ラタトナへの挑戦
拝啓姉貴様、夏も盛りを迎えて寝苦しい夜が続きますがお元気でしょうか。
あなたの弟はせっかくリゾートまで来たのに、脳筋娘二人に連行されてダンジョンに挑戦させられるみたいです。有能さは罪ですか?
バトラ襲撃の夜も明け、朝ごはんをビーチの浜茶屋で済ませた俺達は小型船をチャーターして優雅なクルージングに出掛けました。
と思っていたのは俺だけで予定通りラタトナダンジョンに挑戦です。
立派な小型船を海底城に横付けすると船主のおっさんはそのまま帰るらしいのです。
帰りどーしろっつーの? 泳ぐの? そりゃ泳ぎたかったけどキャッキャウフフが目的であってガチの遠泳はお断りだよ。
「帰りは魔法かなんか派手なの空に打ち上げてくだせえ、小遣い稼ぎしたい漁村の連中が寄ってきやす。あぁもちろんあんたさん方が生きて戻れたらの話ですがね」
馬鹿と勇者しか挑戦しないラタトナダンジョンでは帰りを待つのもアホらしいのだろう。
生還率30パーセントの内、全員が二層から逃げ出してきてるのだそうな。
つまり三層まで行った奴の生還率ゼロ。ちなみにこれ俺からすれば人外の化け物クラスのAランク冒険者の数字です。
「やっぱこのダンジョンやべーよ」
一層は何もいなくてスルーしたけど二層にはドラゴンが鎮座していました。
ファイアドラゴンっていう赤いのです。
やはりラタトナはおかしい、難易度が裏ダン超えてやがる。
木漏れ日の中でキラキラ輝きながら居眠りするドラゴンの姿は……すごく恐ろしいです。
「り、リリウス君潜伏スキルは!?」
「使ってるよ、だからまだ生きていられるんでしょ……」
「それもそうね……」
「だが何かの間違いでブレスでも吐かれたら即死するぞ。さっさと三層に向かおう」
三層はアンデッドの魔窟です。
階層まるごと一つの大きな部屋の中で一万から二万という大量のアンデッド同士が友食いを重ねる地獄絵図でした。装備は古びてこそいるもののどれも高そうな物ばかり。
もしかして二層のドラゴンにやられた連中がこいつらなんですかね? 何百年分いるんだろ?
あ、だいぶボロいけどミスリルっぽい剣見っけ。
「前菜で腹を満たしてどーすんのよ」
「次いくぞ次」
四層は蛇の巣でした……
床一面隙間なく俺くらいの大きさの蛇がうねうねしてやがる。そいつらは気まぐれに仲間を丸呑みにしたりされたりしながらうねうねしてて最高に気持ち悪い。
四層からお城っぽくなってきた。
人間サイズではない、見上げるほど大きな椅子やテーブルがあり、出入口も大きい。
「伝説に聞く巨人族の城ってこういう感じかしら?」
「踏むと気づかれるかもしれない。走るよ!」
巨大な城を走り回る。床は足の踏み場もないほど蛇がうじゃうじゃいるので踏みながら走るしかない。
行き止まりに次ぐ行き止まり、長い通路の場合はうん十キロメーターもあった。死ぬ、これ走り疲れて止まると毒蛇にやられて死ぬやつだ。
ようやく五層への階段を発見したがそいつは階段というか崖だ。
一段の高さが四メートルの巨人の階段をひーこら言いながら五層へ……降りる前に階段の途中で休憩する。
まだ戦いらしい戦いを一つもしていないのにみんな疲れ果てていた。
「ここまで十時間掛かったか」
「その内七時間くらいが四層だったね」
同意するとリリアがぎっしり詰まった背嚢を叩く。
「七日分の食料を詰め込んできたが、そもそも体力が保つのか?」
「スタミナポーションもあるわ。とりあえず行けるところまで行かない?」
リリア的には引き返そうって話らしいがファラは進みたいらしい。
「リリウス君がいればどこまででも行けるだろうさ。問題は引き際だ、攻略に掛かる時間は想定を大きく超えている。ここはじっくり行くべきだ」
「だから四日は進むべきよ、可能な限り進んでマップを拡充させていけば次回はより大きく進めるわ」
「マップの拡充? 四層のマップだって満足につけられなかったじゃないか、この先だってつけられるとも限らない。きちんと攻略したいならまずは四層の最短ルートを確立するべきじゃないのか?」
「そんなの帰りでもいいじゃない」
「帰りにそんな余裕があるとは思えないから言っているんだ!」
あーあケンカ始めちゃったよ。
「「リリウス君はどっち!?」」
うわー飛び火したァ!
「一旦引くべきだ、そうだろ!?」
「いいえ、進むべきよ、ちがう!?」
やめて俺のために争わないで! 俺の身体は一つだから仲良くエッチなことしようじゃないかグヘヘヘ、みたいなふざけたことを言おうとした時、全身から汗が噴き出した。
心が、体が、みだりに動くなと全身全霊をかけて命令してくる。まるで首を絞められるかのように息が苦しい……
こんな感覚は初めてだ。ぶわっと汗が吹き出し、のどが急速に乾いていった。
これは死の気配だ。
「何か…来る」
階段の下の方に溜まった闇からぬっと巨大な獅子が現れた。
でかい……恐竜並みにでかい。俺達があんなに苦労した階段をのっしのっしと三段飛ばしで踏み越えていき、俺達を跨いでいっ……かなかった。
途中で止まった獅子が俺の方を見ている……気がした。こいつもしかして俺に気づいてる?
獅子はすぐに気のせいだったとでもいうふうに四層に上がっていった。
俺達はもうケンカする余裕さえ失っていた。
「モンスターが階層境界を踏み越えていった?」
「パレードが始まっているんだわ」
魔力を限界まで蓄えたダンジョンが引き起こす災厄、モンスターパレードとは文字通り魔物の行列がダンジョンから出ていく現象である。
過去パレードで滅びた国は百や二百では済まないという話だ。
パレードを事前に阻止する方法は一つ、ダンジョン内の魔物を定期的に間引きすることだ。……理屈で考えればラタトナはとっくの昔に魔物を放出し続けていてもおかしくない。
「だが、ならどうしてラタトナからモンスターが溢れない?」
「周囲が海っていう立地もあるけど、あのドラゴンが要石になっているのかも。モンスターはあいつを怖がって外に出てこないんだわ」
どうやらラタトナ近海の治安維持はあのドラゴンが担っているらしい。
帝国よ彼にお給料を払ってやれ、そこらの騎士よりいい仕事してる。
「……帰ろう」
「……異議なし」
階段は安全地帯というダンジョンの法則が機能していない以上長期間の攻略は不可能。寝ている間にあんな化け物に踏まれて死んでは攻略どころではない。
俺達はさっきの獅子に出くわさないことを祈りながらスタミナポーションがぶ飲みして三層まで一気に駆け戻った。
「成仏せいやぁあああああああ!」
焼け石に水かもしれないが三層のアンデッドも軽く狩っておいた。
気づかれないのを良いことに百体近く狩り続けたがさすがに疲労も限界。そこらに落ちてる装備品も適当に持てるだけ回収してダンジョンの外へ。もうすっかり夜も明けていた。
「誰が言ったか馬鹿と勇者だけが挑むラタトナダンジョン」
「噂は本当だったわね……」
チートアイテム使って逃げ帰るのが精一杯ってバランスどーなってんですかね?
普通の冒険者に攻略できるとは思えないよ。
ファラが空に向かってファイアーボールを打ち上げると、朝も早くだというのに一隻の漁船がやってきた。
行きよりもかなりボッタクられたがゴネるよりも早く帰りたい一心でアンデッドの被ってたミスリル銀の兜を放ってやると快くラタトナリゾートまで送ってくれた。
俺の記憶はそこまでだ。
漁船の中でぐっすり眠ってしまい、夕方にはファラの別荘で目を覚ましたのだった。
ぼんやりとした寝ぼけ眼に最初に飛び込んできたのは水平線の彼方に落ちていく夕日の光景。
真っ赤に染まった空と煌めく海はとても綺麗で、でも俺と添い寝しながらニヤニヤしているリリアの方がずっと綺麗だ。
「ようやく寝ぼすけのお目覚めか」
俺が気絶するみたいに眠り込んでる間に、精力的な彼女達は漁船で帰りつく前に眠った俺を一度別荘に置いてから三層で拾ったアイテムの換金を終え、騎士団にはモンスターパレードの警告を済ませたらしい。
ちなみに売却額は一人頭金貨150枚になるらしい。
相当ガタがきていたのにそんな値段が付いたのか、ミスリル銀様には足を向けて寝れねえぜ。
添い寝してくれていたリリアも伸びをし、一階へと行くとファラが昨晩の騎士団詰め所の隊長さんと何やら相談事をしていた。
騎士の隣では文官らしきおじさまが算盤を弾いている。
「ざっと見積もって被害額は57テンペルですね」
テンペル金貨で57枚とは大金だな、そんな高額被害をファラに与えたクソ野郎は誰なんだ。
「ラタトナでの諍い事にはこの金額に300パーセントの慰謝料を上乗せするのが慣例です。慰謝料込みで228テンペル、マクローエン家への請求はこれでよろしいでしょうか?」
なんだとマクローエンが破産してしまうぞ!?
「あのぅ、それって分割はできませんかね?」
質問すると文官が顔を上げて、くしゃりと顔をしかめた。
キリッとした三つ編み美少女の立派なおっぱいを頭に乗せて、抱き締められてるクソガキを見ればそんな顔にもなる。いいご身分だなって目つきだ。俺ならスプーンねじ込んでるところだ。
「君は?」
隊長さんが耳打ちする。
「あぁマクローエンの」
その顔は兄弟で一人の女を争っているみたいな勘違いをされてそう。
「謝罪と和解のための請求を分割というのはファラ・イース様に対して失礼に当たるでしょうが、ご本人納得の上なら問題はないでしょう」
ファラと見つめ合う。
おいおいこれはもしかしてマクローエンの興没は俺の双肩に掛かっている感じだな。
もう借金のカタに婿に入るぞ婿に。お願いします終生養ってください! へへへ、夜の忠誠を誓いますぜ。
「ファラ、お願いだから慰謝料少しマケつつ分割にしてほしいな! 借金のカタに俺が婿に入ります、だからお願いします!」
「その潔さはいいんだけど、実はこれを交渉材料にしたいのよね」
あ、これ俺いらない感じだ。
拒否られたらあっさり引く。それがバトラとの明確な違いなのだ。
「交渉って?」
「今後バトラを近寄らせないみたいな誓約書を作らせたいの」
「そんなことならお任せあれ! このリリウス・マクローエン、兄貴のケツ穴を破壊してトイレから出てこれないようにしましょう!」
そうつまりトイレ暮らしのバトラッティの誕生である。
「……おむつして来そう」
「じゃあ殺してくるね!」
「待って、そこまでしなくていいわ!」
「洒落になってないから、リリウス君ならほんとにできちゃうから! リリウス君が捕まっちゃうよ!」
「じゃあ親父殿を説得してくるね!」
「そ、そのくらいでお願いするわ……」
俺は意気揚々と別荘を出た。
扉をしめる寸前に超美形の騎士さんの呟きが聴こえてきた。
「中々好ましい若者だね」
騎士さんあんた俺のどこを見て気に入ったの!? けっこうやばい発言しかしてなかったよ!
じつは騎士のバルドさんは昔ファラの婚約者でした。
イースの才女伝説の幕開けとなる大事件『婚約者火だるま事件』の被害者さんです。
現在は和解というかギクシャクした浅い関係であるようです。