ラタトナの燃える日(中編)
野良犬を自称する少年が消える。
まるで夜の闇に溶けるように大勢の前からその姿が消えていった。
人々がざわざわと騒ぎ出す。
「消えた……彼はいったい何者なんだ?」
「マクローエンの庶子だというが……」
「彼が庶子? 先ほどの見事な戦略論は高度な教育を受けたものだったぞ」
「わからん、わからんが彼の言葉は心に響くものがあった」
困惑する人々の間にパチパチと拍手が響いた。
音源は誰あろう噂のブタ王子だ。
「近頃はとんと見ない立派な少年だ、余は大変気に入ったぞ。もし彼が人質を連れ帰ってきたなら英雄と呼んでも差し支えなかろう」
「ええ、ええ確かに!」
「愛情を示すことさえ許されない環境で育ちながら虐待を繰り返す親兄弟を助けようとするなんて、なんて気高い心の少年なのだ!」
デブ王子の鶴の一声でリリウス=英雄論が持ち上がる。
人々が勝手にヒートアップしていく最中、ガーランドだけが気難しい顔をしていた。彼のそうした態度にはフォローが必要だろうとマクローエン男爵が詫びを入れる。そして問う。
「ガーランド閣下はなぜ愚息の我儘をお聞き入れくださったのでしょうか?」
「そう不審がらないでもらいたい、とても当たり前で普通のことなんだ。俺はあの小僧が七つの年から折に触れては気に掛けてきた。だからかあいつのことは弟分のようなつもりなのだ。俺を頼ればさぞ生き易かろうにまったく頼ろうともしない弟分が初めて我儘を言ったのだ、聞き入れてやるのは当然だろう?」
愚息を騎士団に迎え入れたいという話は確かに以前はあった。最近はまったく音沙汰なしだったから愛想を尽かされたのだろうと勝手に思っていたが、ガーランドは今なおリリウスを気に掛け弟分とまで考えてくれていたのだ。父としてはこれ以上ない感謝の気持ちを抱いた。
「マクローエン卿よ、俺はあいつを決して見捨てはしないぞ」
「愚息のどこがそれほどまでに閣下のご厚情を得ているのか、不甲斐ない父にはまるでわかりません。ですが感謝致します」
「いやなに、奴には何時間必要かと尋ねたつもりだったんだがな、まさか分を刻んでくるとは思わなかったのだ。挙句用意していた見取り図も確認せずに行きおった」
「愚かな息子です……」
(確かに失敗すれば愚かの一言で終わる。が万が一成功させればそれはそれで貴様の望み通りとはいかんぞ。さあリリウス・マクローエン、成長した貴様のちからを示してみせよ!)
仮設陣地にガーランドの声なき笑いが小さく木霊していった。
◇◇◇◇◇◇
色々あって27分後、俺はリザ姉貴を連れて仮設陣地へ戻ってきた。
リザ姉貴は俺におんぶされながら目を丸くしている。姉貴はステルスコート初体験だったから大勢の敵のど真ん中を走りながら欠片も気づかれないという異常事態も初体験なのだ。
「リザ!」
「リザァ!」
「パパ、ママ!」
親子が感動の抱擁を交わす中、閣下や他の騎士、それに貴族の当主どもが目をまんまるくしてギョッとしていた。
え、俺また何かやっちゃいました?
「閣下、お約束の時間ギリギリになってしまい申し訳ありません」
「……それはよいのだがな」
何がいけないのだろう?
「さあ閣下、一斉突入してもいいんですよ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
みなさんなんでそんな蔑んだ目つきで俺を見るの!?
「リリウス君さすがすぎる……」
「明るくて良い子なんだけど深い闇を抱えているのよね、しかも本人は一切気づいてないっていう……」
リリアにファラまで!?
「まさか本当にリザレア・マクローエンだけを救出して他の兄弟を置いてくるとはな、俺の予想の全てを良くも悪くも悉く外すとはやはり面白いやつだ……」
本当に危なかったのはリザ姉貴だけだからね! たぶん!
「たぶんあいつらなら大丈夫ですよ、特に根拠はないけど」
「ルドガーとアルドは見殺しにする気か!?」
「野良犬ッ、散々当家の世話になっておいて土壇場で裏切るのですか!?」
ファウストと義母がうるさいが無視する。
がムカツクのでぶん殴って沈静化する。ファウストは五発、義母は二発で十分だ。よえーな、雑魚が。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「だから何なのみなさんのその目は!?」
「あのね」
ファラ解説員お願いします。
「みなさんリリウス君の生い立ちに同情的だったの。不幸な生い立ちにも関わらず腹違いの兄弟を助けるために我が身を投げ出すなんて立派な少年だってみなさんあなたを褒めてたの。でも、これでしょ?」
虐待を加えていたはずの義母と次兄は殴倒され、他の兄弟は未だテロリストの占拠する離宮の虜囚。特におかしい部分はないですね!
「他人を勝手に英雄視しても裏切られるだけだぜ。さ、閣下突入しましょうぜ、うちの兄弟なら見捨ててもらって構いませんから」
パシン!
いってえ、なんで俺を叩くのリザ姉貴。というか何で泣いてるの?
「助けられるなら助けなさい!」
「あ、姉貴……? それどんなテンションなの?」
「そして堂々とマクローエンを出ていきなさい! あんたにすごいちからがあるのは知ってる。やろうと思えばいつだって復讐できたのも知ってる。でもあんたしなかったじゃない、あたしだったら絶対殺してる! なのにあんたしなかったじゃない、それがどんだけすごい事かあんたわかってない!」
「え、え~~~っと……だからどういうテンション振り切れてるの?」
「こんなちっぽけな事件で見殺しにしてあんたの努力を無駄にしないで! あんたは何の遺恨も残さず堂々と家を出るの! あたしの自慢の弟は、目先の憎しみなんかに囚われないすごいやつだって馬鹿どもに教えてやんなさい!」
姉貴、俺をそんなふうに思ってくれていたのか……
「それがあたしとあんたのマクローエンへの復讐よ!」
「俺さ、姉貴の弟でよかった」
「あたしもよ」
「じゃあ二度目だしちょちょっと行ってパッと帰ってくるね!」
「「「え……!?」」」
え、俺なにかおかしな発言しました?
一度潜入して中の様子把握してあるんだから本当にパッと終わると思うんだけどな。
緊迫のシーン。心温まる姉弟のやり取り。
そんなすべてを破壊する無敵のステルスコート先輩なのだった……!