リリウスの選択とファラの決定
美の女帝、ジョゼフィーヌ・フラン・メルダース子爵はサロンではこう呼ばれている。
美を追及するあまり自分で化粧品ブランド立ち上げちゃったのみならずアパレルにまで手を伸ばす生粋の美の求道者ゆえだ。デザイナーもやってるんだってさ。
女帝様主催のパーティーは新作のお披露目式も兼ねており、女性なら誰もが参加したがる、選ばれし者しか招待されないプレミアチケットなんだそうな。転売禁止だけど。
今宵のサロンはメルダース邸の四つある庭園『夏の林道』で開催される。両脇を針葉樹が埋める、延々続く並木道でパーティーするのさ。貴族ってほんとわけのわからない金の使い方するよね……
招待客が並木道でワイン片手に談笑してると道の奥から華やかな集団がやってきたぜ。巻きスカートと襟首の高いシャツで統一された女性たちだ。年齢はバラバラで十代から三十代のいずれも劣らぬ美女ばかりがモデル歩きでやってくる。
会場の視線が釘付けだぜ。あれがカトリが言ってたメルダースガールズかぁ……
このメルダースガールズってのはメルダースブランドをこよなく愛する女性の中から選ばれた最高の淑女たちなんだ。選考基準は女帝様の眼力らしい。
ガールズのど真ん中にいる五十代のシュッとしたおばちゃまが女帝ジョゼフィーヌ・メルダースだ。THE男勝りって目つきしてるぜ。
「時代は巡る! 日進月歩のファッション業界にございますが新しい物ばかり追いかけていたわたくしも刺激に疲れてまいりました。そんな時に目についたのが伝統的なこの衣装。今だからこそあえて伝統! 古き良きイルスローゼの女性像! しかしよく見れば細やかなところにワンポイントをあしらってみましたの。上品な中に咲くこの細やかな美。女は三歩下がってついてこいという古臭い方々はこの場にはおられないでしょうが、貞淑の中でこそ輝くものもあるのではないでしょうか。澄ました顔して男どもの野暮ったい魅力を蹴散らしてやりましょう!」
第一声から女性の権利を訴える団体みてーな発言だな!
ファッションリーダー長年やってるといい服作ってるだけじゃ物足りない。世界を変える、女性の権利向上を!って考えに行き着いちゃったんですね。
「要約するとダセえ野郎どもの三歩後ろで輝いてやるぜってことだな」
「もしリリウス君が女の子だったらおばちゃんと気が合っちゃうかもね」
ということはカトリとも気が合うな。大勢のショタを毒牙にかけてきた魔性の女だからな。絶対男なんて見下してるわ。
メルダースガールズに負けず劣らず俺も中々視線を集めている。たぶん今一番ホットな敵対国の軍服着てるからだ。
「……たまに見ると隊服もいいな。ご覧よあの目も冴えるような青さ、青を基調とすることで金糸で刺繍された女神の横顔が見事に映えている」
「隊服はロマンの塊とはよく言ったものだ。特にフェスタのはセンスがいい」
「これは我らも負けてはいられないな。次は軍服の会でもやらないか?」
「いいね!」
敵対国とかどーでもよさそう。
この場に集まる方々は俺とは思考回路そのものがちがう。かっこうよさ以外はどうでもよさそうだな。だってファッションの話でキャッキャしてるんだもん。
押しかけてきたファンのみなさまに囲まれてる女帝様が微笑みながら人波を割って真っすぐにこっちにやってくる。まるで戦車だ。
「あらカトリーじゃない。あなたってば招待しても来ないのに、してない時だけ来るってどういう魂胆なの?」
「あははは、仕事がどうにも忙しくって……」
どうやら知り合いらしい。
「嘘おっしゃい。どうせ捕まると話が長いとか思っているんでしょうに」
「長話はきらいじゃないですよ?」
「じゃあ嫌なのはお説教の方かしら? いいかげん子供の一人や二人作りなさい。わたくしみたいに産みたくても産めない体になってから欲しがっても遅いのよ」
ちなみに女帝様は四度結婚して四度死別したらしい。最初の旦那は結婚二ヵ月で戦死。次の旦那は政争に巻き込まれて謀殺された。そんな激動の人生を歩んできたらしい。
お説教を回避するためにカトリが話題を変える。
「そういえばさっきこんな事があったんですよ」
話題ってのはさっきの青磁茶事件だ。黒幕はイース海運のオチから流れるように青磁茶の木箱をプレゼント。銀貨1100枚の価値のあるプレゼントだが貴族の社交場ではこの程度ポンポン飛び合っているんだ。
「まぁ懐かしい、わたくしもその手の嫌がらせはよく受けたものよ。試練みたいなものね」
「試練なら乗り越えれば成長できるけど何も得る物なさそうなのがね」
「成長できるかどうかはあなた次第よ。でもあなた変に完成度高いから伸びしろなさそうなのよね」
「ひどくない?」
「あらいいじゃない完成された女。わたくしのような不出来な女からしたら羨ましいわ」
「おばちゃんはまだまだ伸びそうですね」
「あなたって最高だわ。お世辞だけは絶対に言わないもの」
こんなやり取りでも険悪にならないのがすごいね。お互いにどういう女か理解し切ってるんだな。やっぱり気が合うんだな。
「そっちの彼はトライデントの?」
「新しい恋人でーす」
「前言撤回。男の趣味だけは伸ばさなきゃダメよ」
「こう見えていいところあるんですよ?」
「そう? 三度目に結婚したダメ夫とおんなじ空気してるんだけど」
女帝様からソッコー嫌われるとかさす俺。女帝様ともなると見る目がちがうな。娘が俺を連れてきたら俺なら叩き出すわ。……まだ一言もしゃべってないのにひどすぎない?
自己紹介したら興味なさげにテンプレ対応されたわ。
「雰囲気はダメ夫でもセンスはいいわね。どうせカトリーの仕業だろうけど」
「ルキアのお下がりなの」
「ルキアのこれを見たかったわね。きっと戦神レイザーのように映えたもの。……でもイースと揉めてるのね。じゃあタイミング悪かったかしら?」
会場が騒がしくなる。
ガールズの現れた林道の奥から追加で二名やってきた。
「特別ゲストよ」
女帝様が水を向けるのは二人の美女。
絶世の美貌のファラ・イースは少女から淑女へと生まれ変わる途中のような妖しげな美しさを漂わせている。赤毛のおかっぱもきつそうな目つきも外見は何も変わっていないのに、気圧されるような強いオーラを感じる。
陽気で明るいリリアは相応に大人びたことで魅力を増した。背の高さを生かして男装の騎士ふうの恰好でエスコートしている。
あの二人を見た瞬間に思い出したのは甘く美しい思い出と苦々しい苦悩だ。よい思い出しかないはずなのに、あの頃俺は大きな不安の影に怯えていた……
でも招待状の正体が判明した。招待状を寄越した騎士エレンガルドってのはリリアのことだ。家名なんて一度しか聞いてなかったから忘れてたけど。
ファラがハイヒールを鳴らせてやってくる。完全にお怒りの目つきだ。近づくにつれて怒りが増していく奴だ。これはやべえな、暴走のトリガー踏んでやがる。
「≪降臨せよ! 顕現せしはストラの神鳥、怒りをくべて熱を生み我が敵を滅するべし あぁその炎に慈悲はない すべてを灰燼へと帰するべし バーストフレア!≫」
巨大な炎鳥がいななきながら俺へと迫る。ちょ―――ここ社交界ですよ!?
透明化させて軍服の上に纏っていたステルスコート広げる。二回三回と振り回す度に夜色の衣が広がっていく。
これは以前イザールが使っていた技を模倣したものだ。ステルスコートの凶悪な魔法防御能力で他の連中も守れるんで大変使い勝手がいいんだ。
バーストフレアの生んだ炎鳥はステルスコートと衝突すると同時に吸い込まれて消え去る。同時にステルスコートがバチバチと帯電し、虹色に発光する。どうもこれは魔法力を吸収した際に起きる発光現象らしい。あ、やべえこれ。
「夜の刃よ―――ステイ!」
オートカウンターでファラを串刺しにするために放たれた無数の夜刃が逸れて地面に突き立つ。セーフ。
最近ステ子の自己主張強いんだ。まずいぜ、そろそろ抑えられなくなりそう。
「リリウスッ!」
「ごめんなさい!」
俺は土下座した。恥も外聞もなくソッコーで土下座した。だってファラが怒り狂ってる時って言葉通じないもん。
女が怒ってる時にギャーギャー噛みつくのは二流。真のモテ男ならなだめた後に紅茶でも飲みながらのんびり懇々と釈明するべしBYファウル・マクローエン。
親父殿は恋愛関係に関しては本当に優秀ですねえ。義母の尻に敷かれてるくせに……
◇◇◇◇◇◇
ファラは土下座した俺の頭をハイヒールのつま先でグリグリやることで次第に落ち着いてきた。でも許すの一言だけは絶対に出てこない。俺も許してくれなんて言ってない。
そして今はファラとカトリが超ギスってる。
「わたくしの彼のお世話役をしてくれて感謝しているわ。でも現地妻の役割はここまで、席を外してくれるかしら?」
「わあ、こわーい。捨てられた女がいつまでも彼女面してるぅ~~~」
かみ合わせ最悪だな!
短気なファラと煽りスキルが俺より高いカトリだぜ。そのうち殺し合いになるな……
「ねえねえ恥って言葉知ってる? 知らないからこんなマネできるんだよね。物知らずな女ってほんと見苦しいわあ」
「年増ってなんでこううるさいのかしら」
カトリがたじろぐ。大丈夫24は超若いよ、女盛りの一番いい時だよ。
でも早婚のフェスタでは結婚適齢期は14~16なんだ。カトリはじつはけっこう気にしてるんだよね……
「……若ければいいってわけじゃ」
「若い男に執着するのがその証拠じゃない。いいからおばさんは黙ってなさいよ」
カトリが背中を向けてプルプル震え出した。半泣きだ。こいつメンタルクソ雑魚だもん。人の心を見透かすみたいに悪口連発できるファラに敵うはずないわ。
そんなファラは俺の頭をグリグリしながら威圧の魔眼を放っている。怖えぇ……
「わたくしの下に戻ってきなさい」
「やだ」
逆らうとファラからやってくる怒気が増した。ファラってキレると言葉遣いが丁寧になるんだよな……
「どうして?」
「だってファラ一緒に逃げようっていうじゃん」
かつて俺もファラも純真な子供だった。愛さえあれば何も要らないって思い込んでて、いつも夢の話ばかりしていた。世界を回る冒険の日々を夢見ていた。
でもファラがそんな話を始めた頃から襲われる事が多くなった。ゴロツキを装った冒険者ならいい、時にはイースの精鋭みたいな連中もいた。バートランド公爵家で寝泊まりしていなければ寝込みだって襲われていたかもしれない。
高貴なご令嬢の火遊びの相手はいつだって消されるもので、あの時それは俺だった。
この恋は許されない。きっとガーランド閣下が出国を許してくれたのもほとぼりを冷ます時間が必要だと考えてのことなんだ。
「……どうして?」
ファラがヒールで踏むのをやめて俺を抱き締める。俺は背中に腕を回すことさえしない。……できるはずがない。
「わたくしのことを嫌いになったから?」
「ファラのこと大好きだよ」
「じゃあどうして!」
「ファラは財団を侮りすぎだよ。一番その恩恵を受けているはずなのにファラが一番見くびってる。あの頃俺が何度刺客に襲われたかなんてファラだって知らないでしょ……?」
「そんなことが……。ですがあの頃とは立場がちがいます、わたくしはすでに財団の総帥です。誰にも文句を言わせたりしません」
「でも掌握はできてないよね。エルロン・ギュアネイスが俺を嵌めるために動いてたことだって知らなかったでしょ?」
ファラの顔色が青ざめる。やっぱり知らなかったか。
財団は欲望に滾る大人たちの集団だ。己が野心のためにイースという巨大な金の流れに身を投じた凄腕商人たちは、彼らが担ぐべき金看板が汚されることを望まない。
彼らにとってファラの醜聞を守るのは己の財布を守るのと同義だ。商人はそのためならどんなことだってやる。
「あの男ぉ……!」
「あいつには気をつけて。財団の裏の仕事を任されてる戦術部隊のチーフだ。ドミネイターっていう特殊な魔法系統のエキスパートで人間を操ることを得意としているんだ」
「……まったく。相変わらず物知りね。親切少年ムーブなんて似合わないマネどこで覚えたわけ?」
「出会った時からずっと親切だったでしょー?」
「どこの世界の親切な少年が、助けてやるからおっぱい揉ませろなんて言うのよ」
お互いに堪えきれなくなって笑い合う。鉄板ネタって奴だ。
夏のとある日ダンジョンで偶然出会った少女と恋に落ちた。あの時俺たちはこれが命懸けの恋になるなんて知らなかった。お互いをそういう相手だなんて知らずに出会い、恋をした。
いまは懐かしき恋の思い出。誰にも望まれない恋だった。
「ファラ、愛してる」
「わたくしも。腹立たしいくらいに愛してる。だから絶対に許さない」
ファラは最後に俺の耳を千切れるくらいに噛んで去っていった。
俺もこの社交界を後にする。元々リリアというかファラの呼び出しだったんだ。ここにはもう用はないのさ。
最高にトレンディした帰り道。並木道をセンチメンタルな気分で歩いてるとカトリが核心を突いてきた。
「意味があるようで何も言ってないやり取りだったね。時間稼ぎ?」
バレたか!
「ガハハ! 素晴らしい、素晴らしいよカトリ君そのとおりだ!」
ぶっちゃけファラと再会するなんて欠片も想定してなかったせいで心の準備が何もできてなかったぜ。
ファラに浮気のイイワケをするためには時間が必要だったんだ。だって正直に言うとぶっ殺されてたからね。絶対殺されてたよ。半年付き合ってた俺が言うんだから間違いない。
俺はハンス君事件で学んでいる。三角関係は無理、絶対不可能、ありえない。三人仲良くなんて100%無理だ。
ハーレムが成立する理由は政治的な輿入れという要因が大きい。愛情が薄いから成立しているだけだ。本気で愛した女が別の男にも抱かれているなんて想像しただけで殺したくなる。
俺とファラは精神の在り方がよく似ている。嫉妬深くて粘着質で独占欲が強すぎる。つまり泣き寝入りなんて絶対にしない。やるなら心中だ。男は殺す。女も殺す。殺してこの愛を完全な物にする。ファラなら絶対に殺る。
正直ハンス君が生きてるのは奇跡だ。いま思えば俺もよく始末しなかったもんだ。たぶん気が動転してたところにシシリーのフォローがあったおかげだろう。それとユイちゃんを落とすために頑張ってたしね。
「ねえねえそれでリリウス君的なお気持ち表明はどんな感じ?」
「正直未練しかないがそこは許してほしい、愛し合うまま身を退くしかなかった悲恋の相手だよ?」
「つまり?」
「いい感じのイイワケをして穏便に別れる。俺は小さな男さ、二人の女性を愛する器量なんてないよ」
「ふんふん」
「うっわ、微妙な反応するぅ。俺の遠回しな愛の告白をそんな感じの相槌で済ませちゃうの?」
じろっと見上げるとカトリが嬉しそうに笑ってた。だから俺もつられて微笑むのさ。
「嬉しいよ。選んでくれたこと後悔させないくらい成長させてあげるね」
「……もしかして少年をダメにするマシーンの自覚をお持ちでない?」
「それひどくない?」
「いやいや事実ですって」
廃都イルテュラで修行してる時もフェイとよく話してたけどカトリの特訓で強くなるのは無理。その前に絶対に体を壊すからだ。ルーデット家の特訓についてける奴なんてルーデットしかいないんだ。
優しくすると腐らせる。厳しくすると壊してしまう。心優しい怪物のエピソードかな?
「らしくないぜ。無理にできる女アピールしなくていいよ」
「えー」
不満そうだ。あたしもっとできる女だもんって奴かもしれない。でもたぶんちがう。カトリは俺を高みへと押し上げたいんだ。ルーデット卿のような老練な大人に、ルキアーノような最強の男に、だって彼らはもういないから……
「カトリの目指すところは理解できるよ。でも俺はちっぽけな子供だ。だからカトリの望むすげー奴にはすぐにはなれない。でもゆっくり近づくことはできるんだ」
真摯に聞いてるカトリの手を握るとぎゅっと握り返してくれた。それだけのことなのに俺は走り回りたいくらい嬉しくなって、お前が好きだって何度だって思い直すのさ。
「今後のリリウス君にこうご期待って感じじゃダメ?」
「じゃ、今後に期待しちゃうね」
目指すべきはウェルゲート海最高の英雄アルトリウス・ルーデット。俺もカトリもまだまだ背中なんて見えやしない遥かなる目標だ。
俺はカトリと一緒に歩んでいく。二人で一緒に、あの遥かなる頂まで……
◇◇◇◇◇◇
リリウスの耳を噛みちぎるくらいに噛んでやった。唇から滴る血はあの男の物だ。だからファラは一滴も零すまいと丁寧に舐めとってやった。
早歩きでサロンから出ていく。女帝様へは一応挨拶だけしておいた。……ここへはメルダースブランドの新作秋物の商談に来たはずなのに一言も触れなかったものだから女帝様もポカーンとしていた。愁嘆場をさらしたせいかもしれない。
「ファラさんファラさん新作の買い付けは?」
「知らないわよ!」
「……キレてるね」
「見ればわかるでしょ!」
リリアにあたり散らしながら馬車に向かう。屋敷の裏に駐車場みたいな馬車置き場ではエルロンがニコニコしながら出迎えてくれた。まったく忌々しい!
あの男がこの手から逃れていったのはお前のせいか。そういう気分で睨みつけてやったのにエルロンは怯みもしない。それどころか恋情のようなキモチワルイ視線さえ向けてくる。
下郎は分際も弁えずにすぐ懸想する。だからキモチワルイ。
「思いの他早いお帰りでしたな。商談がうまくいったという様子ではないのが残念ですが」
「彼に仕掛けをしたわね?」
エルロンの鉄面皮は崩れない。しかし内心では警告の意味もわからない愚か者とリリウスを罵倒しているだろう。エルロンが静かにファラの罵倒を受け入れる覚悟を決めた時、思いも寄らないご命令をいただくこととなった。
「また仕掛けなさい」
「は……はい?」
この命令にはエルロンの鉄面皮も大いに崩れ、頭の悪そうな顔で戸惑い果てている。
想い人には手を出すな。これなら理解できる。しかし再度仕掛けろというのはあまりにも不可解だ。彼は有能な商人であっても神ではない。神ならぬ人の身で万物を見通すことは叶わない。だが推測はできる。
ファラの行動は監視していても、彼女の頼みで動く騎士団員リリアの行動までは把握できなかった。
冒険者ギルドを介して接触されたのだ。そのように推測できても麗しき女総帥の御心までは見抜けない。想像の外にあるのだ。
「方法は任せますが生温い手段だけは禁じます。お前が考え得る最善の方法で殺しなさい」
「よろしいのですか?」
「口答えをするな! お前はわたくしの言うことが聞けないのか!? 今すぐに準備にかかれ、彼の首を持ってくるまでわたくしの前に現れるな!」
「しょっ……承知しました!」
エルロンが風みたいに走り去っていく。まさかこのままサロンに殴り込みをかけるつもりではないだろうが……
肩をいからせるファラはハンドバッグを馬車に叩きつけ、口汚く罵った。誰をとは描写するまでもない。
「ファラ、本気なの?」
「当たり前でしょ!」
激高するファラ・イースは今回の旅路の趣旨をおおよそ掴んだ。曾祖父レグルスはエルロンから学べと言った。あの時は言葉通りに受け取ったがあぁなるほどこういうことかとようやく理解した。
これは試練ではない。イースの総帥として器量を示せだ。心から従わぬ者を屈服させ、畏怖を以て支配しろ。そういう意味だったのだ。ちがったとしてもささいなことだ。どちらにせよ財団の利益には適う。
ファラ・イースは曲解する。この道は正道ではないと知りながら恐怖をもって支配する魔女への道に、自ら足を踏み外した。




