この何でもない日常に寄せて 義賊のいる日々
などと最高に悪女ムーブしてきたアビゲイルちゃんだったが……
「うわーん!」
泣いてる。
夜の営みどころか、キスをしただけでポロポロ泣き出しちまったアビゲイルちゃんを慰めてたんだが、とうとう子供みたいに泣き出しちゃったぜ……
「はいはい、落ち着けよ。深呼吸してー」
「うぅぅぅ……早く続きしなさいよ、ほら!」
「いや無理だろ」
「そんなこと……ひくっ」
また泣き出しちゃったぜ。
これはあれだな、覚悟決めて男の部屋に来たけど土壇場で怖くなった奴だな。それとも好きでもない男に抱かれる自分に嫌悪感マックスで泣いてるのかもしれない。
何が目的で近づいてきたかは知らねえけどさ、シシリーが「アビゲイルには注意して。リリウス君ハニートラップに弱そうだし」って言ってた理由はそこなんだろうな。さすがにこんな状況まで予想してたとは思わんけど。
グズグズに泣いてる彼女を抱き締めながら背中をさすってやる。
姉貴にもよくしてやってたな。月に一回くらい溜め込んだ感情が爆発して泣きに来てたもん。次の日にはケロっとしてたけど。
「だから自分を大切にしろって言っただろー?」
「……(すんすん)」
鼻が詰まってる。でも最初よりだいぶ落ち着いたな。
落ち着いたことで次のステージである自分に情けなくなってるのかもしれない。自分はもう少しできる奴だ。目的のためなら男に抱かれるくらいなんでもない。そうした穢れを許容しても目的を成し遂げる。
そういう悲壮な決意を固めたつもりでもやっぱり怖くなって醜態さらしてさ、そんな自分が情けなくて嫌になる。そんなぐちゃぐちゃな感情が一気に押し寄せてきて自分では理由もわからずに泣いているって感じかもね。
「いいから抱いてよ。次はうまくやるから抱きなさいよ」
「抱いてもいいけど俺油断はできねえよ?」
ギクッと大きく震え上がっちゃったな。
怖がらせるつもりはゼロなんだけどなー。
「俺って悪意とか害意が目に見える体質なの。暗殺者が極限まで畳み込んだ殺意だってわかるのに、何の訓練も受けてない子が俺の感覚を潜り抜けられると思う?」
「……最初からわかってたってわけ?」
「そうだね」
なお空気読んでベッドの下に隠れてるベティが顔を出して「わかるの? 嘘でしょ?」って目をしてやがる。お前の殺気なんかわかるか馬鹿。もっと低レベルな連中の話じゃい。
ガレリアの子供のアサシンは器物のように殺しに来るから察知不可能。家に置いてる家具がいきなり心臓刺しに来るのに気づける奴いる? 複数のマスターコードで縛ってないとこんな奴手元に置けないよ。
つまりこいつを手元に置いてるのは実験だ。無策でイザールと対峙するより、危険であっても先にこいつで実験しておいた方が後々利益になるっていう算段だ。
「俺のことは抱きまくらとでも思ってさ、適当に吐き出しちゃえよ。楽になるよ?」
「ブスな抱きまくら要らない」
「かふっ(吐血)」
暴言の切れ味は増してるね。猫かぶってたんだな。
アビゲイルちゃんがポツポツと語り出したのは半生の遍歴。うずしおに弄ばれる小舟みたいな流転の運命の体験談。
両親も祖国も財産も、未来さえも奪われてしまった少女の悲劇だ。
領土が都市一つとはいえ金満国家の王女様だと思って婚約したのに夜逃げ同然で逃げてきた子を足蹴にした騎士はマジ人の心が無いと思うけど、彼だって約束されていた座を奪われている。
三度か四度しか会ったことのない、親同士が決めた政略婚の相手がすべてを失って身一つで逃げてきたからって受け入れられる奴がいるか? 逆の立場だったら? 政略婚に真摯な愛情を求めたがゆえに裏切られたってのはよく聞いた話だ。経済的・政治的な理由で没落して婚約解消はけっこう多いしね。
親戚の豪商が没落したのだって彼女の故郷の滅亡が原因だ。安定した親戚商売に頼る部分が多かったんだろうな。屈強な元冒険者とはいえ78歳のおじいちゃんに長旅させちゃダメだよ。そりゃ体を壊すよ、おじいちゃんだもん。
色々聞いていく内に彼女を弄ぶ運命の流転とやらは一つの原因に収束していった。ダンジョンの死だ。すべての原因はそれであり、他に何かがあるとすれば彼女自身の浅はかさだ。
当時十四歳だった少女に無茶言うなって話ではあるけどね。
全部聞き終えても彼女が俺を憎み、近づいてきた理由がわからない。
「俺に何を願う?」
「…………」
言えないっていうのは最悪だな。知られた瞬間に敵対が確定する案件ってわけだ。
これは後で駆け込みシシリーしないとダメな奴だな。グズグズに泣き腫らしているのに一向に弱まらない俺への特大の憎悪は何が原因だ? これを知らずに置くほど不誠実にはなれない。
でも今は彼女の涙を止めてやりたい……
「でもいまは全部忘れさせてやる。この神の指で」
現実逃避の手段として、何も考えられなくなるくらい疲れ果ててしまうのは悪い手ではない。
貧乏な国ほど麻薬が流行る。生活が苦しい連中ほど麻薬に手を出す。嗜好品がもたらす快楽はつまるところはそれであり、快楽は所詮現実逃避の手段だ。
恐怖に勝る快楽に陶酔する彼女の眼差しを受け入れ、朝まできちんと付き合ってあげた。途中で「うるせえ!」ってベルクスくんが乗り込んできたが枕投げといた。ここ壁薄いんだ。
明け方、シャワー浴びたくらい掻いた汗を井戸水で洗い落してるとレイラがやってきたぜ。目に隈があるけど寝不足ですか?
「あんな声ひと晩中聞かされる身にもなりな。こっちの部屋の空気も考えてよ……」
「悶々としてそう」
「ベルクスがね。ギラギラした目の兄からアスフィーを守るあたしの気持ちも考えてくれる?」
「……ん~~~、いい男見つけたら?」
「やーよ、ますますアスフィーが危険になるじゃない」
年頃の男女が同じ部屋で暮らしてるからね。兄と幼なじみの交際には反対、というか兄から守るスタンスらしい。
井戸端会議ならぬ井戸端で騒音トラブルの文句言われてたら市街地の方からベティがやってきた。血塗れなんですが……?
「通り魔?」
「守った(どやっ!)」
ペッタン湖を反らして超得意げに言われた。
なんとなく察して宿の外に出ると、公共の道路に三十人の死体が積み重なってたぜ。うおぉぉぉカラスが超群がってる。朝ごはんかよ。
全員背後から一突きで殺されてる。え、この数をステルスコートも使わずに暗殺したの? ガレリアの殺人マシーンやばすぎるだろ、俺みたいななんちゃって暗殺技能者とはレベルがちがうな……
死体の装備を見た感じまっとうな冒険者ではない。統一された規格、統一された兵科、装備はいずれも高性能な騎士装備だ。こいつらが何者かっていうのはアビゲイルちゃんから吐かせた方が早いだろうな。
「お仕置き案件だな」
「誰を?」
「わるいが昼まで騒がしくするぞ」
「なんで?」
「来いベティ、お前のちからも借りるぞ!」
「もち」
「どゆこと?」
なんもわかっちゃいねえレイラを置き去り、俺らは意気揚々と部屋に向かうのである。バイオレンスではない、ラブだ!
◇◇◇◇◇◇
落ちていく太陽が燃え上がるような緋を吐き、夜が軍勢を従えて天を統べるべく押し寄せる夕方。アビゲイルちゃんはさっきからずっとシクシク泣いている。
ティト神ダブルSホルダー! あなたの欲望を満たす古代のお世話人形! 無敵のコンビに散々いいようにされてきた彼女はもう心が限界らしい。だって途中から恋する乙女と復讐者の間で感情が揺れ動いてたもん。
俺さ、太もも撫でてるだけで史上誰も到達したことのないレベルの快楽を与えられるんだ。快楽堕ちさせるなんて朝飯前よ、もう夕方だけどな!
「ぶっちゃけ何の関係もないとは思わなかったな」
「ハゲは考えも薄い」
「てめえ!」
なおアビゲイルちゃんが仕掛け人かと考えていたが無実だってさ。俺に接近して弱みを握るつもりだったけど、接近の段階で失敗してるもんね。
つまりあれだ、あいつらは300ダイヤの懸賞金に釣られてやってきた馬鹿どもってわけだ。
「まさかルーティはなぶられ損だとはな。誰だか知らねえが許せねえ……」
「お前だハゲ」
「……ねえ、もう帰ってもいい?」
あんなにも艶やかだった元王女さまが尋問疲れした虜囚みたいな目で見上げてきた。明らかに格上の悪女オーラはすでに皆無、これはただの被害者ですねえ……
何も知らないなら菓子折り渡して帰すべきだな~って思ってるとベティが書面を指差してる。おっさん王子の依頼の紙だな。
「犯人こいつ」
聞き出してあるなら早く言わんかいボケーい。
指差してる部分にはフェスタ軍情報部第三課工作員ベルナデット・イルトゥークの名前。プロフィールと写真もある。
雑踏を歩く青年の横顔には見覚えが……
「オディール商会ローゼンパーム支部長ガイウスと偽って潜伏?」
あの新車ディーラーだァー!?
◆◆◆◆◆◆
ベルナデット・イルトゥーク中佐は焦っている。
動乱する本国では情報部でさえ錯綜する情報の何が真実かわからない混乱ぶり。皇帝ストレリアが巨大空中戦艦に乗って旅立ったみたいな馬鹿馬鹿しいゴシップを正式な書類で送ってくるほどの混乱だ。頭が沸いているとしか思えない。狂っている!
敵地に潜入しているベルナデッドにとっては正確な情報こそが生命線だ。それなくして敵地でスパイ活動などできるはずがない。
そもそもの問題としてフェスタ本国の政権は未だバーネット皇帝家なのか? それともルーデットが奪還したか? 出港していったイルスローゼ艦隊は勝利したのか? 基本中の基本であるそこからしてわからない。致命的だ。
フェスタ軍情報部のフロント企業であるオディール商会上層部では連日連夜会議が紛糾している。
「このままスパイ活動を継続するのか、我らが祖国はもう存在しないのかもしれないのに!?」
「本国から帰国命令は出ていない!」
「命令とは継続せよの一点張りのことか? あんなゴシップを送りつけてくるアホどもに従ってられるか!」
「本国に調査員を派遣するべきだ。進退はそれからだろう!?」
「悠長な! 本国が落ちたのなら我らの身も危ういぞ。明日にもイルスローゼ軍が乗り込んでくるかもしれんのに調査員だとぉ、帰還するべきだ!」
会議は堂々巡りから脱し得ない。精確な情報が何一つないためだ。
そこへカモが飛び込んできた。冒険者リリウス、ルーデットの娘の恋人だ。この地において本国の情報を知りたいならトライデントが一番。彼の口から正確な情報が得られる可能性は高い。ルーデット卿のお気に入りである彼はトライデントの若頭候補と噂されているからだ。
謎の義賊とも目される彼はかなりの戦闘能力が推測されていたが実際に会ってみて確信した、ベルナデットの足元にも及ばない。冒険者で言えばAランクの下位程度の戦闘力だ。
冒険者リリウスを捕らえるためにさっそく一個小隊を送り込む。例え冒険者リリウスが国家英雄クラスの実力を隠し持っていたとしてもお釣りが来る手練れを揃えた。
あとは捕縛して戻ってくるのを待つだけだ。
待つだけでいい、充分な戦力を送り込んだ。そのはずなのに夜が明けてしまった……
「義賊め、やはり何らかの超常なちからを隠していたのか……?」
様子見に送り込んだ兵隊も戻ってこない。まるで近づいたらもう戻ってこれなくなる悪魔の巣に生贄を送り込んでいる気分だ。
何らかのリアクションがあるかもしれないとオディール商会の警備を普段よりも厳重にしたが何のリアクションもないまま、日が落ちてしまった。
「……読めない。まるで月のない闇夜だ、冒険者リリウス何を考えている……?」
懊悩するベルナデットの背後で、一本のスプーンがキラリと輝いた。
◆◆◆◆◆◆
翌日、隔日発刊されている王都ジャーナル紙はセンセーショナルな紙面をローゼンパーム内にばら撒いた。
『帰ってきた義賊! フェスタ諜報関係者を一網打尽か!?』
冒険者ギルド内の酒場で紙面を読んだ冒険者のおっさんモリーは朝の紅茶を毒霧みたいに吹き出してしまった。
『前日未明、黄金騎士団の詰め所に諜報員詰め合わせセットがプレゼントされるというトンデモナイ大事件が起きた。謎の義賊より愛を込めて、シュテル王子に報告よろぴくと書置きを残してのプレゼント内容は、フェスタ軍情報部三課の高級将官八名である』
『この事態を受けて騎士団が王都内に赴くと諜報員のカバー企業であるオディール商会、ハンナプト印刷所、クリアリー正服店etcは適度に破壊され、200名近い諜報員が全裸で逆さ吊りされていることが発覚した』
『この事態には騎士団も困惑を隠せないようだ。シュテル団長と義賊の間に何らかのパイプがあるのか、これについて騎士団員M氏にインタヴューした』
騎士団員M氏『マジでよくわからねえんだが義賊が接触して来たら全面協力しろと説明されている。マジでよくわからねえんだけど団長は義賊と結託したんだと思う』
記者『義賊は騎士団員なのですか?』
騎士団員M氏『詳しくは言えねえがそこだけはきっぱり否定しておく。団長は使える駒は何でも使う主義だから普通に金払って雇っているんだと思う』
記者『つまり義賊は騎士団の犬に成り下がったと?』
通りすがりの某帝国からの出稼ぎ少年R氏『ねえ何で俺に聞いたの!? ねえ、どうして俺に聞こうと思ったの!? 絶対に俺の正体気づいてるでしょあんたら! 恩義のある知人を通して依頼されただけだ。あのおっさんとはこれっきりだ』
『どうやら義賊は大金に目が眩み、官憲の犬に成り下がったわけではないらしい。悪党はこれからもどしどし裁いていくから今回だけ大目に見ろとのことだ。数ヵ月の時を経てパワーアップして帰ってきた謎の義賊に今後も要チェケしていきたい』
死んだ目で新聞を隣の奴に渡したモリーが紅茶をすする。握りしめたカップが超震えている……
怖えぇ……
「上を目指せとは言ったが海外の諜報員を狙い始めるとは……」
「すんげえパワーアップして帰ってきてやがる。あいつマジでSランカーくらいの実力あるんじゃね?」
しかしまた何でこんなことになっているんだろう?
一昨日リリウスとどっかに出かけていったアビゲイル嬢は今朝から余裕のない様子。屈辱に張り詰めた真っ赤なお顔をしていて、全身が小刻みに震えている。
「……許さない、あいつだけは絶対に許さない!」
なんて独り言が一分に一回は飛び出してくるのでみんな彼女の受付窓口には近寄れもしない。怖えぇ……
何があったのか聞くのが怖えぇ。
いつもドタバタ騒ぎで忙しい受付ではルーが走り回り、アビゲイルが恥辱に震え、シシリーが優雅にティータイムしてる。冒険者どもは義賊の出勤前に依頼に出かけようと受付の前に長い行列を作っている。
「ま、騒がしい日常が戻ってきたって奴だな」
懐かしいケツの痛みを思い出しながらモリーがこれから始まる大騒動を予見するみたいに言った。
Name: リリウス・マクローエン
Age: 13
Appearance: 渦巻く夜の瞳を持つ凄腕の暗殺者
Height: 167
Weight: 62
Weapon: ミスリル銀の短剣(品質C) ルインアックス(SS)
Talent Skill: 剣術D 商売D ティトSS 魅了D
Battle Skill: ソードスマッシュ(熟練度S) チャージド・ストライク(A) ビクティム・スマッシュ(D) ファイヤーストーム(E)
Passive Skill: 機眼S 危機察知A 人間不信A
LV: 49
ATK: 447
DEF: 345
AGL: 2988
MATK: 298
RST: 10045
精神面での脆弱性がより顕著になっているが戦闘能力においてはきちんと上昇傾向にある。未だ付け焼き刃とはいえ武術のイロハを齧ったおかげだろう。
人間不信Aは危険だ。見えざる姿を見、聴こえぬ声で誤解するスキル保有者は恒常的な錯乱状態にあると言っても過言ではない。君が敵と認めた相手は本当に敵なのか? 君はそんなことさえ理解できないにちがいない。我らとちがって君だけが信じる別の世界にいるようなものだ。
たまに思うのだがね、君まさか自分のスキルをレジストしている? 解離性同一障害者いわゆる二重人格持ちには稀にそういった者もいると聞く。こうした者どもは人格毎に異なるパッシブスキル構成を持っているのだな。いつもながら君の鑑定には苦慮するよ、イレギュラーの塊だからね。
攻撃魔法の威力が低いことを悩んでいるようだが君はたまにお馬鹿さんだ。早く神殿に往き、属性を司る神と契約してきたまえ。君は本当に基本中の基本ばかりを怠っているね……




