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砕け散る未来

 祖国奪還軍はラハンの港町でイルスローゼ&トライデントの大艦隊を待つ間、巨大ゴーストに襲われた町の復興作業に従事している。


 軍はあらゆる分野に精通している。炊事洗濯掃除なんて舐めた話ではない、治水工事に道路の舗装に架橋工事のような本格的な土木工事も得意としている。軍は小さな国家だ。現地調達した資材のみで簡易的な町さえ作り出す。


 半壊した町の修繕は得意分野で、井戸が足りないと思えば休憩時間中に軽く一本掘り上げてしまう。女性兵が自分ら専用の水浴び井戸が欲しいと言い出せばさらにもう一本掘るような常識外れをする……


「こいつらはもうアフリカに派遣しよう、NGOが大喜びだ」

「アフリカとNGOは何なんだ?」


 リリウスが相変わらず謎発言しているが特に意味はないらしい。


 着替えも水浴びもセットでできる簡易浴室を作った工兵隊長のクアトロとかいうおっさんの誘いで、秘密の覗きスペースに向かったらひどい目に遭った……


「リアル黒ヒゲ危機一発だったな……」

「黒ヒゲは誰なんだ……?」


 内壁と外壁の間に作った地下の坑道からしか入れないノゾキ部屋では本当にひどい目に遭った。リリウスが狙われているから逃げろと叫ばなかったら全滅していた。シェーファも腹を刺されたくらいだ。腹筋で押し返したけど。


 五人の逮捕者を出しながらも逃げ出したリリウスとシェーファと大本の元凶クアトロのおっちゃんが夕暮れの町をとぼとぼ歩いてる。まるで敗残兵だ。


「設計は完璧だったはずだ。おかしい、どうしてバレたんだ……?」


 おっちゃんが内通者を疑うような目つきをしているが原因はお前だと言いたい。だって石鹸の香りが漂う中で煙草くせーんだもん。ノゾキ部屋で煙草吸ってるのが悪い。


「おい、本当に理解してないぞ?」

「この人もしかしてインテリ系お馬鹿さんなのかな?」

「こらこらー、小僧どもは俺を敬いなさい!」


 クアトロは国境線でリリウスらを監獄へと連行した兵隊だ。以前は敵でいまは味方でって奴で、これからはそんな奴らがどんどん増えていく。


 それはひどく危うい募兵に思える。


(そんなものがうまくいくのか? これまで散々戦ってきた者が途端に手を組みかつての主家と戦うなど、そんなに簡単に割り切れるものなのか?)


 シェーファは所詮はお客さんだ。フェスタ軍には何の恨みもないし好意もない。

 だがこれまで散々軍とやり合ってきたレジスタンスが軍と結ぶだろうか? 十年だ。十年の内戦の間に多くを殺し殺されてきたはずだ。積もり積もった恨みと仇の激情は正しい理屈や利害の一致を容易にぶち壊す。


 憎悪だけは割り切れない。想いだけは理屈を突破する。

 だからシェーファはここにいる。生まれ育った故郷を離れ、こんな遠国で小銭を稼ぎ、いつか故郷に帰り、故郷を滅ぼそうとしている。だが今は道に迷っている。


 復讐を願ってがむしゃらに駆け抜けてきた。だが今なお帝国を打倒するビジョンが見えない。


 遠く離れた砂漠で一人の少年と出会った。知識も教養もなさそうな見た目なのに、まるで賢者のように未来の在り方を説いてきた不思議な少年だ。彼の言はまるで誰も知らぬ歴史書に記された人類の失敗の歴史を知るかのようなものだった。


 シェーファは彼の示す未来を見てみたいと思った。自分では思い描くのみで実現する手立てのない理想社会だが、彼なら実際に作れるかもしれない。そう期待していた。


 だが彼は未来を示さない、惰性のような諦めを吐き、主導者になる気のない無責任な態度を取るばかりだ。


 旅の間に幾つも言葉を交わしてきた。


『革命をするに辺り最も必要な準備は何だろうか?』

『話題が物騒すぎる』

『なんだその面倒くせー話題。過去の恋愛失敗話みたいな笑える奴にしろ』


 過去に刃を向けた経緯からか、情報を出し渋られる事が多くなった気がする。


 あれは失敗だった。思いの他簡単にアシェルを手に入れる事ができて浮かれていたにちがいないし、何より彼なら理解してくれると信じたせいだ。

 故郷の話に触れた時の彼の顔を見ればわかる。あの国を変えたいと共に願う同士なのだとわかったからきっかけを与えただけだ。

 武力にしろ金銭にしろ背中を押す必要がある。でもそれは間違いで彼にも譲れないものがあるらしい。


『帝国はたしかに最低でクソッタレな国だ。でもそんな国でも愛している人達を知っている』

『奇遇だな、私も知っているぞ。腐敗した国に愛想を尽かしながらも見捨てられずに悪あがきをする高潔な男をな』


 言葉を交わした瞬間に、互いに浮かべた苦い表情で理解できた。

 彼もまたガーランド・バートランドを知っているのだ。豊饒の大地プランを知っていたのだ、かなり深い位置、おそらくはイレギュラーハンドに関わっていたとも読める。


 あの夢見る実利主義者の進む道は血塗れの覇道だ。貴族原理に根差した大多数を踏みつけて作る少数の幸福社会だ。ガーランドは帝国を愛している。帝国皇室を崇拝し、帝国の民を憐れんでいる。それは大貴族の嫡子として生まれたガーランドの限界だ。


 貴族が民衆を踏みにじる少数幸福の社会。帝国が他国を踏みにじる少数幸福の社会に何の違いがある? ガーランドほどの傑物でも幸福と不幸の範囲を拡大するやり方しかできない。奴が作り出す社会は帝国三億の幸福を実現し十倍する不幸を他国の民に押し付けるものでしかなかった。


 貴族の視点、平民の視点、見下ろす瞳と見上げる瞳に映り込む歪んだ世界。


 階級主義にも憎悪にも惑わされない水平の視点で世界を見る事ができるのは超越者だけだ。……不思議とリリウスにはそうした視点が備わっているふうにも思える。


 ここではない世界を知り、その秩序を体験してきた、そんなふうに……


『誰も踏みにじられない社会。強者が弱者に負担を押し付けない社会。口にするのは簡単だが敷くべきルールはどうすればいいだろう。何かないか?』

『こいつもしかしてやべー奴なのか?』

『フェイ君や、世間一般からしたら俺らも相当やべー奴らだよ。まぁ知的な論理ゲームしてると思って答えてやりなよ』

『僕に投げるんじゃない。……トライブ七都市同盟はどうなんだ? 王も奴隷も階級もないと聞くぞ』


『あれはアカン。能力主義と言えば聞こえはいいが魔法能力主義だからな、少数の有力血統が都市国家会議を牛耳る、王のいない王制国家だ。あの国で魔法が使えないと奴隷よりも悲惨だぞ』

『行ったことのない癖に見てきたように言いやがる……』

『不思議なことになんか知識はあるんだよなー』

『たしかにあの国はダメだ。魔法は生来の資質に大きく左右されるせいで、魔導の名家が貴族の役割に収まっているに過ぎない』


『……これ僕がボコボコにされただけじゃないか?』

『すまんかった。あー、共産主義ってのがあるんだ。農業や工業を国営管理してな、成果物を雇用者全員に均等分配する平等の極致みたいな政治システムだ』

『前座にされた!? お、お前、妙案があるなら僕を生贄にするんじゃない!』

『いやいや、これが良くないんだ。人間の本質は怠惰で、競争原理から外れるとサボり出すんだ。働き者も怠惰な者も有能も無能も等しく同じ給料を貰える環境下でさ、真面目に働く奴いると思う?』


『真面目に働くだけ損をする社会になると?』

『そうだ、共産主義はずる賢い怠け者のせいで破綻する。それと管理者側に回った連中の不正も横行するし、平等なはずの社会に管理者という特権階級が存在するのもおかしな話だろ?』

『結局特権階級が生まれてしまうわけか。……なんでこの話をした?』

『お前のお馬鹿発言のフォロー』


 この後リリウスはボコられていた。

 近接格闘でボコボコにされたあいつにポーション飲ませてやったらお礼みたいにこんな事を言われた。


『何事にも限界があり妥協する必要がある。頭で思いついた便利な物も開発過程でコストや機能実現の面で妥協してしまうみたいに、どこかで線引きをしなければいけない。四肢欠損で生まれた子を産婆が間引くようなもんで、お前だって彼らまで救えるなんて思っちゃいないんだろ?』


 子供も労働力だ。障害児を育てるなんてよほど裕福で奇特な貴族家にのみ許された贅沢であり、少なくともシェーファは見たことがない。孤児にすら成れずに生後数分で間引かれているせいだ。


 考えた事もなかったがたしかに彼らを救うのは無理だ。少なくとも現在の社会構造では不可能だ。つまりは現行社会が彼らの生存を認めないと線引きをし、間引きを容認している。


 今までそんなこと考えもしなかった。だがこの指摘こそがリリウスの特異性なのだ。社会の内側に存在する内は思いつけもしない発想を持ち合わせている。外国人がその国の風習を客観視するようなマネを世界に対して行える。それは異なる世界からやってきた者のような不思議な感覚だ。


『これを拡大すると身分による差別、能力による差別にもなる。差別は根絶できない。ならば社会に余裕を持たせてやるべきだが、それはそれで貧しい者との戦いが生まれる』

『社会全体が裕福になっても争いは生まれる?』

『すべての国家が裕福になるわけではないからな。世界統一国家でも作るか? 何百年かかるかわからんし、世代交代期には確実に理念が失われるぞ』


『……それだけの知性を持ちながらお前は諦めているんだな』

『頭の中で考えるようにはいかないさ。天なるイデアをリアルに落とせばどうしたって汚れが付着する。法治国家にして法律でガチガチに縛っても必ず不正と不平等が横行する。社会の敵はいつだって社会の根幹を為す人間なのさ』


 リリウスはこれまで出会ってきた誰とも違う少年だ。

 超人でも英雄でも悪魔でもない、物を考える小市民だ。貴族相応の教育を受けながら何の権力も持たず、無責任に放言するだけの物を言わぬ一市民。


 秩序を規範として混沌に理解を示し、また善悪を無視する。貴族でも平民でもないリベラルな第三の視野を持つ者。こうした存在が存在すること自体が不可思議であり、シェーファはこいつに光を見出した。


 リリウスを変えることができるだろうか?

 彼の諦観を正し、その目とちからを未来へと向けさせることができるだろうか?


 叶ったならこれほど頼もしい味方はいない。つまりはノゾキやら変態義賊をやらせておくには惜しい人材だ。


 そんな惜しい人材は何やらこちらの様子を慎重に窺っている。言いたいことがあるらしい。


「なあなあシェーファ君よ、お前エストヴェルタと……」

「ストックホルム症候群の疑いか? まさかな。生い立ちには同情もするが立場上従順な捕虜を演じていただけだ」


 役割を求められることには慣れている。

 人はシェーファに様々な役割を押し付けたがる。強力な傭兵や頼りがいのある剣士、白馬に乗った王子様、そうしたものを一時演じてやるのは苦ではない。


 エストヴェルタは優しさを与えてもいい異性を求めていた。自らを貶める道具として。

 聯隊長という強い女の肩書きを外して彼女の本質である情深さを与えられるなら誰でもよかったのだ。そこをはき違えるつもりはない。


「お前強がってても情に絆されるタイプだから心配してんの」

「君は私を侮りすぎだ」

「お前みたいなのを侮れるわけがあるかよ。ただシシリーと一緒で頭良いくせに迷走しちまう……なんで嬉しそうなんだ?」

「当たり前だ。シシリーに例えられて嬉しくない奴がいるのか?」

「やっぱり好きなのか!?」


「若者どもが青春してやがるぜ。そういやお前ら幾つよ?」


 クアトロのおっさんに年齢を伝えると驚かれた。

 ちなみにシェーファは生まれ月は定かではないが五月一日で十四になったとしている。リリウスは来年の二月で十四になるらしい。


「うちの坊主とおない年? 見えねえぇぇ~~~育ちすぎだろ、身長いくつだよ」

「待て、あんたには妻子がいるのか? それなのにノゾキ小屋作ったのか?」

「あんた妻子のある身で何してんだよ……」


 ダメなおっちゃんとはケツを蹴るみたいに別れた。リリウスはルキアーノの様子を見に行くらしい。


 サリフの様子が気になるので元来た道を引き返す。具体的には半壊した民家の影に隠れてる。さっきからストーキングされていたというお話だ。


 なぜかエストヴェルタと顔面を掴み合って押しのけようとしながら仲良くストーキングしている。仲がいいのか悪いのか……


「なあお前、この女と許嫁ってのは本当なのか?」

「この女呼ばわりかい。あんたお呼びじゃないんだからどっか行きなよ」

「ケンカはよしてくれ。サリフ、今後の相談をしたいから来てくれ」

「だってよ、じゃあね~~~!」


 煽りスキルを発動したサリフと港町を離れて丘の上へ……

 エストヴェルタがついてきた……


「ついてくるなと言ったつもりだったがな」

「冒険者クランを率いているんだろ。銀狼団、聞いたことがある、銀狼という強力な剣士が率いる凄腕傭兵団で危険度はAランク。同数以下では当たることは許可されていないという判定だ」

「軍の情報を軽く明かしたな。いいのか?」

「いいさ、私はもう海軍を抜ける。もうフェスタを出るよ」


 投げやりな言い草なので変な顔をしてしまったかもしれない。サリフの嫌そうな表情は別の意味だろう。


「あまりにも危険な状況なんでな、軍にしがみついて死ぬよりはお前に付いてく方が生き延びる算段もつく。フェスタ海軍が誇る国家英雄エストヴェルタさんが雇われてやろうってんだ、いいだろ?」

「本気か?」

「お前に惚れたとは言わないあたりで信用してほしいな。フェスタはもうダメだ、私でも生き延びる方策が見つからないほどに危険度の高い状況なんだ。協力して切り抜けよう」

「悪いがあんたは信用できないよ」

「生き延びるには軍の情報が必要なはずだ。安売りしてやるぞ」

「それが信用できないって―――」


「待て」


 サリフを制止する。理由はやはり危険度の話だ。祖国奪還軍はそう悪い状況ではない。数日後には三万近いイルスローゼ軍も合流する。


 では彼女は何に怯えている?

 致命的な見落としをしているのに誰も気づいていないのか?


 シェーファの悪い予感は別の意味で結実する。ふいに千里眼スキルに警戒が走る。周囲五十キロ圏内の危険度の高い魔法力反応をオートで探知する機能が警報を鳴らしている。


 速い。稲妻のような速度で強大なちからが迫っている。


 ふいに空を仰いだ。夕暮れに染まった空に真っ白い人形が浮かんでいる。あれは何だと見つめている内にグングン近づいてくる……


 やがて巨大な人の形をしたゴーレムが上空で停止した。フルプレートを纏った騎士のようなそいつは六つの眼をギラリと光らせて港町を見下ろしている。


「あれは何だ? フェスタにはあんなゴーレムがあるのか?」

「いや、知らない。あんなものは見たこともない……」


 上空のゴーレムが下方へと向けたガンブレードの輝きが、港町を貫いていった……



◆◆◆◆◆◆



 帝都エレンデュラは翡翠宮。絢爛なしつらえの会議室は差し迫る夕闇で暗く、長テーブルに置かれた投影機の映像だけが明かりとなった。


 投影機に映し出される映像は南西ラハンのリアルタイム映像。

 ギガントナイト『プライムZT』の頭部モニターが全方位撮影した映像が部屋いっぱいに満ちている。


 会議室に集ったフェスタ軍高官はまるで実際に空を飛んでいるかのような気分を味わいながら、始祖の兵器の勇壮なる姿に固唾を呑んでいる。


「古代文明の技術には驚かされるばかりですな」

「これほどの質量を飛ばすとは人の魔法では不可能だ。背中から吐いている炎だけで飛べるとも思えない」


 皇帝ストレリアも同席するこの場では自由な意見が許されている。だが高官の口から出るのは意味のない感嘆や常識を破壊されたことへの戸惑いばかりだった。


 この光景を誰よりも喜んでいるのは海軍府大将トライザードだ。無邪気ですらある。


「これが母上の研究の成果。素晴らしいッ、このちからがあればフェスタは無敵です! 無敵艦隊は真の意味でそう呼ばれることになりましょう!」


 近衛禁軍大将ストラートは弟の無邪気さに共感する気にはなれない。


 ルーデットに代わるちからを手に入れた。それはいい。問題はちからの出所をイマイチ捉えきれない点だ。いにしえの兵器などに頼るのは間違っている、こうした考え方をアナログと否定もできようが……


「母上、どうして一機で往かせたのですか?」


 現状稼働できる十五機を動かすべきだ。戦力の逐次投入は下策中の下策。ましてや相手はルーデットとライアードなのだ。そもそもライアードはどうして裏切った!?


 あれほどに可愛がっていたライアードを討てとどうして命令できる。何より傍らにいるうさんくさい男は誰なんだ。


 状況の目まぐるしい変化にストラートは対応できなかった。否、この場に対応できている者など誰一人としていない。ただ受け入れて驚いているだけだ。無邪気なガキのようにだ。


 それは国家を司る者どもには絶対に許されない怠慢だ。


「最大数とは申しません、ですがせめて十は投入すべきではないかと……」

「性能テストだ」

「……テストならば訓練で行えばよろしい。性能さえわからぬものをいきなり実戦投入など狂気の沙汰です」

「つまらんことばかり言うよな。まぁ見ていればいい、思い知ればいい、あれは人の敵う兵器ではないぞ」


「ライアード兄さんまで屠る気ですか?」

「…………」


 投影された映像の中で機動兵器が砲火を撃ち放った。轟音と共に放たれた重金属砲が港町を貫き、巨大な爆発を振りまいていく。


 三度四度と放たれる度に港町は炎に包まれていく。停泊していた二隻の船も一撃で木片になってしまった。


 破壊の光景を目の前にしてストラートは拳を握りしめるしかなかった。

 思い描いていた未来が音を立てて崩れ去っていくのを、ただただ見ていることしかできないでいた。

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