堕猫は大空に夢を見た
こじんまりとした1DKのお部屋に一個だけベッドに二人の男女が腰かけている。
「それで話って?」
「ええと、何だったかな……」
クラウド君の目がものっそい泳いでる。初めて女子の部屋に入った童貞かな?
俺らは別の意味でドキドキしている。恋愛リアルバラエティを生放送で見ている気分だ。
「おいハゲ」
「まだハゲてねえ」
「この女はハゲの何だ?」
そうはっきり聞かれると困る。元カノかって聞かれるとそもそも付き合っていたかもどうかも曖昧で、じゃあ何でデバガメしてるんだって話になるとマジでわからねえ……
「未練か?」
「男心はもっと複雑なのさ」
単語一つで言い表せるほど人間の心は単純ではない。そもそも本人でさえきちんと把握していない。ロボットじゃないんだ、感情をあれだこれだって分けられるかよ。
だからこの感情はなんとなく悔しいとする。
昔イイ感じになってた子がいい女になっててさ、後悔しない男は存在しねえんだ。
超キョドってたクラウド君がようやく本題に入った。
「さっきの話だ。俺達と付き合っているとまたあんな目に遭うかもしれないから、きちんと話しておこうと思ったんだ」
クラウド・ラースの父はレイン・ラースっていうらしい。じめじめした親子だな。
父は元蒼海騎士団の上級騎士で、艦隊司令としてバリバリ働いてたそうな。年に一度も帰ってこない年もあったが父を尊敬していたそうだ。
超長えからカットな!
要約するとイルドキア君にボッコボコされて艦隊は壊滅。パパさんはウェルゲート海を泳いで帰国したんだってさ。逆にすげえな。海峡ならともかく何千キロあると思ってんだよ。
身一つで帰国した父は軍事裁判にかけられて軍籍剥奪、今後公職に着くことを禁じられたそうだ。あの酔っぱらいの侮辱に耐えていたのは真実っていうのもあったらしいね。
領地を没収されて爵位も降格、公職も禁じられ、残ったのは貴族の名残りとしての名前と財産のみ。パパさんは失意のあまり酒に逃げて、妻子に暴力を振るうようになったらしい。
で、奥さんは四人の子供を連れて実家に帰っちゃったんだってさ。
クラウド君は騎士学入学前は王都のコンドミニアムで父と暮らしてたらしいけど、今は学生寮に移り住んでるらしい。
「俺が尊敬していた父はもういない。……飲んだくれのどうしようもない男に成り下がったんだ」
「本当にどうしようもない方ならあなたを心配して神殿に働きかけたりしないと思いますよ?」
「酒が抜ければ少しはまともになるんだ。微かに取り戻した正気の、ほんの気まぐれさ」
口ではどう言っててもクラウド君だけは父親の下に残った。
彼はまだ信じているんだ。かつて憧れた偉大な男が立ち直ることを。
「俺は騎士となりこの手で砂のイルドキアを討ちたい。父の名誉を回復したい。そのためにも……今後も一つよろしくってことで」
「はい、よろしくしますね。でもよかったです」
「何がよかったんだ?」
「あんまり真剣な顔をして部屋にあげてくれっていうから別の想像しちゃってたんです」
クラウド君がようやくここが年上の女性の部屋で、自分が何者かって事実を思い出したらしい。めっちゃ慌ててる。
「すすすすすまない! そんなつもりじゃなかったんだ!」
ペコペコ頭下げだしたぜ。なんだ、こいつ本当にいい奴じゃんか。
今時なかなかいないぜこんないい男。俺がユイパパだったら全力でオッケー出してるよ。ユイちゃん孤児だけど。
クスクス笑ってるユイちゃんから聖女みが……
クラウド君が顔真っ赤だ。
「その、な……仮にだ、仮にだよ?」
「なんです?」
「仮に俺が本当に迫っていたら」
がしゃん!
ほぁぁぁああああ! 超いい雰囲気なのにベティが花瓶破壊しやがった! 撤退だ撤退、てったいだぁぁあああ!
物質透過を使って最高速度で逃げてきたぜ。なんでこいついい仕事した顔してんの?
「お前マジ何してんの?」
「結論は出てた」
そりゃ迫られなくてよかったとは言ってたけどさ。
「押し切られそうだったから邪魔した。ダメだった?」
「ダメってことは……いやダメだよ。俺やお前にあの二人の恋を邪魔する資格はない」
「デバガメしておいていまさらヘタレるのか?」
こいつ痛いところを突くのうまいな。さすが機眼持ち。
なんとも微妙な空気感のまま宿に戻るとアビゲイルちゃんがいた。宿の一階の食堂コーナーにアビゲイルちゃんがいた。見間違いかな?
「見間違いじゃないわよ。なによ、こんな遅くに帰ってきちゃって、一杯のつもりが深酒しちゃったじゃないの」
愚痴っぽいなー、相当酔ってるね。
「何杯?」
「五杯」
「深酒って量ではないね。お酒弱いの?」
「うるさいわね……」
相変わらず憎しみをべったり張り付けてくるような目つきで睨んでくる。俺なんでそこまで恨まれてるんだ? 親の仇クラスの憎しみだぜ?
面倒事は抜きにしてさっさと原因吐かせた方がいいな。
「姫、ベッドまでお送りしても?」
「ええ、よろしくてよ」
手にキスをしてアビゲイルちゃんを抱き抱える。
夜はすっかり深まっているが朝までは永遠ほどに遠い。愛し合う時間は濃密で、時計の針は遅々と一秒を刻んだ。
すっかり燃え上がってしまった彼女のトマトみたいに赤い頬にキスをする。
「……ルーティって呼んで?」
「嫌いだったんじゃないの?」
「嫌いよ、大嫌い。そう呼んでくれる人はもういないから……」
世の中って奴は残酷で今日生きていた奴が明日も生きているかなんてわからない。
色んなものをいっぺんに失くしちまった彼女の孤独は深く、俺の想像できる範囲にはないんだろうな。
俺は何もわからない。ルーティの孤独もフェイの怒りもシェーファの憎悪も何もわからない。すべてが未知だから理解できない。ただそれは幸せなことなんだ。
「気を逸らさないで……! 今だけはわたくしを見て、お願いだから!」
「……自棄になってませんか?」
「自棄にもなるわよ! ばか!」
アビゲイルちゃんは結局俺を恨む理由を教えてくれなかった。何のために来たんですかねえ……
翌朝、不思議な色合いの紫っぽいナイトドレスに着替えている途中のアビゲイルちゃんから衝撃的な一言をいただいた。
「わたくしもここに住もうかしら。ほらっ、その方が色々と都合いいし、よく考えたら今住んでるところちょっと見栄張ったせいか家賃高いし! いいわよね!?」
恋愛はコツコツ一歩ずつ主義者の俺の戸惑いを差し置いて大ジャンプで来たな!
なんだ、いったい何が目的なんだ!?
「……嫌なの?」
「嫌というか」
怖い。じりじりと術中にはまっていく気がしてただただ怖い。
俺はベッドに下に潜んでいる妖精さんに意見を聞いてみることにした。ノックする。
「現状を一言でまとめてくれ」
「なつかれてる」
なつかれたかー……
最近よく妙なのに懐かれるな。
◇◇◇◇◇◇
ギルドに顔を出すとシェーファがシシリーを壁ドンしてた。これは超おもしれえ奴だな!
「こうやって迫るとかなりの確率で落とせるらしい」
「うんうん、そうなんだー」
シシリーがまったく落ちてない件について。
壁ドンって現代日本だと珍しい距離感だから新鮮味あるけど異世界だとダンスが日常娯楽だからさ、効果薄いと思うんだよね! 誰だようちの国の王子様にガセ教えた奴。
「何の効果も無さそうかい?」
「お姉さんにはなかったなー。誰情報?」
「リリウス」
あ、俺だったか。帰国中の船で暇だったから適当にくっちゃべってたけど、その中にこういうアホ情報があったんだろうな。
「あ、元凶が来た」
「いやーすまんすまん、何の効果もなかったな」
「また明るく謝罪してきたなあ。なんでアビゲイル嬢と一緒なんだ?」
「なつかれたんだ」
ガン!
ミスリルの警棒で殴られちゃったぜ。失礼なことゆーなって奴だな。
アビゲイルがいいケツを振りながら職員用の出入り口へ、あのケツはいい物だ。シシリー様にもご報告だな。
「彼女の近づいてくる理由が一向にわからない。助けてチョンマゲ」
「可愛くお願いして?」
「助けてにゃん!」
うっわ、リクエストしといてヒクとか……
おいお前らどん引きするんじゃないよ。
「リリウス君ってセンスないから信じちゃダメよ?」
「心得ておくさ」
間違い先生みたいな扱いされてる。
俺は軽い話題としてラース家の没落について尋ねてみる。シェーファはイルドキア君とお友達だからな、何かしら知ってるんじゃないかって程度だ。
「レイン・ラースというのは知らないが時期が悪かったんだろ」
「時期?」
「どんな英雄にも無名時代はある。砂のイルドキアの名が轟く前に敗れたのなら評価を落とすこともあるさ。現在においてイルドキアから逃げることは恥ではない、むしろ彼が出てきたら死に物狂いで退けというのが常識だ」
時期が悪かった。そう片づけるには何とも悲しい話だね。
砂のイルドキアの武勇が轟く現在においてもラース家の名誉は回復されていない。
「実際無名時代のレグルス・イースに敗れたカーディアス・ルーデットも当時は相当評判を落としたらしいよ? 一時は総艦長職を取り上げる議題まで上がったとか」
「彼はその後二度にわたってレグルス・イースに土をつけ、その名誉を挽回した」
「すまじきは宮仕えって奴だな」
「そうなるな。彼と戦えと言われたら私なら故郷を捨てても逃げるさ。あの暴威は体験した事のない者には絶対に伝わらない類のものだ」
シェーファにそこまで言われるくらいだ、ジベールの最終兵器は伊達じゃないな。
その強大すぎるちからの対価が短命か、決して羨ましくはないが相応の対価なのかもしれない。本人に言ったら怒り出すかもしれないけどね。
「もうやめてください!」
ユイちゃんの大声だ。
何事かと思えばクエストボードの辺りに人だかりができている。どうもユイちゃんズとクラウが口論をしているらしい。
「私はこのままのんびり生きていくんです、美男子たちからチヤホヤされながら週休五日で安全に贅沢に暮らしていければそれでいいんです!」
「そんな生活を長く続けていけるはずがない。目を覚ましなさい!」
あの豆知識の化身みたいなメガネ君に勝てるとは思わないけどユイちゃんを応援するわ。
まぁあの指摘をされなければ問題ないだろ。
「こんな生活はもって来年までです。二学年にあがれば週末冒険者などそうそうできなくなりますからね!」
「へ……?」
指摘しちゃったかー。
騎士学院は二年から専攻課程に入る。騎士団の軍事演習に参加したり各種遠征プログラムをこなしたりするので騎士サー活動も不定期になると思うんだ。
クラウは騎士学に友人でもいるのかね? 俺が昨夜アビゲイルちゃんから聞き出した情報を詳しく説明している。つまりユイちゃんの姫生活はあと半年くらいが限度っていうわけだ。
お、クラウド君が進み出てきたぞ。
「難癖はやめてくれ。たしかに学年が上がれば忙しくて今のような活動はできないかもしれない。だが俺達も遊びでやっているわけじゃないんだ!」
「クラウド……!」
いいぞ言ってやれ!
「月に一度……いや、二回は必ず冒険者活動をする!」
「クラウド……?」
いやそんな決意に満ちた顔で絶望を告げんでもええですやん。
月十六枚貰えていた金貨が四枚になると生活水準がだいぶ下がるな。とはいえ三食自炊すれば一枚の金貨で一年暮らせる。ユイちゃんが節制に努めて貯蓄に回せば騎士サーだけで生涯年収を貯金できるさ。
この後クラウが何を言い立てようが何の問題もないね。
「今は良いかもしれません。ですが彼らが学院を卒業したらあなたはどうする気ですか、彼らの進路は騎士団なのですよ!」
「俺は本気だ! 本気でユイ姫を愛している!」
ノヴァ君が男を魅せたな。やじ馬どもが一斉に拍手を始めた。俺もやってる。完全にドラマ見てる気分なんだ。
「学院を卒業したらプロポーズをし、共に生きていくつもりだ! 何の心配もさせない、俺が生涯きちんと面倒を見る!」
「俺だって……! 俺だって姫への気持ちは本物だ。ノヴァに負けるものではない!」
「そうだ、俺達は本気で彼女を愛している!」
「あなた方ほどの家柄の子息に婚約者がいないとは考えにくい。正直に答えてください、いますよね?」
肩をすくめるクラウが冷徹な指摘をしたね。これは調査済みですねぇ。
こいつ最近見かけないなーって思ってたら説得準備のために情報収集してたのか。やっぱり好きなんだなー。
「……いる。だが彼女との間に愛はない、所詮親に決められた相手だ」
「婚約破棄をする気は?」
「家格の関係で不可能だ……」
やじ馬、特に女性冒険者からブーイングが飛ぶ。ユイちゃんも死んだ目をしてる。
クラウド君とエイリーク君はなんで黙ってるんですか? しがらみの多い貴族社会で真実の愛を貫くのは難しいんだ。家同士の付き合いがあるからなあ。
でも得意げに微笑むクラウがいい気でいられたのはここまでだった。
「……クラウ、私をいじめるのがそんなに楽しいんですか?」
水を打ったみたいにシーンとしちまったぜ。
静かにお怒りになられているユイちゃんに睨まれてやじ馬が解散していく……いやちょっとだけ離れただけでまだまだ興味深々だわ。
「冒険者は楽しかったです。やり甲斐もありました。でも、でもッ、私はのんべんだらりと生きていきたいんです!」
「…………(絶句)」
「これが一時のものだってわかっていても私ッ、イケメンたちからチヤホヤされる生活を捨てたくない! 正直お妾さんでもいいと思っています!」
お馬鹿発言だー!
でもわかる。俺も美人のお姉さんに養ってもらって生きていきたいって心の奥底で願ってる。気持ちは痛いほどにわかる。
拍手が……
複雑な表情してるみんなから心温まる拍手がやってきた。今の発言人間としてどうかと思うけど気持ちはわかるっていう拍手に包まれ、クラウがすごすごと退場していったね。
面白いショーも終わってやじ馬も解散していく。
俺はヘタレて背中を向けてやりすごそうとしたが……
「リリウス?」
「おおおお俺リリウスなんてハンサムじゃないよ!」
「やっぱりリリウスだ。戻ってたんですね、指名手配されてるよ? 大丈夫?」
自然な仕草で下からすぅっと見上げてくるユイちゃんマジあざと可愛い。そして騎士学三人組から嫉妬の視線が来なかった……
こいつら心まで清らかなの? パーフェクトハンサムなの? まだ婚約者の件で見せた微妙なヘタレ具合覚えてますよ?
ユイちゃんが俺のことを自然に紹介してくれた。バトラの弟ってだけで通じるらしい。
「バトラ殿の! 素晴らしい兄君をお持ちだ、正直羨ましい」
「弟君も冒険者なのか。へえ、いい面構えをしているね」
「よければこれから一緒に冒険に行かないか!?」
ウェルカムムードだあー!
眩しい、ハンサムが眩しい! 俺が真夏の太陽に怯える吸血鬼みたいになってるのにシェーファは気さくに応じているね。いつもの余所行きスマイルだわ。心の底では貴族への憎しみに滾ってますね。
「一緒にクエストか、いいね、私もいいかい?」
「もちろんさ。あなたのようなハイランクの冒険者がいてくれるのは心強い!」
シェーファがサッとクエストボートに目を配らせ、サッと一枚の依頼票をかすめとったね。Aランク賞金首って見えてるよ? 自然に始末する気?
「おい貴族殺しは大罪だぞ」
「大丈夫、うまく殺る」
ちなみに俺はタイラントハントの情報を調べた時についでにシェーファの情報も確認してある。軍事情報の密売に人身売買、要人暗殺、敵対者の暗殺、数百件を超える犯罪の疑惑があり、ついた人格評価は俺と同じG-の超危険人物。しかも騎士団からの指定要注意監視対象。
本当に危険な奴は神様みたいに綺麗なお顔をしている。シェーファはその典型だ。こいつの魔性の美貌は人々を誘惑する鬼火なんだ。
貴族専門の復讐鬼を連れて難関クエストで森の奥とか貴族のおぼっちゃんが生贄にしか思えないよ。
「殺しはなしだ。俺に任せてくれ」
「ふっ、さすがだな」
「任せたぜハゲ」
パーフェクト殺人計画を微塵も疑ってねえシェーファがベティがいい顔でサムズアップしてきた。こいつらの中で俺はこいつらを超える残虐な悪魔なの?
というわけでA級ハンティングクエストに出発しんこー。
ワイワイ騒ぎながら生息区域である東部の森にある沼地まで向かう。向かっている間に違和感がどんどん強くなっていった……
ユイちゃんへの違和感だ。この子ってこんなにも他人に頼るのがうまかったかな?
「うぅぅぅ暑いです、真夏って感じの日差しですね」
「ははは、本当にね。今年一番の猛暑日かもしれない」
ノヴァ君が自然に日傘を差してあげてる。エイリーク君も負けじとドリンクを差し出してる。
終始こんな調子の姫プレイである。笑顔とありがとうだけが報酬なのに三人は嬉しそうにお世話をしてる。違和感が強いッ!
俺が愛したユイちゃんはこんな子じゃなかった。もっと独立する気概を持って生きているけなげな女の子だった! なのに今の彼女はどうだ、まるで飼い慣らされた家畜じゃないか! 猫カフェの猫だよ猫! あぁぁぁ猫可愛い!
さっきのお馬鹿発言は本気だな……
他人様から当然のようにおこぼれを貰えることを良しとした堕落っぷりだぜ。愛玩動物みたいな顔してんもん。
街道をのんびり歩くこと三時間、シェーファがギルドで包ませたサンドイッチをパクついてるとユイちゃんが超食べたそうな視線を……
「あげないぞ?」
「……(うるうる)」
潤んだ瞳で見上げられたシェーファが真っ赤になっちゃった。
「……(きゅ~~ん)」
「…………くっ」
ユイちゃんの瞳を直視できずに手だけ差し出し、顔だけはあさっての方向向けて餌を与えてる。恋愛回路の死んでる銀犬くんが一撃で陥落した!?
「だっ、大丈夫か!」
「なんて目で人を見つめる子なんだ……! 驚きのあまり心臓が痛い」
シェーファが心臓の動機を抑え込むみたいに自らの胸を押さえつけている。それと驚いたんじゃなくて恋だよそれ。
シェーファが背嚢から次なるサンドイッチを取り出す。「おいしい~~」って食べてるユイちゃんと見つめ合う。あのすがるような潤んだ瞳が癖になったんですか?
「ほら」
「ぱくっ」
餌付け成功の図である。
騎士学三人組はなんで生温かい目で見ているの!? ライバル登場のシーンじゃなくて仲間が増えたのを喜んでるの!?
こいつらもわっかんねえぜ……
不思議な面持ちのシェーファが戻ってきた。
「ベスを思い出した」
「誰だって?」
「昔飼ってた子猫」
やっぱこいつ恋愛回路死んでるわ。
徒歩で六時間かけて到着した森の中を警戒しながら探索する。シェーファの千里眼はこういう時に便利で、獣道さえない茂みをかき分けて一直線に進んでいく。
「沼地の大蛇だっけ、バジリスクだよな?」
「という説もあるというだけの大物だよ。何しろ挑んだ連中が帰ってこない」
A級討伐モンスくらいになるとかなりの被害者が出ている。それも腕自慢のBラン以上の冒険者が相当数って話だ。今回の奴は沼地の周辺に近づかなければ問題ないらしいが、だからって危険な魔物を放置することはできない。繁殖されて数が増えれば餌を求めて森から出てくるかもしれないからだ。つまりは治安維持目的の国定討伐依頼ってわけだ。
眼前に広がる沼地は俺の想像を超えて広大だ。てっきり泉一つ分程度かと思ってたが、森の一部がドロドロの沼に浸かっている。ちょっとしたアマゾン川の光景だ。
「シェーファ?」
「探してはいるが……視界が悪くてな」
澄んだ水ならともかく沼の中だ、千里眼とは相性が悪い。
俺も沼の中の気配までは探れない。気配っていうのは体温や臭気、息遣いなどの情報を想像的に解析して判断しているものだ。沼はそういったものを隠してしまう……
何もかもがドロドロに腐って溶けた異臭の中で身構えるだけの時間が過ぎていく。
「面倒くせ、沼地にでけえのぶち込んで怒って出てきたところを殺ろう」
「自然破壊を咎める奴もいなそうだな。よし、同時に放つぞ!」
全員が詠唱を始める。頼もしいな!
平民の冒険者で魔法使える奴は希少だけど貴族はだいたい使える。威力も平民とは比べ物にならない。この世界から階級構造がなくならない理由の一つとして、強力な進化モンスと戦えるのは貴族しかいないっていうのがある。
「≪凍てつきのイバラよ! 汝が名はリューエル、ミズガルズの末の娘にして異形の者 大神ロキの眷族の中で最もおぞましき氷の蛇! 大いなる神話よ蘇れ、毒持つ牙を持ちて我が敵を引き裂け―――≫」
シェーファはさすがだな。閣下が得意とした神話級の極限凍結魔法を使う気か。
「≪ラウカンは咆哮する! その身を縛る縛鎖に手足をもがれども、吐血にのどを濡らせどもラウカンは咆哮する 死をッ、我らが敵に死よ在れと請う あぁ偉大なる英霊よ彼の呪詛を笑い給うな 彼の憎しみを笑い給うな これは等しく我が願い、我が渇望―――≫」
クラウド君もすげえの使いそうだな。
「≪怯えよ 失落する鳥のように、凍りついた町のように―――≫」
ノヴァ君は状況を誘い出しと理解して恐慌の状態異常でいく気だな。最小の労力で最大の効果、頭の良いチョイスだ。
「≪ストラの星よ瞬け! 地上を照らすその輝きにて大地を焼き払え―――≫」
エイリーク君はファイヤーストームか。蛇系の魔物は熱に弱いからな。
「≪邪悪なる者よ! 光の大神ストラの輝きに撃ち抜かれなさい!≫」
ユイちゃんはブライトランスだな。魔法としての格は低いがチャージした魔力を盛り盛り注ぎ込んで超強化してるぜ。
よっしゃ俺もやるぜ!
「ベティ、合わせろ!」
「もち」
オラトリオアートグラムを転写した巻物を広げ、チャージにチャージを重ねた魔力をふんだんに注ぎ込んでいく。二人分の魔力を注がれた巻物が輝き出す……
他の連中にも確認する。詠唱はすでに済んでいる。あとはぶっぱなすタイミングだけだが俺に合わせてくれるらしいね。
「≪インフィニティ・デスサイズ!≫」
六つの魔法が沼地に着弾していく。
轟音つんざく一瞬のあとは静寂……
「やったか?」
「シェーファ、それやってないフラグだよ」
背後から木々をなぎ倒して巨大な何かがやってくる。視界に入らないどっかから地上にあがって迂回しつつ背後を取ったってわけだ。
「後方三十メートル、接敵はこの後すぐ!」
森の奥から超速度で飛び出してきた巨大なコブラに向けて、各自武器を手にして飛び掛かっていく。
二分後、シェーファの剣で磔刑に処されたバジリスクがようやく息絶えた。すんげえ生命力だったぜ、野生のちからだな。
辺りにはバジリスクの青い血が凄惨に飛び散り、土がジュウジュウと音を立てて溶けている。返り血を浴びた俺らの肌も有毒の血液にさらされて燃えるように痛い。
ユイちゃんの解毒魔法が大活躍してる。戦地における白衣の天使はシャバの三十倍可愛く見えるっつーがこんなん惚れちまうわい。だから貴族の子弟が三人も姫扱いしてんだな。
「はい、もう大丈夫ですよ。がんばりましたね!」
この笑顔をみたいから頑張れるんですね。男子って単純だぜ……
クラウド君が天使を見るような目で凝視してるんだ。
「尊い……」
「わかる」
同意するとお前わかってるなあ!って親しげに肩組まれちゃったぜ。
バジリスク素材はけっこうな高級品だ。バッグにして良し、ブーツにしても良し、防具にするとちょっともったいないけど軽くて丈夫な鎧にもなる。つまり討伐してハイサヨナラはもったいない。
ちょうど半分になる部分でぶつ切りにし、大樹から吊るして血抜きをする。その間はご休憩、見張りは交代で三人ずつ。ユイ姫には当然休んでいただく! なんかこのノリ楽しくなってきた!
「私は?」
「ベティ姫は働いてください」
拗ねたベティ姫が見張りやめて料理作り始めちゃったぜ。バジリスクの肉を使おうとするな!
この世界では魔物食はけっこう普通で、強い魔物ほどまずいっていうのが定説だ。強酸性の体液持ってるバジリスクの肉とかまずいを通り越して食中毒だろ。
「毒は抜くよ?」
「毒のある食材はやめろください」
「あれはダメこれもダメ、だからハゲのご飯はまずい」
俺は今まで何を食わされてきたんだ。そういえばこいつが買い物してるところ見たことない。次回から確認するべきだな。
ベティにあれこれ制約を付けて休憩に戻るとユイちゃんが身を寄せてきた。
「仲がいいんですね?」
「そう見える? 内心ビビってるよ」
「どっちが?」
「俺が」
ベティの脅威度は明らかに俺の裁量を越えている。人間不信スキルがこいつの存在を認めないように、俺はこいつを信用し切れない。だが毒物を飲む覚悟もないのにイザールに抗えるはずがない。
前回は切り札を切って退けた。次回は当然切り札に対する回答を用意してくるはずで、俺はもう一枚も二枚も用意しておかなければならない。ただ一つだけハッキリしていることがある、イザールには誰も敵わない。何千年も前からダンジョンぶっ潰して回ってる異能集団と戦い続けてきた怪物は未だ存命、真っ向勝負など論外、となれば不滅のカラクリを解き明かすしかないわけだ。
そんなの今はどうでもいいか。
「ユイちゃんは冒険者やめるの?」
「辞めるってわけじゃないですけど、でもそれで正しいのかも。上を目指す意味は失くしました」
だからこれが最後の大冒険かもしれないって言う彼女に賛同する。危険を避けるのは人間の本能だ。すき好んで危険に飛び込む奴は狂っている。
この世界の奴は基本的に生まれてから死ぬまで同じ土地で暮らす。貧しい雪原から夕日を見上げていた俺はいつだってあの狭い故郷から出ていきたかった。
もう戻らないという決意で国を出て、今日同じ想いを抱えていた仲間が一人冒険の日々に筆を置く。
彼女にだって何かしらの夢はあったはずだ。上を目指せる実力は充分にあった。それでも勇退を考えたのなら否定するのはおかしいんだ。一度は見切りをつけた穏やかな日々にだって羨むほどの価値があるんだって、俺らはこの旅の空で思い知っている。
旅に出なければこんな気持ち絶対に理解できなかった。旅に出なければ俺はずっとあの貧しい故郷を憎んで生きていたにちがいないんだ……
「リリウスもいつかは冒険者を?」
「考えたこともないよ。だって二十年三十年先のことだと思ってたんだからさ。俺はまだ冒険し足りないな、もっと色んな土地を旅してまわりたい」
「そういうのをステキだって思っていた時もありました」
「もったいないね」
「?」
「ユイちゃんとはもう冒険できないんだなっていうのが、もったいないなって」
「わたしは幸運だと思っていますよ? だってわたしはバトラにもクラウにもリリウスにも成れないから……」
暮れ往く空を見上げながら人生設計の話をするなんて青春だね。
帰りはベティ竜で帰還する。
巨大化したベティ竜の背中に乗って夕日を追いかけるみたいに王都へ。シェーファが慌てて掴みかかってきたぜ、なんでだ?
「おいっ、完全殺人計画はどうしたんだ!?」
「殺しはなしって言っただろ」
「なんだって!? キミが任せろって言ったんじゃないか! どうするんだ!?」
どうもする気がないから任せろって言ったんですよ?
宥めたが不機嫌になってるぜ。拗ねちまったシェーファを騎士学三人組がウェーイしながら元気づけてるけどやめとけ。マジでやめとけ。
みんなドラゴンライダーにテンション上がってるね。ユイちゃんも目を輝かせてるぜ。冒険者やってる奴ならドラゴンには何かしらの憧れがあるもんだ。
ギルドで報酬を受け取る。金貨22枚相当を銀貨792枚にしてもらい、こいつを七人で割って113枚。余った一枚で本日の打ち上げをする。ギルドだと高いから町酒場な!
シェーファおすすめの亜人食堂は安くてけっこう旨いんだ。味付けは独特だけどね。
酒は置いてないのでお茶で乾杯。
「では本日の大儲けに」
「「乾杯!」」
本日のMVPのシェーファが音頭を取る。
バジリスクはえげつない強さだった。普通にやってたら俺以外全滅してたが、シェーファの威圧の魔眼でヘイト管理できたからみんなこうして生き延びている。
バジリスクの死骸はギルドの査定待ち。うまくいけば金貨15枚程度の収入になるそうだ。
「旨いものはみんなユイ姫にお運びしろ! 我々は残飯でいい!」
「さあ姫、これなんてどうだ!?」
「これもイケルぞ、見た目とんでもないけど!」
ユイちゃんをちやほやしながらウェーイする。ナニコレ超楽しい!
仲間と一緒に活動するっていうのは楽しい行為なんだ。目的はユイちゃんの笑顔であり、そのために一丸となってみんなで考え意見し達成するんだ! 抜け駆けとか彼女の一番は俺だなんて争いはしない、彼女はみんなの姫なんだ!
あ、だから騎士サーなのかあ……
俺さっきまで騎士サーなんやねんって思ってたけど、これが騎士サーなんだな! プリンセス付きの騎士の予行演習みたいなものか!
ユイちゃんはニコニコしながらどっしり構えている。俺の愛したユイちゃんは率先してサラダを取り分けてくれるような気遣いの細やかな女の子だった気もするが、些細なちがいだな!
俺の愛したけなげな少女はもういない。ここにいるのは人からおこぼれを貰えることを当然とする愛らしい堕落した猫だ。猫可愛い!
超楽しい打ち上げを終えてみんなして別れる。
みんな笑顔で別れて、さあ本題だ。透明化してユイちゃんを追跡し、家の近くまで来たところでノヴァ君が走って戻ってきたぜ。
二人して微笑みながら家に入ってったね。うん、ノヴァ君だけはガチ恋勢だもんね。
そしてそれを追ってきたクラウドとエイリークが部屋に突入していったぜ……
「抜け駆け野郎には制裁が必要だな!」
「ちがっ、俺はただプレゼントを渡しに―――」
「どうして家にあがる必要があるんだ!?」
「お前だって昨夜はどこに行ってたんだ!? いつの間にかいなくなってただろ!」
ドタバタ騒ぎしてやがる。
愉快な連中だぜ、危機感は足りてねえけどな。
ギルドからずっとついてきていた追跡者が近場の路地裏で怪しげな連中と接触してる。明らかに裏の仕事専門っていう傭兵グループと、昨夜の酔っぱらい貴族だ。カルザスールだったかな?
「っち。女だけさらうつもりだったが揃っちまったか」
「俺らとしちゃ一人でも四人でも構いやしませんよ。金さえ払ってもらえるならね」
「趣旨がちがってくる。嫌がらせの範疇を超える気はない」
カルザスールはリスク管理のできるゴロツキだな。平民の女一人さらっても騎士団は動かないが、貴族の子弟三人をどうにかすれば迅速に動き出す。
あくまでも嫌がらせってわけだ。
シェーファとベティが超頼もしい笑顔で親指立ててますね。
「さすがだな。奴らを餌に悪党を釣るか」
「ハゲの嗅覚はすごい」
「俺は義賊さんだぞ、基本悪党しか退治しねえよ」
応用編でイケメンも始末するが今は置いとく。ユイちゃんの大事な収入源だしな。
暗夜の路地裏に三本のスプーンがキラーンと輝いた。
◇◇◇◇◇◇
『謎の義賊またまたお手柄! 今度は悪辣傭兵団にお仕置きか!?』
から始まる王都ジャーナルを読みながらギルドに出勤すると朝から人だかりが……
その中心にはグランナイツとユイちゃんズがいた。こいつら毎朝コントやってんの?
「ごめんなさい、私グランナイツに戻ろうと思うんです!」
おおー、そう落ち着いたのか。
騎士学三人組が悔しそうに拳を握りしめ、悔しさを手放すみたいに指を開き、握手を差し出した。心のイケメンかよ。
「……姫が決めたなら仕方ないな。武運を」
「ユイ姫と共にいられた日々は本当に楽しかった。ありがとう」
「これっきりなんて言わないでくれよ。また一緒に冒険に行こう」
「はいっ、これっきりなんてそんな! だからまた私を甘やかしてくださいね?」
騎士学三人組がとろけた表情してるがそれでいいのかおまいら? 都合のいい男扱いだよ?
まぁ落ち着くところに落ち着いたって事でよしとするか。ユイちゃんは俺が見てきた中でも一番ってくらい腕のいいヒーラーだから冒険者としても大成するだろう。
あのなごやかな光景を見つめながら酒場に直行し、モーニングティーを楽しみながら王都ジャーナルをめくると隅っこの方に小さな事件が……
『ラース子爵狂乱、深夜の大乱闘』
昨夜午後九時頃、リスドン・グランカジノで数名の紳士が殴り倒されるという事件が発生した。ノーブルルームで遊戯を楽しんでいたところを暴漢に声を掛けられ、口論の最中に殴打されたようだ。駆けつけたカジノの警備員も応戦したが返り討ちに遭い、犯人は急行してきた騎士団によって緊急逮捕された。
驚くべきことに犯人はレイン・ラース元上級騎士(43歳)だと発覚。犯人は「これは正義の行いだ」「息子を守るためだった」などと供述している模様。
被害者三名の内クルシュ・ローガン卿(48歳)は王立騎士学院の副学院長を務めており、在学中のクラウド・ラース(16歳)を巡って何らかの陰謀があったのではないかと見ている。
同日謎の義賊に吊るし挙げられたカルザスール・ラプター男爵家子息(24歳)はレイン・ラース遠泳事件と関りがある。兄である故エリオール・ラプター上級騎士はWD798年のジベール沖海戦での戦死者であり、ラプター男爵家はレイン・ラース艦隊司令の責任を声高に叫んでいた家の一つだ。
奇しくも同日に逮捕された因縁ある両名と両事件には何らかの繋がりがあるのではないか? 今後も継続調査していきたい。
「う~~ん、有能。いいパパじゃん」
どうやらクラウド君退学の危機をパパが殴り込みで解決したらしいね。衆人環視の中で不正退学なんてさせれば騎士団案件になる。彼の学生生活は守られたと見てもいいだろう。体を張ったファインプレーだわ。
あえて捕まることで事件を表沙汰にしたかー……あれ? もしかしてユイちゃんのクラン復帰って騎士サー活動に報酬払ってくれる人がいなくなったからなの? それが理由であの三人はキープに格下げされたの?
「よく戻ってきてくれた。歓迎するが、どうしてまた急に心変わりを?」
「まだまだ冒険し足りないって気づいたんです。だって私は広い世界に夢見て冒険者になったんですから!」
クエストボードの前でグランナイツと談笑するユイちゃんには何の後ろ暗さもない。無いがうっすら闇を感じる……
「女は怖いね」
「そう思うならわたくしをもう少しヒイキにすることね。はいこれ」
昨夜は帰らなかったせいかアビゲイルちゃんがお怒り気味に難しい依頼を置いてった。あの子もわからねえぜ……
クエストボードでは最近知り合った顔なじみどもが依頼を探してる。冒険者には向いてないって思ってたベルクス君もしぶとく生き延びてる。変に心配して世話を焼くよりもどーんと突き放してみれば案外しぶとく生きていくもんだ。
それが冒険者って連中なのかもしれないね。
なおユイちゃんに子猫の面影を見出したシェーファが定期的に餌付けし始めたことが、愚痴を言いに来たサリフの証言で後日判明する。
ユイちゃんや、その本命はやめときな……
何だか他にも飼い主がいそうな堕猫のお話である。




