燃え尽きるラハン市
ラハンの港町は混乱の極みにある。
上空から降ってくる光の柱みたいなビーム砲撃が家屋を貫き、炎を撒いていく。
燃え盛る港町で8000の兵隊は逃げ惑い、逃げる暇さえ与えられなかった住人の屍と泣き声が猛火の中に消えていく。
兵隊の中には一瞬で人体を蒸発させる光の射手へと勇敢にも反撃を試みる奴もいたが、上空の巨大ゴーレムが狙い撃ちするのは決まってそんな勇者だ。
バーニアを噴かせて地上1000メーターで滞空する白銀の巨人。その姿を見上げる兵隊はあまりの為すすべのなさに呆然とするしかなかった。
「神話の兵隊か……?」
「これは打つ手がないな、正直笑うしかない」
フェスタ軍は他国とはレベルが一つも二つも違う。彼らは臨時徴用された平民兵ではない、貴族階級から集った職業軍人だ。スキルもレベルも技術もそこいらの冒険者とは一線を画する精鋭集団だ。
しかし高空から艦砲射撃してくる白銀の機械巨人を倒す方法がない。原理上大地から離れれば離れるほど遠距離魔法攻撃の威力は落ちる。あれほどの上空では射出点を作る事もできず、地上から放っても威力減衰の法則に基づいて途中で消失する。
高位の魔導官が複数人で増幅して放ったレーザーが地上から白銀の機械巨人を焼くかに見えたが、途中で不自然な魔力散乱を起こして自壊する。
干渉結界だ。魔法力そのものを対象とした減衰・消失を引き起こす干渉結界は発動した魔法から発動に必要な魔法力を引き剥がしてパラドックスで殺すタイプの超高等魔法に属する。
一部のハイクラスウィザードの他には竜種や精霊獣にアンデッドロードくらいしか使い手のいないこれに対する手立ては存在しない。だから超越者どもはこれを愛用しているのだ。
レーザーを放った魔導官が己の力量を遥かに超える超高等結界に驚いている。天から降ってきた光の柱に、逃げろと腕を引く騎士と共に焼かれて消える。
破壊する光の柱が秒間三つも降り、大地が炎に蹂躙されていく。
炎の港町は倒壊する音を連鎖させる。
どこかで誰かが叫んでいる。
どこかで誰かが泣いている。
どこかで誰かが「もうダメだ」と諦めている。
どこかで誰かが勇ましく立ち向かっては光の柱に消えていく……
やがて誰も動かなくなった港町に白銀の機械巨人が降りてくる。祖国奪還軍が徴発して司令部とした市長の屋敷のガレキをどける姿は誰かを探しているふうに見える。実際にそうなのだろう。
祖国奪還軍鎮圧の証としてルキアーノ・ギャラハッド・ライアードは死体だけでも確保する必要がある。
ガレキをどけて首謀者を探す白銀の機械巨人。その後頭部に―――
「祭りじゃああ!」
ミスリルの大戦斧が吸い込まれるみたいに自然に叩き込まれる!
ガァン! 国家英雄の放つ必殺の一撃クラスの奇襲クリティカルだったが刃は通らず、装甲はへこみもしていない。しかし放ったリリウスは最高にテンションあげている!
「ぶっ壊した奴には超豪華景品あるぞ! 俺の熱いキッスな!」
「要らん!」
猛火の中から群狼のように疾駆してきたフェイ、シェーファ、サリフ、ライアード、ギャラハッド、エストヴェルタが白銀の機械巨人に飛び掛かっていく!
「倒すチャンスは地上に降りてきた今この瞬間しかない。出し惜しみはするなッ!」
一番最後に飛び出してきたくせに誰よりも早く機械巨人に襲い掛かったライアードが愛用の殺人ナイフを閃かせて巨人の首を撫でるように切り裂いたが皮膚一枚を斬るような浅いダメージにしかならなかった。
「神器よ射殺せ!」
マルディーク一刀流が奥義ドリッド・スローで加速する剣が凄まじい速度で投げ入れられ、六つの義眼を刺し貫いたがそれだけだった。
だが意志を持つ魔剣はクルクル回転してから空中でピタリと止まり、自発的にドリッド・スロー級の戦技を繰り出して再襲撃する。
「九式―――轟雷勁!」
フェイの放った掌底が巨体を揺らせる。いわゆる長時間チャージ技であるが腹部装甲をへこませる程度でしかなく、本命である体内で収束して破裂する勁力がキャンセルされたので舌打ち。
「干渉結界か、厄介だな……」
「どけえ! 連撃ブレイクロォォォォル!」
奇襲連撃を受けて棒立ちとなった機械巨人へと向けて二振りのミスリルの大戦斧を小枝のように軽々と振り回すギャラハッドが強襲する。現場を離れて久しい彼だが元々アルトリウス・ルーデットと武を競ってきた武人だ。レベルも52まで落ちているとはいえ基本攻撃力であればこの場の誰よりも高い。
だが彼の神髄はその精妙な質量攻撃にある。一振りが1500キログラムもある大戦斧で巨人の膝の裏を切り裂く。城門さえも破壊する一撃だがダメージはないらしく、膝をつかせる程度の意味しかなかった。
サリフの装甲の隙間に差し込んだレイピアの一撃も効果はなかった。
属性付与をした特殊肉体強化を得意とするエストヴェルタもすれ違い様に数撃打ち込んでいったが手応えのなさに麗しい唇を歪めている。
膝をついた機械巨人に群がるみたいに各自再攻撃を仕掛けているがダメージと呼べるものは通らない。それどころか的確な反撃を食らってギャラハッドがひっくり返っている。
機械巨人の戦闘力はすさまじい。だが最も恐るべきは虚を突くカウンター能力だ。バーニアを噴かせて高速で背後に逃れたと思えばガンブレードから精密射撃をしてくる。
フェイが咄嗟に干渉結界を張らねば今の一瞬で全滅するところだった。
「超硬えな、どんな理屈だ?」
「アロンダイク装甲ってのもあるんだろうな。だが最も厄介なのは干渉結界だ、あれのせいで僕らの身体強化術式がディスペルされている」
「え、じゃあ俺のチャージ技も無意味だったの?」
「お前の技は基本的に通じないと思え。接触した状態で瞬間的に練り込んだ魔力を放てば問題はないが……その手の技はまだ教えてなかったな」
ジャンプブーツによる空間跳躍攻撃を仕掛けていたライアードが戻ってきた。
「機眼持ち、お前の目が必要だ。あのギガントナイトの弱点もお前ならわかるはず、そこに攻撃を集中させるぞ」
「う~~~~ん、首の裏らへんがイケそうな気がする」
「助かる。フェイ、シェーファ、援護してくれ!」
「行くぞ!」
「先制は私に任せてもらおう」
それまで少し離れた民家の屋根で長時間チャージをしていたシェーファが神器エルジオンに最大の魔法力を込める。
かつてベイグラントでの竜の谷討伐の折りにベイグラント王から借り受け、褒美として賜ったオリハルコンの剣エルジオンは干渉結界に減衰されない魔素密度16500を体現する宝剣だ。理論上この剣に込めた魔法力はそのままの破壊力で通る。
「マルディークが秘奥其の一、グリードブレーサー!」
大地を発した流星となったシェーファが白銀の機械巨人へと放たれた瞬間、その白銀の装甲が過熱したように真っ赤に染まる。内臓するエーテルリアクターが安全限界を超えてその圧を高めたのだ。リミットブレイクである。
瞬間的にその性能を二倍近くまで跳ね上げた赤色の機械巨人が空圧移動で大地を滑らかにジグザグに走り、流星と化したシェーファをガンブレードで打ち落とし、超速度で迫るフェイを蹴飛ばし、空間跳躍したライアードを砲火で迎撃した。
赤色の巨人の速度は大地を走る生き物では体現不可能なまでに滑らかな曲線を描いた音速移動。この場に集った超戦力もその動きを捉えられない。
ドンドンドンッ!
左腕に内臓されたサプレッサー銃撃が弱っている者を的確に撃ち貫いていく。当たれば肩がもげる銃撃に晒されたギャラハッドが重傷を負い、ライアードが肩を貸してジャンプで逃がした。
腹を割られて地面に転がるシェーファに駆け寄ったエストヴェルタが銃撃の前に立ちはだかるが二発で血塗れになり、神獣化したサリフが巨大な銀狼となって二人を咥えて逃げるが屋根の上を走っている最中に撃ち落とされる。
空渡りで空中を蹴飛ばして翻弄するフェイでさえも無傷ではない、左腕を第二関節から失くしている。
巨人の首に飛び乗って地味に装甲を剥がそうとしているリリウスは相手にもされていない。脅威度判定がフェイやライアードに劣っているためだ。
(これはいけないね……)
(まずい、打つ手がない。備える能力に対する攻撃を揃えられない……)
(この装甲硬ええ! やべえぞ、これ全滅するのか……? まだカトリに会えてさえいないのに?)
絶望が戦場を染め上げていく。たった70秒の交戦で嫌になるほど思い知らされた。
勝てない。
「俺を呼んだか?」
すべての戦う者が諦めかけた瞬間、彼が現れた。
真紅のマフラーを風になびかせ、時計台の上に現れた。
「悲しみが、怒りが、俺を呼んだのか?」
すっくと立ちあがったルキアーノが大地を睥睨する。魔竜の眼差しにも等しい強烈な殺意を感じ取った白銀の機械巨人がフェイとライアードへの対応をやめて、ガンブレードの砲口を弾かれたような速さで向ける。
射出された光の柱がルキアーノへと迫るが、彼は左腕を砲火に向けてかざすだけだ。
光の柱が消え去る。魔力散乱を起こして光の羽となって消えていく。干渉結界なのだろう。
「おまっ―――馬鹿野郎!」
「出て来れるなら出てこい! なんで出てこなかった!?」
「ルキアッ、これはひどいぞ!」
地上の仲間達からひどい野次が飛んでくるが彼は気にしなかった。
ルーデットの象徴たる千貌の仮面を身につけ、ちからを呼ぶ。アバーラインと!
極限まで洗練された純白の魔法光の中で変貌するルキアーノが時計台から足を踏み外し、眼下の機械巨人へ向けてライダーキックを放つ。
灼熱の炎鳥となったルキアーノのキックが白銀の胸甲に命中し、神話の時代に神々がそうしたように天罰のような光が炸裂する。
白銀の機械巨人が吹き飛んでいく。きりもみしながら宙を滑っていき、埠頭まで飛んでいった。
轟々と燃え盛る海賊船に突き刺さった機械巨人が立ち上がる。その挙動にダメージは見えないが、あれほど輝いていた白銀の美麗な装甲が歪んでいる。胸部装甲に至っては内側から炸裂したみたいに抉れている。人間でいえば心臓を抉り取られた跡のような傷だ。
「恐れを持たぬ類か、よかろう……」
神代の魔装具を纏ったルキアーノが構えを取る。
衝突する二種類の干渉結界が接地面でバチバチと火花を散らし、やがて融和して増幅されて魔法減衰フィールドを町全体へと広げていく。超存在どうしの戦いに雑魚が割って入るなと言わんばかりのゼロ・フィールド現象だ。
「お前に恐れを与えてやる。このティルゥゥゥジュ、アバーラインが!」
五分後~
鉄くずにと化した機械巨人の上に立つルキアーノが勝利者は俺だと言わんばかりにガッツポーズしている。その脇には一人の愛らしい少女を抱えている。
「キュウ~~~~~~」
目をグルグル回している少女は機械巨人の操縦者らしいので捕獲した。女子供は殴らない主義だ。
その光景を離れて見ていたリリウスが大喜びの音頭を取る。
「勝った、勝ちやがったあの野郎!」
そして駆け寄ってくる仲間達。ギャラハッド以外はだいたい治療が終わっているらしい。
「ルキアこの野郎、倒せるならもっと早く出てこい!」
「お前マジふざけんなよ、マジでふざけんな!」
「なんで遅れてきたんだ!?」
「あんたねぇ~~~~!」
「私達の苦労と大けがの意味が本当にわからない。説明を要求する!」
ルキアーノが仮面を取る。仮面の下から出てきた顔は……
お茶目な感じに舌を出していた。てへぺろだ、彼の妹がよくやってる奴だ。最悪だ……
「ヒーローは遅れてやってくるだろ?」
「ヒーローは街が壊滅する前に出てくるよ!」
「というのは冗談で住人を先に避難させていた」
「もっともな理由があった!? 民間人だからね、でも軍人だからって見殺しはよくないよ!」
「空中に居られると手の出しようがなかったのは本当さ。早めに出ていって警戒されたら降りてこなかっただろ?」
「逐一もっともらしい理由があるのが逆に腹立つね! ジャンプで上まで連れてってやるから次はすぐに出てこいよ、絶対だからな!」
「ハハハ、おーけい」
「……軽すぎる」
「さすがは姉御の兄だな。精神が人間の領域にないぞ」
「あれがフェスタの次代になるのか? 完全に暴君の片鱗が見えているぞ」
「ルーデットは頭がおかしいっていう本部での噂は本当らしいね。もう関わるのよそうよ」
「その噂本当だぞ。ルーデットの蛮族ぶりはフェスタでは赤子でも知ってるからな」
「敵は倒した。それでいいじゃないか!」
「「う~~~~ん……!」」
何にもよくない気がする連中が腕を組み、首をひねっている。
夜間を徹して行われた救助活動の結果250名ほどの生存者の救出に成功。シェーファが千里眼で確認したところ郊外に6000名近い逃亡者を見つけたが、翌日を待ったが一割しか戻ってこなかった。
比較的損傷の軽微な中隊を選抜してラハン住人を南方の農村に連れていく合議が為された。
これにより祖国奪還軍は一個大隊にも満たない700人という小規模化を強いられる。これはイルスローゼ軍到着の四日前の出来事である。
◆◆◆◆◆◆
フェスタ軍高官は歓喜した。ギガントナイト『プライムZT27アルカドラ』から送られてくるリアルタイム映像の中では一個旅団に相当する軍隊がなすすべもなく逃げ惑っている。
たまに反撃してきてもギガントナイトには通じない。軍隊が弱いわけではない、彼らは精鋭だ、宿敵ジベールを何度も退けてた精強な軍隊だ。ギガントナイトが強すぎるだけだ。
そんなギガントナイトは全部で十五機ある。地下のファクトリーでは何百機も増産中だという。
「無敵だ、我が軍は無敵のちからを手に入れたのだ!」
「いいぞ、造反者どもを蹴散らせ!」
「いやははは、これはもうあの馬鹿どもが可哀想ですな。ルーデットなんぞに踊らされた挙句がこれとはね」
ハリウッド映画よりもエキサイティングな映像に軍部高官はエキサイトしている。
現実味が薄いのかもしれない。いきなり遠方の光景を映し出す魔法具があるなんて説明されて、これを見せられているのだ。あのギガントナイトが駆逐している連中がついこの間まで同胞で同僚で部下だった事実をうまく認識できていないのかもしれない。
「見ろよ、ははは、干渉結界まで備えているのか」
「あの出力のレーザーを無効化できるとはね、竜種とだって張り合えるのではないか?」
「陛下、増産はいつ頃になるのです?」
「最初のロット生産分十機は五日後だ! ははは、これはいけるなあ!」
「「ガハハハ!」」
(こいつらは狂っている!)
ストラートは馬鹿笑いをする連中を軽蔑する眼差しで見つめている。他に何もできない。
強大なちからに酔っている。ルーデットという大きな不安から解放されたのだ、一時的な高揚感は理解してやるが……
(これが一時的なものではなかったとしたら? 我が国の軍部偏重に拍車が掛かりかねない。ただでさえ内政が怠りがちになっているというのに……)
国内の食糧事情は良くない。主な輸入先であった三十二の植民地の半分を他国に奪い取られたせいで内需では賄いきれなくなっている。
国民の中には餓死者や土地を捨てて亡命する者まで現れているのに、軍部偏重のせいかこの問題は軽視されている。食の問題が貴族階級にはピンとこないのも原因だろう。
(まずいな、これでは事前に打っておいた幾つかの手が無駄になる。最悪ルーデットは排斥でもいい、カトリちゃんには申し訳ないが祖国安寧と天秤にかけはしない。だが現政権の強硬姿勢が国内に伝播するのはマズすぎる……)
国内の不満はかつてないほどに高まっている。軟化政策を幾つか打ち出しているが効果が出るのは最速でも夏の収穫期を迎えてからだ。反乱は徹底的に鎮圧する姿勢を見せれば一か八かでルーデットに与する貴族家も出てくる。様子見をしていた三公まで付きかねない。
そうなれば始まるのはバーネットのみが孤立した終わりの見えない内戦だ。逆らっても許してやるという姿勢こそが必要なのだ。刑罰にどうして死刑の下に軽い罰があるのか理解しているならわかるはずだ、自棄にさせてはならないのだ!
ストラートの想いはある意味では間違いではない。善性に満ちた教科書通りの戦略思考だ。
ストレリアは国内すべてを敵に回しても全世界が相手でも勝てると確信している。
それだけの違いだ。所詮この世に正解はない。後年結果的にこれは正解だったと歴史書が記すだけの気の迷いみたいなものだ。
そういった意味ではストレリアは正しい。このまま世界帝国を建国して初代女王として君臨し、古の魔法文明を復活させれば彼女の偉業は千年語り継がれる伝説となる。
対してストラートに何ができる? 精々が長く続いた内戦を治めるキーマンの一人として史書の片隅に一文載るだけの平凡さだ。
この世に正しさは存在しない。大勢の人々が踏みしめてきた未来への道のりを歴史と呼び、後から誰かが愚かだと無責任に笑うだけのコメディーだ。
遠い港町ラハンは炎に包まれた。地上に降りていったギガントナイトを、祖国奪還軍でも最精鋭らしき連中が襲っている。
凛と麗しいエストヴェルタが、豪壮なるギャラハッドが、いつものニヤケ面をシリアスに変えたライアードが攻撃を仕掛けている。知らない顔もいるが恐ろしく手練れだ。十二神将クラスもゴロゴロいる。
だが連中であってもギガントナイトにとってはコバエのような存在でしかない。何しろ攻撃が通らない。チクリと刺していくだけのハエなど叩き潰しておしまいだ。
「しかしこうして見るとライアード総艦長恐ろしい手練れでしたな。目で追えないというレベルですらない」
「短距離空間転移と呼んでさえいい、まさかギガントナイトでさえ翻弄するとは……」
「攻撃が通らぬ以上、過去の人と呼ぶべきだ。ったく、母上のご寵愛を一心に受けながらどうしてあの人は……」
「かつての朋友を忘れられなかったのでしょう。ああ見えて情の篤い男でした」
軍高官は時代の終わりを感じているようだ。
総艦長率いる無敵艦隊の時代から新たな有人機動兵器の時代。新たな時代の英雄が古き時代の英雄を完膚なきなまでに叩き潰し、次なる時代を連れてくる瞬間に立ち会っている。そんな気分だ。
十二神将と呼ばれる国家英雄も同席しているが苦々しい顔つきをしている。
同格にあたるエストヴェルタ大佐でさえ何もできないでいる。昔は強かったと聞いていたギャラハッド・バーネットの勇猛果敢な戦いぶりは、何人かが勝てないと思い知ったほどだ。
他にもすさまじい使い手がいる。特に東洋系の少年など序列一位の黄金騎士バルザックでさえ戦えばただでは済まないと確信するほどの使いてだ。
戦場で幾度かやり合い、未だ決着をつけられずにいた傭兵団の首領までいる。
だが真に恐るべきはライアードだ。瞬間移動の如く致命的な位置に出現し、雷光の如く刃を閃かせている。あんなもの誰が避けられる? 剣を合わせる暇もなく首を落とされるのがオチだ。
ウェルゲート海最強の男の名は伊達ではなかった。内心実力は俺の方が上だなんて思っていた連中はあの技の冴えにおののき、そして悲しんでいる。
英雄の時代が終わろうとしている。これからはあの機動兵器を上手に操れる操縦者の時代だ。
そう感じるのは十二神将のみではない、この場に集った国家英雄の全てが共通して感じている。新しい時代のうねりに懸命に抗うライアードの姿が自らの姿とダブって見える。
もう英雄の時代が終わる。これからはボディガードのようなしょうもない閑職に回され、空を飛び回るギガントナイトの雄姿を懐かしそうに見上げるだけの時代になる。
リミッターを解除して真っ赤に染まったギガントナイトが英雄どもを倒していく。東洋人の干渉結界への対策として魔法兵器から実弾兵器に切り替えている。その猛攻の前に英雄どもが逃げることさえ許されずに倒れていく。
そんな時だ、時計台の上に英雄が現れた。真紅のマフラーをたなびかせた英雄の登場に会議場の高官はポカーンと大口開けている。
「ルキアーノ…ですな。面影がある」
「彼まだ逃げてなかったんですね。今更出てくるとは観念したのかな?」
「それは仕方ない。何しろせっかく集めた軍が台無しではね」
「隠れ震えていればよかったものを、馬鹿者め」
これから殺戮ショーが始まる。あのいけ好かない伊達男の大事な息子を殺すショーだ。軍に属する者なら誰もがアルトリウス・ルーデットという無敵の英雄に憧れ、同時に憎しみを抱いている。そうでない者は皆あの男を慕ってイルスローゼへ亡命した。
貴族として軍人として海の男としての頂点に立つあの男の泣き顔が見たい。そうした暗い情念を抱えたまま、映像を見つめていたら……
『アバーライン・フェニックスッ!!』
ギガントナイトが吹き飛んでいった……
みんな目を剝いてその光景を見ている。映像が乱れている。相当な損傷を受けたらしい。ただの一撃でだ。会議室を満たした投影映像が何か所か消えている。
「は……?」
「え、えええぇぇぇ……」
「ま、まぁ奇襲でしたからな……」
埠頭までぶっ飛ばされたギガントナイトが立ち上がる。
立ち上がったがカメラがガックガクに揺れている。映像が定まらない。砂嵐みたいなザーっていう映像に切り替わっている場所まである。
((ウソだろ一撃で!?))
市街地の方から恐ろしい男がやってきた。神代の魔装具に身を包んだ当代のアバーラインがやってきた。高官は一斉に青ざめた。
「お前に恐れを与えてやる。このティルージュ、アバーラインが! 真・アバーライン・フェニックス!」
アバーラインの姿が華美にして強大な炎鳥となった瞬間、映像がガガガ言い出してプツンと切断された。
元の会議室に戻ったらみんな無言で何も言わない。みんな脂汗を浮かべながら互いと顔を突き合わせ、これは何か手の込んだ悪戯だったのでは?と思ってる。
「くひひひひひ……あっはははははははは!」
この寒々しい空気の中でストレリアだけが腹を抱えて笑っている。
何が楽しいのか誰にもわからない。あれは絶望の光景だったからだ。
「華麗なるデビュー戦かと思えば前座とはな。ひーひー! まさかルキアがあれほどに育っているとはな、まったくルーデットは侮れない!」
ひとしきり笑ったストレリアが復活する。いや復活できてない。まだ含み笑いをしている。腹が相当に痛むらしくつねっているくらいだ。
「諸君安心したまえ。じつはまだまだたくさんの兵器がある」
((ダメそうな気がする! すごくする!))
笑いを堪える皇帝と臣下の温度差がとんでもないことになっている。
フェスタ首脳部は混乱している。




