詰んでる馬鹿どもに救世主が
デリケートな部分なので更新に時間が……
ごめんなさい、からの連続投稿です。
前回、意を決して大穴に飛び込んだルルはいじめっこ執事が以心伝心受け止めてくれることを疑いもしていなかったが……
ひゅー………………どぼーん!
「げふっ!?」
水面にケツから落ちた。誰も受け止めてくれなかった。
立っていれば膝丈までの水量の水路に落ちたルルは呆然。周囲には誰もいないのだ。幅三メーター程度の細長い水路は明かりもないが、やってくる冷たい風がたしかな奥行きを伝えてきた。
「分断策かぁ……ユーディーンの連中よりはマシな手を使うと褒めていいのだろうな」
どのくらい落下したかはわからないがロープで垂直懸垂した地下書庫よりは深そうだ。
試しとばかりに灯火の魔法を使ってみるが発動しない。発動しないというよりも、発動に必要な魔力を注いだはしからより大きな流れに持っていかれる感覚がある。
地中を流れる霊絡の流れに従ってより下の方へと魔力が押し流されていく……
「天然の魔導師殺しというわけか。厄介な場所だよほんとに……」
ルルには三つほどの選択肢がある。つまりは動くか動かざるかだが、じっとしているのは趣味ではない。賢明な救助待ちはできない性分だ。
氷水みたいに冷たい水路から立ち上がり、水の溜まったブーツを動かしながらザブザブと歩いていく。とりあえずは風がやってくる方へ。通風孔だけの行き止まりにせよ、罠にせよ、気になることは実証するのが性分だ。
真っ暗な水路の先は行き止まり、と見せかけて水深が深い。潜ってみれば案の定潜行路があり、シェーファとサリフは水泳で進んでいく。
中々に大きな潜行路だ。ちょっとしたサイズの水竜くらいなら平気で泳げそうだから、サリフは身震いした。たんに水が冷たかっただけかもしれない、自分にはそう言い聞かせた。
潜水路の先は二股に分かれていた。片方はミスリルの鉄格子が下ろされ、普通なら通行不可。シェーファが斬って、閉ざされていた方の先を行く。
(正解ってことでいいのよね? いや、そもそも正解はあるの……?)
五分近い水泳の後はまた水路を歩く。濡れネズミになった二人だがシェーファがどんどん進んでいくのでサリフもついていった。ただ何の文句もなくというわけにはいかない。
「ねえ、鉄格子の方を選んだ理由を聞いてもいい?」
「この状況で鍵のかかっている方を選ぶことに疑義があるのか」
鼻で笑われてしまったからムカツク。
「あのまま進んでいたら何があったと思う?」
「私と君がいま思い浮かべているとおりのものがいたと思うね。もっとも危険度に関しては疑問もあるが」
「……もう少し素直にはしゃべれないわけ?」
「厄介な客人を秘密裏に始末する罠の先には相応の怪物がいるものさ。ただ設計思想と運用実態が異なるように、餌代をケチったらしいな。腐っていたよ」
まるで見てきたように言うものだ。嗅覚の優れたライカンスロープのサリフでさえそういった臭気は感じなかったから、鼻で判断しているわけではないらしい。
シェーファにはこういうところがある。見えないものさえ見えているような、不思議なちからがだ。不気味か頼もしいかで言えば頼もしいの範疇だ。
「何も考えずにズンズン進んでるけどね、出口なんて本当にあるの?」
「人間というのは片手落ちをやる生き物さ。侵入されてはまずいはずの王宮に外と通じる隠し通路を作るような馬鹿を度々やらかして、いったい幾つの王朝が滅んできたやら」
「あるってんならそれでいいよ。でさ、神殿は何を企んでるの?」
「今日はやけに口数が多いね。あぁ怖いのか」
ムカツク!
黙ってやると気を遣ってしゃべりかけてきたからさらにムカツク。その気遣いを会話に活かせと言いたい。
「そういえば知っていたか、当初は新年の参拝が終わってから招こうという話だったそうだ」
「……なんの話だい?」
「世の中にはもってる奴がいるって話さ。神殿は万全の状態で私達を罠に嵌めたかった、だが私達は神殿がバタついている時期に来た。神殿には余力がない、だから性急に事を進めた。つまりリリウスはもっている奴ってことだ」
「オチが見えないんだけど?」
「これがオチなんだがね。世の中には何の意図もなく偶然自分に都合の良い事態を選べる奴がいる。そういう奴が味方なら頼もしいと思わないか?」
「本当に気にいったんだね。でも、あたしは反対」
「どうしてだ?」
「あれは信用できない。あの濁り切った目見たでしょ、あれは独善的で利己的な小物、信用に信頼を返さないクズ」
「人は変われるさ」
最高にウサンクサイ発言をしたところで、水路の先が太陽の下みたいに輝いている。出口だ。
出口なれば僧兵の存在を警戒すべきだがサリフは内心ホッとしていた。豪胆な彼女であっても罠の中では生きた心地がしなかったのだ。
流し目を飛ばしてきたシェーファが剣を抜いた。
「私達の最終目標は変わらないが、可能なら何人かさらう」
「りょうかい」
剣を手に二人は光へと飛び込んだ。
同じころ、シシリーもまた狭い水路を進んでいた。
真っ暗な水路はひたすらに続き、どれだけ歩いたかもわからない。時折水中のナニカを踏んだが気にしないことにした。人骨だなんて想像もしたくない。
「シェーファくーん! アシェルさまー! コンラッドくーん!」
呼びかけに応えはない。自分の足が奏でるザブザブという水音だけが返ってくる。
誰もいないのは心細い。思い返すのはなんでこんな事になったのか、という過去を責める問いばかり。なにかを間違えたからこんなことになっている?
答えのない疑問ばかりが頭の中でグルグルしている。
「リリウス君…カトリ……」
いなくなって初めてわかる。あの二人の存在はシシリーにとって精神安定剤だった。
ともに性格・素行の両面において破滅している馬鹿どもだが問題解決能力は飛びぬけている。国家や組織規模の戦闘能力を有する個人ないしは超存在だ。あんな連中がそこいらほっつき歩いていることがそもそもおかしいのだ。しかも倫理観が欠けている。
散々な旅だったけどあの二人がいたから安心できた。危ないシーンも多かったけど最終的にはどうにかしてくれるのだろう、そう信じていた。
でも神殿相手に事を構えるのはやりすぎだ。
神殿はいわゆる武装組織だ。独自の財源と私兵を持ち、王侯にも屈せずにその土地土地で信仰という名の商売をやっている、小さな王国のようなものだ。
小さな王国が敵に回れば個人では抗いようもない。せめてカトリがいれば、せめてステルスコートがあれば、せめてを考え出した時点で状況は詰んでいる。
おそらくは小さな王国が内包する闇に触れたのだ。
闇を暴いてはならない。暴けば闇の中から出てきた腕に闇に引きずり込まれるだけだ。原因はなんだ? 誰に責任を求めればいい? 求めたところで何になる? もう闇に引き込まれてしまったのに……
「もういやー! カトリ、カトリはどこなのー!? リリウス君は!?」
シシリーはあてもなく水路を走った。闇に朝は訪れない。六千年も暗闇に閉ざされていたのに、どうして今になって光が差すと信じられるのか。
シシリーはそろそろ限界だ……
地下書庫で火花を散らす俺とオネエの大バトル、果たして決着は……
「そのケツもらったああああああああ!」
ドス!
「んぐっ!?」
勝負開始から二分、オネエさんはスプーンに陥落した。
トンデモナイ強者のオーラ出しておきながら一撃とかこいつ。俺の危険センサーも鈍ったかな?
急いで客室に戻ろうと思ったら階段から僧兵がわらわら降りてきた。どいつもこいつも操られるみたいな死んだ目をしている……
「寝かせてくれ、もう寝かせてくれ……」
「なんでこんな時に召集かけるの……馬鹿なの……?」
「死ぬ、絶対に死ぬ。今年こそ絶対に死ぬ……」
デスマのせいだな。転職しよ?
デスマ勢の中から神殿長のおばさんが出てきた。目の下に深いクマが……
転職しよ? 悪いこと言わないから転職しよ?
「グリードリーを倒すとはね。やはり機眼持ちは厄介だねえ」
オネエさんの評価高そう。雑魚だったけどもしかして積もり積もった疲労でパワーダウンしてたのかな? 正直言ってデスマ中に別件に手を出すなと言いたい。自滅するのがオチだ。
「交渉決裂って感じだけどね、もう一度考えちゃくれないかい。あんたの仲間と交換って奴さ」
「その条件ならいいよ?」
交渉は粘り強く有益にがモットーだ。殴り合いから始まった交渉をまとめた記憶はねえが、色々手札足りなくて不利なのこっちだしね。
「それじゃその物騒なものをしま……なんでスプーン持ってるんだい?」
「他人のバトルスタイルにケチをつけないでくれ。武装解除より先に仲間の安否を確認させてくれる?」
おい困った顔をするんじゃないよ! 殺ったのか、もう殺っちゃったのか? なんで交渉する気あるのに殺っちゃうの。お前ら寝不足で知能低下してるの!?
「どうせ必要なのは身柄だけさ。殺すんじゃないよ、スキルを抜くまで生きていりゃそれでいいんだ」
僧兵どもが掲げた錫杖から魔法攻撃を放ってきた。だが見え―――
ボン! 爆発魔法が顔面にヒットした。
どかん!
バチン! ドドドドドン!
回避は無理すぎたぜ。めっちゃ飽和攻撃されてるわ。……けっこう痛いっちゃ痛いんだけど、大したことねえな。
つまりは俺の魔法抵抗力を貫通できていないんだ。領地の幼女に小石投げられるくらいの痛さだ。フェニキア雑魚しかいないの?
「ちっとも効いちゃいないじゃないさ! どいてな、あたしがやる!」
神殿長キレる。
「≪アールカンシェル――――!≫」
やべーのきたな! 神殿長の右手から放たれたルルを遥かに越える特大のビーム砲撃が……俺のガードする右手に弾かれてるぜ。アールカンシェルとは名ばかりのロマン魔法かな?
六秒間たっぷりかけて照射されたビーム砲のあと、僧兵がどよめいている。
「捕獲しろとか言っておいて完全に殺す気満々のアールカンシェルで無傷とは……」
「何者なんだあいつ?」
「いいからもう寝かせてくれ……」
「あんたはいったい……ってレジスト値7434!? 竜種の干渉結界並みの固さじゃないの!?」
ふっ、どうやら俺はすごいらしいな。コパ先生には危険視されたけどステルスコートのおかげでレジスト成長型に変化した俺魔法効かない化け物になってる奴だな。
なんかもう色々ありすぎて怒りを通し越してるけど、馬鹿どもに付き合うのはうんざりだ。
交渉条件から察するにアシェルとクロノスは無事だろう。精々軟禁程度のはずだ。だが他のみんなは無事ではあるまい。神殿長の反応からしてもう……
「覚悟はできてるよな?」
「……何のだい?」
速力全開で駆け抜け、階段を背にする。
誰一人として逃がしはしない。
「俺の仲間殺した覚悟さ。全員ぶっ殺してやるから覚悟はできてるんだろうな! 交渉成立だ、お前らの生命だけが俺への対価だ!」
十分後、俺氏すげえボコられたけど全員ぶっ倒してやったぜ。
魔法耐性はすげえけど通常攻撃は普通に効くってバレたのが残り三人になった時で助かった。ステルスコートのない俺なんてBランク冒険者の中か下くらいの実力だからね……
「ケツが…ケツが……」
「血が止まらねえ……」
ケツにミスリルソードを根本まで刺されてすすり泣くアシェラ僧兵どもは放置。そのうち死ぬだろ。
ケツから血を流しながらぐったりする神殿長を肩に担いで地下書庫を出る。
一階にあがるとまた僧兵わらわらだったよ! クソっ、町に出てる僧兵まで呼んでやがったか。
「近づくなよ、近づけば神殿長のケツを破壊するぜ?」
「な…なぜケツを人質にするんだ?」
「あの血痕だとすでに何回か掘られた後では……」
「そこは命を獲れよ」
「けっ、かまわねえよあんなババア」
神殿長のケツにミスリルソードをピタリとつけると困惑されたぜ。あと数名くらい忠誠心低い奴がいますね、ブラック勤務でやさぐれましたか?
俺が一歩進むと僧兵が一歩退く。じりじりと距離を詰めていると、僧兵どもから一歩進み出る女がいた。
勇気のある奴もいたもんだな。さては忠誠心低い奴だな? 見ろよ、真面目な僧兵さんたちがざわついてるぞ。今後の人間関係のために大人しくしててくれよ、俺もボコられたばかりで立ってるのも辛いんだぞ。
「あいつ誰だ?」
「知らん」
まさかの部外者さんかよ……
異様に目を惹く女だ。モデルのようなスタイルもそうだが造作が整いすぎている。切れ長の眼におさまった黄金の猫目が宿した傲慢がみょうに俺の記憶を刺激する。ま、似ているってだけの他人だけどな。
「聴いてたとおり頭のおかしな男なのね」
「優しくて面白くてハンサムな少年と噂の俺を捕まえてなんてことを。人違いじゃないか?」
「リリウス・マクローエン、あなたのことはビビリでブサイクな愚か者って聴いてるわよ」
俺に相当詳しい奴だな。あとで文句言わなきゃ!
「誰に聞いたか詳しく」
「何やらかしてもお茶らけて締まらないリリウス・マクローエン。ギャグシーンかますのは構わないんだけど、この状況は一手間違えただけでも少なくとも三人死ぬわよ」
「誰が死ぬ、誰が殺すんだ? そのつまらない脅迫で死ぬ覚悟はあるか?」
「性急な勘違いで自滅するタイプってのも聴いてる。シシリー・ルーデット、ルル・ルーシェ、ルールズ・アス・エイジア、この三人が死ぬって兄様から聴いているの」
兄様ね。黒髪の白人種で俺に詳しい二十代前半より年上……誰だ?
「その口ぶりだと三人はまだ死んでないように聞こえるね」
「あなた次第。で、協力しろって頼まれてるから協力してあげるの」
信じるか信じないかよりも信じたいお話だが……
いきなり現れた生意気そうな謎の美女信じるとか無理すぎるが……
「誰に頼まれた? そいつは何が狙いだ?」
「ガーランド・バートランド騎士団長」
「はぁ!?」
閣下にロザリアお嬢様以外の妹がいたの!?
待て、なんで閣下が出てくる。まさかあの人中央文明圏にもスパイ放ってんの!?
「閣下の狙いなんて馬鹿な弟分のお手伝い以外ないじゃない。コードネームはそうね、ファム・ファタールとでも名乗っておこうかしら。さあ時間がないの、グズグズしてたらシシリー・ルーデットから死ぬわよ」
「信じた。案内してくれ!」
何が何だかわからねえがさすが閣下ってことにしておくか。
唐突に現れた謎の美女の案内で客間に空いた大穴からダイブ! シシリー、無事でいてくれ!
それとエリシュ神殿長担いだままなんだけどどうしたらいいの!?




