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夏の終わりに

 ラタトナ離宮占拠事件のあとファラは失意のまま帝都に戻った。

 恋仲になったリリウスが行方不明だからだ。


 閣下が説明責任を怠ったせいだ……

 騎士学院二回生のファラとリリアは夏季休暇を終えて学院寮に戻っていた。


 英気を養うはずの夏季休暇のはずがファラは戻ってから妙に元気がない。

 事ある毎にため息を吐き、いつも遠くを眺めている。

 同室の級友がこうも陰気臭くてはリリアとしても調子が出ない。せめて今朝のモーニングコーヒーを人が飲めないくらい苦く淹れた悪戯くらいには気づいてほしい。


「ファラー、そろそろ行くよー」

「すぐに行くわよ」


 夏の盛りも過ぎた九月、遠くラタトナはまだ灼熱のような熱気だが帝都はすでに涼しげな風が吹いている。

 王立騎士学院は夏季休暇を終え、始業式という名の校長演説が行われていた。


 この地獄の訓示は一時間を越える……


「常在戦場の心構えを持つ諸君らのことだ、休暇といえど怠惰に過ごすことなく己を鍛えてきたことだろう。新たな学期においても若き翼に蓄えたちからを余すことなく発揮し、互いに切磋琢磨し―――」


(長え……)

(それよりミス・ドロアは何を言っているんだ……)

(せっかくの休暇を怠惰に過ごさない馬鹿がどこにいるんだよ……)


 強力な直射日光が照りつける中の結局一時間半にも及んだ訓示は休暇の間に蓄えた気力体力を奪い去り、解散を命じられた生徒達は猫背になって寮に戻った。


「ミス・ドロアのおしゃべり癖はどうなっているんだ。あれでは嫁の貰い手もないぞ」

「だから行き遅れてんでしょー……」


 級友のスティレットがちからなく同意する。帝国の人間は総じて暑さに弱い。


「お幾つだっけ?」

「四十三だったはず……」

「手遅れすぎる。騎士として優秀すぎると女として終わるんだねー」

「あたしらには関係ない話だねー」


 リリアもスティレットも恋多き青春を送るせいか、成績優秀とは言い難い中の中くらいの普通の生徒だ。

 おしゃべりしながら寮の部屋に戻ると……


「はぁ……」


 ファラが部屋を出る前と同じ態勢で、窓辺に腰かけながら陰鬱なため息をついていた。激マズコーヒーもまだ持ったままだ。


「ファラあんたまさか……」

「始業式サボったの?」


 いつもキリッとシャキッとしているファラのこの怠惰モードはスティレットから見ても異常だ。実家が倒産したレベルだ。


「あいつ何があったの?」

「恋しちゃってるんだって」

「ほほぅ、お固いイースの才女様が恋ねえ。まさかバトラ?」

「あのストーカーなら国外追放になったよ」

「この夏に何が起きたの!?」


 色々あったのさ、と説明を面倒臭がった結果かえってスティレットの興味を引く発言をしてしまうリリアだった。


「よっしゃカフェにでも繰り出すべ。そーゆー甘い話はスイーツでも食べながらにしよーよ」

「おー!」

「いってらっしゃい」

「「あんたも来るの!」」


 リリアとスティレットがファラの両脇を固めて強制連行。

 帝都でも一等人気のパフェを出すカフェのオープンテラスで根掘り葉掘り聞くモード。


「で、相手はどこの誰?」

「……なぁによ、面白がっちゃって」

「そりゃ~面白いよ。世に他人のコイバナより楽しい遊びがあると思う? 存在しないね」

「こいつ……!」

「まあまあ、ほらファラも素直に話しちゃえよ。他人に話して整理がつくこともあるよ」

「仕方ないわね」


 話はしたが素直に白状とはいかなかった。ノーガード恋愛戦法のリリアやスティレットと違って基本的に秘密主義のファラだから多くの修飾語を除けば出会いと素性と別れくらいしか話してない。


「うひゃー、ラタトナでテロなんてひどい目に遭ったね。リリアあんた大丈夫だったの?」

「あたしは居合わせただけだから。屋上にいたってのもあって囲まれる前に逃げられたんだ、ツレの魔法に助けられたってのもあるけどね」

「ほほぅ……男か?」

「鋭いなあ!」


 二人してキャイキャイはしゃぎ始めた。この二人は同類の類ともなので基本的に仲がいい。


「そんでそのリリウス君は騎士団の突入から消息不明と。死んだ?」

「人質は戻ってきたから彼も無事だと思うんだけど……」

「でも生きてたら戻ってくるでしょ?」


「スティレット!」


「いやいや、ここは多少傷ついてもハッキリさせとかなきゃ。行方なんだけど心当たりは? 騎士団には届け出した?」

「騎士団の彼の兄に尋ねたけど知らないって言ってたわ。ご家族も知らないみたい」


 口に出すと涙がポロポロ零れてきた。

 死んだなんて思いたくなかった。でも状況を整理すればするほど彼が死んだって頭の中が結論づけようとする。彼の生きていることにするには、その行方を詳しく調べない方法しかなかった……


「…………」


 声もなく泣き始めたファラを慰める方法は、二人も持ち合わせてなかった。


「辛いね」

「そうだね。あの子危ない子だけどいい子だったから余計にね」


 その時、聖オルディナ通りを誰かがものすごい勢いで駆け去っていった。

 風のような速さだったので誰かは見えなかった。


 今の何だろ? ひったくりが逃げてる?って思っていたら音速で走ってきた純黒の騎士がまた走り去っていった。ソニックブームを撒き散らす凄まじい速度だ。


「い…いまのまさか?」

「ガーランド閣下だと思う……」


 やがてズルズル何かを引き摺る音が聴こえてくる。ついでに少年の悲鳴も。


「いやだー! もういやだー、訓練訓練訓練って騎士として恥ずかしくないのか! もっと優雅な職業じゃないんですか騎士って! もう無理俺が死んでしまうよ!」

「わかったわかった、わかったから楽しい訓練に戻ろうか。今日は待望の南の森マラソンだぞ」

「魔物わんさかいる森じゃないですかー!? 閣下の鬼! 悪魔!」

「はははは、マクローエンの悪魔はお前だ」


 騎士団長閣下は手足をジタバタさせて反抗する少年をあろうことか引き摺って練兵所に連れ戻す最中らしい。傍から見ていると完全に虐待だ。市民達が虐待を疑う噂をひそひそ立て始めている。


 そんな時、ファラと少年の目が合った。


 二人とも呆然としている。当然だ、別れさえ告げられなかった恋しい相手と道端で再会すればこんな顔にもなる。


 ファラが駆け出す。出した足がもつれて転んで立ち上がり、その足は少年まで届いた。

 少年に飛びついたファラの横顔はこれ以上ない幸せに包まれていた。

 

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