憎悪の矛先
登場人物紹介
リリウス・マクローエン
王都ローゼンパームで活躍する姿の見えない義賊。悪党は見ればわかると豪語している地獄のパニッシャー。なお誤認吊るしも多い。騎士団は悪事を働いた悪党を証拠を揃えて逮捕するが、義賊は悪党が悪事を働く前に吊るすのである。
シシリー
愛する女のためならギルド職員にもなっちゃう出来るレディー。頭脳面においては作中ピカ一なのに変な方向に暴走しちゃう困ったさん。
ルシーダ
冒険者ギルド本部に九人いる上級職員の一人。活発でサバサバした性格から人気のある受付嬢。冒険者時代のシシリーやカトリーエイルの担当だったため、今でも特別仲の良い関係を保っている。
ファイアネリー・アシェリーコースト
ギルド本部の上級職員。元Aランク冒険者。じつは二児の母だがあんまり知られていない。旦那はだいぶ前に戦死した仲間らしい。ちょっと影のある系美女。
クトリ・ロゥ
ギルド本部の上級職員。父の命令でイルスローゼ貴族に嫁いできたはずが顔合わせの席で夫を殴り倒してギルドに逃げ込み、そのまま就職しちゃった武勇伝の持ち主。
天真爛漫で優しげな天翼人の少女であるが怒らせると怖いらしい。野生の勘でリリウスを毛嫌いする。
アビゲイル・バランシュナイル
ギルドの上級職員。故郷の滅びた理由を探るためにリリウスへと近づく。
単純そうな子供だしうまく垂らし込んでやるわ → お願いもう許して…… → わたくしにあんな事をしでかしておいて何のフォローもしないの? 嘘よね? → なんで会いにも来ないの!? → ま、まぁ一緒に暮らせば色々都合もいいし信頼も得やすいもの。それだけよ? → そう悪い男でもないような気がしてきたわ。だから少し残念ね……(イマココ)
チョロいぞ、大丈夫か!? 生来の善良さのせいで復讐鬼にはまったく向いておらず、逆に誑し込まれてしまっている系女子。九月には二十歳になるらしい。
カルザスール・ラプター
ラプター男爵家子息。元蒼海騎士団員のゴロツキ。実戦からは遠ざかっているがCランク冒険者くらいの実力は残している。
王都ローゼンパームの冒険者ギルド本部は午後八時で閉店する。けれど併設の酒場は九時までやっているので、何だかんだと騒がしさは残るものだ。
受付嬢の中には割引の利くここで夕飯を済ませる者も多いので、酒場の火が九時に消えることはそうそうない。でもたま~に酒場の火は午後八時に強制的に消える日もあったりする。
明かりを落としたギルドで一人の酔漢が寝こけている。年中ギルドで呑んべえしてる置物アーガイルだ。けっこうな実力者のくせに仕事にも行かずずっと飲んでるだけの変わり者は今夜もぐっすり酔い潰れている。
カンテラで彼の横顔を照らし出したルーが肩を揺さぶっている。
「あがっ……? なんでえもう閉店かい?」
「今夜はあの日なんですぅ」
「やれやれ、姉さん方も好きだねえ……」
冒険者歴が長いので、そこらの新米受付嬢なんかよりよほどギルドの事情には詳しい。困ったことがあったらアーガイルに聞けなんて冗談になるほどだ。……実際ギルドが表に出さない裏のクエストにも関わっているので上級職員レベルの情報閲覧が許されているのだが、それは公には秘密だ。
アーガイルが出ていくとクローズドの看板が掛けられた。
今夜は上級職員だけの秘密の集まりがある。
司会は持ち回りで、長らく欠席していたシシリーがビアジョッキを手に今宵を担当する。
「冒険者人気ランキングの開催だぁー!」
「シシリーちがう!」
「やだー、別の会議になっちゃってるじゃない!」
「それはそれで気になるけどそうじゃないでしょ!?」
総つっこみの中でテヘペロしてるシシリーは長期休暇とってごめんねとばかりにウケを取りに行き、けっこう評判が良さそうだなと思った。
「真面目な話けっこう面白そうだからやってみる?」
「夜は長いんだしいいんじゃない。たしかに気になるもの」
アビゲイルが賛同すると他の上級職員も頷いてる。嘘から出た真とはよく言ったものでネタに振り切ったのに採用されるという事例は実際ある。
みんなしてメモ帳の切れ端に名前を書いて投票する。一応匿名だけど五人しかいないので筆跡で判明してしまうが、これはゆる~いお遊戯だ。さほど気にするような結果にはならない。
彼女たちは本気の相手ほどこういう場では明かさないのだ。
「……え~~と、シェーファ一票、アルトリウス・ルーデット四票。ひどい結果になったわね」
「仕方ない。ステキなおじさまだから仕方ない」
「地位も実力も財力も兼ね備えている独身のおじさまを誰が越えるっていうの?」
「正直後妻の座を狙っている」
「次点がシェーファさんなのはわかるわ。でも彼浮いた噂ないのよね」
「シェーファ君ってば恋愛機能未搭載だもの。友情は付いてるのよね、最近リリウス君にべったりだし」
「こっちなの?」
クトリが男色の疑いをかけてきたがその気はない。
シェーファに浮いた噂が皆無な理由についてはスラム街と傭兵の価値観が酷似しているせいだ。育った環境が常識を固めるように、彼は男女関係を金銭のやり取りだと勘違いしている節がある。守銭奴だからお金払うのやだなーって思ってるだけだ。
親が公認してるだけの許嫁のサリフはまずお金を払う必要がないことから説明するべきなのである。三年も一緒にいて何の進展もないのは守銭奴がお金をケチってる部分も大きいのだ。
「スカウトしたいんだってさ。ほらリリウス君って多才だから」
「義賊君か、正直あれとは関わりたくない。精神汚染の兆候出てるどころか恒常発動してるもの。シシリーってばよくあれと付き合えるわね?」
「彼けっこう愛情深い子だもの。敵には容赦がないけど」
「……目に映る者すべてが敵だとか思ってそうな目してるけど」
「どうなのアビー?」
「どうしてわたくしに尋ねるわけ……」
「エリザから最近同棲始めたって聞いてるよ?」
「驚いた、安いホテルって守秘義務がないのね」
最近移り住んだ宿の女将さんからの情報提供では言い逃れができない。元々する気はなかったけど、言いふらす気もなかっただけだ。シシリーの顧客を奪ったような形になったからだ。
「怒っているなら謝罪するわ」
「気にしてないよ」
「……随分とお気に入りに見えたけれど?」
シシリーはリリウスが大好きだ。でもそれは友情で、誰への友情かっていうと愛しい公女の馬鹿みたいに明るい笑顔を思い出す。リリウスもまたそこをはき違えてはいないから、だから二人はお友達でいられる。
「私が彼を大好きなのは私の親友といつも一緒にいてくれたありがとうっていう気持ちと、あの面倒くさい女を見捨てないでくれて感謝してるよって気持ちなの。だから気にしなくっていいよ」
重っ、ってアビゲイルは思ったけど口には出さなかった。
元Dランク冒険者シシリーは親友のためにギルド職員になって三日で最難関試験を突破して上級職員になった重い女なので今更だけど、本当に重い。だってシシリーは本当に人生のすべてをカトリーエイルに捧げているのだ。
彼女の態度が何を意味するかはともかく、そういう態度であるなら問題はないと認識しておくに留めた。だから議題を進める。
「ではおふざけはここまでにしましょう。シシリー?」
「では本題ね。情報交換会をはじめまーす!」
シシリーの宣言で三月ぶりの、上級職員による情報交換会が開催される。
ギルド職員が得た情報は書面にして共有管理されている。しかし記すに値しないと判断した情報や、後々何かの交渉に使えそうな情報を秘匿している場合もある。
ギルドは情報に価値を見出し金を支払っても得ようとする。だから彼女達は情報に金貨ほどの価値があることを知っている。
建前でしかないとはいえ交換会は正直がモットーだ。冒険者ギルドが収集してきた膨大な情報にさえ記されていない価値を得る貴重な機会を、アビゲイルは待ち望んでいた。
神狩りに最も近いシシリーの参加する交換会を待ち望んでいたのだ。
「では最初の提案者は……はいアビー」
「神狩りについての情報を求めます」
起立したアビゲイルがそう言うと多くが頭上に疑問符を浮かべるという無関係な反応をした。天翼人の淑女クトリは多少の知識はあるらしい。
交換会は正直がモットーで、知る者は知る限りを正直に話さなければならないのが建前だ。黙秘はノンペナルティーだ、情報の有無を証明する方法はないからだ。
でもクトリは正直だった。秘密にするほどの秘密ではないからだ。
「どのくらい昔かっていうのは誰も知らない遥かな昔、レイクバードの畔に血塗れの男が倒れておりました。男は今にも息絶え、ちから尽きようとしておりました。そこへ偉大なる王が通りかかります。その名も高き魅了の君、王は男の美貌を気に入り、夜の城へと連れ去ったのです」
「なんで物語調なの?」
「獣の聖域ではけっこう有名な寝物語なの」
真実は書物に記されない。
真実は口伝のみが伝え、様々な人の口を継ぐ間に歪んで変わる。
真実などどこにもない。忌まわしいことに世界とはそうした歪んだ形をしている。悪意ではない、世界を歪めるのは誰もが持ち得るエンターテイメント性なのだ。より面白く、より波乱に満ちたものへ、そうした脚色を経て真実は歪んでしまう。
だがクトリはこの物語が真実なのだと知っている。誰も知らないほどの遥かな昔に畔で助けられた男から直接聞いたお話だからだ。
「狼の牙よりも鋭く尖った夜の城、人ならざる怪物となって目覚めた男が名を名乗る。我が名は太陽の王子アルルカン、神の排斥を訴え祖国を追われた神を狩る者。っていうのが13王の一人アルルカン様の来歴なんだけど、神を狩る者が何かっていうのは知らないの」
みんなはふぅ~~んって反応だ。
アビゲイルだけが情報を精査するみたいに親指の爪を噛んでいる。癖なのだろう。
「その民話は聞いたことがあるわ。でもわたくしの知っているものとはちがったわね」
「アレンジに関する文句はいつかの誰かに言ってよ。これアルルカン様から直接聞いた話だから信憑性はある…よ」
「ないの? あるの? どっち?」
「酔狂な御方だからどちらとも。直接聞いたら?」
「セッティングしてくださるのなら是非。いいえ、何を置いても必ず会わせてほしいわ」
「13王に気軽に会えるのだとしたら世の中にこれ以上の不幸はないよ。……その点シシリーはすごいと思うな、だって13王が隣に越してくるなんてどんな小説よ」
シシリーとルーデット家の長い付き合いは亡命してきた彼らがお隣に引っ越してきたというトンデモナイ偶然からだ。この点はたしかにヒロイックサーガのワンシーンに数えてもいい。
その結果が人生を捧げるほどに恋する激重百合っ子なのである。
「あ、たしかに不幸だ……」
「シシリーにはもっと素晴らしい未来があったと思うと不憫でならない」
「へ? 私は幸せだよ?」
みんな思った。こいつ自分の不幸に気づいてねえって思ったけど黙った。精神失調スキル持ちをわざわざ怒らせることはない。
でもアビゲイルは魔女の尾を踏むようにシシリーへと踏み込む。
「知っていることがある、そうでしょ?」
「神狩りはその形を曖昧として一つの組織や個人を差す言葉ではないわ。ある時は強大な帝国の王が名乗り、ある時は邪神ティトを奉ずる教団が名乗り、ある時は悪魔がそれを騙った。古代から神狩りを名乗る集団ないし個人は存在した。こんなところかな?」
「ギルドの資料に載っている情報だし、そもそも足りない。神狩りはダンジョン破壊を行う集団だと記載されていたわ」
上級職員にのみ閲覧許可のおりるギルドの記録にはこうある。
神狩りとは地の底から復活する邪神を封じるために入り口を閉ざす神兵である。ティト神と契約した彼らはその願いと引き換えに戦う使命を与えられる。
誰も知らない歴史の裏側で戦い続けるラグナロクの神兵、それが神狩りだという。
アビゲイルは知りたかった。己からすべてを奪った者どもが正しい存在なのか、それとも間違った存在なのか。
あの破壊は正統なものだったのか。私欲ではなかったか? 破壊の後に何が起きるのか理解していたのか? ……この憎しみは正しいのか?
百歩譲って神狩りの正しさを認めたとしても憎しみを吐き出さずにはいられない。だが願わくば何らかの意味があればよい、そう思っている。何の意味もなく滅ぼされたなど考えたくもない。滅ぼされたのならせめて世界くらいは救っておけと叫びたい。
彼女は真実が知りたい。抱え込んだ憎しみに何らかの納得を得るためにだ。そうでなければ先になど進めない。
燃え落ちる故郷から一人生き延びた責任がある。王の娘であればこそ責任は取らねばならない。そしてシシリーは答えに近い女だ。
「リリウスは神狩りなの?」
「本人はそう言っているわね」
「出し渋りは交換会の意義から外れていてよ。きちんとお話なさい」
「裏付けのためだけに吐かされるのって気分悪いわね……」
出し渋るほどの情報ではない。というのもリリウス自身たいした情報を持っていないせいだ。
アビゲイルが欲するのは神狩りの全体像。活動拠点や構成員、活動内容を決定する議会のようなものの有無などだが、リリウスは本当に何にも知らない。
ギルドさえも把握していなかったハイエルフの廃都で気軽に引き受けただけだ。
この説明に興味を示したのはファイアネリーだ。故郷にそうした未発見の遺跡があると聞けば元冒険者の血も騒ぐ。
「ハイエルフの都ね。行ってみたいような気もするけれど、今のあたしじゃ死にに行くようなものね」
「機能は死んでるって話だけど?」
「結界が生きている時点で眉唾。生きてる罠だってあの馬鹿馬鹿しいレジスト値でごり押ししてきたんでしょー」
リリウスには魔法が通じないというのはギルドでは周知の事実だ。鑑定したルーの説明よればおおよそ一万を超えている。これは竜種と変わらない数値だ。
人の形をしたドラゴンが無事だったからと言って自分も安心だなんて誰が信じられるのか。元Aランク冒険者の彼女であってもレジスト値は3200止まりだ。
「で、遺跡で偶然出会ったウルド様とティト神と一緒にダンジョン出かけてぶっ壊してきたわけだ。正直狂ってるね」
「頭がおかしいから義賊なんてやってるんだろ。毛根治療と引き換えに邪神の眷族になるなんて……シシリーが騙されてる可能性は?」
「彼だって自己保身のために隠してることくらいあるわよ。まさか敵対してでも聞き出してこいなんて言わないよね? 絶対やーよ、自分で聞いてきてよね」
みんな嫌そうに首を振ってる。
謎の義賊が無敵の暴君だっていうのも周知の事実だ。
「そもそも彼は何者なの?」
「虐待されてたご実家から逃げてきたって聞いてるけど」
「誰があれを虐待できるの……?」
「お父さんは国元でも有数の魔剣士なのに浮気グセの絶えない凄腕の女こましだって言ってたわね。義母は笑いながら平民を切り刻む魔法のエキスパートで、一番上の兄は騎士団のトップエースだって」
「……化け物一家ってわけね」
「一応マクローエンをキーワードに土地のギルドから資料を取り寄せようとしたけど拒否されたわ。地方ギルドを完全に掌握しているのか、ほんの僅かな隙さえも与えたくないのか……」
「いっそ国に働き掛けてみる?」
「マスター・ランセルがやったわよ。向こうの騎士団から突っぱねられたってさ」
みんなして表情が暗い。深い闇の眼前で、その向こうにいる恐ろしい怪物を対峙している気分になったからだ。実際は土地の冒険者ギルドとは親戚付き合いでしかなく、騎士団長が握りつぶしただけだ。
シシリーはトライデントが取り寄せた、ドルジア帝国の敵性国家群『沿海州』が調査した資料を読んでいたがわざわざ開示する気はない。
これを折よしと見て、議題を次へと進める。
「ではアビゲイルの開示請求を終えます。次はルシーダか、どうぞ?」
「最近新たに発見された北の森の遺跡なんだけど、過去の資料を探ってみたけど何も見つからないの。何か知ってる人いない?」
反応が悪い。誰も知らないらしい。
話を進めるためにアビゲイルが潤滑油のような指摘をする。
「未発見遺跡なんだから資料にないのは当然だと思うんだけど」
「王都とは目と鼻の先みたいな場所に未発見遺跡だ。正直ありえないでしょ……」
「ハイクラスウィザードが工房にしていた、とかは?」
「ギルドが把握していない説明にはならない」
「ギルドの資料が改ざんされているのかも?」
「となるとここ数年って話じゃないな。引退した職員に当たってみるしかないか……」
「そもそもその遺跡は誰が見つけたんだい?」
「アビーのいい人」
「あの義賊か……」
「ちょっと、別にいい人じゃないわよ。情報収集のために粉かけてるだけ」
夜が更けていく。
今回の交換会は誰もにとって実りの少ないものとなった。
◇◇◇◇◇◇
牢獄の日々はとにかく退屈だ。唯一の救いは囚人用の書籍が揃っていることで、二日の間に三冊も読み終えてしまった。
貴族用の個室でのんびりと小説を読んでいたら看守が居丈高に言う。
「釈放だ」
「やれやれ、まだ途中なんだけどね……」
暇潰しに手に取ったはずが気に入ってしまうのはよくある話だ。女中探偵クラリスシリーズの四巻『大富豪は誰が殺した?』は今まさにへっぽこ女中クラリスが暴漢に襲われるシーンである。
「それ、この後エヴァンズ警部が助けに来るぞ」
「ネタバレはかんべんしろよ……」
「犯人を教えないだけありがたく思え」
騎士は不機嫌そうだ。何らかの事件に関わっている疑いで拘留したが、上からの指示で出さなければいけない囚人に対する態度としては格別に理性的とも言える。
没収されていた持ち物を返却され、不備がないことを確認してからサインを入れる。
王都ローゼンパーム内の監獄、その中庭に出ると見慣れた顔が微笑んでいた。
「遅いよおじさん」
「ははは、すまんすまん」
ラプター男爵家の家紋が彫り込まれた馬車に乗り、監獄を後にする。
カルザスール・ラプターは義賊に全裸吊るしにされ、騎士団から保護を名目に収監されて調書を名目に自供を迫られたがスットボケタ。
『このビラによれば酒の席での恥を恨んでクラウド・ラース伯爵家子弟への暴行を企てたとあるが?』
『知りませんね』
『では一緒に吊るされていた連中をどういいわけする?』
『兄の友達ですよ。彼らもそう言ってるはずです』
『彼らは金を貰ったと供述しているが?』
こんな調子の尋問を全部スットボケてやった。彼らが自供したならカルザスールから問い質す必要などない、あーだこーだと一方的に言いつのってサインされるだけだ。つまり傭兵団は何もしゃべっていない。
「彼らにはボーナスが必要だな。おじさん、お願いしてもいいですか?」
「可愛い甥っこを守ってくれた連中だ、用意しておくさ。ただすぐに出してやるのは難しいな」
騎士団は上からの圧力に屈して嫌疑がかかっているだけの貴族を釈放することはあっても、罪人につながる平民を手放したりはしない。
彼らへの尋問はカルザスールが受けたものとは比較にならないほど暴力的なものになっているだろうが、彼らはしゃべったりはしない。そう思いたい。彼らがまだエリオール兄さんとの友情を忘れていないという証だからそう信じたい。
かつてラプター男爵家には光帯を巻いて生まれたかのような素晴らしい長男がいた。長男は何をやらせても出来がよく、カルザスールも六つ離れた兄を心から慕っていた。
だがたった一度の汚点とたった一人の腰抜けが兄の将来を奪い去った。砂のイルドキアに恐れを為して身一つで逃げ帰ってきたレイン・ラース元艦隊司令だ。
艦隊の最後を、勇敢にたたかった兄の最後の姿を説明するために家を訪れた失意のレイン・ラースへと投げかけた言葉は未だ憎悪となって燃え盛っている。
「腰抜けレインが捕まったと聞きましたが?」
「息子を守るためにな。腑抜けになったと思っていたが在りし日の勇敢さは未だ健在といったところか、我が身と引き換えに守り切りやがったさ」
「伯父さんちがうよ、あの男には最初から勇敢さなどなかった」
「そうだな、そうだよな」
伯父のクラウス・ラプターは反論はしなかった。
将来を嘱望されたエリオールを失うと同時に、ラプター家は騎士団に入ったばかりのカルザスールまで失ってしまった。
カルザスールはあの事件の後すぐに騎士団を辞職し、ゴロツキ紛いの子弟と付き合うようになった。何度金の無心をされても伯父は見捨てなかった。いつかは立ち直ってくれると信じていたからだ。
(最近はマシになってきたと思っていたら、ここへきてまたラースの名が出てきた。まったくよくよく縁のある家だ……)
ラース家は落ちぶれたとはいえ上級貴族家。加えてレイン・ラースは騎士団にも多くの友人がいる。四十代の働き盛りの軍人がだ。
砂のイルドキアには誰も勝てない。敵うはずがないというのが現在の常識で、騎士団の中にはラース家を同情する声もある。
もしあの忌まわしい海戦さえなければレインは今頃騎士団の軍長にはなっていた。エリオールだって艦隊司令くらいにはなっていたかもしれない。この落ちぶれてしまった甥っこだって兄の下で懸命に働いていただろう……
すべてはあの忌まわしい海戦のせいだ。そんなことは甥だってわかっているはずなのだ……
クラウド・ラースは憎悪のすべてを砂のイルドキアにぶつけ、その打倒を夢見ている。
カルザスール・ラプターは憎悪のすべてをレイン・ラースに押し付け、酒に逃げてしまった。
だが伯父はそれを軟弱と責めなかった。彼でさえあの海戦がなければと何度も考えてきたからだ。
大人でさえ呑み込めない親族の死を、子供に呑ませるはおかしいだろって考えていたからだ。
西区画の監獄を出た馬車は聖ジール大通りを南下、どこぞの下流商会の前で停車し、女性を乗せてまた走り出した。
目つきの凛々しい女だ。年の頃は二十歳程度、立ち居振る舞いは貴族のそれ。微笑めばさぞ艶やかな美人なのだろうと思うが、ビジネスパーソン特有の隙の無い表情をしている。
「ルーティ・スターアニスよ。よろしくどうぞ」
「あ…あぁ、カルザスール・ラプターだ。伯父さん?」
「彼女は他国の諜報員だ」
伯父がさらりとトンデモナイ発言をした。伯父は騎士団の情報部に所属している。外事三課、つまり他国へと諜報員を派遣する部署にいる。
(伯父さんの担当区画は大陸東部だったな。そちらの関係か?)
引き合わされた理由がどうにも掴めない。まさか縁談なんて話ではないだろうが……
しばし熟考してみたがやはり尋ねた方が早い。
「俺はどんな陰謀に巻き込まれるんだい?」
「そう訝しむな、情報部の認可は降りている正式な任務だ。ドルジアという国を聞いたことは?」
「ないね」
「彼女の祖国の隣にある国なのだがね、最近そちらから流れてきた諜報員が派手に暴れている。謎の義賊と言えばわかるだろう?」
「あぁ」
カルザスールのケツがズキンと痛んだ。
笑いながらスプーンをねじ込んできたあの悪魔どもの姿を思い出す度にケツがカァっと燃えるように熱くなり、トイレの度に屈辱に壁を叩いてしまうのだ。何より悔しいのは猛烈に苦しいくせに何故か! 不思議と! またあの攻撃をねじ込まれたいという強烈な欲求がビンビンに押し寄せてくるのだ!
この二日間カルザスールは己へのホモ疑惑に悶々としてきた……
「私の班は彼の背後関係を探ってきたがどうにも手詰まりでね、彼女と接触したんだ」
「彼のマクローエン家は祖国では有名なの。斬殺鬼ラキウス、春風の騎士ファウル、いずれも貴族位が約束されるほどの手柄首よ。帝国皇帝を背後から操る大貴族の懐刀とも呼ばれているわ」
「危険人物ってわけですか。たしかに情報部が排除したがるわけですね」
伯父が不満げな顔つきをしている。
どうやらカルザスールの言は的外れなものだったらしい。
「義賊はシュテル殿下と結びついた。だが情報部はその総意としてグローセル殿下を推している。わかるな?」
イルスローゼ国王アルビオン七世は御年69歳、そろそろ世代交代の時節だ。
王族数多いれど有力視されているのは第五王子シュテルか第七王子ルーシス、一足飛びに孫世代のアルシェイスやナルシスかもしれない。アルシェイスはグローセルの長男だ。
これは単純な実績の話ではない、シュテル王子による有力者の暗殺を危惧してのものだ。そして謎の義賊を証拠としてシュテル王子の陰謀を暴き、王位継承争いから脱落させるための……
(いや、それでは俺を巻き込む意味がない。勲功をネタに俺をアルシェイス殿下へと推挙するだけなら書類一つで済む……)
まったくの偶然である二日間探偵小説に没頭してきたカルザスールは近年まれなほどに冴えている。灰色の冴えは彼にさらに一掻きの深読みをもたらした。
「義賊はラース家とつながっている。そういう形にしたいのですね?」
「そうだ」
伯父が上出来だと頷く。かつて彼と兄が中庭で木剣を打ち合わせていた時に伯父がしていたあの誇らしそうな顔でだ。
「今回の二つの事件がうまい具合に働いている。事実などどうでもいい。義賊を捕縛してラース家並びにシュテル殿下へのダメージとする。お前はこの功をもってアルシェイス派閥に取り入るのだ」
「ラースにはトドメになりますね」
「ああ、お前の望み通りにな」
野望に滾った目をする伯父がそう言った。ラース家が潰れるのならどうなろうと知ったことじゃない、そう思った。
馬車が停まったのはリスグラ港の倉庫街だ。たくさんの倉庫の中からビッツバーグ商会の物を選んで入る。
だだっ広い倉庫には四十人近い兵隊が整列している。いずれも平民を装っているが特殊部隊の戦闘員だ。主に海外で潜入工作をする彼らは国内の騎士団より高いレベルを有している場合が多い……
彼らの部隊長らしき精悍な壮年の男と握手を交わした瞬間にかつての声が蘇った。
『何が上級騎士だ腰抜けめ、兄さんを返せ!』
知ったことか。カルザスールは己の望みが叶わないことを知っているから、ここまで落ちぶれたのだ。渦巻く感情を吐き捨てるみたいに「くたばれラース」って言ってやった。
◇◇◇◇◇◇
七月もそろそろ終わろうかという日にフェイが訪ねてきた。どうも俺の冒険者ランクが気になるらしい。そろそろEランクて言ったら嫌な顔された。Dに昇格したくせに心の狭い奴だぜ。
俺はフェイの会話相手しながら相棒のカウンタッ君二号のお世話をしている。今回の相棒はガイアルビーストとかいう真っ黒い虎なんだ。毛並みのきれいな四歳のオスさ。
午後は相棒と一緒にフェイとクエストに行く話になってる。遠出するつもりなので二号君には英気を養ってもらわないとな。
「気持ちいいか~~?」
「ゴアッ!」
満足そうなお返事だ。頭の良い虎だぜ、でもな~んでこいつら俺の髪の毛舐めるのかね? 塩分でも出てるの? 犬猫って岩塩与えるとずっと舐めてるよね。そんな感じなのかもな。
フェイは藁の塊に座り込んだまま王都ジャーナルを熱心に読んでいる。
アイスティー片手に王都ジャーナルを読んでたフェイが……
「ブー!?」
噴き出した。きたない奴だなあ……
「おいこれ」
「あー、さっそく記事になってやがる」
『謎の義賊またまたお手柄! エルグローリー神聖帝国の特殊工作員を部隊で検挙!』
昨夜未明、騎士団詰め所にスパイセットが届くという大事件がまたまた発生した。今度のスパイは遥か東方のエルグローリー神聖帝国だという。彼らの潜入した目的は現在調査中とのことだが王都民の方々には安心していただきたい、すでに根こそぎ検挙済みだ。
44名の工作員はその場で緊急逮捕とあいなった。彼らの潜伏先であるビッツバーグ商会はこれまたほどよく破壊され、騎士団の夜を徹した活動により従業員の一斉逮捕にも成功したようだ。
だが問題はここではない、皆様は覚えているだろうか?
以前義賊は本誌記者の問いに対して騎士団とは一時的に組んだだけ、今回限りと断言したにも関わらずまたも騎士団へ利する活動を行った。これはもう義賊にすでに正義はなく、騎士団の犬になったのではないかという見方もできる。
そこで今回義賊への突撃インタヴューを敢行した。今回はノーカットでお届けする。
記者『正直に答えてください、騎士団からいくらもらったんですか?』
義賊『ねえ何で俺の正体掴んでるの! ねえどうして迷いもなく俺の居場所わかるの!?』
記者『質問に答えてください』
義賊『街の中フラフラしてたら怪しい連中見かけたんでシメただけだ。騎士団の命令で動いているわけじゃない』
記者『つまり金銭の授受は?』
義賊『なかった』
記者『からの?』
義賊『なかったよ、しつけえな! だいたい騎士団から金貰ってたらこんなメシマズ宿に泊まってねえよ』
宿の女将『メシマズで悪かったね! あんたが作りゃいいだろ!?』
義賊『俺のメシの方が評判がいいからって職務放棄はやめろよ!』
記者『義賊メシも取材したいのでこれから作ってもらうわけには?』
義賊『深夜の二時に押しかけて厚かましいんだよ!』
記者『取材費は出しますよ?』
義賊『え、いくら?』
記者『銀貨二枚でどうでしょう?』
義賊『食材費込みで三枚なら(数秒ほど真剣に悩んだ後に)』
記者『出します』
インタヴューの結果義賊からは小銭で転びそうな雰囲気がした。これは想像だが今後義賊が金に釣られて騎士団の犬になる可能性は高いのではないかと懸念される。
「彼が正義を貫き真実の義賊となるか飼い犬となるか、今後も目を光らせていく必要がある、か。有名人になった気分はどうだ?」
「迂闊に賄賂も貰えないんで困ってるよ」
なお次のページは半面を使った誰でも簡単『義賊ふうスパゲティ・ボンゴレアラビアータ』の特集ページだな。
下にあるカルザスール君またも逮捕の記事はちっちぇえな、猫探してますくらい見出しが小さい。
記事の全文を読み終えたフェイがお叱りに口調でこう言う。
「一つだけ文句を言わせろ。他国の潜入工作員みたいな面白い連中とやる時は僕も誘えと言ってるだろ」
「後つけてくる奴シメただけでこんな大事になるとは思わなかったんだ、仕方ないだろ」
「は? スパイがお前を追跡してたのか? なんでだ?」
「知らねえ、吐かせようとしたら毒飲みやがった。面倒くせえから全員捕まえて騎士団の丸投げしてきたんだ」
「正解だろうな。尋問は騎士団のお家芸だ。何かわかったら警告にくらい来るだろ……来たらしいな」
厩舎にものものしい連中が入ってきた。金メッキされたミスリルプレートで全身を包んだ黄金騎士団のみなさんだ。何かわかったんですか?
「義賊はいるか!」
「だから毎回当然のように俺のところに来るんじゃないよ。何かわかったんですか?」
だが騎士団は俺をスルーしてカウンタッ君二号の方へ―――やめろぉ!
「隊長ありました、ビッツバーグ商会の刻印です。盗品に間違いないと思われます!」
「よし、押収だ押収!」
「いやああああ! やめて、俺の相棒を持っていかないで!」
「うるさい、文句があるなら正規のルートで買え!」
「やめてええええ!」
こうして騎獣二号が連れていかれ、厩舎に俺の悲鳴が轟いたのである。
宿の二階から俺の情けない姿を見下ろすアビゲイルちゃんは何で俺を恐ろしい怪物を見る目で見てるんですかね?




