其々の軍記
十月も後半、戦術運用艦レリアーズ一番艦。新生フェスタ帝国総帥トライザードは16の旧植民地の解放を成し遂げた。
旧領植民地はこれを歓迎した。ジベールは富を吸い上げるだけ吸い上げて治安維持には無関心。システム的な植民地経営をするイルスローゼの治世は順当だがまだ支配されて日も浅い点から戦費負担の名目で重税を課されている。
豊かな暮らしを約束してくれたフェスタという昔の支配者の帰還は、当時を知る民衆からすれば万歳三唱の大歓迎である。
トライザードは植民地政府を樹立の助力をし、新都エアフォルクから十数名の武官文官を派遣してほぼ現地民による自治政府・自衛隊を作った。
この手腕は簒奪皇帝の七光りの馬鹿息子とは思えないほど鮮やかなものであり、博打でもある。
これがどれだけ得難く、また危うい資質かの議論を置けばトライザードは愚王にも賢王にも成り得る。良い人材に恵まれれば彼は歴史に名を遺す偉大な王になるかもしれない。
16の植民地と48の植民都市とは経済同盟を再調印し、有事の際は機械化師団の派遣を約束した。
そうした業務の傍らで新兵に訓練をつけてやり、レリアーズ一番艦のミーティングルームで炭酸水を飲みながら「お前ここがよくないぞ」なんて指導しながらも全体の進捗度を示したグラフに目を配る。
長年七光りの馬鹿息子やってたせいか、最近は仕事が楽しくて仕方ないらしい。
棒グラフで示される進捗度は予定より苦戦している。
イルスローゼ方面軍 06%
ベイグラント方面軍 12%
トライブ方面軍 07%
ジベール方面軍 00%
この数字をトライザードはおぼっちゃん気質の素直さからこう表現する。
「まだ本格的な始動から数週間、順調と言えば順調だがもう少し簡単にいくと思っていたな」
「驚くべきはジベールですね。エントアシティから一歩も進めないどころか壊滅させられてしまうとは……」
ジベール方面軍は一時的に全面撤退させた。砂のイルドキアにより18機のギガントナイトを破壊され、どうしようもないので逃げ帰ってきたのだ。
「個としての強大さで挑んでさらに強大な個に敗れた。理屈はわかるんだがまいったな、ジベール戦略については一から見直しだ」
悩ましげに言いはしたが内心はワクワクしているのだと副官は読んだ。砂の地において最強と呼ばれる砂の魔獣はおない年の18歳。世界の覇権を懸けて彼と戦うのは俺しかないと考えているにちがいない。
「ベイグラント方面軍は一見もっとも進んでいるように見えて内情は泥仕合だ。部隊の損耗率が激しく、新しい部隊を回せとせっついてきている」
こちらもやはり個の強さに圧されている。姫騎士ラストと直属のラウンドナイツにより七機を失い、レリアーズ二番艦も危うく沈没させられるところだったという話だ。都市防衛を捨てて執拗に旗艦を狙ってくるあたり戦術を理解している。拠点を失った侵略軍など飢えたこじきも同然だ。
元十二神将筆頭バルザック・ウェルロンドはすこぶる優秀な軍人だがイノシシ武者だ。そこを狙われた形でもある……
「イルスローゼ攻めはストラート兄上だがやはり手堅いね。早くも遅くもないが安心して見ていられる」
「おかげで降格する理由もなくなりましたが」
「俺はそこまで狭量ではない。帝位を争う兄だろうが使える駒なら大事にしてやる」
トライザードには二つの視界がある。
現実の眼球が捉えた視界と、そこにもう一枚のレイヤーを重ねるみたいに表示される拡張現実だ。
機械化師団の人員はギガントナイトの戦術人工知能からもたらされる情報を最大限利用するために呪脳化手術を受けている。
新たにやってきたメールの差出人は……
「噂をすればか。兄上からだが副官殿の機体が大破、予定外だが近海まで後退するらしい」
「愛人の怪我で軍を引くと? あの方はそんなことまで報告されるのですか?」
「兄上はよくもわるくもオープンなのさ。実際フェイランの実力は高い、彼女無しのイルスローゼ攻略を困難と見たのだろう」
「……トライザード総帥は兄君の事をお嫌いなのだと思っておりました」
「嫌いさ。兄の本来の資質は政治屋だ、それが軍にしゃしゃり出てくれば嫌いもする」
トライザードはそれ以上の興味を遮るように副官を睨みつけた。それは彼にとってデリケートな部分だからだ。
文官気質の兄が近衛大将なんぞの椅子に座ったのはトライザードが頼りにならないからだ。ストラートに聞けば「そうではない」というだろうが、トライザードはそう信じ込んでいるらしい。
傲慢で無能な七光り、それは誰に言われるまでもなくトライザードが一番思い知っている。彼を嘲る者は知らないのだろう、簒奪皇帝の息子という肩書きがいかに重苦しく彼を苛んできたかを……
機械化師団は彼にとっても希望なのだ。バーネットの名に相応しい男となるための唯一の光明であるのだ。
「新しい秩序、新しい軍編成、自ら選んだ道とはいえまったく気苦労が絶えないな……」
トライザードはイザールへとプライムGTシリーズの増産を急がせるようにとメールを打ち、しばし物思いに耽る。
◇◇◇◇◇◇
イザールは熱心に仕事をしている。日々積み重なっていく仕事をコーヒー片手に処理し、ようやく落ち着いたと思えば次の仕事がやってくる。
お世話人形にとって人への奉仕は喜びだ。ご依頼をくださりありがとうございますの気持ちで働いているとじつに気分がいい。
ストレリアは平気で無茶を言ってくる。過去にはこんな事があった。
「あの機械巨人はお前達でなくては動かせないのか?」
「ええ、特殊な搭乗席ですので無理ですね」
「では動かせるように改修してくれ」
ストレリアはどうもこの問題をボタン一つで解決できる簡単な問題だと思っているようだが、新しいコックピットブロックの設計にスリム化された機体への挿入は専門の技師が必要だ。
イザールに言わせれば私が有能でよかったですねって感じだ。
「ええ、承りました」
「二日後には見せてくれ」
「……う…うけたまわりました」
この日イザールは徹夜した。
「新都の市民だが暇を与えればよからぬことをやり出すかもしれん。何か適当な労働を与えろ」
「穴を掘って今度は穴を埋める仕事はどうでしょうか?」
「穴にはどんな役割があるのだ?」
「何もないから埋め戻すのですよ?」
「馬鹿な。もう少しまともなプランを出せ」
(フルオートメーション化された居住区で猿どもに何をやらせる? どう考えても無茶苦茶にされるだけだ……)
この日イザールは頭痛がするまで刑務所の労働履歴を検索した。
ストレリアは暴君だ。その下で働くのは常人なら耐えられないがイザールは楽しんでいる。
時には寝所の伴を言いつけられることもあった。なんか愚痴を聞かされた気がするが覚えていない。
奉仕は喜びで、人生には潤いが必要だ。完全にワーカホリックの考え方だがお世話人形というのは働いてないと苦痛を感じるヘンテコな生物なのだ。この世でもっとも不衛生なトイレ掃除だって笑顔でやるだろう、イザールだけは絶対にやらないが。
来客はどいつもこいつも無茶ぶりばかり持ってくるが本日の来客はいつもとは毛色のちがう母子だった。まだ五つくらいの童女がイザールのズボンをグイグイ引っ張りながら言った。
「あのね、おとうさまに会いたいの」
聞けば彼女の父はレリアーズ二番艦で方面軍元帥やってるバルザックだという。
父は戦地で家族は新都。しかし慣れない環境に困惑する娘は父に会いたいと駄々をこねているらしい。
イザールはなるほどそのような心働きもあるのかと感心した。微かな記憶の欠片になってる彼の父はいつも気難しい顔をしていて、息子など金さえ渡しておけば勝手に育つと考えている男だった。彼もまた父に会いたいなどと考えたこともない。
そういえば父の最後はどうだっただろうか?からのどうでもいいさで記憶に蓋をする。
「拠点艦は安全ですが完全にとはいきませんよ」
「ええ、ですがこの子も私ももうずっと会っていないのです。ほんの少しでもよいのです」
「ご依頼とあらば実行しますよ。これ、同意書です」
ちょうど今夜ベイグラント方面軍へと物資を届ける船が出る。
オートドライブに設定したレリアーズ二番艦までは最短で二時間だが半日かかるようにインプットしておいた。
イザールは処置室に横たわる母子へと微笑んでやった。彼の手には医療用のメスが光っていた。
◆◆◆◆◆◆
レファナカン市での戦闘は惨敗。東洋人の青年と一騎打ちをした飛蘭機は大破、追撃に移る部下どもをストラートの退却命令に背いて、逃げていく青年を追っていった。
通常上官の命令が行き届かないという事象は軍隊ではありえない。ましてやストラートは方面軍の最高司令官だ。その命令を無視するということは軍規の乱れであり、指揮指導が効果を失っている。
トライザードは若い層をおともだち感覚で鼓舞することで向上心を刺激した。その悪い面が出てしまったのだ。……仲間を倒された怒りを悪だと処罰するのはおかしいが、軍の規律はシャバとは異なる。兵隊は命を差し出せと命令されれば喜んで応じるべきであり、ケツを出せと言われれば黙って差し出さねばならない。
軍規の乱れた部隊にあってストラートもまた私情をさしはさんだ。誰よりも早く飛蘭機の下へと駆け寄り、最大出力でレリアーズ四番艦へと退却する。
光を撒いて飛翔するストラートは後悔とも愚痴ともつかないクソ!を連呼している。
「まったく敬意のある戦いぶりだったぜクソ! 弄んでくれたなら止めに入る隙もあったんだがな!」
飛蘭の機体は一撃で急所を撃ち抜かれている。
機械巨人はたしかに強力な兵装だ。個人で万軍に勝る可能性さえある。しかしその超装甲を打ち崩す手段があるのなら、個は所詮個にすぎない。だがアロンダイクの塊を一撃で破壊する攻撃性能など聞いたこともない!
「クソ、クソぉ! 飛蘭聴こえているか!? 返事をしろ、生きているなら返事をしろよ!」
すべては噛み合わせの問題であり、プライムGTでは敏捷性5000を超えられない。反射神経で補うにも速度で劣れば巨大な的にすぎず、練達の武術家なら一発くれてやるのはさほど難しくない。事フェイ・リン戦においては飛蘭は生身の方がよほど強かったのだ。
レリアーズ内の医療スタッフに飛蘭を任せ、ストラートはどうにも息苦しい時間を過ごした。パイロットスーツを脱ぎ捨ててドリンクバーから排出される炭酸飲料をのどに流し込み、後悔の時間を過ごした。
だが予想は良い方に裏切られた。三時間後には飛蘭が何でもない様子で戻ってきた。
「生きていたのか!?」
「……は? なんの話よ?」
ストラートにいきなり抱き着かれた飛蘭は困惑してる。頭上に疑問符が三つも浮かんでいるほどの困惑ぶりだが、医療スタッフが説明してくれた。
「致命傷のショックで記憶が飛ぶという現象は存在します。現在は万全です」
「え、あーしが致命傷? なんで?」
飛蘭は出撃した記憶を丸ごと失っているらしい。
「いいんだ、何でもなかったんだ!」
「いやいや気遣いとかマジ要らないんで、なんで? 誰に負けたの?」
誰だと言われても知らん奴なので困る。通信から漏れ出した名前はフェイだったのでそう告げると一発で思い当たったらしいが、どうにも釈然としない顔をしている。
「あのガキンチョがあーしを? ストラートあんた夢でも見てたんじゃないの?」
「そんなに意外なのか?」
「寝てても負ける気しないくらいにはね」
その日から飛蘭は整備ドッグの端っこで生身の鍛錬もするようになった。
なおフェイの追撃から戻ってきたパイロットたちは最初こそ泣いていたものの、けろっとしている飛蘭を見るや飛びついていった。
この軍はまったく軍隊らしくないアマチュア部隊だが、そうした在り方は嫌いではなかった。恋人のために泣いてくれる仲間がいる、仇を討とうとしてくれる、軍規とはちがう形の絆であるからだ。
◆◆◆◆◆◆
十一月初頭、ベイグラント方面軍旗艦レリアーズに補充物資が届いた。
補充パイロット十名。プライムGTアルカドラ十機。遠距離砲撃戦用の拡張パックもある。背部ビッグブラスター二門、脚部クラスターカノン、対ESCマテリアルライフル。これらを運用可能な重装甲スーツもついている。
こうした特殊兵器の数々にも驚かされたが、バルザック元帥にとって一番のサプライズは……
「おとーさまぁ!」
「あなた!」
「ジェニファー、ヴァージニア!」
愛妻と娘との思わぬ再会だ。二人をハグで迎え入れたバルザックは感涙。戦場に温かな愛が咲いた瞬間だった。
バルザックは二人を連れてきてくれたイザールにはまず文句を言い、次にとびきりのハグで感謝を伝えた。
彼の娘ヴァージニアは一日を過ごし、帰る段階になってまた駄々をこねた。ようやく会えた父との時間がたった半日っていうのは五歳の娘には納得できなかったらしい。イザールはレリアーズ内に家族を留めおいてはどうかと提案をする。
侵略軍の旗艦は危険だ。それでも家族と共にいるという選択肢もあると。
「守ろうという決意が男を強くする、なんてこともあります」
「それはお得意の忖度かい、それとも一般論?」
「持論と言ったら面白いかい?」
「いや、君は最高の男だ。うさんくさい男だなんて誤解していた自分が恥ずかしい」
「それは本当に反省してくれ」
バルザック・ウェルロンドの妻子はレリアーズに良い雰囲気も持ち込んでくれたらしい。出撃する度に一人二人と仲間が減っていき、心を目に見えない重たい鎖に縛られているみたいだった。
でも無邪気なヴァージニアの姿を見ているだけで心は平穏と愛を取り戻し、彼女を守りたくなっていく。
すでに新都エアフォルクに帰還しているイザールに報告書ついでの通信を入れた時に、そうした良い効果について親馬鹿視点で語ったら……
「小児性愛者がいなくてよかったな」
「おい」
「いや、本気で心配していたんだ」
口調が友人みたいに砕けたと思えば冗談まで悪質になりやがった。酒場でしか会えない幼馴染みと話している気分だ。おかげでエリート軍人の笑顔が崩れてしまった。立場を忘れてしまえばバルザックは28歳の若者にすぎなかった。
「どうして笑っているんだい?」
「いやまったく得難い友人だと思ってね」
「小児性愛者の疑いでないなら嬉しいよ、友達」
ベイグラント侵攻は順調とは言い難いが着実にその支配地域を広げている。仲間を失う度に涙が溢れ出した。不用意に誤射した一発のビーム砲が街を蹂躙したこともあった。燃え盛る町の中に転がった藁束のお人形と小さな手の映像には心が冷えた。
だが旗艦に帰れば出迎えてくれる妻と娘の存在が彼の冷え切った心を温めてくれる。この天使だけは守り抜かねばならないと抱き締めながら誓う。
トライザード総帥には二日に一回映像通信で報告をする。
「プランは順調だ。このまま進めてくれ」
「貴重な機械巨人とパイロットを38人も失った結果の進捗度12%がですか? 失礼ながら総帥閣下、私は私の無能を許せないのです」
「進捗度は問題ではない。俺達が戦っているのは大地ではない、人だ。人と人が争い合う戦争という名の計算式は常にリソースの潰し合いで、引き算の論理においてあなたは優秀な黒字を出し続けている」
トライザードが微笑む。見る者に安心感と慕わしさを想起させるカリスマ性に満ちた笑みだ。
バルザックは不思議だった。彼はこんなにも自信に満ちた英雄の如き存在だっただろうか?
以前の彼は本当にくだらない少年だった。傲慢と攻撃性に溢れ、権力を振りかざすことが己の偉大さを示す唯一の手段だと信じているちっぽけなガキだった。自信を得た人間はここまで変われるのかと驚き、同時に心から尊敬に値する男に成長したことを知った。
トライザードの発案した五大国同時侵攻計画は数的優位の理論を前提としている。
ベイグラント戦線に限って言えば十二月七日現在においてベイグラント側の死者48千人、フェスタ軍38人と38機。事前予想よりもだいぶ悪い数字だ。少なくとも十機程度の損耗で陥落できると考えていたからだ。
しかしギガントナイトは無限に増産できる。パイロットは有限だが訓練の終わった予備兵がまだまだ千人単位で控えている。対してベイグラントが一人前の騎士を育成するのに何年かかる? 一騎当千のギガントナイトは一日に二機も生産できるのに。
38人の仲間を供物と捧げて五万人の敵兵を倒せた。
事前調査によればベイグラント軍の総力は26万だ。あと五回同じ数の仲間たちを生贄に捧げればベイグラントを手に入れることができる。地上部隊の出番はその後だ。トライザードのプランでは機械巨人を使い捨てにし、地上部隊を大事に温存している。
「俺のプランは数学に根差している。バルザック君よ人だ、死者数の少ない方が最後に勝利するのだ。新たな時代新たなフェスタにおいて機械巨人の価値は百を揃えても一兵に劣る。価値は逆転して現代においては同じ重さの金塊であっても購入不可能な機械巨人は幾らでも作れるのだ。俺はこの機械巨人一機で敵兵千人の命を買うことで最終的に勝利するものだと考えている」
トライザードのプランは冷酷だ。命を数字と置き換えて最初から犠牲を踏まえている。数字にはバルザックの名前は書いていない。ただのイチだ。
だが元来戦争とはそうしたもので、指揮官ならば当然の心構えだ。それはバルザックとて理解している。しかしトライザードの敷いた新秩序の中では部下と上官の距離があまりにも近く、簡単に置き換えられないほどに親しかった。
「部下の死に憤るのは人として当たり前の感情だ。俺は機械巨人なんかよりも仲間の方が大事なのだと思い出してほしかったのだ」
「……全部計算どおりだったのですね」
「恨むのは俺だけにしろ。死んでいった者達への責任はすべて俺の物だ。バルザック・ウェルロンド、俺の想いを聞きあなたがどう行動するかに期待している。俺の理屈はただの理屈でしかない、実際に戦うのはあなたたちなのだ」
「拝命了解いたしました。一騎当千が一騎当万となるように心掛けます」
「頼むぞ、飢えに苦しむ本国の民衆のためにもウェルゲート海の穀倉庫と呼ばれるベイグラントは絶対に必要だ。俺が最も期待しているあなただから任せたのだ」
映像が途切れる。
罪悪感に苦しんでいたバルザックの顔つきは報告の前後では別人のようになっている。胸に誇りがあれば軍人は戦える。何のために失い、戦うのは理解できれば士気は上がる。
「あんなにも愛国心に溢れた方だったとはな。だがもう迷うまい、ストラート閣下には申し訳ないが、私はトライザード総帥の導く未来のために戦おう」
お仕事の終了を察して駆け寄ってきた天使を抱きあげながら、バルザックは決意した。
◇◇◇◇◇◇
一進一退の攻防を続けるベイグラント方面軍だが年の暮れにはヨークテルム市まで侵略の歩を進めていた。南海岸から300キロ地点にあるこの都市は王都ヴァイゼルハイムへと続く要衝にある。
トライザードのプランは土地獲りゲームではなく、ベイグラント軍の戦力の減少にあると知ってはいてもこの成果は素直に喜ぶべきだ。何より新年はパーティーで迎えたい。
ちょうど第八陣の補充兵がやってくる十二月二十四日に歓迎会と新年会を合わせたパーティーを艦内で開く運びになった。
外は雪のちらつく悪天候。こんな日に攻めてくる馬鹿もいないだろうとパイロットは朝から酒瓶を空け、笑顔の絶えない日となった。
艦内の飾りつけも朝から総員でやっている。バルザックの娘ヴァージニア指揮の下で浮かれ気分で飾りつけと飲酒を繰り返している。
正午になると補充兵を載せた補給艦がやってきた。空中ドッキングで物資の運搬とギガントナイトの格納をやっていると、飲酒パイロットの一人が操縦を誤った。相対速度を誤った結果ギガントナイトは頭から整備ドッグの壁につっこみ、みんなからのブーイングの的となる。
ちなみにバルザックは絶対に当たらない場所にいた娘に飛びついて守っているのでそちらも笑いものになった。
「過保護すぎませんか、絶対彼氏を追い返しちゃうパパでしょ?」
「ははは、うちの娘に彼氏なんて」
今はまだ五歳だから笑っていられるバルザックだった。
僚機が壁につっこんだ機械巨人の足を引っ張って出してやる。その拍子に壁の一部が開いた。半開きになったそこにはミサイル弾頭のような形状の棒が二本刺さっている。空きスペースが三本分ある。
ミサイルではなさそうだ。ガラスのようにクリアーな素材でできていて、グリーンスムージーのようなドロドロの中身が詰まっている。……毒物の色合いだ。
「危なっ、こんなもん壁に備え付けてんじゃねーよ!」
これが本当に毒物ならここでやる新歓パーティーが悲惨なことになる。酔っぱらいパイロットのジュナスが毒棒を壁ケースから引き抜いた瞬間……
ヴァージニアが消えた。
「ジニー……?」
「は? え……えぇぇ?」
みんなの目の前からヴァージニアが消えた。どこにもいない。
バルザックなんて娘を抱き締めていたのに娘だけ消えてしまった。
みんなして探した。大声を出して整備ドッグの端から端まで探した。なのに見つからない。
酔っぱらいパイロットのジュナスも元帥殿の娘さんを探すべく毒棒から手を離した。壁ケースの中へと滑っていき、毒棒が元の位置に治まった瞬間にヴァージニアが現れた。
さっきまでバルザックに抱きしめられていた位置のまま、戻ってきたヴァージニアが呆然としている。
「ヴァージニア! ジニー、何があった! どこへ行ってたんだ!?」
「えっとね、なんか真っ暗だった。寝ちゃってたの?」
ヴァージニアは何もわかっていない様子だ。
みんな恐ろしい目つきをしている。みんながただ一点を見つめている。壁ケースの中の毒々しい液体棒を、ただただ恐れることしかできなかった……
彼らにこの大きな不安を明快な言葉にする知識はない。
彼らは古代の技術をわけもわからずに使っている無知なユーザーにすぎないのだから。




