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6/27 其々の決戦前夜

 ルーデット家の末弟レイシス・ルーデットは未だその姓を名乗ることは許されていない。

 現在の彼はレイシス・バーネット。ライアード・バーネット侯爵の養子という扱いであり、公的にはその存在を隠され、町に出る時はレイアードと偽名を使っている。


 祖国奪還軍が未だ立つ前の四月のとある夜、ライアードの名代としてイルトゥーク選帝公と面会した日の事だ。


 レイシス・ルーデットと名乗るとひどく驚かれた。


「たしかに面影がある。まさか生きていたとは……」

「公は現在の帝国の状況をどのようにお考えですか?」


 二十歳になったばかりの若僧の上からの発言に、文官めいた神経質なイルトゥーク公はひどく気分を害したらしい。嫌悪感を隠しもせずに口元を歪めている。


「ストレリアの飼い犬が何を知りたい? 我がイルトゥークを滅ぼす口実を拾ってこいと女狐から頼まれたか?」


「不作法は承知の上、腹の探り合いで老練なる公に勝てるはずもない。率直にお頼みする、我らが祖国の時を在りし日まで巻き戻すためにご助力願えませんか?」

「……ライアード総艦長殿は承知か?」

「彼が首謀者です」


 嘆息をついたイルトゥーク公がソファにもたれる。柔らかいソファに沈み込みながら、目の前の若僧をどうやったら亡き者にできるかを考えている。何も聞かず見なかった事にできれば最善だ。


 だが聞いてしまったからには答えを出さねばなるまい。


「国防の要である彼が立つのではバーネットに未来はないな。だが誘引策の可能性もある以上、よく考えてから返答したい」

「聡明な判断を為さるといい」


 レイシスが退室する。その背を忌々しく見つめながら見送ったイルトゥーク公は背後の闇に声を掛ける。


「殺せ。何もかもなかったことにしろ」


 微かに感じていた背後の気配がすぅっと消えていく。

 イルトゥーク公はこれを以て返答とした。


 屋敷を出たレイシスは馬車に乗り込み、森の街道を通っての帰路につく。随行するグエンリエンはメイド服は失敗だったかな?って思っている。


「追跡者です」

「穏やかな言い方だ。あれだけの魔の香りを放つ者がただの追跡者であるはずがない」


 闇に紛れてついてくる魔の気配はつかず離れずこちらの様子を窺っている。危険度を探っていると見るべきだ。ルーデットの名はあの手の魔性にも効果があるのかとレイシスは複雑そうな感情を浮かべて微笑んだ。


「なんだと思う?」

「低級なリッチーでありましょう。ご請願であればすぐさま始末してごらんにいれます」

「ご請願か」


 グエンリエンのめんどうな言い様はお前如きに命令される気はないという意思表示だ。彼女達ヴェルキリーはライアードの下僕であり、驚くべき事に神代の神兵だという。


 バーネット家の本領は神代の魔法具の管理・解析・運用。稀代の天才児ライアードは真実の瞳と持ち前の好奇心で数々の未踏破領域に挑み、ついには夜の魔王の遺物を持ち帰った。彼女達はその遺物の一つというわけだ。


 身辺警護を理由にレイシスの指揮下に入るように命じられているが、渋々といった態度を隠す気もない。


「ただの追跡者ならともかくアンデッドは人類の大敵だ。公にはわるいが処分しよう」


 アンデッドは楽な相手だ。ホーリーオーダーであるレイシスにとっては赤子の手をひねるよりも簡単に倒せる。


 レイシスが馬車の中から放った神聖法術が闇そのものと化して追跡するリッチーの急所を砕いた。概念的な存在であるダークソウル・パッケージを光の波動で焼いて剥き出しになった存在力を直接攻撃してやる。


 高位のウィザードが死を超越するために自らの体をデスに捧げたアンデッドウィザード・リッチーが神々しい光の中に消え去っていった。夜明けのごとき光の波動が森を駆け抜けていくと眠る鳥も目覚めて一斉に飛び立っていった。


 ただこの結果にはグエンリエンのお気に召さなかったらしい。愛らしい少女の顔を不満げにしている。


「短慮。アニメートして偽証させればよかった」

「その必要はない」


 ヴァルキリーが論ずるのは二回目の刺客がよこされる可能性を消せであり、レイシスの発言は公の返答を受け取ってのものだ。


 巻き込むな。この返答をよこすものを説得するのは難しい。喜んで巻き込まれてくれるだけの利益をもたらす必要があり、公にそこまでの価値はない。利で動く者は利で転び、信を置くべきは義で動く者だ。信のおけぬ者に価値はない。


「助勢を求めたのはブラフと?」

「というよりも牽制だ。ライアード兄様の名を出せば公は動かない。公からすればバーネットとルーデット、どちらが勝っても立場は苦しいからだ」


「お前はいま自分が何を言ったか理解しているのですか? 三公が結託して第三の勢力となる可能性がある。ならばイルトゥークはどうあっても落としておくべきです」


 理屈としては正しい。だが世は理屈どおりには動かず、無数に重なった愚かな選択が時代といううねりを作る。少数の正しさと賢さでは時代には抗えない。


 疑問はある。だがこの場の二人よりも公を知るライアードが動かないと判断したなら手足は黙って言う事を聞くべきだ。


「文句ならライアード兄様に言え。彼の深慮遠謀に及ぶと思うならな」

「主様は時に稚気をお出しになられます。クリミナルな性質と言えますが奇才とはそうした方なのでしょう、他者を出し抜く独創的な思考回路を持つ者が健常な感性を持つはずがありません」

「従うという意味か?」

「ええ、我らは器物、主様の愚考を内心嘲笑しながら黙って従うのも我らの役割」

「いやな道具だな……」


 レイシスはライアードの密命を受けて動いている。無敵艦隊の総艦長として国防に忙しい彼に代わり、国内の情報を収集、諸侯の動きを調整している。


 時として不可解な命令を受けることもあったが結果を見ればああいう意味だったのかと後でわかることもある。国家という巨大なステージでチェスをする怪物の指となり動くレイシスにとって、ライアードの強大さは己が誇りである。


 レイシスには国内でさえ見通せないのに、彼はウェルゲート海並びに五大国という広大な盤面で各国首脳と戦っているのだ。その偉大なる姿はかつて見上げた父の背中にも似ている……


 手駒の日々は忙しいが喜びに満ちている。

 ヴァルキリー・グウェインから教育されたちからを振るって彼のために働けるのは幸せだ。祖国という考え方はない。十歳だった少年から家族を奪った祖国のために働こうという愛国心は欠片もない。


 処刑を待つ日々で母の最期の頼みを聞き、レイシスを連れ出してくれたのはライアードだけだった。正直に言えばライアードの命令でさえなければフェスタなどどうでもいい。率先して絞め殺してやりたいとさえ考えている。


 全てを成し遂げて祖国を再び正しい形に戻してもレイシスの憎悪は消えたりしない。できるのは憎悪を抑え込み、あれはわるい夢だったと己を欺いて元の日々を享受するだけだ。


 五月のとある日、密かに入国したクライスラーの当主へと面会を申し込む。

 ルーデット市の市井の酒場に扮したトライデントの活動拠点に潜入し、45人ほど殴り倒してようやく面を拝めた。


 先代皇帝家クライスラーの当代はまだ十五歳の少年だった。顔を青くして震えあがる、気弱そうな少年と見つめ合う。周囲をトライデント・クライスラー派の元軍人に囲まれて剣を向けられているが気にするほどの問題ではない。


「アリオス殿でよろしいか?」

「そっ、相違ない。お前は何者だ!」


 勇ましいというよりも虚勢。

 データによれば主を失ったクライスラー家の家臣が神輿として担ぎ上げた遠縁の下級貴族の子らしい。血統スキルを持っているという理由だけで担がれた子供だ。


「とある愛国者からの使いですよ、あなたの器量を見極め報告しろと言われております」

「本当か? 私に危害を加える気はないと?」

「現状はまったくございません」


 わざと一瞬だけ隙を見せてやると背後の五人が電光の速さで打ちかかってきた。いずれもレベル60オーバー、パラメータ平均3000クラスの準国家英雄だ。レイシスはそいつらの顎を拳で軽く跳ね上げるだけで対処した、この程度の輩に武器は必要ない。


 主力五人を一瞬で制圧されたクライスラー派が動揺する。レイシスはこれを交渉の第一段階とすることで余裕を見せてやる。


「歓迎の出し物ありがたく。ですがこれ以上は不必要、そうは思いませんか?」

「ふざけた小僧だ……」


 応じたのはアリオスではない。彼との間に立ち塞がるパンノア伯だ。アリオス・クライスラー最大の庇護者にしてトライデントの重鎮。元陸軍近衛の副将というだけあって迫力がある。64という年齢でありながら凄まじい眼力だ。


「交渉がしたいなら名を明かせ、何もかもつまびらかにせよ。そうすれば椅子くらいは用意してやる」

「このような手段を取った時点で明かせないという証拠だ。そちらの事情をこちらが汲む必要はない」

「強盗の理屈だな。であればこちらも汲んでやる必要がない」


 議論は平行線。交渉など夢の彼方。こうなることは事前に予想したとおりであり、この場を治める器量が見られるかと思ったがアリオスには備わっていないらしい。まだ十五歳の少年に過分に期待しすぎていたか? だが内乱を治める者が無能では話にならない。


「アゲイト・パンノア、ひな鳥を大事にするあまり腐らせたな」

「黙れぇ!」


 打ちかかってきた老将の猛火の剣を掴み。そのまま膝に叩きつけてへし折る!

 オリハルコンで作られた剣だったが品質は低い。リアリティ浸食力10000以下の魔法という現実改変事象を無効化する干渉結界を扱うレイシスにとってはただの鉄だ。


 つま先で軽く叩くみたいに老将の膝を破壊する。瞬く間に叩き伏せた老将を足の踏み台とし、最後に言葉を置いておく。


「アリオス、無能な神輿なら大人しくしておく事だ。無能な統治者を歓迎できるほどこの地は甘くないぞ」

「……ッ、私は!」

「小僧が知ったふうな口を! 我らがどんな思いでこの地に戻ってきたかわからぬとは言わせん、貴様ごときに好き勝手ほざかれる謂れはない!」

「国内から逃げ出すしかなかった無能どもがほざくな。それは孤立無援の中で祖国のために戦い続けてきた兄様への非礼だ」


 特に得る物はなかった。失望というほどでもないが多少の落胆を抱えてトライデントの秘密基地を後にしたレイシスはその足で生家に向かった。代官ブリギッタ・ハーノとは昔から付き合いがある、というよりも昔は親戚かと勘違いしていたくらいだ。


 懐かしいルーデット市を歩くレイシスが傍らのヴァルキリーにおしゃべりを持ち掛ける。


「兵隊の質は悪くない。指揮官も健在。だが神輿がゴミだ、子を作ってもらい退場させよう。クライスラーの血筋さえ残ればいい」

「悪魔」

「悪魔でなければ祖国は救えない。優しさが美徳であるのは市井だけだ。冷酷非道こそが王侯の美徳」


 グエンリエンが馬鹿な種族を見るみたいな目をしてきた。彼女達からすれば人の世の乱れは自業自得の末路であり、ありふれた不幸でしかない。


「意に添わぬ言葉を吐き、私から罵倒されることに喜びを見出す変態さん?」

「そんな性癖は持っていない……」

「お前の視野の狭さは問題です。主様の駒としての品格に欠ける。ささやかな知的ゲームをしましょう、議題はこの内戦がどうすれば終わるか」


 レイシスが嫌そうな顔になる。

 彼は知らないがヴァルキリーは知性を認めた相手としかおしゃべりをしない。実際ストレリアは無視に近い扱いを受けている。ただ彼でなくてもこれが好意であるとは感じないだろう。なにしろ口がものすごく悪い。


「議題一、この内戦はストレリアを殺せば終わりますか?」

「終わらない。長男ストラートが皇帝を継ぐだけだ」


「議題二、バーネット家を滅ぼせば終わりますか?」

「三公が代わりに立つだけだ」


「ええ、さらに先を読めば国防能力を失ったフェスタはジベールに併呑されます。ベイグラントやイルスローゼかもしれません。これらを頭の体操とした上で問います。議題三、あなたの考える最良の方法を提示なさい」


 これは議論ではなく質問ではないだろうか?と思いながらレイシスが考える。


 四公家が牛耳るフェスタに彼らが戻ってくるにはバーネット打倒という勲章が必要だ。ライアードはルーデット・クライスラー両家が保有している戦力を国内に呼び戻し、軍事力の復権を図ることで失われた制海権を取り戻そうとしている。つまりはフェスタ経済圏の再構築だ。正直領民や国民がいくら餓死しようがどうでもいいが、彼のプランが長期的に最も優れている。


 しかし己の考えを言えと問われて機械のようにライアードの考えを言えば愚痴愚痴お説教されるにちがいない。だから考える。


 国外で戦うライアードに代わり国内を巡ってきた。目にしてきたたくさんの不幸と人々の強かさ、生きぎたなさ、そうしたものを見る度に彼らこそ悪魔ではないか?と何度も思ってきた。


 レイシスの中に愛国心はない。それは世のけがれを見てきた当然の帰結なのかもしれない。


「今はまだ僕の中にはない」


 だから答えは保留する。いつか思いつく日まで、自らがライアードを越える日まで。


「考え続けるよ。いつか聞いてくれ、僕が描いた最良の未来の話を」

「楽しみにしています」


 柔らかに微笑んだヴェルキリーの笑顔はこうあれとプログラムされたものだ。でもレイシスのアストラルを見抜く魔眼はリアルの向こうにある霊的な微笑みを見抜いている。


 今夜は代官の屋敷に戻り、翌日からまた忙しい日々が再開された。

 計画どおりライアードがルーデット派に合流して軍を起こした日、レイシスはルーデット市の丘上の屋敷でのんびり寛いでいる。


 下準備はおおよそ終えている。政権交代による混乱は最小で治まり、祖国は復活に向けてのスタートを切るはずだ。


 のんびりしてたら屋敷が騒がしくなった。バタバタ走り回る女中を引き留めて事情を尋ねるとブリギッタおばさんが何者かに襲われたらしい。


 伝説の総艦長カーディアス・ルーデットのクルーはどいつもこいつも凄腕の水兵にして海兵だ。強盗にやられるほど情けない連中ではないが、実際にやられたらしい。しかもケツにスプーンねじ込まれていたそうだ。他には何の被害もないそうだ。


「君は代官の屋敷に侵入した不審者が代官のお尻にスプーン突っ込んで帰ったというわけか。おかしいだろ」

「そんなこと言われたって~~~~~!」


 ならブリギッタ様に聞いてくださいよって言われたのでそりゃそうだと思った。別に死んでるわけじゃない、ただトイレに駆け込んでいっただけだ。


 ブリギッタは寝室で横になっていた。ものすごいショックを受けている。現役を退いたとはいえ純然たる国家英雄、波濤のブリギッタが為すすべもなくケツにスプーンねじ込まれたのだ。世界の終わりみたいな顔をしている。


「おばさん」

「し、ね!」


 クッションがすごい勢いで飛んできたので手で受け流す。

 ブリギッタおばさんはおばさんと呼ぶと超怒る。ガン切れだ。なお二十歳のレイシスと一回り程度しかちがわない。


「元気そうじゃないですか」

「馬鹿を言うな。こんなにも落ち込んでるのはカトリから顔面にパイ投げられた時以来だ」


 十二年も前の誕生日のことをまだ根に持っているらしい。ブリギッタの誕生日なのでお祝いに家に招いたら、玄関開けた瞬間に顔面にパイをぶちこまれたのだ。


 ブリギッタが根に持っているのはパイを避けられなかった事実だけだ。ちなみにカトリーエイルは当時から彼女を父の不倫相手だと信じていて、彼女は否定をしなかったそうだ。謎だ。


「治療するからお尻出してください」

「絶対に嫌だ……」

「じゃあ復元します。そのままだとトイレで困るだろ」

「乙女に向かって何てことを言いやがるんだい。あんたメシ抜き」

「三十路過ぎて乙女はないでしょうが……」


 レストレーション・ヒーリングを掛けていると家令が報告書をもってやってきた。特に目立った紛失物はなく、侵入者の痕跡はなかったらしい。


 ルーデット邸の魔法防御機構は五大国の王城に匹敵する。身分証のない者は絶対に屋敷まで近づけず、屋敷に入れば高電圧で麻痺させられる。ルーデットの酔狂な家風が構築した罠の数々を潜り抜けてきた侵入者など二千年の歴史の中でも数えるほどしかいないはずだ。


 初老の家令がものすごい蔑んだ目をしてる。


「お嬢様、よろしければ市内から男娼を……」

「欲求不満で尻の開発していたわけではない!」

「女性としてしごく自然な欲求ではないかと……」

「お、ま、えはどんな目で見ているんだ!? 暇に飽かせてケツの開発を始める女など聞いたこともない!」

「ですが目の前に……」


 ぼすん!

 クッション投げられた老家令がすたこら逃げていった。


 肩で息するブリギッタがレイシスを睨む。レイシスは正直貞操の危機を感じていたがちがう。彼女からすれば馬鹿にすんなって感じだ。


「おい、距離を取るな」

「冗談です」


 と言いつつ身構えている。


「お前みたいなガキの相手はしない」

「それもそうですね」


 絶対に近づかない! ブリギッタから不自然なまでに距離をとり、じりじり後退している。

 ブリギッタもガキのお遊びに付き合ってやる気はない。嫌な顔だけしてる。


「代官の屋敷まできて美女は犯さず盗る物も盗らない賊徒がいるか。おい持ち主一家の末っ子、心当たりはないか?」

「美女……?」


「お前あとで殺すわ」

「冗談です。おばさんはむかしから美人で……なんで投げるんですか!?」

「うがあああああああああ!」


 部屋の物を手当たり次第に投げられるのでレイシスも堪らず退散する。室外では家令とハウスキーパーの老婦人がニヤニヤしながらデバガメしてた。


 でもレイシスに見つかるとこそこそ退散していった。いや、途中で立ち止まったぞ。


「古来、年上の嫁は金の靴を履いてでも探せと言いますな」

「お似合いですよぼっちゃん」


 それだけ言い残して去っていった。

 生家なのにどうにも気の休まらない邸宅だ。


 でも気になったので地下室に行く。地下室はワインセラーや食料品の保存庫になっているが、目当ての地下室はここではない。床板を外したさらに下にある始祖の地下室だ。


 大いなる川の上に建つルーデット市では地下に近づくにつれて魔法の効きが悪くなる。放った探査魔法は地面にしみこむみたいに反応が返ってこない。


「警戒はしておくべきか」


 シターラを手に階段を下る。ただの地下室とは思えないほど長い階段を下っていくとちいさな書斎がある。幼い頃はよく兄と姉に連れられて、ここで書類仕事をしている父を襲撃したものだ。


 書斎棚を見ても本が抜かれた形跡はない。書斎机は調べない、あれは罠の塊だ。

 偽装してある壁を裏拳で破壊して隠し部屋を確認したがやはり誰もいない。念のために宝箱を開けてみたが空だ。いや、たしか……


 宝箱は二重底になっていたはずだ。左右の閂を外して宝箱の下部を押し上げると……


『我が財宝をここに隠す。我が末裔よ、苦難の時はこの財を用いよ』


 という宝の地図が出てきた。

 ちなみにこれは父が子供の頃に作った悪戯品で、真に受けた兄弟三人で宝を探しにいったことがある。


「杞憂か」


 レイシスは諦めて部屋に戻った。

 ベッドに寝転がり星を数えるように眠りにつき、翌日も怠惰に過ごす。レイシスの役割は海峡を封じる炎の鎖の監視。つまりはイルスローゼ艦隊を黙って通過させるためにここにいて、有事の際を除けば暇だ。


 暇な時間にはどうにももやもや考えてしまう。昔から余暇の使い方は苦手で、暇ができればグルグル考え込んでしまう。


「暗殺で時代は作れない…か」


 この生命を使い切る気で挑めばストレリアは殺せる。意味のない愚行とはわかっていても、やってみなければわからないという思いはある。偉大な王の死後に崩壊した大国家の例は過去何度もあった。


 やがて町の方が騒がしくなってきた。トライデントが立ったのかと思ったがちがった。


 水平線に無数の船形が見える。 

 イルスローゼ艦隊がやってきたのだ。ザっと数えて150隻。よくあれだけの軍艦を動員できたものだと感心もする。父アルトリウスは何を餌にイルスローゼを釣った? 金塊か? 始祖の財宝か?


 馬鹿な、足りるはずがない。出動手当に慰労金、遺族年金の負担に葬儀への礼金。フェスタのすべてをひっくり返すことになるぞ。


 この痩せ細った祖国からあれだけの戦費をどうやって賄うつもりだ? せっかく取り戻した国土を質に入れたか? では何のために凱旋する? ……それほどまでにストレリアが憎いのか?


 バルコニーから艦隊の威容を見つめていると乾いた笑いが出てきた。


 太陽を背にする太陽神ストラの国旗は理解できる。だが艦隊の後続には七竜の国旗を掲げる艦隊が続いている。ベイグラントだ……


 ピースメイカー級空母には薔薇騎士団の御旗が掲げられ、甲板ではバラを意匠した甲冑に身を包んだ騎士団が整列している。その先頭に立つのは姫騎士ラスト。人界最強の騎士だ。


「偉大なるアルトリウス、我が父よあなたは本物の愚か者だ! だがこんな国は滅びてしまえばいい、僕からすべてを奪ったこんな国は滅びてしまえばいいんだ!」


 帝都絶対防衛ラインである炎の鎖はすでにトライデントが占領しているのだろう。イルスローゼ・ベイグラントの大艦隊が通過しても反応はなかった。


 大艦隊が海峡を通過して帝都エレンデュラへと進軍する。不思議と涙が出てきた。



◆◆◆◆◆◆



 イザールが帝都地下の工房に優雅にお茶していると、偉そうな若僧がやってきた。背後に大勢の軍人をぞろぞろ引き連れて、俺が王様だと言わんばかりの態度だ。


(絶対にお友達になれないタイプだな)


 構わず紅茶を飲んでいると若僧が指を突きつけてきた。


「海軍大将トライザードである」

「存じております」


 本当は知らなかったけどウソこいた。


 トライザードがこめかみに青筋立て始めた。嘘こいたからではない、彼を前にして許可もなく椅子に座り、紅茶を飲み、手元の文庫本から目線を上げないからだ。フェスタ皇帝ストレリアの三男を前にしてだ。


「ならば姿勢を正さぬか! 不敬である!」

「……申し訳ないのですが腰を痛めておりましてね。大変失礼ながらこの態勢でないと辛いのです」


 優美な長い足を組んでる男がそう言った。トライザードに背後に控える軍人はみんな思った。


((百パー嘘だ……))


「むっ、そうか。では仕方ないな着席を許す」

((信じたー!?))


 この流れにはイザールも驚いてて、目を丸くしてポカーンとしてる。でもすぐに咳ばらいをして組んでる足だけ戻した。


「ありがたく。ところで何の用でしょうか?」

「あのギガントナイトだが俺の分もあるんだろうな?」

「ええ、ございます」


 イザールがまた嘘こいた。でも後で量産機をこいつに回せばいいやって思ってる。彼は見かけによらず長生きをしているので、この手の誤魔化しは得意中の得意だ。


「俺専用の専用機だぞ?」

「ええ、無論」


 また嘘こいた。フレームカラーだけ変えときゃいいだろって思ってる。

 でもトライザードが嫌そうな顔になってる。なんでだ?


「オーダーを命じるために来たのだが用意がいいな……」

「ご希望が?」

「ああ、これだ」


 えらく緻密なデザイン画を渡された。どうせ宮廷画家にでも代筆させたのだろうが最高にかっこいい専用機だ。別紙で武装の指定までされている。精神波制御ドローンみたいな空想兵器をこれでもかと内臓している。このスリムな機体にどうやって格納すればいいのか……


「多少手を加えてよいのなら製造してもよろしい。見た目と武装どちらを重視されますか?」

「かっこよさだ!」


 その後もトライザードの要求は続いた。

 後ろの部下の分も作れ。カラーを赤で統一しろ。部隊名も肩に入れろ。イザールがホイホイ安請け合いをするものだから要求は留まるところを知らない。全部承諾したイザールが最後に書類を出した。


「ギガントナイト搭乗者には一筆いただいております。これにサインを」

「よからぬことは書いておらぬだろうな?」


 古代語の契約書など出されても読めるはずがない。母やストラートなら読めるだろうが……


「ええ、ギガントナイトに乗るために必要なことのみです」

「あいわかった」


 サインしたトライザードがいなくなると、どこから噂を聞きつけたものか、大勢の軍人が詰め寄ってきた。戦場の主役がギガントナイトに移行する以上、軍人は生き残りを図ってパイロットに転向したいのだ。


 200名ほどのパイロット希望者のサインを貰うとストレリアに面会に向かった。


「工員が足りませんな。至急選抜していただきたい」

「どの程度だ?」

「ちから仕事を任せられる者が多ければ多いほどよいですな。その分量産も早くなります」


 とりあえず近衛から中隊、近隣の工兵部隊から大隊を持ってくることで話がついた。でもイザールは可能な限りもっと多くの軍人が欲しいと願った。


 第一陣として選抜された工兵部隊を体内の首都エイジアに呑み込んで、イザールは今日ものんびり紅茶を飲んでいる。


「ようやく稼働域まで修復できたか」


 在りし日の光を取り戻したリヴァイアサン級宇宙戦艦の艦橋にイザールの笑みがこぼれた。



◇◇◇◇◇◇



 始祖の地下室にこもりきってたカトリーエイルとシシリーは持ち込んだ食料を食べ尽くす……前に飲料がなくなったので一度ルーデット市まで戻っていた。


 シシリーの印象はフェスタにしては活気のある町だなって程度だが、かつての世界最大の貿易都市の頃を知るカトリーエイルからすればだいぶ寂びれたなって感じだ。なにしろ人口は80万人、世界中からあらゆる富が集積し、数多くの商人が町を訪れていた実質300万都市だったのだ。


「ここがカトリの生まれた町かー!」

「そのセリフ二回目ー」

「行きつけの店とかないの?」

「公女様はふつー市井に出ないっつーの」


 知らないと思ってすごい嘘をついた。カトリーエイルはお転婆公女なのでしょっちゅう屋敷を脱走して困らせていた。人の出入りが多い町にはそれだけ危険が多く、でもそれだけ多くの楽しみに溢れていた。


 ギャラハッドおじさまがナイショだぞって言ってお小遣いをくれるので、子供の頃からけっこう散財をしていた。ペトラニカ植民地の郷土料理を出す二番街の小料理屋にはよく兄と来ていた。


 あの頃は商人のご子息ってことにしてたけど、今考えたら大人たちは子供の嘘をきちんと見抜いていたのだと思う。


 再訪した小料理屋は生憎店主が変わっていた。以前は漁師ふうの威勢のいい旦那さんと穏やかな糸目の奥さんの若夫婦が二人でやっていたけど、今は人相の悪いジジイがやってる。


 カウンター席について適当に注文する。


「おっちゃん、ルチカート瓶でちょうだい」

「ベイルスモークとランシャオ、ローデリッヒ・パウンズね。あと適当にデザートよろ」

「うちは一膳飯屋だ」


 カトリーエイルのコミュニケーション方法はとりあえず無茶ぶりするである。


 一膳飯屋とは一品だけを提供するごはん屋さんだ。帝都のこじゃれたレストランならメニューの中から様々な料理を選ぶ事ができるが地方都市の小さな飯屋の多くはこのスタイルだ。提供するのは本日の定食一種類のみ。食材がなくなったら本日の営業は終了というシンプルな営業スタイルで、だいたいは夫婦で経営している。


 飯屋の店主は気難しそうなジジイだ。美味い飯は売るが愛想は売らないタイプの職人気質らしく、常にムスッとした表情をしている。食事の傍ら話を振ってみた。


「おっちゃんいつからやってるの?」

「生憎最近はとんと振ってねえなあ」


 下ネタで返してきた。

 そして二人がクスリともしないので舌打ちされた。どうやら鉄板ネタらしい。


「五年かそこいらだ。俺ゃあ元々ここの馴染みでよ、店畳むってんで買い取ってやったんだ。何かと物入りだからな」

「ジャネットさんは?」


「ほっ、なんでえあいつらの知り合いかよ。親父が倒れたってんで田舎帰ったよ」

「変な事情じゃなくて安心したよ」

「あいつらは綺麗な身代してたから借金で夜逃げみてえなのはねえさ」


 意外とおいしい煮込み料理を食べてるとウェーイ系が入店してきた。仲間をぞろぞろ引き連れて、すごくうるさい……


「ははは、ここだ。昔はずいぶん通ったもんだよ。ベイルスモークとランシャオ、ローデリッヒ・パウンズをくれ!」

「うちは一膳飯屋だ!」

「……お前誰だ? ジャネットとワトキンはどうした?」

「あいつらなら田舎に帰ったよ!」


「は? マジかよ、まぁいいからなんかくれ。人数分な。酒もだ」


 急に騒がしくなった店内。チャラい男が断りもなく隣に座ってきた。じーっとこっち見てる……


「ルキアマナー悪いぃ」

「ははは、カトリじゃないか。なんでこんなところに?」

「生まれ故郷にいておかしいのー?」

「いんや全然。シシリーもいるのか、よくない判断だぞ」

「ルキア君に判断をどうとか言われたくありませーん。あちこちほっつき歩いてると思ったらルーデット市にいたの?」

「いんや、着いたのはいまさっきだ。リミットギリギリだな。午後にはイルスローゼ・ベイグラント艦隊が通過する予定だ」


 店主のジジイがびっくりする。ルキアーノがすげえ発言したからだ。子供でも名前を知ってる両大国の艦隊がフェスタに来る、戦争が始まるって意味だ。


「ルキア君ルキア君、軽く状況教えてもらえる?」

「喜んで」


 シシリーが手を出すとルキアーノはあろうことか彼女を抱え込み、二階へとダッシュした。


「ベッドで教えろとか言ってない!」

「兄貴ぃ!」

「小僧、ここは連れ込み宿じゃねえ!」


 一斉に飛んできた酒杯で叩かれる。連れてきた部下にまで投げられている。それでもなおシシリーだけは離さないルキアーノが彼女を膝に置きながらしゃべり始めた。


「電撃作戦だ。最速・最短・最大火力で帝都エレンデュラを消滅させる」

「え、このまま話し始めちゃうの?」


 ぬいぐるみみたいに抱き抱えられているシシリーは複雑な表情をしている。シシリーはルキアーノの事が嫌いだ。超人的すぎて理解できないからだ。


「ルーデット派はナルザシャーン大監獄を奪取後、声明を発しながら北上。現在はラザイラ市を抑えている」

「ここは?」

「これから抑えるつもりだがブリギッタの姉御だろ? なぜだか平和的に治まる気がするね」


 二人はブリギッタ・ハーノを父の愛人だと勘違いしている。そう思っていないのは父だけだ。


「問題点は?」

「ストレリアが古代兵器を持ち出した。全身アロンダイクの塊の機械巨人だ」

「それあたしも見た。勝てる?」

「俺なら勝てる。お前干渉結界使えたか?」

「う~~~ん、苦手。神槍でごり押ししかないかも」

「なら俺と父上に任せておけ。そういえばお前の彼氏と会ったぞ?」

「誰?」


 恋多きカトリーエイルにはこれまでに三桁の彼氏がいて、ルキアーノが誰の事を言ってるのか本気でわからなかった。これに対するルキアーノの反応は「あいつも不憫なやっちゃなあ」である。


「謎の義賊の方だよ」

「あー、来ちゃったかあ。無駄死にさせたくないから置いてきたのに」

「そうなのか? そこまで無力だとは思わなかったけどな。準国家英雄クラスなら十分に渡り合える」


 ルキアーノの話はこれで終わり。次はカトリーエイルが話をするが、どうにもまとまらない。魔王のヴァルキリー、古代文明期の悪霊、一人一人でも厄介なのに二つまとめて来られては手に負えない。唯一の救いは……


「共にストレリア側にいながら両者は反目してる…か。地下室にも手立てはなかったんだろ、当たって砕けるしかないな」

「結局はそうなんだけどもうちょっと考えろよ」

「お前の結論がそうであるなら俺が考えたって同じさ。全部滅ぼす、それしかない」


 ルキアーノはこれで読みの深い男だ。何も考えていないようで何事も考え抜いている、超越者のようなところがある。ルーデットの神髄ともいうべき直感力が未来予知めいたちからを与えている。


 だからシシリーはルキアーノが好きじゃない。昔こういわれたからだ。


『カトリはやめて俺にしとけ。でも君は幸せにはなれない』


 いま思えばあれはルーデットには関わるなという警告にも思える。

 シシリーではルーデットの生き方についていけない。


 超越者がチャラく笑ってる。直感力特化の怪物が未来を見たみたいに言う。


「プランは順調、変更はない。必要なのはルーデット・クライスラー両派がストレリアを打倒したという事実のみ。これは艦隊の到着で達成されたね」

「余ったあたしたちの使い道の話?」

「正解、イレギュラーどもを先に潰しておこう」


 シシリーがしょんぼりした。どう考えても置いていかれる流れだ。足手まといは要らないってポイされるに決まってる。


「じゃあ行こっか!」

「そうだな。さあ行こう」


 ルキアーノがシシリーを抱えて歩き出した。

 これはどういう事だろう? 自分なんか連れていく価値はない。そういう戸惑いの中にあるシシリーにチャラ男が小声を発した。


「昔は悪いことを言ったな。でも今は君の知恵が必要だ、カトリと俺に足りない部分を補ってくれ」

「それ口説いてる?」


 シシリーは嬉しかったので茶化した。

 咎めるカトリーエイルとチャラチャラ笑ってるルキアーノと一緒に帝都へ向かう。積み重ねてきた知識と知恵を認められ、ようやくこの二人の仲間になれた嬉しさと共に決戦の帝都へ。

 では講義を始めよう。

 本日はコモンスキル『剣術』だね。最もポピュラーでこれを宿している者は多く、おかげで最も誤解されているスキルだ。

 剣術スキルを持っていると聞いただけで多くの人がこう誤解する。俺には剣の才能がある。それは誤りであり今日の剣至上主義の発端なのだ。毎度のことだがアシェラ神殿には過ちが多すぎる。私も何度か改定するべきだと議題にあげたが伝統の一点張りで取りつく島もなかった。

 私ならこのスキルをこう名付ける、『斬撃』スキルだ。このスキルの本質は刃物を扱うセンスを向上させるものだ。例えば包丁で野菜を切る。切り方を知らない物は押し潰して野菜の繊維を痛めてしまうだろう。だがスキル持ちは本能で察する。滑らせて切るのだとね。

 コモンスキルの多くはセンスに介入するものが多い。人類が築き上げてきた技術の結晶をイデアから引き出すように扱える。集合無意識のような超理論を信じたがる類が絶えないのは意図せず超常のスキルに発現しているせいかもしれないね。

 このスキルを保有するものはATK値に高い補正がかかる。これを持たずして戦士となる資格はないとまで言われているが実際扱う武器種によっては役立たずだ。実際リリウス君にはハンマーの方が適性があると思うのだがね。え、恰好悪い? 君ねえ恰好はどうでもいいでしょ恰好はってルル君まで……

 時間が余ったな、質問は……はいリリウス君。剣術Dの補正値かね。鑑定師は基礎筋力値×剣術D(1.15)に所有武器の攻撃力を上限値として超過分を切り捨て算出する。

 君の場合でいえば447×1.15の514値にミスリルの大戦斧Aは1800だから問題はない。君の攻撃力は514という値となる。まだまだ成長する。手足が伸びれば必然的に筋力値も上昇していく。足りない部分がわかれば鍛えられる学び直せる、それは若者だけの特権だ。損得にうるさい君がせっかくの特権を放棄するはずがないだろう? 頑張りたまえ。

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