殺害する本能(01)
時系列は番外編『冬に咲く青い薔薇』の直後にあたるお話です。
青い薔薇って結局テロ組織のことかな?って思ってもらいつつ、じつはリリウスがロザリアへの恋心を自覚するお話だったってだけなんです。バラの花言葉は情熱的な恋ですが、青バラは不可能。青い薔薇なんて存在しないから不可能なんて花言葉になったのですが、叶わぬ初恋という意味で用いました。
恋多き彼ですが一番愛しい女性に手を出せない反動なのかもしれませんね。
登場人物紹介
リザレア・マクローエン
マクローエン男爵家長女。屋敷内で息を潜めて暮らす孤独な少女。腹違いの弟妹へと注ぐ深い情愛は、その不安定を立ち位置を忘れるための現実逃避にも似ている。
独学ではあるが熱心に学んできたため落ち着いた知性を有し、領主代行修行中のファウストから色々と相談を求められ、知識を活用できることを喜んでいる。じつはファウストが好きだったけど最近幻滅している十三歳。トイレが長いせいだ……
リリウス・マクローエン
本編の主人公、マクローエン男爵家の庶子の五男。魔王の呪具ステルスコートを自在に操り、領内一の暴れん坊将軍と化している。領民から恐れられる一方、頼り甲斐もあるので大変困惑されている。ブサイクメンズからは絶大な支持を受ける。
ファウル・マクローエン
マクローエン男爵。子煩悩な女たらしで領内に愛人が何人もいる女こまし。その巨大すぎる愛情は息子と娘と妻だけでは余ってしまうらしい……
アーチー(エルネスト・マクローエン)
マクローエン家庶子。カウンゼラ市の母の下で暮らしている。領内において無敵の暴君然と振る舞うリリウスに憧れて子分になった七歳の男の子。誰か早くとめてやれ……
ルア(ラステリア・マクローエン)
マクローエン家庶子。カウンゼラ市の母の下で暮らす八歳の女の子。将来は冒険者になりたいらしく、リザから心配されている。
バトラ・マクローエン
マクローエン男爵家四男。いっこ違いのルドガーと大の仲良し。気がつくといつも鏡ばっか見てるナルシスト。最近少し色気づいてきてる……
アルド・マクローエン
マクローエン男爵家六男の末っ子。天真爛漫なお馬鹿なので兄達から愛されて育っているが、アルドが石を拾ったらみんな一斉に逃げだす。投擲スキルSホルダー。潜在能力においてはマクローエン家でもラキウスに匹敵するやべー奴。
ウェンドール800年二月。昨年暮れに突如ホームステイしてきた閣下とお嬢様が……
「飽きた」
の一言で帰っていった。なんてマイペースな方々だ。
あれから三日が経った二月八日。あれほど騒がしかった屋敷も落ち着きを取り戻し、ようやく日常が戻ってきたという日に俺は告白することにした。
俺は姉貴を自室に連れ込んで壁ドン!
「姉貴、じつは俺前世の記憶があるんだ……」
「ばか!」
すぱーん! 超痛い平手打ちされたぜ。
「リリウスッ、あんたねえ、怪しい葉っぱに手を出すなんて見損なったよ!」
怪しい葉っぱでラリってる疑惑かけられた俺はこの後めちゃくちゃ説教された。
ガミガミ超説教されてる。俺怪しい葉っぱなんてやってねえのに……
「ちがうんだ、俺は本当に」
「うるさい、イイワケすんな!」
ダメだ、ガチギレしてやがる。
胸ぐら掴まれてガックンガックン揺さぶられてるぜ。
「生まれを卑下してグレてなんになるの!? あんたの人生はあんたの物なの、あんたがやったことはあんたに返っていくの。パパのせいにして麻薬なんかに手出してぇ、困るのはあんた自身なのよ! お天道様の下を、真っすぐに歩くの! あんたは人間よ、人間なのよ!?」
「ご…ごめんよ姉貴……」
なぜだろう涙が出てきた……
俺なんもやってないのにすげえ悪いことしてる気がしてきた……
「あんたッ、もう二度と葉っぱなんかに手を出しちゃダメだからね!」
「はい……」
姉貴とすすり泣きながら抱き締め合う。なんか知らんが更生した不良息子とママみたいになってる。
あー、このペッタン湖落ち着くわー。相変わらずさざ波一つない水平なお胸ですね。
ぽかん!
「なんで殴ったの!?」
「今最高に失礼なこと考えてたでしょ!?」
さす姉。俺の思考超理解してますね。
自室でこんなやり取りを大声でやっていたらファウスト兄貴が入ってきた。抱き合う俺と姉貴を見つめて……おい、逃げるな。
「……邪魔をしたな」
「待てファウスト、お前はひどい誤解をしている!」
「……(ダッシュ!)」
「なんでダッシュで逃げるんだ!? せめて何か言ってくれよ、誤解だ、誤解なんだよぉぉおおおお!」
くそー、あの貧弱メガネ逃げ足だけは早いな!
やばい、親父殿が勘違いして夜にはガチ説教が始まる奴だこれ。
「兄さんは相変わらずそそっかしいわねえ」
あの陰険メガネをそう取るか。姉貴は家ではわりとスタンダードな立ち位置だから、誰に対しても一歩引いて見てるんだ。俺は憎しみバリバリの澱んだ目つきで粗探ししてるけどね。
「ねえ、今からちょこっと町に出ない?」
俺も家にはいたくない。親父殿がクールダウンするまで会いたくないんだ。
カウンゼラ市は領内でも二番目に栄える町だ。人口は約二千人。西のバイエル辺境伯領との境にあるレムレース市に比べればだいぶ寂びれちゃいるが、領主家お膝元だけあって……
別に賑わってはねえわ。すまん、ちょっと盛ろうとしたけど盛れなかった。
昼間だってのに人っ子一人歩いてねえんだ。ちょっと通りかかった冒険者ギルドもクローズドの看板さげてるわ。マクローエン領は冬になると魔物でさえ住処から出てこねえから冒険者はみんな西のレムレースに出稼ぎに行くんだ。
膝までの積雪に足を取られながら郊外の廃屋に行くと、庭先でアーチーとルアが駆けまわって遊んでいた。
「あー、リザ姉だー!」
「おっそいよー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて姉貴を歓迎しているこいつらは俺のご同類、つまり親父殿と愛人の間にできた庶子って奴だ。
貴族家には嫡子と庶子ってのがいるが嫡子はいわゆる継承権に関わりのある戸籍上認められた立派な子供なんだ。庶子は貴族家ではない庶民の戸籍を持つ子だ。俺は母と養父をなくして領主家に引き取られたが、こいつらの母親はまだ存命なのでそっちで暮らしている。
リザ姉貴はこいつらと週一で会って、お勉強やら何やらを教えている。世が世なら聖女か聖母である。俺この世に蔓延るイケメンはすべて抹殺する気だけど、姉貴と幸せな家庭を築いてくれるんなら一人くらい見逃してもいいかなって思っているんだ……
「隊長もおそいよー!」
アーチーは飛びついてきた。こいつはまだ七歳。将来の夢は冒険者だっつーんでたまに魔物退治に連れてってやってる。私設武装組織カウンゼラ防衛隊の一員ってわけだ。ちなみに隊長は俺だ。隊員は三人しかいないごっこ遊びだけどね。
「はいはい、遅れてごめんな」
こうしてはじまるお勉強タイムである。
この廃屋は俺の義父にあたる老僕が使っていたものらしい。つまり領主家に来るまでリリウスが暮らしていた家ってわけだ。……廃屋の裏にある二つの小さな墓石にはたまに手を合わせてる。顔も名前も知らないけどね。
姉貴が教えるのは主に算数と読み書き。この二つさえできれば生きていくのはそう難しくない。平民にも開かれた教育機関なんて存在しない帝国の識字率はどうなんだろうね。統計調査の概念さえない国なんだ。
「ウェン・リエン・クラス・ラクス・エラン・ティエン・ヘルト・バル・グエン~~♪」
みんなして姉貴を一緒に数字歌を歌う。
帝国の公用語バナシュ語でウェンが一、つまりは一から九までお歌で覚えましょって奴だ。幼稚園でよくやる幼児教育に近いね。
アーチーとルアがノート代わりの木版に数字を入れていく。WEINが一で、スペルをリズムで覚えさせる。教育に金も時間も出せない平民の知恵って奴だね。
簡単な絵本を読ませて、わからないところは一緒に読んであげる。一人につき先生一人、マンツーマン学習指導だどん!
ちなみにアーチーは俺と組ませるとすぅぐ遊びたがるから姉貴が担当してる。俺にロリを扱わせるとか危機管理甘いよ。
「リリにい、これなんてーの?」
「え~~~っと、ベルクレスト号だな。でっかい船みたいだな」
「おっきいねえ!」
ルアはかわいいなあ。アルドもかわいいけど最近石投げてくるから怖いんだ。やっぱり癒しって大事だわ。
いま読んでるのは冒険王レグルスの大冒険って絵本だ。屋敷の図書室に全巻揃ってて、今んとこ七巻目。
レグルス君はお家ではいじめられてて召使いみたいにコキ使われてたけど、こそこそ貯めた小銭で中古の剣を手に入れて冒険者になるんだ。
仲間を得たり、裏切られたり、戦いで仲間を失ったり、必死に生きててなんだか応援したくなるね。
「俺もこういう冒険したいな」
「あたしと冒険者やろうよ!」
「リリウス?」
姉貴からギロリと睨まれたぜ。余計なこと言って夢を刺激すんなって奴だ。冒険者は過酷な商売だから可愛い妹にやらせたくないんだね。
レグルス君は色んな冒険を経て中央文明圏へ。ウェルゲート海の死神と呼ばれるルーデットなるキャプテンと一騎打ちだ。仲間が次々倒れていくけどレグルス君は負けない。
「いけ、いけ、それいけレグルスマン~~♪」
「わ~るい死神ぶったおせー!」
オリジナル応援歌で応援してるとレグルス君が勝利したぜ。
勝利したレグルス君は王様から宝剣もらって、みんなに褒められてるね。フィクションとはこうあるべきだよね。実際には騎士団からやっかみと嫉妬を買って毒殺されかねないんだが、子供の絵本にリアリティは要りません。
絵本をキリがいいところまで読んで本日のお勉強はおしまい。ダダをこねる弟妹にはしっかり言い聞かせてお家に帰らせる。もう夕焼けが迫っている。
「送っていくよ」
「あんたどーすんのよ?」
「親父殿が怖いから二・三日こっちにいるわ」
裏切り者を見る猜疑心に濡れた目をされたぜ。
「あたしもしばらくこっちにいようかな」
「それはそれで誤解を増大させかねないぜ。大人しく生贄になれ」
「仕方ない、がんばって説得しますか」
ちからこぶを作ってガンバルポーズだね。陰ながら応援してるよ!
俺と姉貴は仲良しではない、家ではそう見せる必要がある。その事情について尋ねたことはないが何かあるんだろうくらいで疑問を留めている。デリケートな部分に不用意に触れることは痛みを伴うって、嫌なくらい思い知っているんだ。
夕暮れのカウンゼラ市を出て、領主家のお屋敷へと続く森の街道を歩いていると野郎が立ち塞がってきた。
真っ黒いマントを被って顔を出さない男だ。変態かな?
「リリウス・マクローエンだな?」
「人違いだ。俺はファウスト・マクローエンだ」
変態が大型の鉈を抜き、ブンブンと扱いをたしかめるみたいに振った。
やる気らしいな。
だが俺はマクローエンの悪魔と呼ばれた男だぜ。変態の扱いなんて慣れたもんさ。さあ見せてやろう、我が究極奥義を!
「あああ! あそこに水着の美女が!」
「馬鹿め、そんな見え透いた手が通じるとでも……(ちらっ)」
本当に通じちゃうんじゃないよ。さてはお馬鹿さんだな?
透明化した俺は風の速さで背後に回り、そのケツを散らしてやる。
ずどん!
「ふっ、天昇一輪挿しなり」
「ふぎぎいぃぃぃぃぃぃぃ!?」
ケツにスプーンねじ込みながら頭上高く突き上げられた変態がジタバタしてるぜ。そのまま街道の端っこにぶん投げてやるとひぃひぃ言いながら逃げてった。
姉貴はなんでそんな切ない目で俺を見るの?
「ねえ品位って知ってる?」
「あいにく品位は持ち合わせがなくてね」
理由はマジで謎なんだが週一くらいで見知らぬ女の子が泣きながら「ファウスト様のかたきー!」ってナイフ刺しに来るんだ。ケツをひっ叩いて帰しちゃうけどね。今回もそっち関係だろうな……
女の子からは蛇蝎のごとく忌み嫌われ、ブサイクな野郎どもばかりが俺を生温かく見守るマクローエンとかいう領地が俺は嫌いなんだ。
「自業自得じゃない!」
「えっっ、いまの声に出てた!?」
女の子から嫌われる理由について、この後めちゃくちゃ説教された。
スプーンがいけないんだってさ……
屋敷に帰るとソッコーでお夕飯だ。逃げる暇もなかったぜ。家族全員参加のくせに会話のないギスギスした夕飯の後、親父殿から出頭命令がきた。
バトラとファウストがクスクス笑っててムカツク。
はみがきしてから執務室に行くと親父殿が……
「お前もそういう年頃かー」
めっちゃニヤニヤしててクソウゼー。息子が女に興味持ち出したからって成長を喜ぶんじゃないよ! ちゃんと叱って!
「でもな、リザはダメだぞリザは。兄弟間でそういうフシダラなのはダメだぞ」
「いやいや、そもそも誤解なんだって……」
説明すると大笑いされたぜ。全部ファウストの勘違いのせいなんだ、笑ってやってくれ。
「照れるなよ!(ニコニコ)」
「照れてねえ! 誤解だッ、息子の証言を信じろ!」
「よし、いまから娼館いこう娼館! ダディがいい女みつくろってやるぞ。ガハハハ、よぅし今夜は大暴れだー!」
行動力の方向間違えすぎてる!?
くそっ、俺の肩を抱くちからが万力みてえだ。こ…これは逆らえないな。ちからづくでは仕方ないな。くそ、本当は行きたくないんだが無理やり連れていかれるのでは仕方ないな。
親父殿が鼻歌くちずさみながらコートに袖をとおしてるぜ。くぅ、空気が万力みたいに俺を締め上げてねえ! 自由の身かよ。俺に逃げるチャンスを与えないでください!
「あなた」
義母のリベリアがやってきた。間の悪い女だぜ。
「どこかお出かけに?」
「いや、散歩でもしようかなって……」
親父殿がちいさくなってる。小型犬みたいにしょんぼりしてやがる。さっきまでの威勢のよさはどこへ……
「であればお話があります。リリウス、どこかへ行ってなさい」
義母のお言葉には逆らわないほうがいい。
一年のほとんど家を空けてる親父殿に代わって屋敷を統括しているのは義母だ。ほとんど領主代行のようなもので、無用に逆らうより流された方が賢いんだ。
俺は自室に戻り、こっそり泣いた。だって行きたかったんだもん!
翌朝、朝一番でバトラがやってきた。
「決闘しようぜ!」
「理由は?」
「暇なんだ!」
堂々と白状しやがった。こいつ一個上のルドガーが帝都の騎士学いってから遊び相手に困ってんだ。
中庭で木剣つかって軽く汗を流す。爽やかな青春の汗って奴さ。
「死ねええええええ!」
「お前が死ねえ!」
「殺す、絶対に殺してやる!」
ケダモノみたいに防御無視で木剣を叩きつけ合う。
バトラが一発入れる間に俺は五発入れてる。フィジカルのレベルが違いすぎるんだ。閣下にちょこっと稽古つけてもらったくらいで俺に勝てるわけねーだろ。
俺の名はリリウス・マクローエン。一般的に一人前の戦士とされるレベル十九のナイスガイだ。レベル七くらいの雑魚が勝てる相手ではないのだ。
「負けねえ……負けてたまるかよ……!」
けっこうボコボコにしてやったのにまだ立ってるとかタフガイだな。
死んだ仲間の想いでも背負っているのかよ、ってくらいの悲壮感で立ち向かってくるね。
「兄より優れた弟がいるかよぉぉぉ!」
「その根性だけは認めて、一発くらってやるよ。それで終わりな」
バトラが急停止。なんでだ?
「おい、手を抜かれるとそれはそれで腹立つから全力でこいよ」
「めんどくせー奴だな。俺これからミリーさんとこでスプーン買う予定あんだ」
「ミリーって」
バトラがおっぱい大きいジェスチャーしてきた。最低だなこいつ。品性はどこで売ってるんですか! 当家には大幅に不足しています、すぐに売りにきてください!
「そのミリーさんだよ。知ってんの?」
「前に町で見かけた。けっこう美人だったから覚えてたんだが……お前狙ってんの?」
最近バトラが色気づいてきた。
年末年始は騎士団が宿泊していたんだが、騎士のお兄さん方から色々影響受けたみたいですねえ。こいつけっこう懐いてたしね。
「普通に好きだけどそーゆーのじゃねえよ。親父さんが腰痛で寝たきりになってて苦労してんだ」
「あー、お前なけなしの優しさくらいはあるんだよなあ」
いま欠片くらいの優しさの他には何もないって言ったんか?
むっ―――殺気!? と思って振り返ったら朝の掃き掃除をしてる女中がこっち見てただけだぜ。
使用人ってのはあまり姿を見せない連中だ。普段は階下と呼ばれる使用人用の階段でしか入れない、屋敷の一階の下にある空間で暮らしている。玄関にある十六段の階段をあがると一階で、一階と地面の間にあるのが階下であり、別に天井が低いなんてことはない。
四階建てのお屋敷が実際は五階建てってだけのお話なんだ。
「楽しいかい?」
「貴族様がボコボコにされてる姿なんてあんまり見ないものでして」
ソバカスの多めの、勝気そうな目つきのお姉さん女中がニシシと笑った。二十歳くらいだと思っていたがもう少し若いのかもね。
「そんならゲスな猥談をする姿も楽しめたろうね」
「そっちはよく見ますね」
どうやら品性が足りないのはうちだけじゃないみたいですねえ……
しかし不思議な女だ。掃き掃除をしているだけなのに不思議と目を離せない。危険センサーがピリピリしてる。
「最近入った人?」
「ぼっちゃんってもしかしてあたしに興味あるんですかー?」
「興味あるよ」
こいつの動きや気配は沿海州のアサシンに近い。以前戦ったハゲより幾らか格下っぽいけど。
「おい、女中なんかに手を出すなよ」
「黙ってろよバトラ。こいつアサシンだぞ」
バトラの行動は早かった。無詠唱で唱えた風の礫弾を放ち、そいつを女中が横に跳んでかわした。パンピーの動きじゃないね、はい確定。
「一目でバレちゃいましたか。やりますね?」
「お前がダメすぎ。戦える気配くらい隠せよ」
「いやいや、あたしの気配感じ取るとか普通はできませんから」
女中の態度には不思議なくらい余裕がある。ま、たしかに実力的には俺より少し上だと思うんだ。でも屋敷の四階の執務室には親父殿がいる、大声を出せば届く距離だ。
女中がにんまりと微笑み、お辞儀にも似た騎士の正第四位礼をする。
「接触は最小限ってお約束だったのですが、こうなれば仕方ありません。ガーランド閣下直属隠密機動部隊ルーリーズのジェシカです」
「素直に信じてやるほどお人好しじゃなくてね、暗い拷問室でもう一度お願いできる?」
ミスリルソードを構えると苦笑いされた。
本当に敵ではない、そういう態度だね。でも信じて殺されるくらいなら先に殺す。それだけだ。
「ほんとならもっと信じてもらえそうな形で接触するはずだったんですけど、ぼっちゃん勘が良すぎです」
「バトラ、暗器に気をつけろ」
「誰に言ってやがる。そっちこそヘマすんなよ」
「わーい!」
このシリアスなシーンにアルドが!
にっこにこしながら小石をたんまり抱えてやがるぞ。
「けっとーならぼくも混ぜてー!」
「退避ー!」
「あわわっ、あわわわ……!」
俺とバトラは一斉に逃げ出した。アルドが追ってきた。森に逃げ込んだ俺らへ向けて光の速さで加速し続ける小石が……
ズガンッ!
うおおぉぉぉ、大木を一発で貫通するとか……
「やめろ、やめろー!」
「これ別にそういう遊びじゃねえから。逃げる兄貴に石ぶつける遊びじゃねえから!」
アルドの投石はさ、弱めの魔物なら一撃で殺す威力あるんだ。
俺も最初は驚いたよ、でけえイノシシの頭爆散させた時はほんとにさ。こいつ逃げる俺らのこと遊んでくれてるって勘違いしてるんだ。怒っても元気に「うん」ってお返事するのに何も理解してねえんだ。お馬鹿な七歳児に兄ちゃんに石投げちゃダメって理解させる方法急募!
ステルスコート起動!
「リリウスぅぅぅぅぅぅ!?」
すまん、ほんまかんにんやで。
俺はバトラを置いて逃げ出した。何かを忘れている気がするが、まぁいいや。
ミリーさん待っててね、あなたのリリウスが貢ぎに行くよ!
帝国有数の豪雪地帯であるマクローエンは冬になると流通が完全にストップする。冒険者は余所に出稼ぎに行き、商人はそもそも来ず、地元民は家にひきこもる。
そんなマクローエンの奥様方の冬場の暇つぶしはもっぱら内職だ。麻の織物や木製の食器、そんな物をこしらえて春になるとやってくる商人にまとめて売って家計の足しにする。妻にするなら裁縫の上手な女がいいなんて格言があるくらいさ。
ミリーさんの家はカウンゼラ市の外れにある職人街だ。木工職人の親父さんは現在腰を悪くして寝たきり、ミリーさんが一人で家計を支えているんだ。お母さんは随分前に愛想を尽かして出ていったらしい。
「なんだ、リリウスぼっちゃんかい」
工房には親父さんしかいなかったぜ。ミリーさんは買い物かな?
なにやら大物のタンスを作ってる。額に脂汗を浮かべながら、丁寧に削り出した板を組み合わせているところだ。親父さん凄腕職人なんだけど出来が気に入らないとリテイクだして何回も作り直すんだ。おかげで暮らしぶりは貧乏一直線、奥さんはそれが原因で出ていったとかいう意識高い系のクズなんだ。
凄腕職人ってだいたい家庭崩壊してるイメージだったから何の違和感もないわ。
「親父さんでもいいや、スプーンあるだけくれ」
「ぼっちゃん、あんたには一度言っておかねえといけないことがあるんだ」
婿養子のお話なら快諾するぞ。
「スプーンはな、食器なんだ」
うん、知ってる。
「武器じゃねえんだ、ましてやケツにねじ込む物でもねえんだ。わかるな?」
ガチのトーンでスプーンの用途について説教されてしまった。親父さんプロの職人だからせっかくこしらえた食器を変な使い方されて怒ってたんだな。ごめんね。
「ごめんよ、俺が間違ってたよ」
「わかりゃいいんだ」
「これからはミスリルソードねじ込むことにするよ」
「それはやめようぜ!」
迫真つっこみかよ。
俺はどうしたらいいんですか?
「ぼっちゃん、ケツにねじ込むのはやめようぜ。まず一回ケツから離れてくれ」
「じゃあ首を落とすね」
「首もよそうぜ!!」
どないせいっちゅーねん。
親父さんが悩み出した。すげえ苦悩してる、お前はいったい何と戦っているんだ?
「わかった、俺っちの負けだ」
「誰が勝ったんですかね?」
「スプーンは武器だ」
「いや、食器でしょ?」
「…………」
「…………」
俺らは見つめ合った。ものすごく見つめ合った。互いを理解するため、心の内を探るため、真剣に見つめ合い続けた。
「俺っちだってほんとはこんな事は言いたかねえよ。でもお前首落とすって言われたら認めないとやべーことになんだろ!?」
「急にキレるんじゃないよ」
「だってよぉ、その辺歩いてて生首転がってたら俺っちのせいになるじゃねえか。ぼっちゃんは頼むからケツ掘るくらいで済ませててくれ!」
「俺を殺人鬼みたいに言うんじゃないよ、まだ殺人したことないわい!」
「ウソだ、絶対何人か殺してる目だ!」
「この目つきは生まれつきだ!」
ギャンギャン言い合ってるとミリーさんが帰ってきたぜ。やっぱり買い物でしたね、野菜の袋抱えてる。
「もぉ~~~~! お父ちゃんもぼっちゃんもケンカしないで。今度はなにが原因!?」
「ぼっちゃんにスプーン使えってお前からも言ってやってくれ!」
「いやいや、親父さんが嫌がるならスプーンはもうやめるから!」
「何のケンカしてるのかわからないんだけど……」
親父さんが荒い呼吸しながら膝をついたぜ。腰痛だな、大声だすと腰に響くんだ。
ミリーさんが肩を貸して二階に連れていき、また戻ってきた。
「まったくもうっ、寝てなきゃダメなのに気がつくとタンス作ってるのよ。あの調子じゃ棺桶から起き出して何か作るわね!」
「簡単に想像できちゃうね」
「ふふふ、ほんとね。それで今日はどんなご用事?」
「スプーンならもう買ったからミリーさんとおしゃべりしたい用事だね」
親父さんから購入した三十本一束を掲げて見せると笑われてしまった。
好きな子との会話は楽しい。でも楽しさに勝る同情がどうしても彼女を笑わせなきゃって俺を急かした。ミリーさんは親父さんの娘だけど職人としては半人前だ。スプーンの出来を見てもそれがわかる。
親父さんが働けないってのは死活問題だ。親子二人くらいどうにかしてやれる程度の稼ぎはあるけど、税金で暮らしている立場でエコヒイキはできない。貧しい家庭なんていくらでもあるし、貧しさの原因は大自然だ。そんなの俺になにができるってんだよ。
少しでも笑っていてほしい。そう願いながら俺は彼女を笑わせる。そういう想いを見透かされてるのも知ってるけど、俺には他に何もできないんだ……
「ありがとね」
「なんのお礼だい?」
「わかっててトボけちゃうぼっちゃんのこと好きだよ」
別れ際に頬にキスしてくれた。やったぜ!
小躍りしながら喜んでると職人街の端から鍛冶屋のアルム君(三十歳童貞)がすげえ顔で驚いてやがった。
「かはっ(吐血)」
「お前まさか……」
独身貫いてるなーと思ってたらミリーさん好きだったのね。でも大丈夫だよ、大人の女性は十歳のガキなんて相手にしないよ。お前の勘違いはそのままにさせてもらうがな!
スプーン補充したしイケメン狩りでもしようかな~~って思ってたら……
「ぼっちゃーん!」
アサシン女中が追いついてきやがったぜ。
俺の行動パターン調べ上げてるとかやるじゃん。話くらいは聞いてやるよ。
事ここに至っては閣下の直属部隊とかいう話は疑っていない。ルーリーズって名前はゲームでも見ていたし、何より行動パターン調査できるくらい長く潜伏してたのに俺を調べてる時点でかなり変だ。というかマクローエン家とかいう田舎貴族にスパイ使うのは変だ。普通もっと重要そうな連中に送る。
マクローエンに興味示す変わり者なんて閣下以外ありえねえんだ……
町はずれの俺の持ち家とかいう廃屋でお話を伺うことにした。
「はい、粗茶です」
「あたしが淹れるよりお上品な味わいが……」
茶葉がいいからね。騎士団の物資だったんだけど帰りは荷物減らしたいっていうから安値で買い取ったんだ。無料じゃないとか閣下マジケチ。
俺は茶の良し悪しなんてわかんないけど、どうやらお値段相応の味わいらしい。
「それで何でまたうちでスパイ活動を?」
「ラキウス・マクローエンの調査なんです」
ラキウス兄貴か、また嫌な名前が出てきたな……
学院卒業から直で騎士団に入団した兄貴はザ・マクローエンのやべー奴って感じのやべー奴なんだ。あれを言葉で説明するのは本当に難しい。
正気が狂気であり、呼吸するように殺人を行い、戦国乱世よりもひどい理屈で生きてる無頼漢とでも言えばいいのだろうか。乱世の梟雄の子供時代を想像できるなら、それが正しいはずだ。少し悪くしてもいいくらいだ。
ラキウスは人の皮をかぶった怪物ではない。人間という生き物から取り繕いや体裁を取り払った人間そのものなんだ。人間は魔物や竜などよりよほど恐ろしい生き物だ、だから地上を支配しているのが人間なんだ。そしてラキウスはどこまでも人間そのものな奴だった……
「じつは兄君に幹部教育をしようってお話があり、面倒な背後関係がないか調査するように命じられたんです」
出世コースに乗せる前の素行調査ってわけね。
「ある程度の調査はしたのですが少々困惑する結果になりましてね、閣下に相談したところぼっちゃんの意見も参考にして綿密に詰めろと……」
「そのくらいなら直に聴いてくれればいいのに」
だって四日前までうちでのんべんだらりと暮らしてたんだぜ。俺閣下に聞かれたら何でもハキハキしゃべってたよ?
ジェシカから手渡された調査書を読んだ俺は一行で噴き出した。
『マクローエン家四男ラキウス・マクローエンの調査票』
あいつ長男じゃなかったの。上の三人どこに消えたの!?




