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冬の影、嵐の前

 帝都での日々は健康的を極めた。


 朝から夕方まで訓練訓練ごはんに訓練お昼寝訓練という野球部員みたいな生活だが、閣下も鬼ではない。夕方から朝までは自由時間が許されている。完全にナイター設備がないだけです!


「ごくごく、リリウス君どこいくの?」


 騎士団本部の大浴場(帝国における風呂とはサウナルームを意味する)から出てきたデブが牛乳飲みながら言った。

 他の騎士もみんな牛乳瓶片手に半裸で語り合っている。

 これは俺が風呂あがりは牛乳だろ普通と言った結果なぜか採用されたせいだ。おかげでドキッ金髪美男騎士ばかりのミニ社交界~牛乳瓶を添えて~という謎の光景が生まれてしまった。


「野暮はよせよデブ」


 そして何本目だその牛乳?


「ごくごく、リリウス君マジ体力底なしだね……ごくごく」

「お前は?」

「ぷはっ、帰って寝るよ。無事にお屋敷までたどり着けるかも怪しい疲労度だけど……」

「せっかくの自由時間を睡眠に費やすとか頭おかしいのか?」

「ごくごく、これを自由時間と考えてるリリウス君マジ頭おかしいから。風呂入ってごはん食べて寝るための時間だからこれ、ごくごく」


 正騎士のみなさんまでなんで俺をそんな冷たい目で見るの?

 アフターファイブは普通遊ぶだろ?


「ウェーバーさん、デブの牛乳瓶モッタイナイんで明日からピッチャーにしてください」

「検討しよう。そうそう閣下からの提案なのだけど、バートランドの屋敷を引き払って本部で寝泊まりすれば夜間訓練にも参加……」


 断固お断りだ!

 颯爽とステルスコートを翻して逃走するぜ。


 ちらほらと雪の混ざり始めた十月の帝都は寒々しい灰色。ポケットに手を突っ込んだ男達は懐もさびしいようで錆びれた場末の連れ込み宿の前に立つ娼婦達のお誘いにも反応しない。とはいえ今晩のごはん代が懸かっている彼女達も必死だ。


「ちょいとそこの先生ぇ、奥さんとはゴブサタで溜まってんだろ。ちょいと寄っていきなよ…………けっ、しけた野郎ばかりだね!」


 絡めた腕を振り払われた途端に悪態をつき出すのもどうかと思うなー。もしかしたら迷ってて戻ってくるかもしれないじゃん。超低確率で。


 そんなガラの悪い娼婦達にも声を掛けるぜ。俺レディーファーストだからね。


「今晩も冷えるねえ」

「あたいらの懐と一緒でね」


 流し目の魅力的な赤目のレジーナの冗談に娼婦仲間がドッと笑い出す。明るく楽しい貧乏生活って感じだ。帝国は社会福祉が死んでるけど庶民は庶民で逞しく生きてるね。


「あんたらも毎回こんなモーテルで逢引きなんてTHEわけありって感じだねえ。もしかしてこの秘密の関係ってお金になりそう?」


 あれれ、もしかして口止め料的なものを求めてます?

 子供を脅迫するなんて逞しすぎやしませんかね?


 とりあえず透明化して背後に回っておっぱい揉みながら透明化解除! うん驚いてる驚いてる。


「知ってる? 背後が簡単に取れるってことはいつでも刺せるってことだよ? お姉さんとは良好な関係でいたいな~」


 刺すって何をと聞かれたらナニだと答える親父ギャグまで完璧だぜ。完全に親父殿の影響だこれ……


「……まいった。うん、子供を恐喝するなんていくないね」

「物分かりのいい女性は好きさ。こいつで温かいものでも食べてきなよ」

「本当あんたとは仲良くしといたほうが利口そうだねぇ」


 あげた一枚の銀貨を手に冷たい路上を引き払うレジーナ達を尻目に安宿の二階に上がる。

 ボロっちい部屋ではすでにファラが待っていた。俺達は出会うなり抱き合った。


「……他の女のにおいがするわ」

「他の男のにおいがする女が下にいてね。俺にはファラの相手で精いっぱいだよ」

「淫乱みたいにいわないでよ」


 いや本当に手いっぱいなんですけどね……

 帝都に戻ってから俺とファラは三日と空けずにこうして密会を続けた。未婚の女性が男と遊ぶのは評判に悪いため、こうして秘密の場所を使っている。幾度となく肌を重ねたけれど、長けることはあっても飽きるということはなかった。


 冷たく輝く月だけが知る秘事は夜更けまで続き、満足する頃には二人とも息絶え絶えとなって大の字になっていた。


「そーいえばさ、最近実家と連絡とってるの?」


 連絡も何もマクローエン姓を名乗るのをやめてからマの字さえ見ていない。


「最近リリアが浮かれててさぁ……」

「なんで?」

「あなたの兄君と文通してるの」


 なんだと!?

 誰だ!? って実家に残ってる兄は一人しかいねーや、ファウストだ。あの病弱メガネ美男子だ。


「ふ…ふーん……?」


 一度寝た女性とあのケツ穴の緩い兄が文通しているというニュースは意外なほと俺にダメージを与えている。憎しみが再燃するほどに!


「……妬いてる?」

「互いに本気なら祝福すべきじゃないかな」


 心にもないことを言いました。憎しみの炎でスプーンが溶けそうです。


「うん、リリアにも私達と同じ幸せが訪れるといいよね」

「そうだね。俺とファラの幸せをおすそ分け……そう考えるとステキだね」


 幸せは誰にも与えられるものだと思う。若い男女が思い合った結果ならそれはステキなことだ。……ファウストというのが微妙にムカツクけどステキなことさ。うがあああああああああああああああ! うがあああああ!


 ファウスト……やつだけは生涯許さない! 絶対にだ!


「建国祭の五日前には帝都に入るらしいわ、それで最近妙にそわそわしてて……夏以来会ってなければそうもなるか。私もあなたとこうして繋がっていなかったら、きっと落ち込んでたし」


「ファラ可愛い」


 ファラ可愛い。俺は幸せ者だな。


 ファウストなんてケツ穴のゆるいクソ野郎のことはすぐに忘れ、愛するファラの手を握りながら眠りに落ちた。


 来る日も来る日もドキッ爽やかな騎士だらけの長距離ランニング~走行距離は閣下の気分次第~に明け暮れる日々が続き、気づけば建国祭の五日前となっていた。


 ファウストの来訪など俺はすっかり忘れていた。

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