ラタトナの燃える日(後編)
六分後、俺は迅速行動の結果アルドとルドガーを両脇に抱えて戻ってきた。
俺を出迎える貴族のみなさんが大口あけて驚愕している。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんなの! 俺がなにしたっていうの!?
「どうやって離宮に忍び込んだんだ!?」
「変な行動をすれば人質を真っ先に殺すってほざいてる連中がまったく気づいてねえぞ、いったいどんな魔法使ってんだよ!」
「もう全員助けて来いよ!」
騎士どもは驚愕を通り越して怒りだしてるし、お偉いご当主連中は俺の足元にすがりついてきた。
「わ、わたしの息子も助けてきてくれぃ! 金なら幾らでも出す、リゾートの別荘をあげてもいいんだ!」
「私の娘もだ、望みの物があるならなんだって言ってくれ!」
「うちの娘を一番にお願いします! 娘は来月結婚するんです!」
うおー面倒くせえなこれ。
「しかし人質の数が減り過ぎれば気づかれますぜ?」
「「そこを何とか!」」
無茶言うな!
沿海州の工作員舐めすぎだろ。昔一回だけ戦ったけどクソ強くて殺されかけたぞ。そんなんが百人単位でいるんだ。気づかれた瞬間に殺されるわ。
閣下、お願いしますからこいつら黙らせてください!
「馬鹿者が、迂闊にちからを見せるからこうなるのだ」
「はい?」
「この状況で有能さを示せばこうなることくらい予測できなかったとは言わせんぞ。皆に希望を示した責任を取り、人質の救出作戦に協力しろ」
「……もし失敗したら?」
「先ほどお前の言った通りになる」
俺なんて言いましたっけ?
「本来騎士団に向けられたはずの不信感や敵意の全てがリリウス・マクローエンという個人に向けられる。数十という貴族から恨みを買えば半年後には死んでいるかどこかの地下室で死ぬより恐ろしい目に遭わされているだろうな」
「ですよねー」
完全な逆恨みだけど貴族様ってのはそういうことができる連中だ。
どうやら無理を通すしかないらしい。
◆◆◆◆◆◆
というわけで俺はステルスコートを使って貴族の人質が集められている大ホールに戻ってきた。
騎士団には見取り図を使って使用人が閉じ込められている計七ヵ所の部屋の位置を伝えておいた。閣下曰く人質の場所さえわかっていれば救出作戦の難易度はそう高くないらしい。
大ホールに集められた約三十名ほどの貴族の子弟は抵抗できないように魔封じの首輪を嵌められ、武装集団にぐるりと囲まれてガタガタ震えている。こいつら全員の安全を確保しろなんて無茶言うぜ。ステルスコートがなかったら無理ゲーですぜ閣下。
見張りの視線が外れた瞬間を狙って俺は近くの淑女の手を恋人繋ぎで握った。ステルス効果の譲渡により俺と女性の姿だけが消え去る。当然会話しても問題ない。
「ひぃ! 殺さないでッ、お願い、何でもするから許して!」
ん? 今何でもって言った?
てゆーか俺の目つきそんなに怖いんですね……
「ガーランド騎士団長の手の者です、救出に来ました」
「本当に?」
「逆に俺がテロリストだとして、嘘をつく意味を考えてください。何かありますか?」
「…………わたし助かるの?」
「そのために俺が派遣されました。ガーランド閣下は皆さんを見捨ててはいません。いいですか、俺の指示通りに行動してください」
作戦内容を説明して一旦女性のステルスだけを解除する。女性は近くの人質に俺の作戦を伝える。後は伝達ミスが死に繋がる伝言ゲームになるが失敗しても俺は悪くねえ。ぜってえ恨まれるけどな、無理ゲーすぎんよ!
「おい、何を話している!」
見張りに恫喝されて一旦人質同士の伝言ゲームがストップする。
でも時間を置いてまたひそひそと再開される。時間がないので早くしてほしい。
騎士団の一斉突入は俺の潜入から十分後に始まる、残り二分もない。誰だそんなギリギリの時間を設定したのは! 俺だったよ! ギリギリマスターやってんじゃねえんだよもっと余裕持たせた時間に突入してもらえばよかった!
伝達が行き渡ったと同時に俺はミスリルの短刀をぶん投げて大ホールのシャンデリアを揺らせる! やべえ、吊るしてる紐切断して落としちゃった!?
ガシャアン!
大ホールに落下した豪華なシャンデリアからガラス細工が散らばっていく。
「なんだあ!?」
「どうした、何が起きた!」
「騎士団の突入か!?」
「シャンデリアが落ちてきたんだ!」
見張りが慌てだした、好都合とは言い難いが問題ない!
合図を見た人質達が一斉に互いの手を握り合い、俺も先ほどの女性の手を握る!
一斉ステルス化だ!
「―――人質が消えた!?」
「馬鹿な、いったい何が起きた!」
「どういうことだ、おい何が起こったのか見ていた奴はいるか!?」
「見ていたが……あいつら一斉に消えやがったんだ!」
「空間転移か? 失われたハイエルフの秘術のはずだぞ……?」
慌てふためく見張りは一時視界の外へ。今はステルス化した人質の誘導が先決だ。
「……お前は?」
「ガーランド閣下の手の者です。現在皆さんは俺のスキルによって透明化しています。騎士団の突入が始まる前に壁際に移動をしてください、あぁ絶対に手は離さないで! 会話程度なら構いません、ですが手だけは絶対に離さないでください!」
スキルうんぬんは嘘だが他は本当だ。
人質がみんなして怪訝な表情になるが一応信じて俺の言う方に移動してくれる。うわぁ野郎同士まで恋人繋ぎしてるよ、恋人繋ぎじゃなくても握手程度の接触面があればいいんですけどね。
大騒ぎしている見張りに少しも気づかれることなく壁までたどり着くと、人質のみんなはホッとしたような表情になり、中には腰を抜かす男もいた。
「……信じられないスキルだ。閣下はこんな少年も飼っているのか」
「こんなスキルがあるなんて聞いたこともない。おい、お前のスキルについて詳しく教えろ!」
「色々と使えそうな子供ではないか。ガーランドには幾らで雇われている、当家で召し抱えてやってもいいぞ?」
安心した途端に偉そうになりやがった。だがこれが貴族ってやつだ。傲岸不遜で自分が世界の王様みたいな面をして、何か不幸があるとその責任を誰かに押し付けようとする横柄なクズ野郎。閣下も苦労してそうだぜ。こんな状況じゃなければ俺だってスプーンねじこんでる。
「俺を召し抱えたいと?」
「あぁそうだ、おい幾らなら寝返る?」
偉そうな貴公子がそう言った瞬間、悪鬼の形相をしたガーランド閣下が壁ガラスをぶち壊して強襲する。って単騎ですのん!?
「騎士団だァ―――!」
ガーランド騎士団長の長大な大段平が閃光の早さで見張りを両断する。
一撃だ、一撃で人間が真っ二つにされていく。まばたき一つの間に七人が殺され、応援を呼ぼうとした一瞬でまた十人が死んでいった。
眉一つ動かさずに大量の死の上に立つ男が、また閃光のような斬撃で死を量産する。
「滅せよ、アイシクルランス!」
長剣を床に叩きつけると同時に床から発生した氷の槍が残る十六人が絶命させた。
沿海州の工作員とかいう戦闘力高そうな連中も数名混ざってたはずなのに突入から七秒で全滅するとか閣下マジ閣下。以前どこかで数は暴力的な発言したけどターン制バトルではない現実では一人の最強は雑魚数十人を七秒で葬るんだな、恐ろしいぜ。恐ろしすぎて助けられた人質まで怯えてるぜ!
「はわわわ……」
「あわわわ……」
「が…ガーランド・バートランド……まさかこれほどとは……」
偉そうな貴族連中がみんなしてちびま〇こちゃんみたいに青ざめてやがる。
「あの化け物と敵対する覚悟があるなら金を積んでください」
「…………」
「…………」
「…………」
人質全員揃って絶句する。閣下の怒りを買うということはまばたきしている間に首が飛ぶってことだ。選択肢を間違えれば即死するなんて、何度でもやり直せるゲームならともかく現実では絶対にやりたくない。
「……そこだな?」
閣下がびしっと俺のいる方向を指差してくれちゃったよ何でわかるのぉぉぉ!
この人ラスボスよりやばいの!?
「潜伏魔法は本来いると確信した時点で無効化されるはずだが桁違いの性能だな、神々が操ったとされる本物の魔法のようだ……そうか、夜の魔王か」
おいおいステルスコートの存在当てちゃったよ。離宮のパーティーの時に親父がぽろっとこぼした失言のみをヒントに言い当てちゃう閣下が怖い。知能も戦闘力も化け物すぎる。
閣下が怖すぎて閣下の手下になりたくないのに諦めてくれない閣下マジ閣下。俺この人からどーやったら逃げられるんだろう?
「終わるまでそこに隠れていろ。なぁに五分と掛からん」
閣下の言葉通り騎士団の一斉突入から四分後に離宮を占拠したテロリストは全滅した。つまり生きて捕獲しても虚言を吐くだけ害ありと見做されたのだろう。迂闊に革命戦士なんて名乗ったせいだね!
動けば事件は一瞬で終わる。
作中最強の一角は伊達じゃない閣下マジ閣下。
そしてリリウス君は最もやってはいけない事をやってしまいました。彼を教育したがってる騎士団長の前で自分の有能さを見せちゃった事です……
逃げな! なるべく遠くに!