雨よ穿てこの悲しみを、そして世界を
リゾート隣の帝国騎士団の砦に拘留されていたバトラの運命はいかに……
バトラ・マクローエンは三日の拘留の後、釈放された。
この三日の間に様々な出来事が起きた。まず面会に来た父が差し出した一枚の書類による愛するファラ・イースへの接近禁止である。続いて騎士学院の自主退学を迫られ、留学か領地経営の補佐を選べと迫られた。最後のリリウスの独立はわりとどうでもいい。
「もう来るなよ!」
ガシャン!
三日ぶりに出てきたシャバの空気は、まるで三日前とは別世界のように濁っていた……
雨降ってるせいだ。
急なスコールに避難するのも楽しそうな水着の男女が通り過ぎていく。
そんな連中を見つめるバトラの目には虚無があった。なぜ俺は恋人と楽しむこともできないのか。誰のせいか、誰のせいか、いったいこの不幸は誰のせいなのか、この三日の間ずっと考えてきた。
「……俺はすべてを失った」
天を割ったかのように降り注ぐスコールがバトラの涙滴さえ奪い取っていった。
「……ファラ・イース、俺の初恋の人よ。なぜ俺を拒んだ、なぜ俺の愛を理解しない、なぜ……ハハハ!」
笑いしか込み上げてこない。
こんな自問自答には何の意味もない。すでに接近禁止の書類にはサインを入れている。今後一切近づかないと約束させられている。例え二人が固く愛し合っていてもだ。
愛しているのに。
愛しているのに。
愛し合っているのに引き裂くのか!?
誰が、なぜだ、どうしてそんなひどいことができるんだ!?
運命が俺達を引き裂くというのなら、悪いのは世界なのか……?
「だが世界に抗えるはずもない」
バトラが拳を握り固める。
限界まで握り固めた拳から血が零れ、点々と零れるそれは足跡にも似ていた。
「ファラ、せめて来世で幸せになろう」
バトラは夜を待った。
夜を照らす月も雨雲に隠れた夜遅く、イースの別荘の入り口を破壊して侵入する。
その寸前だ。パッと辺りが明るくなった。気付けば潜伏魔法で隠れていた数十名の騎士に囲まれている!
「バトラ・マクローエンだな!」
「くっ、俺の邪魔をするなぁああああああああ!」
「こいつ、抵抗するぞ!」
「一斉に掛かれ!」
「裏に回ったぞ!」
「くそぉ! くそぉぉぉぉおおおお! ファラ・イ――――――ッス! 俺だ、バトラだ! 結婚してくれぇぇ――――!」
逃げ回るバトラの腹に巨漢騎士のタックルが入る。
押し倒されたバトラの上に騎士数名が飛び掛かる。
「よし捕らえたぞ!」
「往生際が悪いぞこいつ!」
「縄持ってこい縄!」
「暴れるな、くそ、大人しくしろ!」
「ファラ・イ―――――ス!」
大捕り物の光景を一部始終、別荘の二階から見ていたリリウスは合掌。
ロザリアにバイアットにリリアも何だか切なそうな顔をしているが、ファラだけはエキサイトしていた。
やれ! そこだ、殴れ! と実に楽しそう。
「もしゃもしゃ、愛のひどい裏側を見た気がする、もしゃもしゃ」
「男性の一途さって時に恐ろしいものなのね」
ロザリアがリリウスを半眼で見つめる。
「なんです?」
「でも薄情な男の子よりは好ましいかなって」
「お嬢様マジで男見る目ないね」
「あらそんなことないわよ。リリウスとバイアット、どちらもステキなお友達だわ」
「それが見る目ないんだよね」
「俺が言うのもなんだけどお嬢様の目おかしいからね」
一同揃ってうんうんと頷くとロザリアが「え? えぇ?」と狼狽する。
眼下の庭先では暴れ続けるバトラが愛する人の名を叫び続けていた。だが彼を待っているのは暗く冷たい地下牢であった。
後日、バトラは正式に廃嫡され平民に降格。帝国法院に掛けられ十年の平和喪失刑つまり帝国国内にいる限り人権は適応されないという実質的な追放刑を下されたのだった。
その後のバトラの行方を知る者は……一年後くらいに再会するまではいない。
ロザリア「リリウスとバイアット、どちらもステキなお友達だわ(どや)」
エスプリの利いた渾身の返しにどやるロザリア。しかし手下二人の反応は冷めていた。
少女はこうして大人の階段をのぼっていく。