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完全に詰んでいる

 神殿長エリシュとの面会が終わった後、祈りの座と同じ一階の居住区まで案内してもらった。神秘仕事しろ。


 聞いた感じ修行中の見習いが使う雑魚寝の大部屋がほとんどで、十四室ある個室は門前町に家庭を持つ上級神官の仮眠室らしい。四階の自室までたどり着けずに廊下で寝落ちする神殿長もたまに使っているらしい。寝落ちとか神秘死んでる……


 神殿長たる者あとでわかる系な意味深発言したり、虚空を見つめながら神々と対話したり、不思議空間に秘密の部屋を持っているべきだと思う。もしかして神殿への偏見ですか?


 みんなが宛がわれた部屋で休憩する合間、俺とルルはクロノス捜索を名目に神殿探検する。

 新しいダンジョンに行ったらとりあえずマップ埋めたいんだ! なお俺の中で神殿=ダンジョンの扱いである。


 無人の地下書庫は真っ暗。ルルの浮かべる魔法照明を頼りにお宝を探している。


「ダンジョンで見つけたお宝ってさ、ネコババしても世間は許してくれるよな」

「君はとことんカスだな。ふっ、だが嫌いじゃない」


 リュックサックにはすでに希少な魔導書が三冊ほど入っている。古バルタニア王朝期の神聖儀典様式なるクソでかいA1サイズの魔導書は……諦めた。リュックに入らないから。神様ストレージとか収納魔法ください。


「しかしカビくさい書庫だねこれは」

「神殿建立六千年って話だしね」

「時間的な話ではなく、内容のお話だよキミぃ。古代の賢者が独学で修めた研究成果は奇抜な発想こそ目を見張るが、個人はやはり個人でしかない。どれも古臭い理論ばかりで実用には欠けるね」


 こいつ一番進んだ国の最新理論に触れてるからね。


「文句言うわりには目を輝かせて厳選してたじゃないか」

「希少価値は認める!」


 つまり高く売れるからですね。実家破産してるもんね。


 ルルの手にはドラゴンレー〇ーみたいな謎機械。これでクロノスの居場所がわかるらしい。こいつはなんでいつも発信機つけちゃうんだ。

 地下書庫の終点は断崖。本来存在した床が抜けて落ちたみたいに唐突に現れた崖には手すりさえない。不親切設計すぎる。


「反応はこの下だな」

「あいつ飛べるからなー……」


 ルルは飛翔魔法は使えないらしい。あれ上級魔法だから誰でもポンポン扱えるレベルの魔法じゃねえんだ。親父殿レベルの熟練者でも室内では飛べないらしい。室内でも普通に浮かんでる俺の息子が謎すぎるだけだ。


「パカパパーン、ロープぅ!」

「秘密兵器みたいに出すではない。だがナイス、普段はクソの役にも立たんのに盗みの時だけ頼もしいな!」

「うるさいよ」


 俺職業的には冒険者類斥候属のつもりなんだけどさ、じつは盗賊なんじゃないかって最近悩んでる。主な収入源がカツアゲと盗みなんだ……


 書庫の床にミスリルソードを突き立て、持ち手にロープを結んでいざダイブ!


 俺のお宝センサーがこの先に高額商材の気配を嗅ぎつけている。せっせと降りていったがあっと言う間に五束五十メートルを使い切ってしまった。


「ロープ足りねえ……」

「キミはあれだな、褒めた先からガッカリさせてくれるな」


 俺の背中に張り付いてるルルがうるせえ……

 これだけ降りて下が見えないなんて底なしかな?


「仕事しろ」

「少し待ちたまえ」


 お宝探しにルルを連れてきた理由は二つ、倫理観の低い魔法使いだからだ。神殿で宝探しって倫理観どーなってんだ?って思いもするがなぜか宝探ししたくて仕方なかった。俺もしかして何か忘れてる?


「むぅ……探査魔法が広がらん。ジャミングではないな、立地の問題か?」

「くわしく」

「魔力溜まりと呼ばれるポイントでは魔法行使が難しいのだよ。特に地下ともなれば特殊な訓練を積む必要がある」

「お前受けてないの?」

「下等な暗殺技能者が受ける類の訓練だ。他の魔導師に尋ねるなよ、かなり失礼な質問なのだ」

「どのくらい失礼なんだ?」

「行き遅れのアラフォーを生年月日でいじるくらい失礼だ」


 時を誤れば殺されかねないわ。俺の首に腕回して掴まってる奴が怒りマックスなのか、俺やばくね?


「ごめんね」

「許した」


 殺害回避!


 ロープ買い足す必要があるのでせっせとよじ登ると、グリードリーが崖の上からひょいっと顔を出した。何やら含みのある視線だ。

 神殿を守護する僧兵が地下書庫に盗みに入った盗賊を見つけたのか。何の違和感もなくタイーホだわ。あのあの、そこに立たれちゃうと上がれないよ? 冷静になろう、冷静に俺らがあがってから話し合お?


「SSホルダー、あんたにお話があるわけ」

「なんですかね?」

「非公式な申し出だから他に人がいないところで……というのが鉄則だけど今はチャンスだしこのまま聞いてくれる?」


 何のチャンスだ。正直いまの状況俺らを簡単に殺せるくらいしかメリットねえぞ?

 オカマはやはり信じてはいけないみたいですねえ……


「エリシュ神殿長はあんたとアシェルに番いになってほしいわけ」

「俺に何の損もねえ……」


 死ぬかアシェルと結婚するかって話なら飛びつくわ。縁談もってくるババアかな?


「ここからが本題よ。生まれた子供を神殿に預けてほしいの、見返りとして多額の金銭を保証するわ、どう?」


 俺の背中に張りつくルルが身震いした。こいつクロノスのこと気に入ってるもんな。動揺する気持ちはわかるぜ。


「多額っておいくら?」

「一人頭金貨五百枚でどう?」


 破格だな。ちなみに幼児の奴隷の平均価格は銀貨八枚らしい。


「いいよ」

「……いいのね。よかった」


 そりゃいいでしょうねえ。交渉成立ですもんね。

 グリードリーがあっさり引っ込んだので登攀継続。崖をのぼりきってルルを先に帰らせる。


「キミを見損なった」

「お好きにどうぞ。世の中金だよ」


 去っていくルルの姿は目で追わない。

 グリードリーとお話を詰める必要があるからだ。疑問の多さにも関わらずこっちには手札が何もない。


「一人頭と言ったけど買い取りは何人まで?」

「多ければ多いほどいいの。上限は聞いていないわ」


「神殿に預けろってお話だけど俺の子供は何をさせられるんだい?」

「アタシだって何でも聞かされているわけじゃないの。でもよくないことよ」


「俺とアシェルの身柄はどう考えている?」

「アシェルは神殿で暮らしてもらうわ。でもあんたは自由、たまに帰ってきて子作りするだけでもいいし、住みたいのなら門前町に家を用意させるわ」


「アシェルは還俗を願い出ているけど?」

「エリシュ様は許可なさらないでしょうね」


「最後の質問だ」


 ダッシュで距離を詰め、いま必殺のシャイニングウィザードじゃボケぇぇぇ!

 顔面にいい具合に膝が入ったのに堪えやがった。タフネス化け物かよ。


「それは質問じゃないわね……」


 振り払うみたいな左腕をかわして距離を取る。掠った鼻先の肉が抉られたか、このオカマやはり手強いな。完全にシェーファか伯爵案件だわ。


「交渉は成立したんじゃなかったの?」

「うるせえ、子供を売る親がいるかよ!」

「……そうね」


 グリードリーが剣を抜く。やはり所作に隙がない。このオカマを単独で退けにゃならんのか……

 ルル任せってのが不安だが俺は俺でやるしかない。無理の二文字を思い浮かべながら、ミスリルソードを手にオカマに斬りかかる。





「まずいまずいまずいまずい……」


 廊下を逝っちゃってる目つきで早歩きするルルが親指の爪を噛みながら唱えた。


「まずい」


 状況を整理しよう。

 クロノスが行方不明。神殿がクロノスの兄弟を販売しろと言い出した。余人に聞かれてはならない話を普通に聞かされてしまった。

 完全に詰んでる。生かして帰さないパターンだ。仲間たちもすでに拘束・殺害されていると見るべきだ。


「落ち着け落ち着け、幸い戦力は揃ってる。他の者ならともかくコンラッドは罠にかかるような男ではない。落ち着いて考えるんだ」


 考えれば考えるほどに落ち着きが勝つ。あのいじめっこ執事が睡眠薬入りの紅茶など飲むはずがない。僧兵が束になってかかってきても負けはしないだろう。あれにはアルステルム分王家の神器グラーフカイゼルがある。どんな強大な魔法でも触れるだけで即時発動可能な神代の魔導書がある限り彼は無敵だ。


「伯爵!」


 宛がわれた客室の扉を開けたルルは呆然とした。するしかなかった。

 部屋がなかった。

 部屋がなくなっていた。


 控えめだが品の良い調度品の置かれた部屋が、床ごとすっぽり抜け落ちていた……


 ルルは扉の向こうに広がる大きな穴を見つめながら、呆然とするしかなかった。たしかに罠の通じる男ではないがここまでするか? だがここは鑑定を司るアシェラの神殿。鑑定スキルを最も把握している連中が、鑑定師を罠に掛けようというのだ。当然不可避の罠を用いるはずだ。


「シシリー!」


 隣の部屋もやはり部屋がなくなっていた。地の底まで続くかのような深く大きな穴があるだけだ。

 他の部屋も他の部屋も他の部屋もそうだった!


 レーダーを確認するとこの遥か真下から反応。動き回っているということは無事らしい。それだけは安心できた。安心できたのはほんの一瞬だけだ。すぐに僧兵がやってきた。


「いたぞ、賊徒の仲間だ!」


 法衣の下に頑丈な鎧装具を着込んだ僧兵がスタンロッドを掲げている。パッと見で十人。充分倒せる数だがここは敵の総本山だ。増援に次ぐ増援であっさりヤラれてしまう自分の姿が見えている。元々戦闘は不向きなのだ!


「絶対に逃がすなとのご命令だ!」

「殺しても構わん!」

「いけ、いけー!」

「……物騒な連中だなあ!」


 ルルは意を決して扉の向こうの大穴に飛び込んだ。


 真っ暗な闇の中を落ち続ける彼女の明晰な頭脳はパッと閃いた悪あがきの悪戯を実行する。僧兵どものいた地点めがけて、最大級の破壊魔法をぶち込んでやる悪戯だ。


 超巨大ビーム砲が打ち抜いていった幾層もの天井からは青空が見えた。落下するルルはガッツポーズしながら、悲鳴をあげた。穴の下にいるであろういじめっこ執事が受け止めてくれることを祈りながらだ。

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