再訪の廃都へ!
「超イイ感じの名案があるんだ。お前ら俺についてこいよ!」
って感じで名案をご説明したらみんな目つきが冷たいんだ。やる気足りないよ!
寝てる間にだいたい盗み聞きしてたから事情はバッチリ。あらゆる問題を解決したこのプランに否定的とかお馬鹿さんなの?
「理屈の上では問題ない…のか?」
「問題しかないように思うんだけど」
「問題がありすぎてどこからつっこんでいいかわからねえ……」
「キミは相変わらずぶっ飛んでるなあ! じつは馬鹿の五段階先にいる存在だろ」
総スカンかよ。
「え、大武闘祭の優勝賞品でイルドシャーンと決闘しようの何がダメなの?」
「「う~~~ん!」」
この反応あれだわ。
この馬鹿に何をどう説明したら無理だってわかるのかなって奴だわ。実家でよくされてたわこの反応。ファウストからね。
「まず優勝賞品で王族と決闘しようって考えに無理がある。許されるのか?」
「前例がないね。たぶんうちの国始まって以来だよ」
「殺しはなし。ステゴロで勝負。これでもダメか?」
「安全の確保にはつながらないね」
一向に色よい返事が来ないんで追加プランを説明したら最高に嫌な顔された。
でもお前らしいなって褒められたんだ。褒めたんだよな?
「わかった。多少の混乱はあると思うが実現できる流れに持ち込むと約束しよう」
王子様の了承を取り付けたぜ。ヤッタな!
だが大武闘祭の優勝という前提条件には大きな問題がある。
「予選会ならもう終わったはずだが?」
「イルドキア、王族枠くれよ!」
「そもそも優勝できるのか?」
「フェイ頼む!」
「全部他人任せなのかい!? あんた、ねえあんたって奴は本当にどーしょうもない野郎だね!」
サリフが迫真つっこみしてきた。胸ぐら掴まれて揺さぶれてるぜ。フェイが伸ばしかけた手を引っ込めてる。お前つっこみ取られたんですか? ちょっと会わない内に腕落ちたんですね。
イルドキアが涙出るくらい大笑いして咳き込んでる。
「わかった、出場枠は手配しよう。でもイルドシャーンが出す闘士は闘技場チャンプのダーパだ。あいつは手強いよ、俺でも苦戦するくらいにはね」
「任せろ!」
「任されたのは僕だったのでは……」
言い間違えたな。
「フェイに任せろ!」
「だがな……」
珍しくビビってやがるのか。らしくねえぜ。
最強の武術家になろうって奴が兄弟子一人にビビってて夢をつかめるわけがねえ。俺にできるのはお前の夢を後押ししてやることだ。
「ダーパに勝つために何年必要だ?」
「二ね…一年。一年あれば必ず越えてみせる」
大武闘祭の本戦は六月七日。あと四日か五日くらいかな?
つまりは時間が足りない。
「時間、あるよ」
「ああ、来年の大武闘祭までに鍛え上げる!」
「出るのは今年だよ?」
「「……?」」
ポカーンとしてるみんなを置き去りにして、とりあえずイルドキアからグリフォン借りたった!
借り受けた五頭のグリフォンに山盛りの食料積んで再び訪れたのは廃都イルテュラ。ハイエルフの時間の止まった都だ。
「過去最高にうさんくさい」
とか言ってたフェイも不思議空間の都市を見れば意見を変えた。
ウルド様の名前を出したのも大きかった。ハイエルフって謎多き存在なんで、時間止めるくらいできるんだろうなって奴だ。俺とフェイはセルトゥーラ王の戦い目撃してるから特にね。
後々判明することだが廃都の時間は停止しているわけでもスローになってるわけでもない。
これはトワイライトゾーンと呼ばれる異空間化現象だ。極小単位の異世界転移と言い換えてもいい。この現象の前提として異なる世界と世界の時間の流れる速さは一律ではないと覚えておいてほしい。
砂の王ザナルガンドとの決戦を終えたオリジナルナインは荒廃したイルテュラの放棄を決定。廃都イルテュラは放棄されたその日のまま時間停止させられ、時の河を正常に流れ往く世界から切り離された。
未だ神代のままの廃都と現代の大砂流域を出入りすることは極小単位での異世界転移であり時間移動でもあると覚えておいてほしい。
廃都でも時間はきちんと流れている。時間が止まっているのに煮炊きができるのはおかしな話だろ? だからポイントは時間はきちんと流れているのに、外に戻った時は同日になる不思議現象なんだ。
イデ=オルクはこれを世界間移動による齟齬を埋めるための、言わば世界法則による修正ではないかと仮説を立てた。廃都への侵入者は内在時間をセーブされ、退出する瞬間に内在時間へと修正して放り出す。
つまり俺とフェイは二つのストップウォッチを持ってるわけだ。廃都に入った時点で元の世界の時計が止まり、廃都で貰った時計を動き出す。廃都を出れば廃都で貰った時計が止まり、元の世界の時計が再び動き出す。
世界は元の時間のままだが、俺とフェイの中には二つの世界の時間が蓄積されているんだ。うん、時間って面倒くさいね。
修正力のせいか廃都を出ると近い時間軸の日の出・日の入りまで時間を飛ばしてしまうんだ。世界中には不思議空間に迷い込んで時間経過や見知らぬ土地に飛ばされた系の逸話は多いが、これもその一つってわけだ。浦島太郎もその類のお話なんだろうね。
つまり何年修行しようが出れば今日の夕方か明日の朝ってわけだ。ガンガン鍛えるぞ!
廃都は真夜中。満天の星空の下に荷物を並べていく。一年分どころか調子こいて二年分の保存食買い込んできた。うおおお、まずは探索だー!
「水は問題ないな」
湖オッケー!
「これは神殿か。寝泊まりしても呪われたりしないよな?」
屋根のある場所オッケー! ここ雨降るか知らんけど。
「……神殿の地下にダンジョンあるんだが」
ダンジョンオッケー! えぇぇッ!?
なんでダンジョンあるんだよ、おかしいだろ!
流れで探索してみたら魔物なんかいねえ破壊されたダンジョンだったぜ。地下三層まで降りたところで引き返した。時間の浪費くさいもん。
フライパンオッケー! かまどオッケー! 何食う!?
「何でもいい」
「作り甲斐のない奴だなあ……」
とりあえずメシにする。白飯と中華は最高の組み合わせだな。
食事前に魔素入りの仙丹を服用し、ガツガツ食いながら修行方針をご相談。
「一年かけて徹底的に鍛え直す。基礎筋力値の上昇、レベル増加によるパラメータの補正、新しい技の開発、やることは幾らでもある」
「あのダーパを越えようってんだ。徹底的にやれよ」
決意のお顔で頷くフェイはやる気に満ち溢れてるぜ。
「なあ、俺にも九式竜王流をちょこっと教えてくれよ」
なんだその間は? なんか変な事言ったか?
「お前本能で戦うタイプだから下手に理屈齧ると弱体化しそうなんだよな……」
「俺を舐めすぎだろ。色々考えながら戦ってるわい」
冗談だと笑ったフェイがいい顔してやがるぜ。
なんだその顔は友情か?
「教えるからには徹底的に教える。少なくとも僕の稽古相手が務まるレベルまでは引き上げるぞ」
「望むところだ!」
こうして廃都での修行生活が始まった。なお勇ましいセリフが逃亡フラグになるかと思ったらそんなことはなかった。
北と南に各自分かれて修行の日々。朝も夜もない不思議空間なので腹が空いたら食べて疲れたら眠った。フェイはたまに思い出したみたいに俺の様子を見に来た。
「旋回手マスターしてやがる。なんだその無駄な才能は」
フェイはガキの頃に一年かけて習得したらしいが俺は下地があるからな。いなしの技術なんて勘でできてたわ。
「次は何をやる?」
「錐手だ。こうやってな、とりあえずそこの岩貫通できるようになれ」
ドスッ!
一発成功したらフェイが怒りだした。
「ざけんな! 僕が、どんだけ、苦労したと思っているんだ!?」
「下地があるんだから仕方ないだろ。弱い個所を狙い打ち技能なんてむしろ得意中の得意だわ」
「ああもう! クソ! じゃあ次は停突だ!」
修行の日々が流れていく。どれだけ経ったかはわからないが、防御の技法『避』の十六手プラス三手を習得すると組み手に移行した。始める前にこんなこと言われた。
「本来は何年もかけて反復する技術をすっ飛ばしてやったから身についてるか怪しいもんだ。とりあえず軽く打ち込んでいくから避だけやってろ」
言葉の通りフェイの打ち込みは軽いものだった。全部軽やかに捌いてやるとなぜか怒り出した。打ち込みがどんどん加速していく。最終的にこれはもう本気だろって言いたいレベルで殴りかかってきた。
「ふざけるな! どうしてできているんだ!?」
「才能」
「うるせえ! 僕がどれだけかけて習得したと思っているんだ!?」
怒る理由が理不尽すぎるぜ。
続いて『昇』の技法へと段階を移した。九式竜王流オリジナルの凶悪な身体強化術を習得する修行だが、途中からフェイの頬が完全に引き攣ってた。すまんな才能がすごくてすまんな。なんか知らねえけど俺魔法すごくてすまんな。
「ちょっと前までファイヤーボールさえ使えなかった奴がどうして……」
「才能」
「化け物め……」
修行の日々が流れていく。避、昇、打、崩、四つの解を身につけ地空海の三章へと到達した。つまりは戦闘プログラムの設計だ。
敵に合わせて最適なプログラムを瞬時に生み出すための基礎理論と反復ってわけだ。
メシをもしゃもしゃしながらお話する。
「バトルスタイルには色々あるが、俺基本的に圧倒的スピードで俺のスタイルを相手に押しつけて俺の土俵でぶっ倒すタイプなんだよね」
「強者のみが持ち得るストロングスタイルだな。だがそのやり方が通じる段階ではなくなってきている、応用の利く複数のタイプの使い分けも考えておけ」
「フェイはどうしてる?」
「僕は相手の出方から詰める。守勢を前提とした堅実な戦いを心がけてきたが、やはり上の連中には通用しないだろう。ダーパと対峙して理解した、今までのバトルスタイルでは勝てないとな」
フェイは万能型だけどそれは竜王流の理念によるものだ。
根っこの部分が臆病なこいつは防御寄りの戦い方をしてしまうんだが、それでは竜王流の真価を発揮し得ない。
フェイもそれは理解していた。だからダーパとの戦いで初手から信条を捨てた。そして敗北から決意したフェイは目を逸らしてきた問題に取り掛かる気らしい。
「最適な戦闘プログラムの設計ったってどうしても得意不得意が出てくるよな。つまりは好みの問題なんだ」
「好き嫌いを無くすのは難しいが、やはり苦手があるのはよくない。明日からは攻勢をかけるぞ」
「わかっているとは思うが博打をやるのとはちがうからな。無謀と勇敢の線引きはしろよ」
「……お前はそういうの得意だよな」
本格的な組み手を始めるとフェイの凄さって奴を再認識させられた。高いレベルの戦闘センスは機眼にも近い機能を有するらしい、肝心の詰めという時のフェイの閃きにはどうしても敵わない。
俺の技はその形をした一枚の薄い紙のようなものだ。だがフェイの技は努力という時間を重ねて重厚な厚みを得た鉄のようにちからそのものなんだ。
多彩な技を支える武錬はフェイの孤独そのものだ。一つの手法を何年もかけて積み重ねてきた忍耐が強さの根底にあると知る。俺が遊んでる時も笑ってる時もフェイは虚空に向けて飛手を繰り返してきたんだ。……俺にはマネできそうもねえ。
一つ技を学んで敬意を抱いた。繰り出される重厚な技に芸術のごとき美を描いた。真に一つの道を歩む求道者の演武は、まさしく人の形をした宝物であるようだ。
修行の日々が流れていく。ある日の夕飯時に新技の話題になった。
「着想をよこせ」
「突然だな、とは言わない」
避昇打崩、戦いの根幹たる四つの解を手にした時から発展性を考えていた。習得した魔攻仙術による崩し手は、例えば足元に泥穴を空けるスネアや光と爆音で無力化するスタングレネードはあるが何でこいつがないんだって思ってた。
「バインドはどうだ?」
「拘束か。地系術で代用は効きそうだが……」
口調が完全に没ネタの品評会なんだが。
「イメージ的には鋼糸みたいな強靭な細い奴でグルグル巻きにしてやりたいんだ」
「発想が完全にアサシンだな。発想はいいんだが実現するとなると術式が複雑になりすぎる。なによりお前がイメージするだけの強度は実現し得ない」
魔法ではなく鍛冶屋の領域だな。
「いっそ鍛冶屋に作らせるか。ミスリル合金の凶悪なワイヤーをさ」
フェイが笑い出したぜ。これギャグじゃねえ真面目な奴だぞ?
「術の補助器具を鍛冶屋に作らせるか。着想をよこせとは言ったが、僕では一生出てこないアイデアだ。頼もしい奴だよお前は」
俺がフェイに返せるものなんてアイデアだけだ。
思えばたくさんのものを貰ってきた。まったくおこがましいもんだ。それでダチを名乗ろうなんて俺は失礼な奴だよ。
てのひらで救い上げた水のように俺が返せるものなんて僅かなものかもしれない。俺にできるのは敬意という名の花束でそいつを飾るくらいなんだ。
来る日も来る日も避昇打崩の稽古に明け暮れる。夜が来ても嵐が来ても雨が降っても落葉の日にもフェイと並んで武道を歩む。武の道とは報われる日を信じて不毛の荒野を往くが如し、ここ砂漠だけどな。
持ってきた食料が底を尽いた夜、二年の月日が流れたのだと知った。
「泣いても笑っても今夜が最後ってわけだ。やり残しはない、そう言い切れるほどに鍛え抜いた」
「俺も色々世話になっちまったな。すまない、サポートに徹するつもりだったんだが」
「教えることで深まる理解もある。気持ち悪いから殊勝な態度はやめろ」
「うるせーい」
笑い話と笑顔で終えてもいいはずだ。
こんな物は最初から存在しなかったと投げ捨ててもいいはずなんだ。だがフェイの孤独と努力を知り、俺ばかりが目を逸らすわけにいかないんだ。
「正直に言え、ダーパに勝てると思うか?」
「やってみるまでわからない」
あの大雨の夜に戦ったダーパの圧倒的なちからが今のフェイに備わっているか。俺にはわからない。だが今の答えで確信できた。まだ届かない。
王竜の肝を練り込んだ仙丹を服用したダーパのレベルは七十を超えているはずだ。七十もの超レベルを維持するためには相当量の魔素的コストを支払う必要がある。国家に仕える騎士のほとんどがレベル四十~五十に留まる理由はコスト面の問題だ。レベルを上げればちからは増幅するが、一人の高レベルを維持する金額で中レベルの騎士を十から百人維持できる。つまりはお金の問題。魔物を倒して維持できるのはやはり四十が限界なんだ。
だがイルドシャーンの陣営にいる以上、体内魔素減少によるレベルダウンも見込めない。
大師ロゥの教えに反して極限まで肉体を鍛える前にレベルを引き上げたフェイでも、おそらくは五十代だろう。
大師の選りすぐった天武の才を持つダーパを相手にするにはあまりにも厳しい数字だ。
「リスクのある話だ。世の中にうまい話なんてあるものじゃない、これはその典型だ。こんなもの本当なら提示するべきじゃないのはわかっている」
「リリウス?」
「だがお前が決めてくれ」
差し出したのは一冊の人皮の書、体術SSクラスの恩寵符だ。
恩寵符のリスクを知る前にフェイにくれてやるかとリュックにしまったこいつをどうするか、修行の間ずっと悩んでいた……
「体術SS級を百人に一人に適合させる呪いの書だ。失敗すれば死ぬ」
本当は五パーセントは助かるんだが言わなかった。理由は風にでも聞いてくれ。
フェイは迷いもなく書を開き……早々にギブアップした。
「どう読むものなんだ?」
「いいのか?」
非才なる者が八つの試練のその先へと到達し、王竜ロゥを踏破するのが大師の願いだ。これはフェイと大師ロゥの夢を捻じ曲げる代物だって、わかっているはずだ。
使い方を説明する。
フェイは書を閉じ、表紙に手を当て、魔力を浸透させる。
「お前には言ってなかったな? 大師の悲願も究極武闘の設計も本当はどうでもいいんだ」
恩寵符が輝き出した。怖気を振るうほどの邪気が溢れ出し、そいつがフェイの体内へと流れ込んでいく。
「僕は強くなりたい。母に、弟に、父に、誇れる男でありたいだけなんだ」
ガキみたいに笑ったフェイの笑顔が、闇色の閃光に塗りつぶされていった。




