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リリウス・マクローエンとかいう野良犬

 一年のほとんどが雪に覆われた極北の大ドルジア帝国では万民は春の訪れに歓喜する。


 春節と呼ばれる大祭は帝都フォルノークで昼も夜もなく七日七晩にわたって開催され、尊厳さえも凍らせる厳冬を乗り越えた人々は一時の宴を心から楽しむ。


 春節を六日後に控えた本日、帝都貴族街でも一等大きなバートランド公爵邸は天地をひっくり返したような忙しなさに包まれていた。

 公爵家のロザリアお嬢様七歳の誕生日パーティーはめでたくも晴天に恵まれ、庭園での立食パーティーの準備に追われる使用人が大忙しで駆け回っている。


 そんな現世の喧騒は一時忘れ、俺は五色の花々が咲き誇る庭園の中で可憐に微笑む、夢のように愛らしい幼女から目を離せなかった。


「初めまして、ロザリア・フォウ・ラ・ワース・バートランドですわ」


 スカートの端をちょんと摘まんで淑女の挨拶をする彼女の名前を聞いて確信した。


 この世界、前世でプレイした乙女ゲーの世界だ……




 時は大いに遡り七年前、北極圏もほど近い地方領主の家に目つきのわる~いクソガキが生まれた。


 何を隠そう俺のことだ。


 生まれてすぐに視界一杯に飛び込んできたハンサムな青年(本人談)にキスをされ、とても嫌そうな顔で泣き出したらしい。


 俺ことリリウス・マクローエンには二つの記憶がある。


 今世の記憶と、つい最近ふと何かを思い出すように取り戻した前世の日本人の記憶だ。


 今から約一年前のとある日、屋敷の裏手に広がる庭というか森の木からの落雪で半日ほど生き埋めになり、生死の境を彷徨ったらしい。


 その後目覚めたのが今世の俺ではなく前世の俺の人格だったわけだ。


 最初は大いに戸惑った、何しろ東京で暮らしていたと思えばいきなり文明度の低い変な世界で子供になっていたのだから当然だ。


 六歳まで生きてきたはずの今世の記憶もなく、前世だっていつ死んだのかさえわからない謎のまま、剣と魔法のファンタジー世界でちっこいガキになったんだ。混乱くらいさせてくれ。


 俺は三日くらいどっきりカメラを探し続けた。

 しかしいつまで経ってもどっきり大成功の看板掲げるテレビクルーはやってこなかった。


 この見知らぬ土地では誰もが俺をリリウスと呼ぶ。


 リリウス、リリウス、リリウスって誰じゃボケ俺は松島ふとしじゃいと思いながら、お屋敷の中で何日も暮らしている内にこいつはもしかして輪廻転生ってやつじゃなかろうかと閃いたね。だってどっきりカメラ出てこないもんよ。電化製品ないもんよ。


 つまるところ何時間も雪に埋もれていた間に今世の俺は死んでしまい、代わりに前世の人格が出てきてしまったのではないか、そーゆー感じでひとまずは納得した。


 父親と名乗る生活に疲れ切ったヒモ系優男の親父殿にはお馴染みのココハドコ私ハ誰で通したぜ、記憶喪失設定ではない、実際に今世の記憶ねーもん。新しい人生始める覚悟もまだなかったもん。


 正直前世には色々と未練がある。


 積んでたプラモだとか読み途中の漫画だとかマンションのお隣に住んでたエロい未亡人だとかようやく軌道に乗り始めた会社だとか……いやいや両手に余るねこれは。


 そもそも俺はいつ何が原因で死んだんだっつーのさえわからない。

 だが生まれ変わってしまったのは仕方ない。

 お隣の奈津子さんへの未練を振り切り、せっかくの剣と魔法のファンタジー世界だ、気を取り直して今世も頑張って生きていこうじゃないかと前向きに考え始めた頃から何となく変だとは思っていた。


 知らない世界のはずなのに、聞き覚えのある地名があったり名前があったりで何か変だな~って思ってきた。


 何よりリリウス・マクローエン、この名前がどうにも引っかかる。


 前世の記憶に今世の名前が引っかかるとはいったい何事だ?

 と首をひねりながら一年くらい適当に過ごしていたら、本日目の前に現れた天使のように愛らしい美少女のおかげで確信したよ、これ絶対輪廻転生なんて上等なもんじゃねーよ、だって乙女ゲーの世界だもんよ。


 ここは『春のマリア』とかいう乙女ゲーの世界だ。

 念のために断っておくがホモではない、ヨドバ〇カメラのゲーム福袋に入ってたから正月休みの暇つぶしにプレイしていただけの善良なイケメン撲滅主義者だ。

 好きな口癖はイケメン死すべし慈悲はない。


 春のマリアは男性向け十八禁ゲームで知られるエロゲソフトが、別ブランド名義で制作した全年齢女性向け大作RPGである。


 貧乏貴族の家に生まれた主人公が王立騎士学院に通いながら四人のイケメンとラヴを育み国を救ってキスしてエンドというやっすいシナリオのやつだ。

 お察しの通り聖女と書いてマリアと読むのである。

 それ聖母じゃね?なんて頭の良いやつは目をつむるかメーカーに電凸してくれ、俺は悪くねえ。


 春のマリアの舞台は大ドルジア帝国とかいう名前と国土面積だけ立派な辺境の貧乏国家。地球でいう中世のロシアを想像すればわかりやすい。

 土地は隣国に売り払いたいほど有り余っているが一年のほとんどが雪に覆われているため耕作地に適さずタダでも貰ってくれない有り様。財政は破綻していて財源の半分を戦争略奪によって賄っているというやべー国だ。乙女ゲーとはいったい……


 宮廷は腐敗でどろっどろ、王様は政治に無関心で佞臣がやりたい放題、国民は飢えと重税に苦しみヘイトマックスと三拍子揃ったロクデモナイ国だ。

 マリア様は騎士学院生として頭角を現し国の腐敗を是正するのだ。


 ちなみにメインヒーローは第二王子様である。

 第一王子は遊び人で有名なブタ野郎、バッドエンドで主人公は……ブタ王子絶対に許せねえ!


 ゲーム終盤では救国の騎士となるマリア様だが、ゲーム開始当初の彼女には多くの障害が立ちはだかる。


 その一人がロザリア・バートランド公爵令嬢である。

 目つきの悪いチンピラと汗っかきのデブを従えるチビのロリっこ系悪役令嬢であるロザリア嬢は「キー! なんでうまくいかないのよ!」とヒステリー起こしながら地団太を踏んじゃう愛らしいお馬鹿さん。悪役ながら人気投票三位で抱きまくら化していたほどだ。


 もっぱらヘイトを稼ぐのはチンピラとデブの手下二人だが、問題は目つきの悪いチンピラの名前がリリウス・マクローエンな件である。


 うん、俺このお嬢様の手下Aだわ……


 このリリウス・マクローエンの人柄を簡潔に示すセリフがある。『や、やる気か?』『ひいいい、お…覚えてやがれ~~!』というセリフからお察しの噛ませ犬である。


 デブにいたってはセリフの大半がもしゃもしゃという咀嚼音である。


 つまり要約すると貧乏貴族のマクローエン家に転生しちまった俺は、親父の友人の娘さんの誕生日パーティーがあると連れて来られた先で乙女ゲーの世界だと確信したわけだ。


 神様スター〇ーシャンでやり直してもらえませんか……


「ええっ……と、すごく怖い目してるけどお腹でも痛いの?」

「はい?」


 目の前の天使のようなロリを放って考え事というか現状確認をしていたら、ロザリアお嬢様がオロオロしていた。


 目つきが悪いのは生まれつきなんだが勘違いしているならそれに合わせよう。

 ロリに罪はない、悪いのはいつだって俺みたいな変態だけだ。


「ええ~~~っと今朝のミルクが傷んでたみたいで」


「それってうちのせいじゃない! 女中頭(エルザ)に今朝の担当調べさせるわ」


 やっべ、ナイスな気遣いのつもりが見知らぬ誰かに飛び火しやがった。

 招待客の腹を下させた使用人の末路とかやべえ香りしかしねえぜ!


「違います違います! あのですね、そのですね、俺は元々お腹弱いほうでしてそのせいでですね!」


 やべえいいわけが出てこねえ。

 乙女ゲーの世界だと知った混乱が続いてるせいだな。

 前世での大卒二十八歳の真のちからを発揮しろ俺、要点を、率直に、希望を添えて! 


「誰が悪いとかではなくてですね、それでね、使用人さんを罰するとかはやめてね?」

「……あなたは優しい子なのね」


 なんだただの天使か、ロザリアお嬢様が微笑むと視界一杯がお花に彩られた錯覚さえする。


 この天使が十年後くらいに恋敵に嫌がらせを働くようになるとは悲しい未来だぜ、成長の過程にいったいどんな恐ろしい出来事があるんだろ?って思ったけど完全に手下のチンピラとデブの影響だわ。

 俺じゃん。


「ロザリア様、俺の名前はリリウス・マクローエンです」

「もしゃもしゃ、僕はバイアット・セルジリアだよ、もしゃもしゃ」


「バイ…アット……だと?」

「お二人にお会いできるのとぉ~~~ても楽しみにしてたの!」


 俺の呟きに被せるみたいに金髪ロリのお嬢様が満面の笑顔で喜んでくれているが、俺の視線は隣のデブに釘付けのままだ。


 俺は隣にいるデブを睨みつけざるを得なかった。


 自己紹介の前と後で紙袋一杯に詰まったポップコーンを食べているデブは、春のマリアにおける最低最悪の胸糞キャラだ。


 ご飯とおやつ以外には興味ありませんみたいな顔をしているがこいつは密かにロザリアを歪んだ形で愛している。

 ストーリー上重要なポイントで必ずロザリアを裏切り、あるルートでは権威を失ったロザリアを密かに屋敷に誘拐してしまう。

 しかもその後何食わぬ顔をして主人公を支援する立場に回り、改心した良い奴ポジに収まるというクズムーヴである。

 アンチ投票ではラスボスとブタ王子を差し置いて堂々の一位である。

 ちなみに俺は人気投票でもアンチ投票でも箸にも棒にも引っかからない一票くらいの存在感、ちなみにモブの飼ってるジョージ(犬)でさえ二票だった! 泣き声だけで立ち絵さえない犬に負けるなんて!


「……リリウス君はなんでそんな目で僕を睨むの、僕なにかした?」

「まだしていないがお前の事は生まれる前から嫌いだ」

「もしゃもしゃ、初対面なのにひどいなあ、もしゃもしゃ」


「お二人にお会いできるのとぉ~~~ても楽しみにしてたの!」


「おい、しゃべってる時くらい食うのやめろ」

「やだ」

「てめえ、どうやらその性根は早めに叩いた方がいいらしいな」

「叩くのはお肉だけにしてほしいなあ。柔らかくなるからね」


 めっちゃ乾いた笑いが出てきた、こいつ最高にムカツク。


「いいだろう、グラムゼロ銅貨でスラムで特売してやんよ」


「ね! え!」


 ものすごい声量で怒鳴られてしまったぜ。


 おそるおそる振り返るとロザリアお嬢様が涙目でした……

 すんません悪いのは全部デブです。


 誕生日パーティーなのに空気みたいに扱われたら泣くよね、プライドの高い高飛車キャラだけどまだ七歳だもんね。


 涙を拭ったお嬢様は健気な笑顔で……


「わたくしね、お二人にお会いできるのとぉ~~~ても楽しみにしてたの!」


 さっきと同じセリフを繰り返した。

 さっきから流していたが三度目だ、どんだけハート強いんだよと思ったら泣いているから強くない。強いのは根性だ。


「ごめんなさい、俺もお嬢様とお会いできるの楽しみにしてました!」

「もしゃもしゃ、僕もだよ、もしゃもしゃ」


 だからポップコーンもしゃるのやめろや!

 くっ、デブが腹立たしいがロリを泣かせるわけにはいかん。紳士たれ!


「えへへ、よかったぁ。お父様のお友達の同い年の子達が来るって聞いてから本当に楽しみにしてたんだ。お友達になりましょ!」

「はい」

「もしゃもしゃ、いいよ~もしゃもしゃ」


 こうして未来の噛ませ犬三馬鹿トリオが誕生した。


 お昼から始まったロザリアお嬢様の誕生日パーティーは数十名もの王侯貴族を招待した華やかなものとなり、主役であるお嬢様は大勢の人々に囲まれていて、俺みたいな下級貴族の五男とゆっくりお話して友情を育む機会は訪れなかった。

 おかげでホッと胸を撫で下ろした。好都合だ。


 第二王子様ルートでも生徒会長ルートでも下級生ルートでも留学生ルートでも犬のようにぶち殺される未来が待っている俺としてはお嬢様とは関わり合いにならない方がいい。


 せっかくの剣と魔法のファンタジーを満喫すべく、冒険者にでもなってどこか遠くの国で異世界ライフを楽しもう。


 などと企んでいたら翌朝……

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[良い点] キャラがとても良いですね [気になる点] 福袋で暇つぶしに遊んでたゲームで人気投票まで気にしててしかもモブ票数まで理解してるのは違和感が凄いですね [一言] ストーリの流れをちゃんと覚えて…
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