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運命の刺客、その名は縁談!

 姉貴の身に危険が迫っている、急いでマクローエンに戻らねばならない!

 閣下に事情を話して軍用魔獣を借りればマクローエンまで二日だ。いける、きっと間に合うはずだ!


 俺は眠れぬ夜を過ごし、朝一番でバートランド公爵に一時帰郷する旨を伝えようと思ったら玄関で姉貴を発見した。もう一度言う玄関で姉貴を発見した! ホワッツ!?


「姉貴なんで帝都に!?」

「あんたねぇ、急に姿を消したと思ったら公爵様のところでお世話になってたの?」

「閣下に拉致されたんだよ……」

「ま、そのあたりはいいわ」


 いやよくねーよ。一日十時間くらいしごかれてるのを軽く流さないでくれよ。


「おいで」


 両手を広げた姉貴の胸に飛び込むと抱き締めてくれた。

 肋骨がゴツゴツ当たる貧相な胸なのになんでこんなに温かいんだろうな。


「ちょっと見ない間に大きくなったね。元気だった?」

「うん……」

「そんならいいのよ。ガーランド閣下はあんたを買ってくれているわ。うちなんかにいるよりずっといいじゃない」


 二百キロの重しを強要される軍隊生活よりずっと悪いマクローエン家とはいったい……

 ちょっと俺の知らない地獄のようですね……


「それより姉貴はどうして? それにこんな朝早くに?」

「それが……」

「どうして父を無視するんだ……?」


 姉貴と姉弟愛を温めていたら親父殿が拗ねていた。そういや視界の端っこに見慣れたヒモっぽい野郎がいると思ってたがすっかり忘れてたぜ!


「いま姉貴と話してるんだから邪魔すんなよ」

「そーよ」

「反抗期が憎い……」


 いやもうあんたの息子じゃねーし。独立したし。

 でも姉貴だけは今も俺の姉貴だ。姉貴だけはリリウスの大事な姉さんなんだ。


 昨夜現れたリリウスの幽霊は二度と現れることはなかった。そしてこのタイミングでの姉貴の帝都行、くそ! いったいどんな運命が姉貴を待っているというんだ!


「リリウスあのね、あたしに縁談があったの」

「縁談!?」


 どうやら姉貴を襲う魔の手は俺の想像を遥かに越える、よくわからない形をしているらしい。


 ちなみに帝都には昨日着いてたらしいけど夜だったから帝都内の宿に泊まったんだって。聞けば昨日酒を買った酒場のお隣だって、驚きだよ!



◇◇◇◇◇◇



 姉貴を嫁にしたいと言い出したのはフラメル伯爵という貴族らしい。

 貴族社会とは縁遠い俺でさえ聞き覚えがあるのだから相当有名な貴族なんだろうね。


 どうやらラタトナの離宮で偶然姉貴を見かけて一目ぼれしたという話だ。愛があるなら大事にしてくれそうなもので、そこだけを聞いたら良縁な気がしたが……


「バツ七男の後妻だとぉぉぉぉ!?」

「そうだ」


 親父殿の口から出てくるのは驚愕の事実ばかりである。


「56歳だとぉぉぉぉぉ!?」

「そうだ」

「41歳差じゃねーか! ありえねえだろ!」

「だが古来嫁とシーツは新しい方がいいという格言が……」


 いやそれは大事な娘を嫁にやる父親が使う格言じゃねーからな。


「そんな狒々爺の下に大事な姉貴をやれるか!」

「しかしだな……」

「しかしもかかしもあるか。なんで断らないんだよ!」

「フラメル伯爵は王宮でも強い発言力があるのだ」


 親父殿を見かねてかバートランド公爵が嘴を挟んできた。


 ロザリアお嬢様寄りの優しげな容貌の公爵がじっと俺を見つめる。まるで聞き分けのない子供を諭すような目つきで気に入らねえ。


「加えて彼は我ら第一王子派閥の重鎮でもある。派閥を代表する者としてはこの縁談を無しにして彼の機嫌を損ねたくないのだ」


 知らなかった、公爵様と親父殿はブタ王子派だったのか。


「それは姉貴を政略の道具にするという意味ですか?」

「若い君がこうした話に嫌悪感を抱くのは理解できるつもりだ」


「俺が懸念を抱いているのは政略の道具というだけではありませんよ。バツ七という肩書きは人間性に問題ありと喧伝しているようなものです」


「君のリザ嬢を思う気持ちには理解を示したい。だがフラメル伯個人は人格者であり、たしかに彼の伯爵家において不幸が続いているのは事実だがそれは彼に何ら責のないものだ」

「離縁ではない?」

「流行り病による病死だと聞いている」

「聞いた? 誰から、まさか本人からの証言を鵜呑みに? 伯爵領においての流行り病での死病率はお調べになられていないと?」

「疑り深い子供だ。あぁガーランドと気が合うという話がよくわかる」


 いや合わないけどね。理屈と合理性の塊である閣下とは真逆のロマンと怠惰の使徒だけどね。でも今だけは同意見だね!


「娘を嫁にやろうというのに身辺調査もせずに送り出すなんざまともな親のやることじゃないぜ! あぁあんたはまともな親じゃなかったな、真正のクズ野郎だ!」


「リリウス君! それが親に向かって言うセリフかね!」


「この男は根っからの色狂いだ。俺という庶子が屋敷内で虐待を受けていると知りながら領内に三人の愛人を隠れ住まわせ、俺が知る限り五人の弟と妹がいる!」


 公爵様は愕然。


「ファウル……?」


 バートランド公爵の冷たい目線が狼狽する親父殿に突き刺さる。ちなみに姉貴は知っている、親父殿は反抗期だと思っていたらしいが単純に背徳的な浮気を続ける親父殿を心底軽蔑しているだけだ。


「お、おおぅ…お前知っていたのか……?」

「ちなみに末の妹が生まれた日に軒先にコクトーのお包みを吊るしてプレゼントしたのは俺だ」

「あれは領民からのプレゼントだとばかり……」

「なにが『これもあなたに感謝する人達からの贈り物なのだわ』だ、義理の兄からのささやかなプレゼントだっつーの! ついでに八つになる妹があんたの誕生日にプレゼントをしたいというからお小遣いを渡してボルゴーネ商会からの買い付けを手伝ったのも俺だ!」


「「会っているのか!?」」


「パパには内緒だぞって全員と月一で会ってるよ! ちなみに姉貴もよく面倒見てるからな、あいつらが読み書き計算できるの姉貴が教えてるからだぞ!」

「り…リザ?」

「パパの無節操と弟達は無関係よ」


 マクローエンは知れば知るほど嫌になるロクデモナイ家だが姉貴だけは知れば知るほど良いところの出てくるスルメ系女子だ。なおその感じで褒めたらめっちゃ怒られた。女の子に向かって干物とは何事よってやつだ。


 執務室に暗く重い雰囲気が垂れ込める。

 全部親父殿の無責任な下半身のせいだ。


 俺も一息つく。冷静になるべきだ、あまりに勢いに任せすぎた、親父殿と公爵様からヘイトを稼いでも意味はない。本来親父殿からすれば俺を納得させる必要などないのだ。リザをフラメル伯爵家に嫁がせると一言いえばいいだけだ。つまり破談にするには逆に説得するしかない。


 どう順序だててこの縁談を破談にしてやろうかと思案していると……


「ちょっとリリウスと二人だけになりたいな。ねえ、このお屋敷案内してくれる?」


 領地にある公爵家の本宅ならともかく帝都内のお屋敷は案内が必要なほど大きいわけではない。とりあえず中庭に出ようと廊下を歩き出すと姉貴がポツポツと語り出した。 


「あたしはこの縁談良く思っているのよ」

「マジで?」

「フラメル伯はご年齢はいってるけど知的で好ましい御方だわ、見た目は雪タヌキみたいだけど領地経営の考え方もご立派で一緒にいると成長できる気がするの」


 キャリアアップ大好きなOLみたいなことを言うのね。


「それにあたしこんな目つきだし、この縁談を逃したらきっと行き遅れるわ」


 ……なんという説得力だ。弟ながら反論ができんレベルだぜ、マクローエンの目つきの悪さは鏡を見る度に思い知るからな。


 くそぅぅぅぅぅ説得材料が思いつかねえ……本人が納得してるんじゃな……


「姉貴はもっと幸せになるものだと思ってた。姉貴のこと大好きな年の近い騎士でも掴まえてさ、子供もたくさん産んでさ、弟や妹に注いでる母性を自分の子に注いで夫婦で年を取っていく感じの普通の幸せに……」


「幸せって色んな形があるのだと思うわ。パパにはたくさんの愛人さんがいるけど、その中に不幸そうな人っていたかしら? あれでも子供が好きな人だっていうのは知ってるわ」


「でも姉貴は幸せにはなれない!」

「どうしてそんなことを言うの……?」

「ダメだダメだダメだ!」


 俺は姉貴を助けてやってくれとリリウスから頼まれたんだ。この縁談には絶対に何かやばい裏がある。そうでなければリリウスの幽霊がどうして俺の前に現れたんだ!


 俺は姉貴の手を無理やり引いて帝都郊外にある騎士団本部まで出頭した。

 ガーランド団長は多忙にも関わらずすぐに面会に応じてくれた。


「閣下、姉貴の縁談は怪しい!」

「唐突に何の話だ……?」


 説明すると閣下はふむと頷き、書架からやべー書類束を取り出した。

 その書類束は別名をいつか粛清するリストといい、全ての帝国貴族の内情を調査し尽くした騎士団秘蔵の切り札である。


 フラメル伯爵のページを渡された姉貴の顔相が急激に青ざめていった。いったい何が書いてあるのか……


「フラメル伯爵には裏の顔がある。あの変態は真正のサディストでな、気に入った娘を屋敷に閉じ込めていたぶるのが好きなのだ」

「回りくどくもわざわざ婚姻関係を結んだ上でですか?」

「領民ならば秘密裏に浚いもするが、他家の娘となればそうもいかん。結婚などあの変態のよく用いる一手に過ぎん。彼の罪状はバツ七どころか数百にものぼるだろうな」


 姉貴は怯えている。書類を持つ手は震え、今にも卒倒しそうだ……


「特に目ぢからのある女が好きらしいぞ。プライドの高い高慢な貴族娘を屈服させるのが最大の喜びであるらしい」


 姉貴見た目はそんな感じだもんな。実際は気が弱くて心優しい乙女なんだけど……

 俺の姉貴をそんなふうに弄ぶ気だなんて変態タヌキ絶対に許せねえよ!


「閣下! 閣下のおちからでこの縁談をぶち壊してください!」

「だがフラメル伯は騎士団に好意的だ」


「!?」


「いや、好意的なのは騎士団が定期的に献上している貢物のせいだったな。だが彼のような大物で騎士団に協力的な宮廷文官は数少ない。彼を失うダメージとリザ・マクローエンは釣り合わない」


 本当に合理性の塊のような人だ。


 重罪人の変態野郎でも使える駒なら大事にする。そのためなら俺と血縁関係にある何の罪もない乙女の一人くらい切り捨てる。先ほど騎士団からの献上品といったが中身もそういう種の女性なのだろう……


 閣下の合理的知性を動かすには同様に価値ある者を差し出す必要がある。そう言いたいんでしょ、あなたは……


「……天秤に俺を置いても足りませんか?」

「つまりリリウス・マクローエンが俺の忠実な配下となると?」

「リリウス! やめて、あんた夢があるって言ってたじゃない!?」


 俺の夢なんかのために姉貴を見殺しにできるか!


 姉貴からは色んな物を貰ってきた。家庭教師にも無視されるリリウスが読み書きをできたのは姉貴が教えてくれたからだ。おかげで俺も言語理解に苦しまなかった。親父のいない日にこっそり食べ物を差し入れしてくれた。何年もだ、何の見返りも求めずに何年も色んな物を貰ってきた。その対価が人生だったって俺は喜んで支払う!


 眼差しに裂帛の気合を込め、短剣の柄を閣下の方へ、その切っ先を俺の心臓へ向け簡略化された騎士の誓いを捧げる。


「ナマクラでも足りると仰いますなら俺は閣下の剣となりましょう」


「だがよいのか、お前は冒険者になりたいのだろう?」

「姉貴と夢、どちらかを取れというのなら俺は何度生まれ変わろうと姉貴を取ります」

「これは思わぬ良い取引となった。よかろう、リザ・マクローエンを我が婚約者とする」


 ホワイ?

 おいおいおいおいおい、なんですと!?


 閣下は突然なにを言い出したんだ唐突すぎて意味がわからないのマジ閣下。どゆこと!?


「では口裏合わせといこう。リザ君、俺は去年の夏ラタトナで君と出会いその誠実さに惚れ込みマクローエン卿公認の婚約をした。これでどうだ?」

「え…ええと……あたしがガーランド閣下の婚約者に? いえ、でもたしかに閣下がお相手であれば問題はないかと」


 だからどゆこと!? ねえ説明して! ねえ!


「お二方、無知蒙昧なるこのリリウスめにご説明をプリーズしてください」


 あのぅ、そういう蔑みの目線やめてくれます?


「お前は政治には秀でているのに、こういったしきたりに関しては本当に何も知らんな」


 うちの家庭教師の元男爵令嬢俺にだけ何も教えてくれませんからね。


「つまりフラメル伯が強引に話を進めようとすれば俺の面子を潰すことになる。逆に考えてみろ、俺を怒らせたいか?」


 絶対に嫌です。

 へへへ閣下とは常に良好な関係でいたいものですぜ、ってなるほどね。


「こうした問題では家格が上の方に下が譲るのが通例ではあるが、すでに婚約関係にある乙女を巡って同じ派閥の者同士が争えば派閥の長が仲裁する。派閥の長はそこなマクローエン卿の学友であり俺の父だ。まるく治まるな?」

「実に円滑に治まります」


 閣下がよろしいとでも言いたげに頷く。つかこの状況でも俺へのテストするんですね。この人マジで俺を片腕にしようと教育してくるなぁ……


「仲裁ありきとはいえフラメルとは今後とも協力関係でいられるとは思わん。彼との関係はこの機会に切る、だが利用できそうなら利用する非積極的な切り方とする」


 使えるものは使う。使えねば使わない。閣下は本当に騎士団の利益しか考えない人だ。


「そして俺の婚姻はいずれ政略に用いるつもりだ」

「…………?」

「…………?」


 俺も姉貴も揃って首を傾げる。閣下のお考えがマジ閣下すぎてわからない。

 急に迷路に放り込むのやめてくれませんかね? 姉貴と婚約するといった舌の音も乾かない内に他の誰かと結婚するつもりって言いましたか?


「この婚約は急場凌ぎのデマカセ。問題の根本が解決するまでのな」

「それはどういう……?」

「俺も団長という重役についたばかりでバタバタしていてな、少なくとも三年は身を固める気はない。つまりリミットは三年だが無論その間に良縁が持ち上がったなら話は変わる、騎士団に利のある婚姻なら俺は迷わず飛びつくつもりだ。あまり長い時間があるとは思わないことだ。実行は早い方がいい」

「あの、だからそれはどういう……?」


「リザ嬢は一度下がってくれ」


「…………はい」


 姉貴は俺を心配そうに見つめながら退室していった。外から副官のウェーバーさんの声がし、どこかでお茶を振る舞われるようだ。

 姉貴の足音が遠ざかっていくとガーランド閣下の威圧感が巨人の如く膨れ上がった。


「リザ・マクローエンのいるこの場で明言しない意図を察しろ!」 

「!?」


 それはつまり俺にフラメル伯爵を殺せということですか?


 閣下が姉貴と婚約をしていてくれている間はフラメルは姉貴に手を出せない。だが閣下は騎士団に利益のある縁談があれば姉貴との婚約を破棄し、そちらに乗り換える。そしてフラメルが未練がましく再び動き出すかもしれない。

 だがその時フラメルがすでに故人であれば、死人が妻を欲するはずがない。


 つまり姉貴の安全のために俺に殺人を犯せというのか?


「今後フラメル伯爵の身に如何なる不幸が訪れようが明確な証拠が出てこない限り騎士団はむやみな憶測や経験則によって犯人逮捕をしないと確約する。これは密約である!」

「すげー堂々と密約と言い切りましたね……」


「そしてリザ・マクローエンとの婚約関係が続いている限りリリウス・マクローエンは我が掌中にある!」

「ご助力いただくために閣下の剣となるのは俺から言い出した事だと理解しています。どうして念押ししたんですか?」

「裏を返せば婚姻関係を解消した後ならお前は自由だ」

「……ですがそれでは閣下はフラメルという手駒を失うだけでは?」


 閣下の歪んだ唇から哄笑が零れる。

 何がおかしいだろう? なんで笑うのだろう? その目はどうしてそんなにも優しげに俺を見るのだろう? 閣下のお考えが本当に理解できない。


 閣下はどうして……こんな野良犬のためにここまでしてくれるのだろうか?

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[一言] カッカ・・オオオオォやさしいかっかやさしい カッカカッカ (深夜の酒場の横に現れる霊体)
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