーラ王直系の姫であり、個人でサン・イルスローゼという国家と不可侵条約結んでる超武闘派だ。そんなウルド様であるが料理に詳しい家庭的な一面もある。主に酒のツマミだけど。ただの呑兵衛だわ。
そろそろダンジョン攻略の相談もしなきゃだし、ちょろっとお邪魔するか。
クラン『サ・トゥーリー』の玄関をノックすると美しすぎる美少女が出てきた。正統派エルフって感じの吊り目で勝気そうなのに、どこか凛とした佇まいのエルフだ。……どっかで見覚えあるな。
「レテの旦那じゃん、どしたの?」
「旦那ではない」
「そっちはラトファの義弟くんだね。あんたの兄貴すごいね」
不思議と最初から親愛度マックスだぜ。なんだろ、やっぱりどっかで会ったか?
「パパンを飲み負かす男がいるなんて驚いたよ。いやあ、わたしも今年のレスバは参加するべきだったねぇ」
「あんたまさかクルーゼの娘さん?」
「そうだよ、だからあんたとは親戚になるね」
義理の姉のイトコとか衝撃の事実だな。
とりあえず事情を話してウルド様に面会を求めると唇に指を立てられた。そして手招きされる。どうやら声を出さずについてこいって奴らしい。
クランハウスのキッチンの手前。廊下から様子を窺うとラトファがウルド様と並んで調理してる。……え、さっきまで料理教室やってたのにまだ料理の勉強してるの?
ウルド様は床にまで垂れるような長い髪をお団子にして軽快に包丁を使っている。ラトファも見様見真似で包丁さばきを学んでる。二人並んでると姉と妹が料理してるみたいだ。片方ロリババアだけど。
「ふふ、頑張るのぅ」
「そりゃあもう! ……あいつには一日でも長く生きていてほしいから」
俺氏ハッとする。
ネピリムの森でのバトラのプロポーズを思い出した。あいつはお前を置いて死ぬこともあるだろうって言ってたんだ……
「トールマンの生が短いなんて知ってる。あたしの方が絶対長生きしちゃうっていうのはわかってる。だからさ、バトラには栄養のあるものたくさん食べて長生きしてほしいの」
「恋してるのぅ」
俺もフェイも絶句するしかなかった。
ラトファは兄貴のことをこれほどまでに想っているんだ。それなのに俺みたいな外野がしゃしゃり出て上から目線で料理を教えてやろうなんて何様だよ……
「バトラはいい女を娶ったな」
「うん、本当にそう思う」
ラトファに声もかけずにこっそりとハウスを出る。
俺は忘れていたんだ。料理の一番奥底にある想いは、食べてくれる人に元気でいてほしいっていう愛情だったんだ。
この後グランナイツのハウスまで行ってバトラに今見たものを教えてあげた。そうかなんて言葉数少なく応じたバトラは目頭に涙を浮かべている。
「ラトファはきっとすぐに上達するよ」
「ああ、俺もそう思う」
「羨ましい奴だ」
最高に嫉妬マンかましたフェイの幸せはご自宅にあるよ。今ならまだステキな初夜が待ってるよ? でも今夜は俺んとこ泊ってくんだってさ。
そして数日後~~~
クラウが宿に乗り込んできた。
「あなたは何を教えたんですか!?」
「何って……何の話だい?」
「あぁあぁぁぁぁ! 罪深い、自覚もない、なんたることだ!?」
めっちゃ気色ばんでる。荒々しい。興奮し切っている。普段冷静な眼鏡くんにしては珍しいな。
とぼけてるわけじゃなくてマジで何の話かわからねえんだけどなあ……
「来なさい。あなたには責任を取る責務がある!」
クラウに腕を掴まれて向かった先はグランナイツのハウスだ。何だろうか異臭がする。
まず玄関でトキムネくんが倒れてた。死んでるかと思ったら痙攣してるだけで死んでねえや。クラウはこの状態のトキムネくん放置してうち来たの? やっぱり大罪教徒NoⅢ『死の閃光アスラリエル』なの?
「トキムネ君が……」
「あの程度で死にはしません!」
なんやねんこの迫力。クラウがずかずか歩いていく。ちなみにハウス内は土足だ。つかこの世界で靴脱ぐ家みたことない。
ダイニングキッチンは異臭に塗れていた。なんだろう、ものすごい刺激臭が部屋から漂ってるがここでもないらしい。クラウがキッチンの奥にある階段を降りていく。
階段は地下の貯蔵庫につながっていた。
寒い。冷凍庫のような寒さだ。何らかの魔法的な処置が為されているのだろう。
貯蔵庫の奥に肉を吊るしておく小部屋がある。そこで俺はトンデモナイ物を見てしまう。
オークの死体がトルソーみたいに並んでる。腐敗したそいつらからはキッチンでした異臭よりもだいぶマシな香りがしているが明らかに同系統の香りだ。そうか、あれは発酵臭だったのか!
……並べられてるオークの死体のお腹には不自然な縫合痕があるんですが?
「あ、リリウス君も来たんだ!」
「「!?」」
俺とクラウが振り返りたくないけど振り返る。さび付いた機械みたいに不自然な振り返り方だった。お互いに壮絶な顔をしていた。
ニコニコしてるラトファが貯蔵庫に入ってきた。そして血塗れの山刀でオークの腹を切る。
ドチャドチャと臓物やら野菜やらが腹から零れてきたぜ。ら…ラトファ姉さま?
なおもニコニコしてるラトファがオークの腹に手をやってる。なんで、なんでそんな怖いこと平気でできんの?
「リリウス君も食べよっか!」
髪とか顔が腐肉まみれになったラトファが変な臓物を差し出してきた。俺は卒倒した。クラウの悲痛な叫び声が聴こえた気がするけどスルー。あー、目覚めたら全部夢だったらいいなー……
◇◇◇◇◇◇
八月の日差しは強く、室内でも眩暈がするほどだ。
一人分の手料理が並べられた食卓でバトラ・マクローエンは穏やかな顔つきで、フォークとナイフを使って優雅なランチを取っている。
「どぉ、おいしい?」
「うん、うまいよ」
バトラはもう考えることをやめた。
「生の肝臓にはビタミンが豊富なの。血液も体にいいんだよ」
「そうなんだな」
見たこともねえ不思議臓器をナイフで切り分けて血色のソースにつけて食べる。味は……
描写したくない。
バトラがひと皿分の臓物を丁寧に食べ終えた。血の味しかしないソースもパンを使って舐めるみたいに丁寧に残さず食べた。終わった。そう思った。でもちがった。
ラトファが背中に隠していたもう一枚の皿を笑顔で掲げてきた。
「まだまだあるからたくさん食べてね!」
「うん、わかった」
食事はまだ終わらない。バトラは思考を放棄した。でもなぜか涙が溢れてくる……
なんでだろう、愛する女の手料理を食べているだけなのに涙がとまらない……
「愛とは深いな……」
バトラの何の意味もない言葉が食堂に響いて誰にも届かず落ちていく。
極北の大ドルジア帝国では生野菜は貴重だ。冬場ともなればまず平民は摂取することができず深刻なビタミン不足に陥る。それは病気の温床だ。
そうした問題を解決するべく偉大なる先人たちはとある方法で解決した。生物の死骸に食料品をねじ込み、雪の下で発酵させることで足りない栄養素を補おうとしたのである。
帝国でもごくごく一部の地域に存在するだけの、このおぞましい発酵食品の存在を廃都イルテュラでウルドに教えたのはリリウスだ。彼はあの時ちょっとしたネタとして披露しただけだった。珍味の一つとして知ってはいても食べたこともない、でも笑い話としてはちょうどいい単なるネタでしかなかったはずなのだ。
でもこの調理法は回り回ってバトラの下へと届いてしまった。故郷の味を恋しがる旦那のためにと教えを請うたラトファのためにウルドが丁寧に教えてしまったのである。
そして試しに作ってみたらこれが意外にもエルフの口にバツグンに合ってしまった。ウルドが張り切って発酵用の設備を作ってしまうくらい、彼女たちにとっておいしい発酵食品だったのである。
そしてウルドは結婚祝いと称してグランナイツの地下貯蔵庫にこの設備をプレゼントしてしまった。
これからグランナイツは365日エルフの大好物になったオーク発酵食品を食べさせられることになる。
つまり、まぁ、なんだ、全部リリウスが悪い。




