ラタトナの燃える日(前編)
ラタトナリゾートの滞在から二週間が経った。
ダンジョン行く行くと言いながら日々の雑事にかまけて結局行かず、実りはないが友情を育む夏となった。
朝から思いっきり海で遊んだ俺は昼過ぎにはもうベッドでぐっすり眠った。すっかり夜も深まった頃に肩を揺すられた。ファラかな? リリアでもいいよ? ただしデブてめーはダメだ、ぶっとばしてやる!
目を開けるとそこには……ガーランド閣下のお顔がありました。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
「ついてこい」
なんてボケ甲斐のない人なんだ。
いつになくピリピリした雰囲気の閣下についていくとリゾートの空気までピリついていた。ピリついたこの空気は火事の時の町の空気に少し似ている。つまりは緊急性の高い事件に戸惑う空気だ。
「何が起きているんですか?」
閣下は何も答えない。
「どうして俺を呼ぶのですか? それも使いを寄こさず閣下直々に?」
無言を貫くのは答える必要がないからか?
騎士団の詰め所に連れていかれるのかと思ったが違った。
リゾートの丘の一番上にあるラタトナの離宮だ。
ボゥと燃え上がる松明が離宮をぐるりと囲んで焚かれ、数十人という数の騎士が忙しそうに走り回っている様はまるで仮設陣地だ。クーデターかな?
仮設陣地には親父殿や大デブやらの偉そうな貴族のご当主の面々までいた。って噂のブタ王子までいんじゃん! クーデターじゃねえやこれ。
「現在ラタトナの離宮には帝国革命義勇軍通称『青の薔薇』を名乗る連中が立て籠もっている。連中の要求は武装解除した俺と人質との交換だ。所感を述べよ」
ご自分が取引材料にされてる状況で俺へのテストですか……
「沿海州の偽装ではないですかね?」
「俺も同じ答えだ。どうしてその結論に至った?」
沿海州という宿敵国家はけっこうなくせもので暗殺ギルドから工作員を出して帝国革命義勇軍を秘密裏に援助している。ゲーム内における様々な問題の黒幕的な扱いであり、幾人かの帝国貴族とも繋がりがある。警備の厳重な貴族専用の高級リゾートに潜入できたのもどーせそいつらの手引きだろ。
「ブタ……」
言いかけて訂正。騎士団長の前でブタ王子はないわ、不敬罪だわ。
「フォン・グラスカール王子がいるのに騎士団長との交換を提案するのおかしくないですかね。革命をしたいなら王子を取りますよね、でも帝国の軍事力を削ぎたいなら閣下を取ります。加えてこの立地、ほぼほぼ沿海州でしょう。何ですそのお顔?」
「いや、お前はどこまで知っていてそう口にしたのかと思ってな」
やめてスパイ容疑やめて!
「お前が権力から遠ざかりたいのは理解している。そっちは疑っていない」
「あ、さいですか」
では何を疑ったのだろうか?
仮設陣地では様々な意見が交わされている。その中には騎士団を非難する者もいる。
「まさかリゾート施設を狙うとはな、騎士団が詰めているのに堂々とした連中だ」
「連中も浮かれていたのでしょう。ま、半裸のような淑女がそこらをうろついておれば気が緩むのも仕方ありませんな」
「そういった発言はおやめいただきたい!」
「だが現実に革命義勇軍なる連中の侵入を許したのはお前らの怠慢だろうが!」
他人事のように無責任な発言をさも賢者の面をして語る者もいる。
「愚かな連中だ、バートランド卿はこうした要求に屈する男ではないというのに……」
「では人質は見殺しと?」
「さてそこは卿の手腕が語るところですが」
感情に任せて八つ当たりする者もいる。
「ガーランド団長! 当然交渉は為されるのでしょうな、あそこには私の息子がいるのですぞ!?」
「人質の安全には最大限考慮する、が一度テロリズムに屈せば帝国全土から火の手が上がる事も心得ていただいた上で大局的見地からご納得いただきたい」
「それは人質を無視するという意味ではないのか!?」
「離宮には俺の娘もいるんだぞ、騎士団はこの責任をどう取るおつもりか!」
「あぁぁ……どうしてこんな事に。秋には妻を迎えるはずだったんですよ……」
でもこれでわかった。彼らは呼ばれてきたわけではない。親族を案じて駆け付けた者達なのだ。仮設陣地は混沌の極みにあった。
仮設陣地には義母にファウスト、ファラとリリアの姿まであった。
騎士身分でもある親父殿や大デブ、騎士学院のファラ達はわかる。しかしファウストや正妻のリベリアまでいるのはどういう事だ?
つかいつも澄ました面してるファウストがつっかかってる相手ってまさかラキウスか!? 嘘だろ、あのビビリがラキウス兄貴に喧嘩腰だぞ!
「いつまでここで手をこまねいているつもりだ!」
「手をこまねいているわけではない」
「行動をしないのなら同じだろうが! 生きてさえいればいい人質があの場でどんな目に遭うのか理解しているのか!」
「素人が感情で物を言うな」
「だが!」
「文句があるならば閣下に直訴しろ。指揮権のないオレに食いつくなど浪費でしかない」
「あなたはッ……本当に人なのか!?」
「お前は変わらんな、いつまでもガキのままだ」
いったい何が起きているんだ?
閣下ご説明お願いします。
「お前を呼んだ理由と同じだ。人質の中にはルドガー、アルド、リザレア・マクローエンもいるのだ」
なんだと!?
なんでまたルドガーやアルド、リザ姉貴までが!
「今宵離宮では財務長官フラメル伯爵主催の領地経営における問題点についての勉強会が行われていたのだ。そこにいるファウスト・マクローエンやリリア・エレンガルドも参加していたが命辛々逃げ延びてきたのだ」
「本当にすまない、私の腕では兄君を守るの精一杯だった……」
「いや、リリアは頑張ってくれたんだよね。仕方ないよ」
慰めながらも俺の心の中はカァーっと燃え上がっていた。
この五年間折に触れては考えてきたパズルが急に完成したみたいな感覚だ。
未来のロザリアお嬢様の手下Aリリウス・マクローエンという存在を生み出すために歴史がリザ姉貴を消そうとしている。順序で言えば逆かもしれない、リリウスはリザという唯一の理解者を失ったことで心が折れてチンピラに成り果てるのだ。
誰にも見えない運命の時計が約束された未来へと向け、時の歯車を動かし始めたように感じる……
「ガーランド団長、突入の準備が整いました!」
「うむ」
仮設陣地が轟々と揺らぐほどの批判が巻き起こる。
「やはり人質は見殺しか!」
「ふざけるな、なんのための騎士団だ!」
怒りに火のついた暴徒がガーランドに掴みかかる途中で騎士に阻まれる。暴徒は十や二十という数ではない。それだけ大勢の人質が囚われているのか!
「では一斉突にゅ―――」
「待ってください!」
ガーランドが振り下ろそうとした腕を掴んで止める。
「俺に! 俺に人質を救出する時間をください!」
「なんだお前は、ガーランド団長に指図するつもりか!」
若い騎士が俺の肩を掴んで引くが逆に蛙落としで投げ落としてやる。元柔道部のプロレスファン舐めんな。
「指図なんてそんなつもりはありません。お願いします、頭を下げればいいのなら幾らでも下げます。ほんの少しでいいんです、俺に時間を与えてください!」
腕を組んで俺を見下ろすガーランド閣下の鉄面皮からは何の感情も読めない。鉄の男の異名は正しい、あまりにも正し過ぎる! その正しさに誰もついていけないほどに!
「よかろう」
えっっ!? オーケーなんですか!? その怖いお顔で!?
ちょっと表情筋サボりすぎじゃありませんかね?
「団長、なぜこんな子供の要求を!?」
「突入の準備はできています。いまさら時を置くなど徒に被害を増やしかねません!」
「それは違う!」
俺は反論する騎士を怒鳴りつけてやる。
「革命義勇軍を詐称する沿海州の秘密工作員の目論見はすでに達成されている。奴らの目的は初めから人質とガーランド団長との交換などではない、騎士団に離宮の占拠を許したという汚点を与え、帝国軍への心象ダメージとするためだ!」
「なんだそれは、それのどこが騎士団へのダメージとなる!」
「貴族の子弟を人質に取ったのはなぜか、友や子、親を失った貴族に騎士団への敵意・不信を植え付けたいからだ! 敵意や不信を抱いた貴族の口は軽くなる、この事件はもはや隠蔽不可能、となれば市井にこのような形で噂が出回る。帝国革命義勇軍という連中が貴族に一泡吹かせてやったらしいザマアミロだ。そうした噂は不満分子への追い風になる! ここにはこんな程度のことも逐一説明されねばわからない連中しかいないのか、子供の俺でさえすぐに把握したのに!」
「貴様ァ!」
別の騎士が背後から殴りかかってきた。思いっきり殴られて膝が揺れると別の騎士がタックルで俺の身体を引き倒す。そこへ蹴りが入った。
「クソガキが、団長の前で偉そうに講釈垂れやがって!」
「俺らだってその程度のことはわかっているんだ!」
「やめてやれ」
ガーランドの制止で熱くなっていた騎士どもが大人しくなるが痛え、ちくしょう。
膝はガクガクでも無理をして立ち上がる。この場で膝を着けば救出させろなど言えなくなる。
「敵の目論見は離宮を占拠した時点で達成されているんだ。騎士団への風評被害を抑えたいなら可能な限り人質を生かすしかなく、時間経過は何ら問題にはならない、違いますか?」
「俺はすでに命令を下した、リリウス・マクローエンの行動を認める」
「「団長!?」」
「だが長くは待てんぞ?」
「30分……」
くそ、驚愕してるっぽい顔しやがった。だが部屋が百近くありそうな広大な離宮での人質探しなんてステルスコートを使っても短時間では済まないぞ。
「27分ください、お願いします!」
「許す」
感謝しますガーランド閣下。
足のフラつきを懸命に堪えながら仮設陣地を離れる。背後から閣下の声がした。
「だがわからんな、お前は庶子という生まれから日常的に虐待を受けてきたはずだ。幾度か殺されかけもした。そんなお前が我が身を投げ出してまでどうして助けようとする?」
「ははは、こいつはお笑いだ。聡明な閣下にもおわかりならないのですね……」
背中越しだがガーランドが顔をしかめた気がした。
さすがは鉄の男だ、家族への情愛なんて当たり前の物がこの人には理解できないのだ。
「アルドは四六時中俺につっかかって来ますが十歳の子供の悪戯なんて楽しいからやってるだけです、そんなあいつに何の罪があるっていうんです? ルドガーは馬鹿だけど打てば響くんでけっこう気に入っているんです。マクローエンは義母も兄弟も使用人も俺をいじめて楽しんでる悪意の坩堝だったけど、そんな地獄の中でリザ姉貴だけは俺を普通の弟みたいに愛してくれているんです。そんな姉貴を助けたいと思って何がおかしいっていうんですか?」
「失言だったようだ。忘れてくれ」
「貸し一つとして覚えておきます。俺は確かに野良犬だけど、この秘めた想いまで軽んじられるのは我慢ならないッ」
「覚えておこう」
待ってろ、いま助け出してやるからな!