アルステルムの貴公子
仮に神々がパチンコで遊んでいたなら、受け皿から零れて砂漠に落ちた一個の貸し玉がアルステルム市となったに違いない。
「あれがアルステルム市だ」
砂漠に落ちた山ほども巨大な白銀の玉。シェーファが指さすアルステルム市はそうとしか表現のできない物体だ。
「…………」
「…………」
俺とシシリーは呆然としてる。だって砂漠に全長十キロ単位の巨大なドーム建造物があるんだもん。幅はまだ理解できるぜ、でも高さのせいで建造物っつーか山の威圧感なんだよね。
「アルステルム市はフェニキア国内にこそあるが純然たるサン・イルスローゼの都市だ。駐留軍の基地建設もかねて金八万ユーベルで売却されたダージェイルの角と呼ばれる半島をしてアルステルム州と呼び、あのドーム都市をアルステルム市というんだ。私も詳しいわけではないがな」
「へえー」
「ほへー」
シェーファの柔らかい表情は広島から上京してきた田舎者を見るように優しいものだ。仕方ないね。いきなりあんなもん見せられたら誰だってボケ老人みたいになるわ。
滅菌室のクリーナーみたいな風が吹く入市孔を通り抜ければ高層ビルが乱立していた。
「異世界かな?」
「異世界だね」
シシリーの呟きもごもっともだ。ドバイみてーな町だぜ。無数に乱立する高層ビル群。大砂海の中とは思えないほど綺麗に舗装された道路をオープンカーの魔導車が行き交っている。
そこいらの路上を短パンにシャツだけのラフな格好の市民が歩き、洒落たカフェには水着姿の男女が談笑している。観光地かな?
白銀のドームは内側からは透明度が高く、見上げれば人工物に覆われているとは思えないほどの青空が広がっていた。
「アカン、俺の常識が破壊されていく……」
「お姉さんもびっくりしてる~~……」
俺らは驚きのあまり知性レベルが二桁下がった会話しかできない。
シェーファは先ほどから入市孔詰めの軍人と何やら話をしている。穏和に終わったらしい、こちらに近寄ってきた。
あのあの、たった七歩の間にビーチからやってきた水着のお姉さんに囲まれるのやめてくれる? 格差社会見せつけたいの?
「怪物の通報だけはしておいた。後は軍に任せるつもりだが、異存はあるかい?」
「ないよ」
そう答えると心中を見抜こうとするような目つきが柔らかくなった。僅かな疑念くらいはあったが、お金にならない好奇心はここまでだって奴だろう。
ステルスコートと決着をつけられなかった。胸に残ったしこりのようなむず痒い感覚はあるが、再び来るにせよ軍に討伐されるにせよ、なりゆきに任せるさ。
駆け寄ってきた傭兵団の女剣士がシェーファに耳打ちする。
「ユーディーンに?」
「確認はまだよ。多少の危険を負ってでも送り込む?」
「私が行くまで動くなと伝えろ」
密輸のお話かな? 関わりたくない!
傭兵団の若き団長の精悍な顔つきから、友人へと向ける気さくなものに変えたシェーファがシシリーを抱き寄せて頬にキスをした。
う~~ん、流れるように自然に色男ムーブしますねこいつ。ギルティ。
「本当なら数日はゆっくりしたいところだが急用でね」
「うんうん、お仕事がんばってね。はい小銭」
チャリンと金貨五枚という小銭とは言い難い大金を受け取ったシェーファが微笑む。
数日過ごしてみたが小銭貰った時が一番嬉しそうに笑う奴だったぜ。
「小銭の好きな奴だな~」
「そうさ、私は小銭が好きなんだ! ……また会える日を待っているぞ」
「魔物に襲われる心配のない再会だとありがたいね」
握手をわかれの言葉としてシェーファが部下を連れて去っていく。振り返りもしねーでやんの。
シシリーだけブンブン手を振ってるんだ。
「気が合いそうな子でしょ?」
「同郷のよしみって奴を差し引いてもそれなりにね」
「でもお付き合いは慎重にね。あれでけっこう悪辣な仕事ぶりしてるから」
「シシリーってチョイワル男好きだよね……」
あれれ、もしかして俺もチョイワル認定されてる?
ルルがやけに静かだなー、と思えば魔導車にべったり張り付いてたぜ。お前は何をしているんだ?
「おおぅ、このベール処理の施された積層イルディオン装甲のひんやりした感覚……」
「こいつ本当に好きなことだけして生きてるなー」
試しに触ってみるとゴムコーティングにも似た手触りと、押し込もうとする時に返ってくる絶妙な鋼材の感触が心地いい。僅か一ミクロンの凹凸さえない研磨された流線型のボンネットに頬をつけると……
「いい」
「わかる」
俺らは木陰に置かれた石材の冷たさに惹かれる夏虫みたいにべったりする。
魔導車ほしい。
「あのぅ、彼らはどうして私の車にべったりしてるんですか?」
「ごめんなさい、特殊な変態なの」
シシリーが何も間違っていないフォローだぜ。
魔導車が持ち主とともに走り去っていったので適当にアルステルム市を散策する。文明度の遅れた異世界なのに地球でも近未来都市なアルステルム市はすごいんだぜ! なんかもう説明できないくらい近未来してるんだ。超暮らしたい!
ビーチに行くとさ、ジェットコースター並みに長いウォータースライダーがあるがこれがまた速いんだ。超乗りたい。楽しそうな悲鳴聞いてるだけなんて生殺しだぜ!
人工サーフアトラクションもあるぜ。イオノクラフトの貸し出しもやってるから海上デートも楽しめちまうんだ。マジで何から説明したらいいかわからねえ……
市内に乱立する高層ビルディングはホテルや賃貸マンションなんだってさ。シシリーをナンパしに来たオヤジがえらそうに説明してくれたからケツにスプーンねじ込んでおいたぜ。慈悲はない!
ショッピングモールもあるんだ。テナントは服飾に雑貨、生活用品にレストランだね。イース海運の雑貨テナントを見かけたから相当な大手商会以外お断りな奴だな! マジでどこにでも手を出してますねイース海運。世界を股にかけすぎだろ、もう少し慎め。
ステーキハウスがあったから昼食はここにした。
海に臨む南国ふうなステーキハウスでのんびりお食事。
「ふっ、払いは任せてしまっても構わんのだろう?」
「お前が金ねえのはわかってるよ。好きなもん頼みな」
「そこなウエイターよ、七ポンドステーキをセットで。コーヒーは食後だ」
「あ、わたし五ポンドステーキのセットで。デザートのアイスは二つにしてくれる?」
こいつらけっこう食べるよね。全額俺持ちだとわかった途端に二キロ三キロのステーキをホイホイ頼みやがった。
俺もとりあえず五ポンドのセットを頼んでからメニューを開くと……かはっ(吐血)。
一ポンドステーキで金貨三枚ってどーゆーこと? 一ポンド増す毎に金貨二枚ずつで、テールスープとパンとデザート付きのセットにすると銀貨六枚とか……
やばい、マジで全財産使い切る奴だこれ……
「あのぅ、いまさらなんですけどアルステルムって貴族専用の高級リゾートです?」
「ハッ? いまさら何を……」
「リリウス君まさか……」
二人の知性あるエメラルドとルビーの輝く瞳にお察しの光。
金足りねえ……
やがてステーキが運ばれてきた。熱々の鉄板でうまそうな肉がいい音たててやがるぜ。やばい、空腹なのにフォークが動かせない……
「うまそうだね」
「待って! いま、今いい方法考えてるから待って!?」
灯火に誘われる蛾のようにふらふらと肉に向かった俺の腕をシシリーが止める。
くぅっ、すごいちからだ。俺前衛戦闘職なのに!
「君らは何をしているのだね?」
俺らの葛藤もよそにルルだけがナイフとフォークを器用に使ってステーキを切り分けている。鉄板の熱で赤みを焼き、百グラムの大きな一切れを、口を大きく開けてうまそうに食べやがった。
こいつマジか……
「おい、正気か?」
「ええい、男のくせにグチャグチャ抜かすな! 頼んでしまったものはもう仕方ないだろう。我は食う、食うったら食う!」
開き直りやがったー!?
マジでパクパク食べてやがる。クソ度胸ありますね、俺アルステルムのやべー兵隊なんかと戦いたくないよ!? ラサイラ魔導学院卒の白兵戦能力もあるルルみたいな一等魔導官なんて無理すぎるよ!?
ウェルゲート海最強の戦闘集団じゃねーか!
しかしうまそうな香りしてやがる……
ちくしょう、なんて暴力的な香りだ……
「食べる?」
「食べよっか」
俺らは食欲に負けた。いや、俺らを打ち負かしたのは高級食肉を専門で扱ってる高級牧場からやってきた牛さんかもしれない。
俺さ、牛さんには勝てねえんだ……
うん、うまかったよ。肉汁のうまい高級肉は分厚いステーキで食べるべきだよね。薄くスライスしたカルビをタレにつけるみたいな余計な事する必要もなく、素晴らしい旨味が口を満たしてくれるんだ。
でもね、人生と引き換えにするほどの価値はないと思うんだ。
何の会話もないお通夜みたいな食事シーンが終わった。
俺らは猜疑心に塗れた暗い瞳で互いを値踏みしている。
「すまん、ちょっとトイレ」
「逃がさぬ!」
「リリウス君はもう少し我慢ね!」
二人から肩を押さえつけられ、無理やり座らされてしまう。俺筋力パラメータに優れた前衛なのにほぼほぼパンピーのこいつらに負けるとか……
「ルル、ちょっとあそこの紳士のとこ行って股を開いてこい」
「子連れではないか。発想が最低すぎる」
「リリウス君があそこのご令嬢を口説けば……」
「声かけた瞬間後ろに控えるマッチョ勢にボコられる奴じゃん」
まずい、名案がなんも出てこない。
それどころかお腹いっぱい食べたせいで若干の眠気が……
ダメだ! 眠ったら社会的に死ぬ! 具体的にはこいつらに置いていかれて一人だけ罪を背負うパターンだ。
「最高の名案を思い付いた。素直に謝ってお皿洗いで許してもらおう」
「いったい何年皿を洗い続ける気かな?」
「人生終わる前には釈放される気がする」
「やっぱりオアシスでずっと暮らしてた方がよかったなー」
「仮に一年くらい過ごしたとしてさ、丘上に上がった瞬間の絶望感ハンパなかっただろうね……」
なぜに俺らは都市近郊で極限サバイバルの空気出してたのか。あのままシシリーと添い遂げて死ぬ覚悟まで決めかけてたぞ。
有能シシリーさんからも名案が出ない。目がとろんとしてるし眠いんですね。
「仕方ない。我がどうにかしよう」
ハンドベルを鳴らしてウエイターを呼んだルルが髪を掻き上げて右耳のピアスを見せると……すぐに支配人らしき紳士とシェフが飛んできた。王族に対するような丁重な態度だぜ。ルルさん何者!?
「本日のお食事はいかがでしたか」
「満足した。次は彼を連れてこようと思う」
「本日と変わらぬ最高のおもてなしを準備してお待ち申し上げております」
退店するとレストランの従業員総出でお見送りされてしまった……
ルルさま何者!?
「へへっ、もしかして今までのご無礼謝った方がいい奴ですか?」
「下げる頭は後に取っておくがいい。頭を下げて済むとは限らんがね」
怖いぜ。ルル様もしかしてすげー人?
夕暮れに染まるアルステルム市をのんびり歩いて崖の上のお屋敷へ。
でけー、領主のお屋敷くらいあるわ。
「我はルル・ルーシェ。コンラッドの学友であるが彼は在宅かな?」
「お通しするように云い遣っております。さあこちらへ」
やべー気配のする門番があっさり通してくれたぜ。案内付きで広い庭を抜けてお屋敷へと向かう途中で疑問を解消。
「コンラッドis誰?」
「おいおい正気かね、伯爵だよ」
そういやそんな名前だったわ。アルステルム伯コンラッドだったわ。
「はひ!?」
「なんだい今頃気がついたのか。ここは彼の領地だよ君ぃ」
レストランのみなさまの丁重な対応の意味がようやくわかったわ。この高級リゾートの全権持ってるご領主様の関係者なら王様みたいなもんだわ。
「フェニキア総督アルステルム伯爵コンラッド、なんて長ったらしく名乗った事があるかは知らんが、我らがご友人はまごうことなき雲上人ってわけさ」
そう言って微笑むルルは、決して届かない愛しい男を諦めるものだった。
屋敷の二階の執務室。ベルリンドの机に優雅に腰かけて読書する貴公子はいつもの執事服ではなく、シャツとスラックスだけのラフな出で立ちだった。
普段は結い上げている髪を下ろしてるしメガネ掛けてるし。こうして見ると伯爵って麗しい貴公子なんだよね。
「おや、お嬢様でしたか。てっきりドブネズミかと……」
「そこまでクサくないわい!」
やっぱいつものいじめっこ執事だったわ。
すげーそわそわしてるぞ。お世話したいのか、お世話したいんだな!? この執事狂いめ!
伯爵がすごい速さでルルの周りを回り出した。動きが完全に暗殺者です! でもハァハァ言ってるからいつもの変態執事です!
「くぅっ、なんという魅力的なダメ素材か、私の執事魂をこうまで高ぶらせるとは! だが今の私には立場というものが。しかしお嬢様を使用人に任せるなど執事道に反する!?」
「禁断症状ではないか。やれやれ、君も度し難い変態であるな」
微笑するルルが伯爵の胸元に身を預けた。
額を与えて、緩んだ口元は愛しさの形。
「好きにするといい。我はお前のお嬢様であるぞ?」
「!!」
ぬこまっしぐら伯爵がルルを脇に抱えて飛び出していったぜ。
あれれ、俺らは放置ですか?
伯爵の部屋は書庫みたいなものだ。二階の部屋なのに階段とさらに上の階層がある謎構造で、たくさんの書架が並んでいる。
無数の魔導書の中から一つを選んで読み耽っているとピカピカに磨かれたルルと伯爵が戻ってきた。お前ら何があったんですか? 洗ってもらったの? お風呂場で洗ってもらったの?
超かっこよく塩振るポーズはいらないよ? 伯爵もマネしないで!
「ふっ、一言だけ言わせてほしい」
「なんだい?」
「眠い! 寝る!」
二つだったぜ。
ルルがお風呂入ってる間に客室の準備も整ったようなので、この後めちゃくちゃ眠った。
Name: コンラッド・アルステルム
Age: 16
Appearance: 銀髪の貴公子
Height: 187
Weight: 87
Weapon: グラーフカイゼル(品質SS)
Talent Skill: アシェラの加護A 体術A 魔力増大B 光の導きD
Battle Skill: アルステルム流武術(熟練度A) アルステルム流魔導(A) アシェラ僧兵の武技(杖術に限りA) マハー・タングラム(B)
Passive Skill: 情熱A 研鑽C 戦闘センスB 武練C 求道者A
LV: 41
ATK: 2121(黄金騎士団員の平均値1320)
DEF: 1842(1240)
AGL: 1324(870)
MATK: 1842(650)
RST: 1658(840)
幼い頃から指導してきた教え子という贔屓目を差し引いても優秀な少年だ。将来的に太陽の国を背負って立つ人材だと太鼓判を捺したいところだが求道者の発芽方向に問題がある。執事道はどうかと思うよ執事道は。何の問題もないように見えて致命的な問題を抱えている生徒が多すぎる気がするが、最高学府とは得てしてそうした子供が集まってしまうものだ。天才と何とかは紙一重とは上手い事を言う。




