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断章 タルジャンジーの尾根の下で(07)

 本殿は伽藍としている。等間隔にそそり立つ支柱は千年杉のように巨大で……


「まいったな、スケールがちがうや。神様ってのは巨人なのかな?」

「そうなのかもしれませんね」


 巨大だ、巨人族の住処みたいに何もかものスケールがちがう。単なる権威付けならやりすぎだ、だが神の居城だと聞いているからしっくりくる。……くだらないな。


 貴族という権威を放り出してきた俺が今更権威に納得を得るか?

 主人たるロザリアもマクローエン男爵家も何もかも捨ててこんな海の果てまでやってきた。だからこんな反骨心捨ててやるさ、もしアルテナに姉さんを生き返られる御業があるというのならケツだって貸してやる。

 しかし……


「長え」

「はい……」


 行けども行けども部屋の一つも見つからない。何となく柱の続く方へと進んでるけどあってるよね?

 これで左右の壁のほうに何かあったら俺泣くよ?


 刹那、肌がぞわりと総毛立つ。得体の知れない大きな気配が突然背後に現れ、振り返るやどこかへ消えていった。


 声がする、心の中に殷々と響き渡る嘲笑が聴こえる……


『あぁおぞましい。悪霊め、化けて出たか』


 女の声だ。少女のように甘いのに、老婆のように年経ている女の声だ。この感覚を総合的に言えばキモいだ。


「誰だ、お前がアルテナ神か!」

『下郎に答える名は持たぬ、とく失せよ』

「願いがあって来たんだ。話だけでも聞いてくれ!」

『ならぬ。去れ』


 ざけやがって取りつく島もねえのか。癒しのアルテナから想像していたイメージとちがいすぎて驚きしかねえぞ。俺の隣の高級娼婦のほうがよっぽど女神してるくらいだ。


「リザレクションだ、俺の姉さんを蘇らせてほしい!」

『これ以上の問答は反逆の意志ありと見做し排除する』


「反逆? いま反逆と言ったか? まさかお前は俺ら人間を家畜のように考えているのか!? 言う事を聞いて当たり前、大人しく頭を垂れて黙っているべきだと!?」

『……よもや狂ったか? 造物主たる我が汝がごとき下郎に命を発する権利もないときたか。レザードッ、その思い上がりで我が寝所まで踏み入ったか!』

「俺はレザードなんて奴じゃない。人ちがいだ!」


 笑ってやがる。何が楽しいのか狂ったみたいにケラケラ笑ってやがる。

 何が癒しの守護星アルテナだ、キチガイのババアじゃねえか。こいつがアルテナかは知らんけど! 会話にならない!


 ユイが進み出る。声だけの存在に対してそうした表現は正しくないだろうが、胃の腑から凍りつくような禍々しい風のやってくる方向へと向かい出、正式な作法なのだろう、腕を交差させて膝を着いた。


「アルテナ様、ローゼンパーム枝神殿からファザンゼール・ユイまかり越してございます」

『猿芝居なら市井ですることだな。そこな魔性を引き入れた淫婦めが信徒を騙るか、去れ!』


「……口性のない女神。もうお年なのかしら?」


 小声だったけどユイの口から聞くに堪えない罵詈雑言が……

 淫婦呼ばわりはさすがにどうかと思ったけど主神に対して一発でキレましたね。でもわかる、この女神ほんきでファッキン。


 だが落ち着け俺、腹は立てても席は立つなって名言もある。ババア神が更年期なのは仕方ないよ、ババアだもん。やっぱリアナだわ。


「一旦冷静になりましょう。ババ…アルテナ、まずは俺の話だけでも」

『ならぬ』

「何もタダでリザレクションを施せなんて話じゃない。俺を利用しろ、さあ望みを言ってくれ、取引をしよう!」


『我の望みは平穏なる日々よ。去れ』


 鋼のような声だ。曲がることを知らず、誰の言にも耳を貸さない。


 俺にはアルテナが理解できない。神を理解しようなど所詮人の身では無理なのかもしれない。しかし理解できぬ者と交渉なんてできるはずがないんだ……


 打つ手がない。人界で生き抜くために俺が積み上げてきたすべてが通用しない。小手先の話術で神から答えを引き出すなど不可能だったのだ。でも、それでも俺は諦めたくない……


「……慈悲はないのか?」

『くれてやった慈悲を跳ねのけたが誰か忘れたとは言わせぬ。勅命であるッ、汝は永遠の夜の中で凍え続けよ!』


 閃光が辺りを染め抜いた。

 ふと気づけば俺らはどこかの夜の森で立ち尽くしていた。ここはどこだろうと見渡せば、遥かな眼下に祈りの都の夜景が見える。強制退去されられたってわけだ。


 俺もユイも呆然としている。願いとあまりにもちがう結果を受け入れられないんだ。


「何もできなかったな」

「はい」


 リザレクションどころか姿を拝むことさえ許されなかった。すがりつき慈悲を請うべき相手を激怒させて追い出されてしまった。この居たたまれない結果を言語化するとマジファッキン。


「……念願の拝謁だったのにこんな形になるなんて。悔しいです」

「そうだな」


 しょんぼりするユイの頭をくしゃくしゃに撫で回す。超落ち着く。猫飼ってる気分になる。


 飛翔魔法とかいうリリウスタクシーで市街地まで行き、ここで選択肢が生まれた。

 ロキの大罪教徒とかいうクソやべー奴に狙われてる俺は現在家なき子。連中を見分けるには神意に触れた神官が必要。つまりは巻き込むか否かだ。打算だ。決して彼女とご一緒してムフフなんて考えていない。


 1 俺と暮らそう ←

 2 おまえが好きだ

 3 逃げよう、共に!


「ほへ? それはつまりリリウスと一緒に暮らそうってことですか?」

「逆にそれ以外の何に聴こえたんだ?」

「いえそうではなくてですね……」


 悩まれてるぜ。困惑が正しいかもしれない。もしかして今まで積極的にコナかけてきた意図に気づいておられない?


「あぁそうか」

「ようやくお気づきに?」

「ええ、ようやくわかりました!」


 下心に気づくまでここまでかかるってマジ? 日頃からエロい目にさらされてないな。やっぱりクラウ先生はヘタレなんですねえ。

 勘違いしてもらったところで誤解を解くぜ。


「じつはロキの大罪教徒ってのに狙われててね、そいつを見分けられそうな神官に同行してもらいたいんだ。つまり冒険者として護衛を受けてほしい」

「…………」


 口説いてると勘違いさせてからの依頼である。ユイが呆然としてるぜ。

 俺の名はリリウス、他人様から人間が悪いとよく言われる。きっと育ちが悪かったにちがいない。


「あのぅ、どうしてわたしなんですか?」

「適役だと思ったんだ。ダメかい?」


「……ダメというわけではないんですが」


 すげえ悩んでるな。わかる、いきなり大罪教徒見分けろっつってできますってなる奴は逆に心配だわ。


 夜明を前にした時刻、祈りの都の最も静かな時間をのんびりと散歩に費やす。市街地をのんびり歩きながらゆっくりと悩んでもらう。


 依頼の期限は十日。つまり七月三日の理事会翌日まで。アルバスの学長就任までに大罪教徒をとっ捕まえてクラウス教授失脚のダメ押しをしてやる。


「あのぅ都市警察ではダメなんですか?」

「彼らは市民の味方であると同時にサルマン市長の飼い犬さ、どんなに誠実に見えても最後には必ずアルバス派を裏切る」


 タイムリミットだ。オースティール魔導学院から目と鼻の先にあるアルバスの屋敷に到着した。

 閑静な高級住宅街にある、鉄柵に囲まれた屋敷を不安げに見上げるユイに改めて問う。


「退くか戦うかの二つに一つだ。でも共に戦ってくれると嬉しい」

「リリウスは先生なのにあまり勧誘がうまくないですね。その二択で戦うっていう女はいないと思いますよ?」

「本音を言えば巻き込みたくはない。でも俺の情けない部分がユイっていう強力な味方を欲しがっている。この二律背反からくる最低限可能なお誘いがこれってわけさ。もう一度だけ言う、ちからを貸してほしい」


 ユイが迷っている。迷う必要なんてないはずだ。断っていいんだ。

 でも雷竜に対し一歩も退かないあの戦闘能力も欲しい。最低だな俺は、正直に事情を打ち明けることで退路を塞ぎにかかってしまった。


 夜明けだ。黄金に輝き出した町で、ユイがぺこりと頭をさげる。


「……あのぅ、ふつつかものですがよろしくお願いします」

「よし、結婚成立」

「それはちょっと……」


 結婚ならず。戦いに出ていったはずの俺が結婚して戻ってくるという謎の展開でラトリアを驚かせてやりたかったんだがな。残念だ。


 頼もしい味方を得た俺は、早朝の訪問のせいでアルバスが不機嫌そうに腕を組んでる屋敷の入り口に向かう。正直リザレクションには未練もあるが、まずは学長選だ。


 人生は長い。祈りの都で地盤を固めて、アルテナ神についてはコツコツやるさ。



◆◆◆◆◆◆



 サミットも残すところ後四日。開催期間中は休講なのでこの時間を大罪教徒探しにあてた。


 俺は囮でユイが護衛。完全にデートだ。

 サーカスでは珍しい魔獣を見事に統制する魔獣使いの芸や軽業師のロープ渡りの観劇。見世物小屋では珍しいフェアリーを見物……はぁ!?


 保護条例知らねえのかよ! どんだけ堂々と違法品取り扱ってるんだ!?


「通報のあった見世物小屋はここか!?」

「逮捕だぁー!」


 入場二分で見世物小屋に都市警さんが乗り込んできたぜ。

 しらけ切った客は金箱から入場料をおおめに抜いて帰っていく。俺らもそれにならった。たった二分で銅貨六枚儲けた。それだけだ。


 お祭り騒ぎの町を見物してたら魔法否定派サークルとも遭遇した。飛行機再建のための資材の買い出しに来ているらしい。顧問のドレイクや謹慎中のファトラ君もいる。


「相変わらず手の早い奴だな~~~先輩の相棒取るなよ」

「そういうのではありませんから」


 俺が曖昧にして優越感に浸る前にユイがソッコーで誤解を解いた。だが俺は負けない!


「そうだ、お金を払って相手してもらっている」

「そういうのでもありませんからっ!」


「ほう、生意気な小娘だと思っていたが売女であったか」

「同士ファトラ、そういう発言は問題ですよ」

「だが真実だ。同士リリウスを疑う気か?」

「いやリリウスは信じちゃダメだぞ。おい、純真なファトラに変な言葉覚えさせるなよ」

「……太陽の王子様に売女なんて教えるわけないだろ。俺以外のどこかの馬鹿ドレイクだよ」

「え、俺ッ? あー、あの時かあ」


 以前我々はこの地に舞い降りた太陽の王子様に男の遊びを教える会を発足し、イケナイプレイスポットツアーをやった。その時にでも覚えたんだろ。


「さすがは始祖ドレイク。もう八年も前であるが覚えておられたか」

「お前九歳のファトラ君に何教えてるの!?」


 ドレイクとファトラ君の出会いは八年前に遡る。やんちゃ盛りのファトラ君がローゼンパームのお屋敷から抜け出して、市井の見物をしていたところ偶然出会ってしまったらしい。


 この素晴らしい将来の約束されていた太陽の王子様の人生が歪んだ瞬間である。ドレイクはこの一事だけで相当な罪を背負っていると思う。


「ちがう、俺は何もしてない!」


 イイワケをするドレイクを放置してお祭りデートに戻る。思い出は汚いままにする。

 この日、一日中ぶらついてたけど刺客は襲ってこなかった。


 アルバス邸に戻っての深夜、どうにも寝付けない熱帯夜だ。のどを潤す物を求めて一階のキッチンへと歩いていたらアルバスの部屋から男女の睦み事が聴こえる……


「ま、あいつも一応男性だからな」


 昔の女をずぅっと引きずってるように見えてヤル相手はきちんといたってわけだ。明日からかってやろ。


 アルバスの屋敷は基本的に人がいない。使用人は通いの主婦一人だ。ビッグママって感じのおばちゃんだ。俺も学生時代は何度か泊りに来たし、その頃から世話になっている。

 従って様々な雑事は自分でやらなければいけない。


 水瓶の蓋を開けて水を飲んでいると汗だくのアルバスが降りてきた。俺を見て驚いてやがる。わかる。深夜に俺を見つけると大抵の奴はビビる。寮監のじーさまは心臓麻痺起こして緊急入院したんだった。


「いたのか」

「驚いたか?」

「あぁ、うん、驚いたな……」


 どことなく歯切れが悪いぜ。さてはお相手もそこにいるな?


 俺もこいつも一人前の男だ。他人の性を見られるのが恥ずかしいみたいな思春期の感覚はすっかりなくなってるものだと思っていたが、どうやらアルバスはまだ青春してるらしい。

 い じ め 甲斐があるな!


「お前にもそんな可愛らしい感覚があるなんて知らなかったよ。紹介しろよ、俺に隠し事なんていまさらだろ?」

「言いたくない相手なんだ」


 女生徒だったら叱るわ。

 俺の教育論は学生は庇護対象。手を出す相手じゃない。ましてや結婚する気もなさそうな野郎とか絶対に引き離すわ。つまりアルバス。


 でも予想はだいぶちがう形だった。


 壁の向こうからおそるおそるキッチンに入ってきた薄着のユイが……

 俺呆然。


「ま、そういうことだ。すまんな」

「アルバスの馬鹿!」


 俺は逃げた。泣きながら逃げた。

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