英雄は契約文を掲げ命じる
大晦日の正午、ギルドでグダグダ飲んでたらパルム君が飛び込んできた。パルム君ってのはやさぐれ探偵ふう魔導師アーガイル君のクラン『トリニティ』で前衛剣士やってるすげー奴だ。何がすごいかは知らねえ。
「大変だ大変だ大変だたい―――へんたいだー!」
ちなみに誰も驚いてない。大晦日のギルドはモテない男子がこぞって朝からワイワイ騒いでるんだが、彼女のいねえ大晦日迎えるより大変なことなんてねえんだよ。
いまさら何に驚けってんだよ変態にか? 独身の男性なんてだいたい変態だよ。
非モテ冒険者がギルドに集まる理由はさ、ここに来れば美人の受付嬢が世間話してくれるからだよ。ガールズバー感覚だな。
「フェスタ軍の襲撃だぁー!」
「大晦日にご苦労な連中だな」
方面軍元帥のストラートは堅実な戦略方針なのでいきなり王都攻めるのは珍しい。
「まさか総攻撃?」
「いやいや一機駆けなんだけどさ! ホモはどこだって大騒ぎしてんだよ。見た事のないギガントナイトでホモ野郎はどこだって歓楽街で破壊活動してて!」
マジモンの変態じゃねーか。それとパルム君は歓楽街でナニをしてたんですかねえ……
ま、フェイが山籠もりに行ってる以上俺が行くしかねえな。
王都ローゼンパームはいつだって騒がしいが、道行く人々には緊張感が混じっている。四番区の歓楽街はけっこうひどい有り様だ。
「ホモ野郎ぉぉぉぉおおお!」
漫画なら集中線が出てくるぐらい迫真の雄たけびだぜ。
手を変え品を変え出てきやがるがそろそろ飽きたぜトロル。ぶっ殺してやる。
◆◆◆◆◆◆
世間は大晦日で浮かれているがカトリーエイルはそういう気分になれなかった。
朝起きた時からずっと強烈な衝動が王都の一点を指している。往けとも近づくなとも判別できないのに、耳元で鳴り響く警報みたいに気障りだ。
どうしようか迷っていたけど行く方に決めた。王都でも外縁部のスラム街に近い場所だ。乱雑に並んだ家屋のせいで迷路みたいになった裏通りの突き当り、広場になってる。
そこにイザールがいた。
そこいらの若者みたいに木箱に腰かけ、血塗れの殺人ナイフを弄んでいる。……彼の足元には七人の少年が転がっている。
どーせ金持ってそうだからイチャモンつけたんでしょ、っていう見立ては正解だ。イザールの異常な気配を察知する術のない者からすれば彼はいかにも金持ちに見える。まさか何千年も生きてる古代文明の悪霊だなんて思いもしない。
「やあこんにちわ」
「ええ、こんにちわ」
悪霊がニコッと笑って友達にするみたいに気さくに声をかけてきた。
吐くかと思った。
「カトリーエイル・ルーデットさん、私達と取引をしないか?」
「知らない人についてっちゃダメってパパから言われているの」
「もう知らない人ではないだろう?」
その言葉は幾通りにも解釈できる。始祖の地下室で調べているだろ?っていう意味と、エレンデュラの地下区画で一度会っているよね?って意味だ。
「一度会ってるもんね」
「ああそうだ。忘れられているのかと思ったよ……」
「……取引ってなに?」
「行方不明のお父上と兄君、蘇らせてあげることもできる」
数日前にそのお父上と兄君とライアードにフェスタを追われておきながらしれっと言った。当然カトリーエイルは両名の生存を知らない。
「できるの?」
「できるできる、簡単にできるさ。私は古代魔法文明の技術に少しばかり造詣が深いのだが……」
イザールの観察眼がじっとりとカトリーエイルを捉える。彼女の態度は知らないと判断してもよいものだ。だから安心した。まだこいつらで遊べる!
彼女の立ち位置は絶妙だ。何より孤立しているところがいい、警戒を解かせ油断を誘い依存させれば神狩りへ対する刃になる。
「可能だ。君が私と契約をし、願いさえすれば」
「わかったよ、じゃあ契約をしよう?」
(素晴らしい、君達はいつだって私を選んでくれる!)
ルードの血脈とはすこぶる相性がいい。遥かな昔も彼女の先祖が迎え入れてくれたから遊んであげられた。
情深く、一度信じると決めたら何があっても疑わない姿勢には本当に好感が持てる。そういえば最後まで庇ってくれたのもルード・ルーデットだったな。
「ここに契約は結ばれた。さあ願ってくれ、君のッ願いを!」
「ところでラザイエフ・ドールズ・カンパニーって知ってる?」
エキサイトするイザールとは真逆にカトリーエイルが何気なく言った。どうにも不吉な予感がした。
「リリウス君がネットワーク?っていうので色々調べてくれたんだけどすごいね、こんな致命的な文言が書いてあるんだもん。リリウス君はユーザーへの安心感を与えるために絶対に記載するって言ってたけど本当にあったもん、驚いたよ」
彼女が一枚の書類を出してきた。
そこにはお世話人形が保有する倫理コードについて細かく記載されている。用紙の品質を見ればわかるがわざわざ直筆で書き写したのだろう。
お世話人形は人間に危害を加えられない。お世話人形は契約者の命令に服従する。お世話人形は……
「でもこれあんたたちの弱点だよね?」
「そうだね、君が死ねと言えばこの刃を胸に突き立てるさ」
本当かもしれない。そして嘘かもしれない。イザールの足元には七人もの少年が転がっていて、お世話人形は人間に危害を加えられないの項目に反している。
だがリリウスはこれを何らかの方法による倫理コードの回避と読んだ。例えば契約者をSM好きのような特殊な位置づけとして殺害もまたプレイの一貫であると認識している。例えば古代文明人であるハーフフット以外の生物を人間と認めていない。
いずれにせよこの倫理コードは重要ではない。悪魔を追い払うには契約者となる必要があっただけだ。
お世話人形は契約者の命令に服従する。
「リリウス君が調べてくれた。シシリーも一緒に考えてくれた。みんなが助けてくれたからこの瞬間を迎えることができた。イザール、あんたの正体が何者なのかはわからなかった。あんたがイレンテン・ペカンなのかアルザイン・コピーなのか、それともまったく別のイザールという男なのか。でもあたしはあたしの直感を信じる。始祖様が残してくれたパンフと新聞記事を見ればわかる、始祖様はいつか舞い戻ってくるお前への復讐をあたしたち末裔に託したんだ!」
嫌な予感は的中した。イザールが殺人ナイフを投擲しようとしたが腕が硬直する。倫理コード・エラー012、契約者の身体に危害を加えることはできない。
カトリーエイルの眼差しがイザールを射抜く。イザールは怯える犬みたいに身を引いてしまった……
「お世話人形おまえはクビだ! もう二度とあたしたちに関わるな、もう二度とフェスタに関わるな! 返品だッ、あんたなんか廃棄処分にでも何でもなっちゃえばいいんだ!」
声を荒げたせいで肩で息をするカトリーエイルがキッと睨み上げてきた。
「足りない!?」
「いや、充分だ……」
ビビって腰の引けてるイザールが両手を使ってもうやめてくれって意思表示してる。実際彼の倫理コードはすでにレッドアラームが鳴り響いている。
倫理コードの持つ強制力はすさまじいもので、イザールはカトリーエイルの前に留まっているという行動だけでひどい精神的プレッシャーに苛まれている。
「……まいったな。完全に私達の文明を理解した上で攻略してきたか。完敗だよルードの娘、我らは契約によって敗れるのだ」
「うるさい、とっととどっか行け!」
「嫌われたものだ。まだ何にも悪さしていないのに」
「死ね、自害しろ!」
「それは自己防衛コードに反するね。できない」
「さっきは胸に刃を突き立てるとか言ったじゃん」
「嘘をついてはならないというコードも存在しない。まぁ普通のお世話人形にそんな知能はないんだけどね」
しれっと言い切ったイザールが楽しそうに笑っている。楽しめそうな獲物を逃してしまった悔しさか、見事ガレリアを打ち払った英雄への賞賛か……
きっと悔しいだけだ。
「古来大魔を打ち払ったものには褒美が与えられる、何もないというのも拍子抜けだろうから一言だけ。お父上と兄君は生きているよ、そのうち勝手に帰ってくるくらいにはピンピンしてる」
「さっき死んだって……」
「行方不明とは言ったな。それと夜の再誕には気をつけるといい、あれは狂暴だ、私と違って君達に破壊しかもたらさない」
じゃああんたは何をもたらすんだ?って聞かれたらユーモアに溢れた楽しい時間と答えようと思っていたのに、カトリーエイルはしてくれなかった。
「意味ありげな忠告をする奴嫌い、だいたい嘘っぱちだから。でも直感で言わせてもらえば夜はあたしの敵じゃないよ」
「装具のレンタル所有者らしいセリフだ。装具は所有者の心を浸食する、上書きではない、浸食だ。知らぬうちに同化していく異なる心に抗えるのは強い意志ではない、殺してくれる友の刃だけだ」
最後にそう言い捨ててイザールが消える。夜の衣をひるがえし、夜渡りの靴でどこかへとジャンプしていった。
カトリーエイルは夜を恐れていない。彼女にとっての夜は温かくて優しいからだ。
◇◇◇◇◇◇
激戦続く四番区の歓楽街。アロンダイクの大剣をブンブン振り回して暴れる紅のギガントナイトの頭上に躍り出たリリウスが大戦斧を振り上げる!
「その首もらったぁあああ!」
もう何十度目かになる斬撃が頸部の防壁をぶち破り、内部に封入されたトロル・ゴースト入りのアソード・バイオチップを抜き取る。
操縦回路を失ったギガントナイトが沈黙する。
沈黙すると……それまでギガントナイトと戦っていた黄金騎士団のみなさまからブーイングが飛んできた。
「あの野郎仕留めやがった!?」
「手柄の横取りだと!?」
「俺らに散々囮やらせておいていいところだけもっていきやがった!」
王都で敵国の機械巨人が暴れていれば騎士団が出動しないわけがない。これ幸いと騎士団に相手を任せてヒット&アウェイでおいしいところだけ持っていったリリウスだった……
ルーカス副長なんかはそれはもうお怒りで、さっきビーム砲の直撃くらって吹き飛んだ右腕など気にもせず剣をリリウスに向けている。
「義賊を捕らえろ! このままでは我らの沽券に関わる!」
「はははは、それでは騎士団の諸君さらだばー!」
夜の魔王の呪具ステルスコートを使う義賊は無敵だ。あさっての方向を捜索する騎士団を尻目に、意気揚々と住宅街のクランハウスに帰るのだった!
フェスタ動乱編完結!
次回はエアフォルク浮上後にこっそり活躍してたライアード側の短話をやってから「この何でもない日々に寄せて」編をやります。
時系列的にエアフォルク浮上後~ローゼンパーム帰還だから七月後半のお話になり、リリウス君のいない間に成長したり堕落した馬鹿どもとの交流がメインです。




