復讐者たちの流儀
復讐対象にロベルタ・シェスティナとかいう魔女さんがいる。こいつはいわゆる本物指向の魔女で、日夜怪しい研究で世間様に迷惑かけてる困ったさんだ。
悪所の奴隷商曰く、
「何でも買い取ってくれる上客なんだが用途に関しちゃ聞いたことがねえ」
「十人納入した三日後に十五人くれって言われた。使い道なんか本当に知りたくない」
「ひと晩どうだって誘われた同業者がいるんだが行方不明になってる。深入りしねえ方が賢明だ」
「俺のじいさんの頃からの客だが今も昔も姿が変わらねえらしい。悪いことは言わねえから魔女の尾を踏むのだけはやめとけ」
という評判だ。
ジベールでは虎の尾じゃなくて魔女の尾っていうらしい。大昔ベルカって魔女には尻尾が生えてて、踏むとカチギレしたらしい。沼地の魔女とおんなじ名前だけど同一人物かは不明らしい。つまりは年齢も魔女の尻尾なんだ。
俺は魔女ロベルタのアトリエをノックする。
「お世話さまですぅお世話さまですぅ」
「はいはい、どちらさんだい?」
「リリウスですぅ」
「どちらのリリウスさんだい?」
「お前を殺しにきたリリウス君だよ!」
どかーん!
扉が爆発魔法で吹っ飛ばされたぜ。事前に避難してて正解だったね。
壁から顔を出すと顔面めがけて正確に魔光弾が飛んできたわ。ちょっと痛いだけだ。ちなみに俺の魔法干渉力は魔光弾を命中前に弾いてるから、この痛みは幻痛の一種、つまりは脳の錯覚だ。
マシンガンみたいに吹き荒れる魔法弾の嵐を突き進む。
効いてないアピールしながら俺の考えたTHE殺戮者の歩き方で、暗がりに潜む魔女まで五歩って距離まで歩いてった。ちょっとはビビってくれませんかねえ……
「とんだ化け物が来やがったね。誰の差し金だい?」
「あんたババアって噂あるんだけど本当? 全然見えないね?」
魔女が何やらハッとしたぞ。なんで照れてるんですかね?
魔女ロベルタは噂じゃ七十とも百歳越えてるとも言われてるが、見た目はピチピチの二十代前半セクシー美女だった。怖いな……
自分の肉体好き勝手にいじくってる領域の魔女なんて絶対に関わるべきではない。生命改造に手を出した魔法使いなんてのは強靭な生命力や不老の研究課程でだいたいキメラに手を出してる。
こいつらは複数の魔物を掛け合わせて作ったサラブレッドモンスターを飼ってるバターンが多いんだ。体内にね。亜空間圧縮して体内にサファリパーク持ってる魔導師と戦いたい奴いる?
「もしかしてあたしに興味あるのかい?」
「尻軽って噂は本当らしいね」
日常会話からのリリウスぱ~んち☆
爬虫類を殴った手応えで上半身が吹き飛んでった魔女さんがぶっ倒れたぜ。たぶん本体じゃないね。この手の魔法使い何度か相手したけど、初見で出てくる奴はデコイの操り人形なんだわ。
ほぼ無傷な下半身がビクンビクン跳ねたと思ったら傷口からウゾウゾと棘が噴き出してきやがった。棘には無数の薔薇の蕾、開けばそこから魔女の姿をした小さな妖精がゾロゾロ出てきた。
生命系統魔法のラージュ・アルテシラとかいう禁呪だな。自らの遺伝子を劣化コピーさせたがん細胞を増殖させて超速成長・超短命なクローンを作りだす奴だ。これオリジナルがどいつか本人にさえわからなくなるから禁止されてるんだよね。
ファイヤーストームで生まれたばかりの魔女妖精を焼き払う。レジストした連中は蹴り砕いた。工房の梁に巻き付いてた大蛇が頭上から来たけどそっちはパンチ。
この手の魔法使いは使い魔の血を媒介に凶悪な呪いをかけてくるので素手で対処するのが正しい。本体の遺伝子を用いて作ったクローンの血液ならデスの死返しみたいな即死呪術発動のトリガーに足りちまうんだ。
工房の一階部分を丹念に焼き払ってから気流を作って一酸化炭素を地下へと送り込むが反応はない。さては空間を圧縮して地下を広大にしてる系だな?
反応はない。つまりは誘いであり、ここは魔女のアトリエだ。罠も武器も充分に用意されているはずだ。
地下からたちのぼってくる濃厚な死の気配にビビッて回れ右する。
「帰るか」
俺は帰った。本気で帰った。だって無理くせーもん。
非人道的で犯罪チックな研究やってる魔導師の敵は国家や騎士団だ。官憲を恐れるどころか堂々と首都に工房を構えてる悪い魔法使いなんて国家英雄や正規軍が相手にする奴だ。そんな化け物どもが、目に余るが手に負えないから放置してる魔法使いなんてどう考えても手を出すべきではない。
今度ルルからマジカル手榴弾買ってきて地下に放り込むわ。
現状手を出せない案件を未来にぶん投げるのは正しい選択だ。貯金ゼロなのに飲食店開きたい奴が強盗で解決するのはおかしいんだ。
というイイワケをしながら工房を出る。建国祭で賑わう町は大混雑の大渋滞。暴れたせいかお腹がへってきたので、青果売りのマッチョから山刀で捌いたスイカを買う。ジベールでは細長くて中身が白いスイカが多いんだ。
あー、季節柄スイカうめー。太陽死なねえかなあ……
六月のジベールは毎日が四十度越えてる灼熱地獄だ。廃都が涼しかった分夏バテ気味だ。こんな中で破壊活動するとか俺馬鹿じゃねえの?
人混みがすごいんで地面を歩かずに宙を歩く。ちなみに魔法ではない。
昔サン・イルスローゼを目指してフェイと旅をしている時、フェイが川を走って渡っていた。コツを聞いたらこう言ったんだ。
『右足が沈む前に左足を出せ、左足が沈む前に右足を出せ。これだけだ』
『バカが一周回って頭いいみたいな理屈だな』
理屈はわかる。忍者が水蜘蛛とかいう下駄を履いて水面を歩くみたいに表面張力の問題だ。
で、ジベールで再会した時にはフェイはいつの間にか空中を走ってやがったのでまた聞いてみた。
『やり方は水面歩きと変わらん。難易度は桁ちがいだがな』
結局は水面と変わらず表面張力の問題だ。
俺らは惑星という水槽の中で空気に溺れて生きている。自転する惑星が発生する重力に抑えつけられてる空気を右足で踏んで、空気が圧力を感じて逃げ出す前に左足を踏み出すってのはコツを掴めば簡単だ。それはもちろん瞬間時速三百キロを超える超身体能力があればこそだがね。
スイカもしゃりながら空中をトントン歩いてく。群衆が楽しそうに祭りを謳歌する大通りを快適に進んでく。まだ十歩が限界なんで民家の平たい屋根に飛び乗って、次のターゲットの商会を目指していると―――殺気!
頭上から飛来した短槍を避け、ダッシュで避難。三つ四つと短槍が地面に突き立っていく。俺が思ったよりも早いんで外したが、瞬時に狙いを調整してくる技量の持ち主らしい。最後のはカカトに当たって靴が吹き飛んだ。
人体が豆粒に見える高空に細長い翼を広げた何者かが滞空している。どうやら投げ槍は品切れらしい、剣を抜いて急降下してきた。
豆粒みたいだった奴も近づいてくるにつれてその正体もハッキリする。ドラゴニュートだ!
ドラゴニュートってのはドラゴンの名を冠しちゃいるが竜とは何の関係もない、漢字に直せば半蜥蜴人というリザードマンの亜種だ。リザードマンは本来沼地や湖などの水生生物なんだが陸に上がって進化した連中がドラゴニュートになったらしい。ちなみにこれは俗説だ。
ドラゴニュートの主な生息域は山岳地帯。同じく山岳地帯に生息するフェザーテイルという有翼人との異種族交配によって誕生した種族という俗説もある。
人間にコウモリの翼を与えたようなドラゴニュートの女剣士が急降下してくる。接敵は三秒後。気配は準英雄クラス。つまりは足元の砂舞い上げた目つぶしなんて通じないレベルだ。
スタングレネード相当魔法を別方向に三発打ちあげて迎撃する。
鉄板をハンマーでぶっ叩いたような特大の破壊音と閃光で五感の二つを潰されたドラゴニュートが襲撃を諦めて再び空に舞い戻っていく。判断力もいいな……
イルドシャーンと事を構えるとなった時点でイルドキアから情報を仕入れている。
花剣士レイファ。花の精霊ドライアードとドラゴニュートのクォーターとかいう本物の化け物だ。精霊種としての能力は持たないらしいが、それは勝算が絶望的から望み薄に変わる程度の話でしかない。
従って俺の取り得る戦術は……
「待て! 冷静に話し合おう!」
「問答無用!」
ぶちギレてやがる。どうやら避けられないみたいですねえ。
音速で急降下、斬撃を放って急上昇していくレイファの猛禽類戦法を三度避ける。四度目は嫌って近場のヴァイザード建築に逃げ込む。パンピー二世帯がお昼ご飯食べてたぜ、ほんとすまん!
「なんだぁあんたは!?」
「ほんとすまん!」
「あー、この子リリウス君だよー!」
「ほんとだ、闘士のリリウス君だあ!」
どうやら娘さんと奥さんが俺を知ってるらしい。大闘技場で売り出し中のイケメン闘士だもんね。なおヤクザに勝手に付けられたキャッチフレーズは諸国をさすらう凄腕暗殺者なんだ。だから女性人気ねえんだよ! 顔面のせいだろとか正直に反論されたけど!
民家に逃げ込んで五秒後。奇襲のせいで乱れていた呼吸を整えてると危険反応が急速接近!
階段に飛び込んで一階に逃げ込むと二階が吹き飛んでいったぜ。斥力場展開しての体当たりか! いわゆるバリヤーアタックだな。
「ちくしょう、見境ねえな!」
平和な家族団欒を破壊するとか統治者側のやることじゃねえぜ。祭りの人混みに逃げ込む作戦は瞬間消去。殺戮が起きるわい。
二階に戻ると二世帯家庭のジジババが滞空するレイファに魔法弾ぶっぱしてた。逞しいご家庭ですねえ。
俺の姿を見咎めたレイファが再び急降下してくる――――
だが斥力場結界は反発するちからよりも強いちからで討ち破れる。ファウスト兄貴で予習済みだぜ。
「九式皇竜牙ァ!」
「フレイムバイト!」
「アシッドブラスター!」
ジジババが俺の魔法が粒子加速系と読んで増幅して上乗せしてきやがった、何なんだこのご家庭は!
ビーム砲弾と正面衝突したレイファが空中で足を止めると、ご家庭の旦那さんらしきマッチョが槍を構えていた。納得した。その装備ジベール正規兵のだわ。ここ兵隊さんのお宅で、たぶんジジババは職場結婚の退役兵だわ。
「ジジイもババアも無理すんな。カティよ、パパの雄姿をみとけよおおお!」
マッチョが放ったのは投擲系統スキルの『ガーンズランス』だ。
レイファは迫りくる投げ槍を一刀で斬り弾いたが、その隙に跳躍した俺が翼に飛びついてから背後に回ってチョークスリーパーをかます。
「いいぞー!」
「やれー、やっちまえー!」
突然民家を破壊された二世帯からご声援が飛んでくる。ほんとすまん!
締め技を食らったレイファがもがいているが、絶対に離さない。締め落としてやる!
「そんなにも俺が憎いか? ヴェノムとトロルを殺した俺がそんなにも?」
締め技を外そうと俺の左腕を握りつぶそうとする爬虫類の腕のちからが増した。
ちからの使い道を間違えているなんてお説教する気はない。だが……
「一応言っておくが奴らにそんな価値はない」
「何様のつもりだァァ!」
はばたく翼を広げ、俺を乗せたまま飛翔するレイファが幾つもの民家を突き破る。このまま振り落とす気らしいが、絶対に離してやるものか。
レイファの赤い瞳に人差し指を突き入れる。同時に俺の腕が握りつぶされた。レイファは一瞬の隙を突いて俺を振り落とし、再び上空に逃れようとした。
だが俺の蹴りで翼を両断されて、バランスを崩したロケットみたいに猛烈な勢いで地面に激突していった。路地裏でよかった。表通りに落ちてたら大惨事だ。
積み上げられた木箱が散乱し、その中から立ち上がったレイファが俺を睨み上げている。奇襲は無理だな。
「お前があいつらの価値を語るな。仲間だ、わたしの仲間だったんだ!」
「復讐は残された者の正統な権利だ。お前の憎しみを許容する。だから俺の憎しみも受け入れろ!」
跳躍して俺へと剣を繰り出すレイファの顔面へと拳を突き入れる。
白兵戦の間合いで戦うレイファへと徹底的に近接格闘の間合いで食らいつく。間合い的に窮屈なこの距離でも退かないのは怒りからか?
「有象無象のガキどもを殺されたくらいで殿下の兵を殺したのか。ふざけるな! あいつらの価値とは百人足しても足りん! 我らは選りすぐりの精鋭だ。殿下の剣だ。平民なんぞ我らの糧でしかない!」
なんだその選民意識。さては生まれに劣等感でも持ってるな?
この世界には多数の知的生命体がいるせいか生存競争を勝ち抜くために異種族交配能力はわりと緩い。ただしハーフはだいたいどこでも嫌われてるんだ。
「言うねえ劣等種族の混ざりものが」
「……―――ッッ!」
怒りに任せて殴り掛かってきたがきっちりカウンター入れてやる。お綺麗な面にぶちこんだ俺の拳の方が砕けそうだ。舐められてるな!
だが冷静になられたら困る。怒りに任せて狩っていい相手だと思っててもらった方が勝算はある。
レイファの戦闘力は凶悪だ。素の状態でも上級強化を行使してる俺より性能は遥か上。頭に血がのぼってるのは救いだな。だがオリハルコンの剣を一撃でも受ければ戦況はひっくり返される。
このまま押し切る―――と思った瞬間に足元から殺気が走ってきた。
地面から刃が突き出てきた。そいつを避けるために後ろに跳べばそいつは隙だ。連携するみたいに迫るレイファの剣が迫る中、スタングレネードを連発して距離を取る。
距離を取るのには成功したが、さすがに自分の目を疑いたくなった。
「ヴェノム……」
地面から飛び出してきたのはヴェノムだ。だが生きているわけではない。真っ白な陽炎みたいに輪郭の怪しい姿はゴースト化現象だ。化けて出てきたってわけか。
レイファとヴェノムが並び立ち、真っすぐに俺を見据えている。
「殿下を君主の座に着けると誓い合った。お前ごとき野良犬に命奪われようと志までは奪えん」
二人の敵が地面と空の二手に分かれた。それは卑怯だ!
地面から足を裂きにくるヴェノム。上空から音速下降してくるレイファ。最悪の組み合わせだ。とりあえず逃げるわ。
俺は戦場を移してイス・ファルカを駆け抜ける。立ち止まれば二面攻撃で撃破されるからだ。
上下からヒット&アウェイしてくる奴らには細かくカウンター入れておくが、踏ん張りを利かせられないせいかイマイチ威力が出ない。
『殺す、殺す殺す殺すお前だけは殺すぅぅ!』
ヴェノムがゴムゴムの能力者みたいに腕を伸ばしてきた。ゴーストならではの間合い無視か。
冷気のように冷たい腕を空中を蹴ってかわし、そのまま三段ジャンプで肉薄して裏拳をぶちこむ。豆腐を殴ったみたいに爆散したヴェノムは数秒で復元するが、その間は大人しくできる。
この間にレイファを倒せれば格段に楽になるんだが、復活クールタイムの間は絶対に降りてこない。連携ばっちりとか卑怯すぎる。
復元したヴェノムが地面に消えて再び浮上してくるタイミングで地面を踏む。動きが直線的ですね、アンデッド化して知能下がりましたか?
「雑魚がさらに弱体化してやがる。言ったよな、俺のが格上だってよぉ」
『……ホモ野郎、お前なんかにヴェノムが負けるもんか』
「は?」
一直線に飛んできたヴェノムを殴りつけると違和感の理由がわかった。
こいつはヴェノムじゃない、トロルだ。ヴェノムを模した曖昧なシルエットの下にはトロルの顔があった。ダチ公を殺された恨みでダチ公の姿のゴーストになるか、それだけの情愛があってどうして他人を踏みにじるのか……
「殺った!」
トロルに気を取られた刹那の間にレイファが迫ってきた。
急降下からの水平飛行で音もなく接近された。振り返った時にはもう手遅れの位置取り。刺突の構えで迫るレイファの剣を視界に入れながら、俺はその遥か後方に気を取られた。
七軒向こうのヴァイザード建築の屋根にシェーファがいた。
凄まじい量の魔法力を漂わせながら、槍投げの体勢をしている。
「マルディークが秘奥の三―――ドリッドスロー!」
シェーファが投げ放った長剣が光と化した。剣の形をした光は時間と距離を無視するみたいに音速で迫るレイファの胸を刺し貫く。
「今だ、行け!」
聴こえるはずがない。そんな距離でも時間もない。それなのにシェーファの声がハッキリと聴こえた気がした瞬間に俺はすべてを忘れて走った。
音速で迫るレイファの剣を錐手で逸らし、肌を切り裂かせながらも手刀の切っ先をのどにぶち込んでやった。
攻防一体錐手の一撃がレイファの首を跳ね飛ばし、長いその髪を掴んで足元から迫るトロルゴーストへと叩きつけてやる。
賭けだった。無視されたらヒドラ緋毒を塗ったダガーが俺の首を切り裂いたはずだ。
だがトロルゴーストはダガーを捨ててレイファの首をキャッチした。まるで大切な者でも抱きいれるように両手で受け止めた。だから許せなかった。
人並みの情愛を備えながらベルカたちにはそれを与えなかったことが何よりも許せなかった。
「―――ァァ!」
すでに発する言葉はない。その必要もない。わかり合えるはずなど最初からなかった。
俺の放った特大の破竜槍が亡霊を消し去っていった。




