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復讐者たちの夜

 ベルクレスト号による帝都強襲の報は稲妻のように軍令部へと届き、勝利の吉報を待っていた近衛の大将ストラートは机を叩き壊しそうと拳を振り上げ……やめた。机は必要だ、新たに用意させる時間も惜しい。


「あの大軍を囮としたか! ダンディ野郎め、捕まえたら毛という毛を全部剃ってやる!」


 苛立ちは言葉にしてノー被害で落ち着いたストラートが伝令に命令する。


「翡翠宮の警備を固めろ。敷地外で食い止めろ!」


 伝令が出ていくと今度は別の伝令がやってくる。じつに慌ただしい。


 実際に帝都防衛の指揮を執るのは副官のバルドスカイ中将である。三十路後半という軍人として最も肥えた時期にある中将は現場に委ね、受け取った報告に疑義があれば正して訂正行動に移らせる。


 攻勢は猿でもできるが守備は練度がものをいう。きちんとした命令系統を確立させていれば奇襲を受けてもすぐに立て直せる。


 ストラートが大まかな方針を発し、バルドスカイが全体を調整する。ストラートが本能でありバルドスカイが理性。すべてを中将に委任する方が効率的だがストラートにも矜持はある。


 新たに報告がやってきた。ベルクレストのクルーが帝都内で破壊活動を始めたらしい。一応翡翠宮への進路を取っているらしいが奔放で気まぐれに、目に映る軍人を殺している。この一事だけでまともな兵隊ではないのを推測できる。


 ヴァンパイアロードにアトラクタ精霊、カラーズスモッグ、天翼人、ヴァナルガンド、ザビーネシュカル……凶悪なラインナップに眩暈がしそうだ。


「少なくとも中隊で当たらねば対応できない化け物ばかり、殿下の先の命令が正解でしたな」


 強度干渉結界を張る翡翠宮で殺す。歴戦のバルドスカイも納得のプランだがそんな情報知る前に発した命令が正解では、ストラートの気弱をなじっているとしか思えない言いぶりだ。


「あてこすりはやめてくれ」

「いえ、素直に感服しております。殿下は己を過小評価なされておいでのようですが、優れた直感は指揮官にとって最良の資質です」

「誉め言葉は半分で受け取っておく。だが俺に全体指揮はできない、経験がないんだ」


 防衛指揮には未来を見る目が必要だ。だが人は未来を見られず、過去の経験で補う他にない。稀にセンスでどうにかできる者もいるがストラートにはできない。中将の言う直感がこうしたセンスを意味しているのかもしれないが、ストラートには己のを信じられない。


 一手の失敗で何百人と失われ、敗北が一族の命運を決める戦でどうして采配が振るえる? 彼はまだ二十歳そこそこの青年でしかないのに……


「俺は現場に出張る、指揮は任せるぞ」

「小生はそのためにおるのです」


 司令部に控える飛蘭に声をかけ、直属の小隊を率いて戦場へと走る。

 憂国の正念場にあってストラートはあまりにもちっぽけな存在だった。



◆◆◆◆◆◆



 五つの宮、七つの官庁を内包する翡翠宮は未だ戦場にあらず。

 遠くの空が真っ赤に焼けている。破砕する音声が断続的に、だが確実に近づいてくる……


 翡翠宮の干渉結界がキィンと共鳴する。何者かの干渉結界とつながることでゼロ・フィールド化したのだ。


 ゼロ・フィールド下では結界の主とフェスタ軍のプライド・インジケータ所有者しか魔法を扱えない。つまりはこの襲撃者に対して地の利は働かない。


 帝都内から濃霧が流れ込んできた。雲が降りてきたみたいに濃い霧の中で視界は不明瞭。隣にいる飛蘭の姿さえも曖昧で、だから彼女はストラートを勇気づけるみたいに肩を叩いてきた。


「ディスペル打たせて」

「吸血の霧か! ターンアンデッド撃て、あの霧を宮内に入れるな!」


 三人の神官騎士が錫杖を合わせて光の祝福を連射する。

 輝く光の弾が霧を引き裂いて帝都内を走るがさほど効果があるようには見えない。翡翠宮の門前に布陣していた一個旅団は懸命に濃霧を払うが、物量に押し負けて後退せざるを得なかった。


 ヴァンパイアの固有能力『霧化』は肉体を水蒸気の単位まで解くものであり、アルテナの秘儀は最大の効果を持つ。だがこの霧にはヴァンパイアの本体のみならず本物の霧も混じっているらしい。軍の火力でさえ払いきれない。


 視界は真っ白に閉ざされた。


 ぼんやりと光る街灯の明かりだけが頼りだ。ストラートはふと街灯に影がある事に気づいた。

 見上げれば街灯の上に古めかしい衣装の美青年が立っていることに気づいた。


「一番乗りは私か」


 細面の美男子でいかにも飛蘭が好きそうな耽美系だ。いささか顔色が悪いが無茶を言っても仕方ない、血色のいいヴァンパイアなど聞いたこともない。


「非常識な数だな、こいつらの相手をしろというのか? さてはあの白痴どもめ私を盾としたな……」

「白痴はお前だ。名くらい名乗ったらどうなんだ?」


 今ストラートに気がついたみたいな顔で凝視してきたがこいつは真っ先にストラートの近くにやってきたのだ。どうにも芝居がかっているイラつく男だ。おまけに何の気配もない。影みたいに虚ろな気配だけの存在なのに肌にピリピリくる……


「私の名前など誰も知るまい、お恥ずかしながら小物でな、お歴々とちがって名が売れていないんだ」

「この機会に売っておくのはどうだ? 後世に伝えてやるぞ?」


 吸血鬼がポンと手を打ち納得した。


「妙案だ。冴えてる小僧への礼として名乗ってやろう、私の名前はローゼンパームのアルルカン、どうか語り継いでくれたまえ」

「こいつっ、十三王だ!」


 一瞬の間に放たれた魔法斉射がアルルカンをズタボロに引き裂き、彼の肉体は霧に溶けて消えていった……


「やったか?」

「元々幻影だっての。まずいな、気配が多すぎてわかんないよ」

「この大勢の味方もお前にとっては邪魔者か」

「頼もしいとは言えないね。ヴァンパイアのからめ手に対応できる奴ばかりってわけじゃないし」


 吸血鬼は種族としてはトールマンだ。強大なちからと永遠の命を求めて冥府の王に魂を売ったハイクラスウィザードがその正体であり、強大な魔法力も厄介だが奸智も備えている点が一番困る。


 後天的なマンハンターだからこそ人の弱点を突けるのだ。加えて奴は真祖だ。俗世を捨てて隠遁したトゥルーヴァンパイアの中では若い方だがそれでも伝説の存在にちがいない。串刺し公アルルカン、元は太陽の王族という話だが……


 濃霧の中で敵を探す。気配はない。

 軍兵が一人二人と気づかぬ内に消えていく。ストラートが見た一例は、霧の向こうから出てきたたくさんの腕が軍兵に巻き付いて、霧の中に引きずり込んでいく光景だった。


 飛蘭が動かない。いつもなら真っ先に駆け出していく彼女はストラートから離れようとはしなかった。

 おそらくは彼女が離れた瞬間にストラートが狙われるって予期しているのだ。人の知性持つ怪物は軍の理屈も理解している、集団の長を狩らぬ道理はない。


 打撃音が響き渡る。

 霧の向こうから何の不自然さもなく伸びてきた指がストラートの胸に触れようとした瞬間に飛蘭が蹴り砕いたのだ。


 機眼持ちのごとき自然さで迫った危機を跳ねのけた飛蘭が連打に移る―――


 ひと呼吸の間に放った三連打を手で払いのけられたが本命のローキックで膝を砕くのには成功。


「一つ忠告だ。触媒である肉体を叩くことに意味はない。私のようなトゥルーヴァンパイアは存在力を叩かないと」

「知ってる!」


 ストラの光を宿した拳で打っているがどうにも効果が見られない。

 何か特殊な仕掛けのあるヴァンパイアで、何か原因かはわからない。


「これを使え!」


 ストラートが放ってきたミスリルソードに持ち替えて斬り刻みにいくと距離を取られた。根本的な考え方は間違いではなかった、と見てもいい反応だ。対処する属性を間違えただけかもしれない。


 翡翠宮正門の敷地内で始まった戦闘は思わぬほどに時間を取られている。

 時が誰に味方をするかは未だ誰にもわからない。



◆◆◆◆◆◆



「まずいな……」


 眼下は森林。ラス島上空を飛ぶプロペラ機を運転するシェーファから聞き逃せない呟きが漏れ、俺らは最大級の緊張感を感じ取った。


 その恐るべき呟きの理由を最初に問い質したのはフェイだ。


「何が、まずいんだ?」

「……(ぷいっ)」

「聴こえなかったふりをするな! 何がまずいんだ、言え!」

「な、何の話だかさっぱりわからないな。弁護士を呼んでくれ」

「何を弁護させる気なんだ!?」


 さっきからエンジンがすげえ音してるんだ。

 プロペラ機のエンジンは座席の前に剥き出しで付いてるんだがさっきからすげえ変な揺れ方してるんだ。


 ガスンッガスンッ!ってどう考えてもやべえ音なんだ。これ爆発するんじゃね?


「お前こんな欠陥機王族に売ったの? 世が世なら死刑だぞ」

「いや普通に死刑だよこれは……」

「欠陥機ではない……説明書にはきちんと書いてある……」


 なんて書いてあるのか聞いてみると基本スペックから語り出しやがった。


 あ、エンジンのパイプが一個吹き飛んでいった。燃えちゃったぜ……

 なんか色々言ってるシェーファの顔が自信満々だぜ。お前目見えてないの? めっちゃ煙でてんだけど? 全部お前に向かってんだけど?


「連続使用三時間までの安全を保証す……」


 キリッとした顔でそう言ったシェーファの姿が閃光の中に消えていった。


 五分後~~

 爆散したプロペラ機から投げ出された俺らは森の中で呆然。マジでよく助かったな今ので、普通死んでるよ?


 偶然引っかかった木々の枝から下を見るとシェーファがサリフから首を締められてる。で大佐に止められてる。あれでも怒らないとか聖母なの? フェイは木のてっぺんから帝都の方角確認してる。さてはトラブルに慣れ切ったな?


 全員集まるとシェーファが……


「よし、私のプロペラ機のおかげで帝都は目前だな!」


 責任回避したところで出発進行。実際帝都は目前だ、森を出て草原を全力ダッシュする。戦闘速度でのダッシュは五分と保たないけど今は急ぎたかった。


 西の大門は無人。本来存在するべき守備兵がいない代わりに、天使みたいに翼を生やしたねーちゃんが門の上にいた。俺らに気づいても微笑みかけてくるだけだ。


「フェザーテイルか、珍しい連中だな。……捕まえればけっこうな稼ぎになるぞ?」

「術師の類は好かない。敵対してこないのならいいさ」

「美人だったな」


 男子三人の意見は小銭・強さ・ナンパの三様に分かれていた。


 どうも住人の避難は完了しているらしい。無人の帝都にはささやかな息遣いさえ存在しない、代わりに要所要所に強い気配がある。


 濃霧に覆われた帝都をひた走る。たまに兵隊の死体が転がっている。


 なんとも不思議なほどピリついた空気の中を走っていると危険察知! 俺の腹に巻き付いた腕をミスリルソードで切断する。


「――――ァァァア!」


 汚い悲鳴を共に何かが逃げていった。


 霧の向こうは見通しが利かず、点々と残る血液がひたすらに不気味だ。いまのは俺のスキルが無反応だった。触れられる少し前に何かに察知し、触れられた瞬間にようやく反応できた。……最悪致命傷を負わされてもおかしくなかった。


 俺はよくわからなかったがフェイは見ていたらしい。


「グールだ」


 くさったしたいのグールはアンデッドの中でも下級も下級。ヴァンパイアやリッチーのような高位の使役者から操られるだけのしょうもない奴だ。なお戦闘力はお察し。一万いても倒せる自信あるわ。だから自信なくすわ……


「あんなクソ雑魚が俺に触れたってのかよ……」

「こいつが感覚を鈍らせる霧なんだろ。索敵は僕に任せろ」


 これまで索敵は俺の仕事感あったのにフェイ君がどんどん頼もしくなってく。リリウス君のお仕事は何が残ってるんですかね?


「気をつけろ」


 フェイの助言と同時に頭上から肉塊と内臓と血液の雨が降ってきた。


 ちょいと反応は遅れたが降ってきたバラバラな人体を避ける。六階建てのマンションの上に血塗れの男がいた。心臓にかぶりついてフーフー!と呼吸の荒い、目つきのイっちゃってるやべー奴だ。


 爛々と光る赤い目に宿るのは食欲。シェーファを超見てるぜ、うまそうなんですかね?

 でも何でかサリフがえらそうにしてるぜ。


「やれやれ、乙女の血を狙いに来たのかい? 失せな、ヒルの親玉なんどにやる血はないよ」

「……半獣の血などいらん。くさい、失せよ」

「殺す!」


 サリフの姉御が勝手に自信持った挙句すげなく追い払われることにご立腹した。なるほど暴力ヒロインの暴力はこうした勝手な思い込みによって発動するのか。


「あんたら先に行きな。こいつはあたしが殺す」


「ここは俺に任せて先に行け的なイベントは合流が面倒だからやめようぜ」

「新武器のテストがしたいのはお前だけじゃない。僕らにも噛ませろ」

「仕方ないねえ」


 全高二メートルの白狼に変化したサリフが文言で解き放った新武装を身に纏う。


 オデ=トゥーラから武器作成を打診された際にサリフが求めたのはティルージュ・アバーラインの圧倒的な戦闘力だ。アロンダイク装甲による防御力と攻撃力を併せ持つアーマード・サリフの爆誕である。


 俺らも新武器を構える。すべてアロンダイクかそれ以上の凶悪な素材で作られた魔法文明の武器なので、吸血鬼がちょっとビビってるぜ。


「……貴様らはいったい?」

「通りすがりのパンピーさ、死ね!」


 瞬時に吸血鬼の背後に躍り出たフェイが蹴飛ばし、マンションの外壁を垂直ダッシュする俺が、猛スピードで落ちてきた吸血鬼をアロンダイクの大戦斧で両断する。遅れて駆け上がってきたシェーファとのコンビネーションによる十字斬りだ!


 そこへとサリフが強烈なタックルを加えて肉片を押し潰した。コンビネーションばっちりだったな!


 でもヴァンパイアの気配は弱まっていない。ややちからを削いだ感じはあるが気配だけは今もこの濃霧の中に満ち満ちている。


 フェイの視線が少し離れた路上を睨んだ。

 古めかしい貴族衣装の吸血鬼が立っていた。先ほど与えたダメージは見えず、だが強い警戒心は感じる。仕留めるどころか慢心してた心根だけ正しちまったってわけだ。


「そこの銀髪の彼、とてもいい感じだね? 素晴らしく芳醇な香りがする。世にも珍しい神々の末裔の香りだ」


 気のせいか濃霧の向こうに夜の森と孤崖の屋敷が見えた気がする……

 闇の香りが増した。ぞろぞろと魔性が湧いた気がしたがやはり感覚が鈍い。何がどれだけいるのか判別できない。


「宝も血も全部全部私がいただこう!」


 霧の向こうから闇の眷族がやってくる。


 去年までの俺だったらビビッて逃げてるはずなのに何の危険も感じない。精神汚染の霧のせいってのもあるんだろうがそれ以上に俺のちからが増大したせいだ。ガレリアならともかく、ただのアンデッドと使役物なんぞサンドバッグにしかならねえんだ。


 ……俺はいまどこにいるのだろうか? カトリと同じ世界に、竜と魔人と英雄の世界にちゃんと存在できているのだろうか?


 俺は大いなる下心を抱いて闇の眷族のわんちゃんを真っ二つにする。

 答えはこの戦いの最後にわかる、そう予期しながら……



◇◇◇◇◇◇



 濃霧の立ち込める帝都エレンデュラを一筋の爆炎が舐めていった。古い魔法による炎は圧倒的な蹂躙性能を持ち、一つの通りを隙間なく塞いだままに走っていく。


 メギドフレイム、地獄の火炎の名前を持つ最上位魔法だ。


 こいつの疾走を横っ飛びでかわしたアルトリウス・ルーデットが別の通りから翡翠宮を目指すがまた前方からメギドフレイムがやってきた。炎の津波となって迫りくるメギドの火を避けるために左右に屹立するマンションに飛び移る。


「嫌なタイミングだ、私なら罠に誘い込むな」


 直感力だけで方針変更、向かいのマンションまで跳躍して退く。すると元いた建物が渦を巻いて消失した。消失弾頭でも仕込んでいたのだろう……


 間一髪命を拾ったルーデット卿が現代的でハイソな街並みを疾走する。罠という罠を幾度も掻い潜り、迫りくるメギドの火を避けながら地味に翡翠宮へと近づいていく……


 この先の広場を曲がって大通りに出れば翡翠宮までは直線距離で六キロ。だが特大の嫌な予感に従って元来た道へと全力で引き返せば広場から轟音が轟いてきた。

 天上を貫く巨大ないかずちが暴れ狂っている。神話級魔法だ。


 一方翡翠宮の戦略魔法陣の中心でちからの触媒となるストレリアは親指の爪を噛みながら、切り札の一つの不発に苛立っている。


「EG-32、EF-33、EF-34、メギド展開。ヴァジュラのいかずち再チャージ」


 ストレリア直属の宮廷魔導師の大隊が詠唱を再開する。真実の瞳による位置情報が精神感応で共有され、完璧なタイミングで狙い撃っているが決まらない。


 絶対に殺せたという確信を何度も外されストレリアは苛立っているが冷静さを欠けばルーデットを喜ばせるだけだ。


 真実の瞳スキルに映り込んでいる伊達男がまた罠を掻い潜った。町中の建物に仕込んだ消失弾頭にも捕縛陣にも伏兵にも引っかからない。未来視のように必ず避けてしまう。気が狂いそうだ!


「ED-31、ED-32、ED-29、メギド展開。ED932、ED934、ED937、クロウラー起動。プライムGK二番隊急行せよ、急げ!」


 翡翠宮を発進した機械巨人の小隊は各地で足止めを食らっている。戦闘能力でいえば確実にギガントナイトが勝っているが、向こうは手練れの長命種、こちらは訓練を終えたばかりの新兵だ。まだ操縦に慣れていない分翻弄されてしまっている。イザール子飼いの子供達が操るギガントナイトのような圧倒的な性能を引き出せていない。


 優先的に機体を回して完熟訓練に励んでいたトライザード揮下の機械化師団はイルスローゼ艦隊を食い止めている。あちらも激戦だ、一機を回す余裕もない。


「忌々しいが時が足りなかったか。半年……三月、いまさらだな……」


 ストレリアが弱音を漏らした頃、帝都を駆け抜けるルーデット卿はむしろいつにない高揚感に高ぶっている。


 我が手で怨敵を追い詰めている。この刃がもう少し届く。あと少しだと思えば自然笑みが零れた。


「ストレリアめ、私に掛かりきりとは嬉しいな。私も、お前もっ、憎しみを前提として踊り合えるのだな!」


 元より生きて帰るつもりはない。

 命を燃やし尽くすほどの情熱をもって獲物を追い詰める行為は喜びだ。狩猟者の本能が強大な敵に求め、その首を噛みちぎれと吠えている。


 頭上から強襲してきたグリフォン隊を瞬く間に切り伏せ、復讐鬼が走る。



◆◆◆◆◆◆



「真アバーライン・フェニックス!」


 帝都に生まれた豪壮なる火焔鳥から放たれたライダーキックが機械巨人を貫通していった。バチバチと漏電する腹部の傷口を押さえつける機械巨人が沈黙する。


 何か足りないな~と考えたらしいアバーラインが指ぱっちん。すると背後が爆発したので決めポーズである。


「俺は死を運ぶ鳥……」


「この感性理解できないなー」

「そっ、そだねー……」


 内心イケてるじゃんって思ってたカトリーエイルが即興で兄を裏切る。


 霧の包まれた帝都では散発的な遭遇戦が行われている。出くわす敵の質があまりにも高すぎるせいでどうにも進まない。

 成長する魔水晶の種族アトラクタ・エレメントの王族と遭遇した時はさすがに死にかけた。特攻文言を付与した魔法攻撃レベルの術を無詠唱・多重展開してくる精霊種など騎士が旅団単位であたる敵だ。


 何者が敵で何者か味方かさえ信じられないなら殺し合うしかない。最も良いのは退くことで、任せてしまえれば一番いい。


「完全に出遅れたか。急ぐぞ!」

「キメポーズ取ってる暇も要らないでしょー?」

「馬鹿な、あれは必要だ」


 ギャーギャー言い合いながら走っていると濃霧の向こうから足音。かなりの使い手だ。カトリーエイルが投げ放ったミスリルのナイフが切り払われた。


「ルキアは背後の奴お願い」

「任せろ!」


 霧の向こうからやってきた白銀の美剣士と切り結ぶ。ルーデット市で都合したミスリルの長剣が一刀で切り裂かれ、返す刃が飛んできたのでバク転で避ける。


 避けざまに蹴りをくれてやって手を叩いて剣を落とさせたが、剣士の背後からやってきた鋼の狼のタックルに耐え切れずに下がる。でも腹立ったので狼の背中に平手を叩きつけて地面に沈めてやる!


「キュウン!」


 可愛い声で気絶した狼を放って美剣士を探すが見失った。背後から気配。首をすっと撫でる神器エルジオンの冷たさに、カトリーエイルは即座に降参を選んで両手を挙げた。


「ルーデット卿のご息女か?」

「銀狼くんじゃん。フェスタに士官したの?」


 二人は一応知り合いだ。ギルドに出入りする美少年を彼女が見逃すはずはないし、四年前のシェーファは光輝くようなショタだった。熱心に口説いたけど断られた過去があるってだけの話だ。


 濃霧の向こうから絶叫がやってきた。次いで全身をズタボロにされたヴァンパイアが羽を広げて飛翔してきたがよほど慌てているらしい、街灯や壁にぶつかっている。


「なんだなんだ何なのだ! お前はいったい何なのだ!?」

「汚物には名乗りさえ惜しい、消えろ!」


 フェイが神聖の属性を込めた拳で吸血鬼の頭部を四散させ、後から続いたリリウスが肉体を旋風斬りで微塵に斬り捨てていった。


 吸血鬼はその場に崩れ落ち、その身を灰へと変えていった。存在力の一切が枯渇したのだ。


 カトリーエイルが驚いている。二月前に別れる前とは桁外れに強くなっているのも、この場にいるのも、驚き過ぎて声も出なかった。


「呆けている場合か、来るぞ!」


 フェイが石畳を蹴って発動した霧払いが濃霧を払っていく。すでに周囲は囲まれていた。ヴァンパイアロード・グラムとその眷属である数十という吸血鬼が建物の上からこちらを見下ろしている。


 グラム卿は血に興奮して狂化状態にあるが多少の理性は残してあるらしい。カトリーエイルと、僕の吸血鬼をタコ殴りにしているルキアーノの姿を見咎めると腕を掲げて配下を下がらせていった。


「悪くない戦いであった。次は何のしがらみもなく睦み合いたいな」


 グラム卿の姿が霧に溶けていく。その強大な気配が遠のいていった……


 誰もがひと呼吸ついたこの刹那にリリウスだけが動いた。カトリーエイルの前に立ちはだかり、だがフェイの練磨のボディブローに打たれて膝を着く。


「馬鹿が、邪魔をするなと言っておいただろ……!」

「TPOは弁えるべきだと思うんだ……」

「知るか」


 リリウスを置き捨てたフェイがカトリーエイルへと近づく。


「ベルカは死んだぞ」


 フェイはずっと考えていた。誰が悪かったのか、何が悪かったのか、どうしていま彼の隣にベルカがいないのかずっと考え続けてきた。


「守れなかったのは僕にちからがなかったからだ。だがあの日、自由の国へと叫んだあいつをお前が裏切らなかったら! あいつらはあんな悲惨な死に方をするような奴らじゃなかった。お前がッ、お前のせいで!」


「全部終わってからじゃダメかな……?」

「まだ勘違いをしているのか愚鈍な女め。進むも退くも僕を倒してからにしろ、僕はお前の敵だ!」


 フェイの根底にあるの想いは怒りだ。

 ちからはいつだって彼から大切な者を奪っていった。父も母も弟も、彼のちからの及ばぬところで死んでいった。修行を積み旅に出てもそれは何も変らなかった。何度も奪われてから後悔してきた。


 だからこれは最初の一歩なのかもしれない。

 この地獄みたいな世界に反逆し牙を突き立てる最初の一歩目。もはやカトリーエイルに抱いていた思慕や憧憬はない。ただこの身を焦がす怒りだけがある。


 フェイが咆哮と共に打ちかかる。彼の本質はアベンジャー、怒りと共に悪を引き裂く狂った復讐者だ。

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