再会、ユシス市
オアシスから二キロ先のこれまたでっかいオアシスにある町はフェニキアのユシスという町だ。ちなみに東北東に五日いけばアルステルム市があるんだって!
この三日俺らなにしてたのマジで……
ユシスには塩の谷という財源があり、アルステルムと陸路交易してるとか。アルステルムまで運ばれた塩はサン・イルスローゼまで運ばれているんだってさ。
ユシスまで行くところだった商人親子から道すがら色々な話が聞けた。おしゃべりしながら小一時間で、はいユシス到着。
遠慮されたが銀貨はきちんと渡しておく。
「こんな楽な仕事で金貰ったのは初めてだ」
めっちゃ苦笑いされた。
初めての町はとりあえず観光する主義だが、まずは市門内の衛兵所に寄って仲間の行方を尋ねるが不発。
今後誰かが来たら俺らはユーディーンで待っていると言付けだけ頼んだ。こういう無遠慮なお願いでも銀貨渡せばけっこうお願いできちまうんだ。金のちからってすげーぜ。
市内の隊商宿も全部回ったが不発。白人種なんてここ数年見かけた事もないってさ。
「よぅし、メシ食って寝るかー!」
「おー!」
俺とシシリーが高らかに宣言して本日は閉店終了。この後ご飯食べて爆睡した。
砂漠の真っ赤な月がチーズみたいに滲んだ夜。砂丘の頂点を血塗れに染め抜いた女を見上げ、フェイは胸に微かな高鳴りを抱いていた。
「サンドストームさえ姉御の敵にはなれんか」
「いやいやめっちゃ苦労したけど」
砂丘の麓には巨大なミミズが横たわっている。全長を目算することさえ面倒なサイズの超大型のサンドストームは、全身の血液が沸騰して肌がブクブクと泡立っている。
人間では敵わないがゆえの相対即死の大災害も、彼女の前では厄介な魔物の一体でしかなかった。
「苦労したくらいで勝てる魔物ではないのだがな。それもかすり傷一つ負わずにか」
「この種の魔物は慣れてるってだけよ。海では多いもの」
赤い月を背景にして微笑む彼女は圧倒的な存在だ。
人というよりも竜に近い。フェイは我知らず胸を掻き毟っていた。狂おしいほどの憧れで見上げてしまう。手を伸ばせば届きそうな距離に未だ夢にさえ描けない完成された理想がある……
フェイは優れた武術家ではあっても才能は乏しい。足りないすべてを努力と技能と決意で補ってきた。
だから彼女の存在が愛おしい。彼女に努力は必要ない。フェイが血のにじむほどの鍛錬の末に手に入れた技術を一目で盗み、正しく使いこなしてしまう。見るだけで稽古になるのなら、見るだけで頂に届くなら、フェイは永遠に彼女に追いつけない。
(届かない…か。まったく馬鹿馬鹿しいほどの存在だな……)
持たざる者が持つ者を羨むのは恋慕にも等しく、フェイの感情は正しく恋情に他ならない。もっとも彼は恋なんて絶対に認めないだろうが。
「そんなに物欲しそうな目で見られても困るなー」
「そんな目はしてない」
「自覚がないだけ? それとも悔しいのかな? ま、どっちでもいいよ。どうせ応えられないからさ」
「それは……」
言葉に出しかけた名前を呑み込む。
いない奴をわざわざ思い出させる事もない。
「先ほどの攻撃、雷撃系統だな? どうしてボルモアのボスに使わなかった。この威力なら苦もなく始末できたはずだ」
最初は問われている意味もわからなそうな彼女だったが、あぁと頷いて微笑んだ。無知な子供を見る時に大人がよくやるあの目でだ。
「ああしなかったらさ、アシェルの中に巣食った分を始末できないでしょ? アルテナ神官もいない島に閉じ込められてパレード発生、止めるには守護者を倒すしかないのに最後の僅か一欠けらは仲間の体内。外の守護者を殺してもパレードは止まらない。仲間を殺せばパレードは止まる。でも仲間にはもう一人守護者がいたね」
「リリウスか。確かにあれを敵に回してアシェルを倒すのは難しいかもしれないが……」
「ちがうよ。あたしさ、彼に嫌われたくないの、そんだけ」
だからリリウスの手で殺させる事にした、そういう意味にもとれる言葉だ。
「……結果アシェルを見殺しにしてもか?」
「それもちがうかな。あの状況でアシェルを助けられるのは高位のアルテナ神官だけよ。体内の守護者を殺せるだけの雷撃を撃っても死ぬし、あのまま守護者と同化させても殺すしかなくなるだけ。どうせなら彼に理解してほしかったの」
「理解だと?」
「ダンジョン舐めるな、かな。あの状況ではあたしとリリウス君のみで挑むべきだった。シシリーやアシェルが何を言っても要求を跳ねのけてフェイ君を護衛に残して二人でいくべきだった。どれだけ甘さを削ぎ落した気になっても結局中途半端な甘さが回り回って自分の首を絞めているのに気づかないのは愛らしいけどね。だから自らの手で殺して学んで理解してほしかった。……話は変わるけどあの子は何だと思う?」
「リリウスの息子とかいうアレか。誰も何も言わないから察した上で黙っているのかと思っていたが、姉御にもわからないのか?」
「わからないわよ、あんな規格外な存在。飴玉あげるとコロコロしてて可愛いけど、存在感は圧倒的だね。目の前にドラゴンがいるようなものだわ」
「僕なんて話しかけても無視されるだけなのにさすがだな……」
「突発的に生まれる一代限りの精霊種ってのも資料で見た事あるけど、さすがに生後十数秒で成長したなんて記述はなかったわ。アシェラ神殿で調べてもらえば……」
「僕は魔王レザードの転生体ではないかと疑っている」
発言と同時に二人とも顔色が悪くなる。
二人ともその可能性を考えつつ、あの化け物の前で口にすることを恐れていた。
「……あたしもちょっとだけ疑ってる。魔王の呪具所持者の子供があれでしょ、正直その可能性が高いと思うの」
「誰も口には出さなかったのは藪蛇を恐れていたのだろうな」
「バレた瞬間に殺しに来る可能性あるよね。神殿はやめるべきかな?」
「どうしても調べたいなら止めない。僕は逃げさせてもらうが」
「あたしも逃げる。リリウス君担いで逃げる。ま、全部合流してからのお話よね」
歩みを再び開始する。
目指すべきユーディーンはあと数日の距離にある。
ユシス市の二日目、お昼前にもぞもぞ起き出した俺はさっそく市内で観光するぜ。
「リリウス君ってどーして旅支度整える前にスプーン買い足しちゃうの?」
「アイデンティティーだからね」
大きな商会で木彫りのスプーンを物色中。砂漠だけあってこれが高いんだ、スプーン一個で銅貨五枚なんてどうかしてるぜ!
「二十本まとめ買いしちゃうんだね……」
シシリーからめっちゃ蔑んだ目をされてる。生活費をスロットに注ぎこむダメな亭主を見る目だぜ。これはきちんと旅支度もしないと好感度下がる奴だな!
「あんちゃん、アルステルム市までの砂漠旅セットくれ!」
「任せろ!」
褐色の肌をした厳めしい青年が頼もしいお返事。細かな注文する必要がないとか有能の香りしてるな!
「へいおまち!」
え~~~っと、コンパスに地図に水筒六つ、携帯食料と青果、薬草にスタミナポーションとマナポーション六瓶ずつ。ばっちりじゃねえか!
これら全部が入る大きめの背嚢もついてお値段お幾らですかね?
「金貨五枚でどうだ?」
ニカッと男らしい野太い笑みでボッタクリ価格だぜ。
完全に足元見てるな。だが俺を甘く見るなよ、こちとら世界で一番信用のあるユーベル金貨持ってるんだぜ。それと比べりゃフェニキアの金貨なんてカスよカス。
「金貨は三枚、ただし全部ユーベルで払わせてもらおう」
「……この辺りの流通通貨は元々イルスローゼの物だぞ?」
なんだと!?
くっ、これでは貨幣のちからで無双できない。
「はいはい、ここはお姉さんに任せてもらいましょ」
選手交代! 俺役立たずでした……
「これとこれ要らない。で、お幾らかな?」
「金貨二枚と銀貨で……やっぱり二枚でいいぜ。全部銀貨にしてくれるなら少しオマケして六十二枚でいい」
「じゃ、それで」
二人にっこり笑って交渉成立の握手ですね。シシリー手強しと見てソッコー勝負をおりたあたりこのあんちゃん凄腕商人だな。俺もシシリーには勝てる気がしないもん。
ところで地図とコンパスを除外したけどなんで? 旅には必要だよ?
「この町からまっすぐ歩いて五日ってわかったし、後は海岸線沿いにいけばいいよね?」
その通りすぎるぜ。反射熱で頭やられてんの俺?
「騎獣買って短縮する?」
「歩いて五日なら俺がスタポがぶ飲みで走って一日だし、無駄金使うことはないよ」
高価な騎獣を買って目的地ついたら売るって方法は貴族的でもやらないよ……
シシリーさんどんな金銭感覚してんの、って空中都市に住んでるセレブだったな。
目的の物は買ったし観光がてら町をブラブラする。
ちょうどいいカフェ発見。休憩すっか、からの―――てめえ!
カフェでルル発見。透明なビーカーをじっと見つめてやがる。
「ルル! てめえよくも俺の前に顔出せたな!」
メガネぶち割って3の目にさせんぞ!
ってこっち向こうぜ! 逃げるか戦うか、せめて反応くらいして! 俺空気なの!?
「あのあの、お怒りな俺にもう少し興味示さない? なぜにビーカー見つめてるわけ?」
「ふっ、我は現在カルマン渦に夢中なのだ。五分待ちたまえ」
超わかる。カルマン渦かっこいいよな、ずっと見てられるわ。
俺もカルマン渦観察する。癒されるぜ……
「リリウス君なにしてるの?」
「ルルが魔法でカルマン渦作ってるんだよ! すげえぜ、ほら、綺麗だろ!」
「ふぅ~~~ん」
めっちゃ興味なさそうですね。
理系はさ、隠れキリシタンみたいな存在なんだ……
女子に化学反応の話とか気流の流れとか力説しても引かれるだけだから、みんなは気をつけてくれよな! トルエンにニトロ基を三つつけると爆発力が増すんだ、なんて説明してもただのやべー奴だからな!
「リリウス君こーゆーの好きなの?」
「暗にあなたとは趣味合わないねって奴やめて」
「我とは趣味が合うようだな。少年の顔面はまるで好みではないがな」
「お互い様すぎる」
ビーカーを挟んで罵り合いをする俺ら。癒されるわぁ……
俺本来ルルみたいな教室の隅っこ暮らし族だからこーゆーの大好きなんだ。
「お前が自爆ボタンポチっとなしたの恨んでるからな?」
「あれは不慮の事故だ」
「故意すぎる! いや、百歩譲ってウッカリだとしてもウッカリじゃ済まねえよ!?」
「我もまさか押してしまうとは思いもしなかったわ! この後伯爵から幾ら請求されるか想像しただけで吐くわ。カルマン渦でも見てないと精神の均衡保てないのだ!」
「ちなみに一般的な飛空艇ってお幾らですのん?」
「……王家からの下賜品は一般化などされておらんのだ」
日頃の忠誠に報いてこれを授けよう的なご褒美品を魔改造したのこいつ?
そりゃ伯爵も慌てるわけだ。最悪爵位ボッシュートされるわ。
「金で済まなくね?」
「済まぬ。最悪我の首が物理的に跳ぶ」
悲惨だ……
実家は破産。貴重品爆散で斬首。こいつ疫病神か何かにとり憑かれてるの?
「こうなれば伯爵に股を開いて許しを請うしかない」
「お前の中のお前自身の評価天空かよ。それで許してくれそうなの酒場でくだまいてるおっさんにお茶零した時だけだぞ」
「暗に我の肉体的価値を謝罪一回分とするでない。もう少し高いわ」
「二人って仲いいよね?」
おっと、シシリーが退屈してたぜ。
構ってやらないと拗ねるとか愛らしいですね。イメチェンですか?
「おい、俺らはこれからアルステルム行くけどお前はどうする?」
「ふっ、我のちからが必要と?」
いや、普通に同行するかって聞いただけだぞ。
「よかろう、道中の安全は任せたまえ。ついては護衛料金が一日あたり銀貨一枚で……」
「お前マジ困窮してるのな」
「伯爵にたかる気だったゆえ今晩の宿代さえないのだ」
ルルが財布をひっくり返すと銅貨が三枚出てきた。
哀れすぎる。こいつけっこう優秀な魔導師のはずなのに……
この後めちゃくちゃメシ食わせてやった。こんな悲惨な奴相手に怒れるかよ。




