入社試験
「金子。あいつの相談を聞いて一番いい人生を選んでやれ」
神様は俺をジッと見つめながら言った。
「…。わかりました。やってみます!」
「よし!そうと決まればすぐに始めるぞ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私は賛成してないわよ!」
ベルさんが椅子から立ち上がり慌てて神様を止めようとするが、神様はそれを無視して甲冑姿の騎士と思われる男に向かって
「相談者か?ようこそ悪役相談所へ。さあこっちに来い」
すると甲冑姿の男は心配そうな顔をしながら神の言う通りやってきて、差し出された椅子に腰掛けた。
そこで俺はベルさんに無理やり押し込まれるようにさっきまで彼女が座っていた椅子に座らされ、ベルさんは俺の横に立った。
「本日は悪役相談所に来て頂きありがとうございます。まずはこちらの書類にはあなたの情報を記入して下さい。」
と、さっきまでの攻撃的な態度は消え、「職員のベル」の顔になった彼女がたんたんと必要な書類を渡していく。
「君、金子君って言ったっけ?この人が記入してる間に軽く流れを説明するわよ。まず、この人が書いた書類の内容を見て、依頼人がどんな人物なのかを理解したら、何を望んでいるのかを聞くの。そしたら、その理由を聞いて実現できるかどうか判断するの。その時、明確な目的が無かった場合、あなたが依頼人が望んだ結果となるようにそこまでの経緯を決めてあげるの。とはいってもここに来る人の大半は漠然とした願いは持ってるけど、どうすればその通りになれるのかわからない人よ。まあ、自分がどうすれば願い通りになるかわかってる人はここに来る必要なんてないんだけどね。」
と、一気にベルさんが仕事内容について話し終えたと同時に甲冑姿の男が書類をこちらに差し出してきた。
よく見るとだいぶやつれているようだ。
「あ、ありがとうございます。」
書類を受け取って内容を見ると、そこにはまるで履歴書のような事が書かれていた。
「えーっと、あなたのお名前はレイス・グスタフさん。出身は…これは異世界転移物のラノベ作品のキャラクターの元勇者になっていますが、あっていますか?」
「はい、あっています」
レイスさんは弱々しげに答えた。
「ねえ、あなたこの人の出身作を知ってるの?」
と、ベルさんが不思議そうに聞いてきた。
「はい、知ってます。俺が生きてた頃にこの作品は流行っていましたから。このお話は事故で死んだ冴えない男子高校生が異世界に転移して、その時に与えられたチートスキルを使って仲間と一緒に冒険して魔王を退治していくっていういわゆる王道異世界転移物の元祖のお話ですね。で、あってますか?レイスさん?」
「あ、はい。その通りです。実は有名だったんですね。私達のお話は」
「そうみたいですね。それで今回はどのような願いを持ってこちらに?」
「はい、今回私がここにきた理由は復讐のためです。」
「復讐?」
と、俺が聞くとレイスさんはふぅと息を吐いて話し始めた。
「私は、現在の勇者が私達の世界に転生してくるまで国で一番強かったので、勇者の称号を手に入れ国で一番大きいギルドのリーダーを務めていました。あの頃はギルドのメンバーは私の事を慕ってくれて、大変な事もありましたが毎日がとても充実していました。しかし、彼、現在の勇者がこの世界に転生してきてから全てが変わってしまいました。元々、近いうちに魔王が蘇るという予言が出ていて、魔王を倒すには我々とは違う世界の戦士を呼ぶ必要があるという予言があったため、二年前、王国の魔導師達が大規模な召喚魔法を行い、その時に彼は召喚されました。すぐに彼は魔導師達によってどのようなステータスを持っているのか調べられました。その結果、彼は普通ではありえないスキルをいくつも持っていたんです。」
「それって、正式な名前はありましたけど、内容的には瞬間回復と攻撃力がいつも300%アップするやつと経験値20倍でしたよね?」
「はい、そうです。」
「ちょっとやりすぎじゃないか、その話?」
ベルさんが俺の方を見て言う。
「でも、これぐらいないと最初っから無双できないんですよ。他のキャラクターが戦ってる描写を読んだ限り」
「ふぅーん。なるほど…」
と、ベルさんが考え込む。
「で、その後どうなりました?レイスさん?」
「今まで目にしたことがないステータスを持っていることがわかった彼はすぐに一番大きな私のギルドで働くことが決まりました。最初は剣の扱いや戦い方などを全く知らなかったのでゴブリン退治などあまり強くないモンスターと戦わせながら練習していましたが、経験値20倍のステータスを持っている彼はすぐに中堅クラスにまでレベルが上がりました。そのあとはもう尋常ではないスピードで彼はどんどん成長していきました。普通の人には血の滲むような努力が必要なスキルも彼にかかれば息をするのと同じぐらいのレベルで習得できました。そして、気づいた頃には彼はもう私よりもはるかに強くなっていました。ギルドのメンバーは皆、彼こそが最強だと謳い祀りあげました。そして私を役に立たないリーダーとさげずみ、邪魔者扱いをした。ある時、彼と同じ会議に出ることになり、その時に今の彼のステータスが気になり、こっそり彼のステータスを覗き見しました…」
ゴクリ、緊張感が部屋の中を走る。
「彼のスキルは私の3倍程あったが、その中でも私の目に止まったのが、“絶対正義”というスキルというものです。これはものすごくレベルが高くないと習得できないもので、自分がやった事を全て周りの人に正しいと思い込ませる極めて危険なものです。つまり彼はいつもまわりにいる人達を騙していたんです」
「それって、悪い事をしてることを認めているのと同じことですよね?!」
思わず俺は机から身を乗り出してしまう
「ああ、その通りだ。その後私は真実の鏡という本当の事を教えてくれるアイテムを使って彼の行いを見てみました。結果は酷かったです。今まで彼は人の家の大事なアイテムをモンスター討伐のために貸してもらったあと返しもせずに討伐をしたお礼にもらったと言って自分の物にしたり、可愛い女の子がいれば彼氏がいようがいまいが関係なく話しかけて、魅惑のスキルを使って惚れさせて関係を持って、複数の女と付き合っていました。しかも少しでも自分に迷惑をかけると判断した者はグループ全員でいじめていたんです…」
一気に話し終えるとふぅと息を吐いて下を向く。
「彼は成り行きでこうなったと言っているが、あれは全部彼の計画だ」
確かにあの小説を俺は読んだことがあるが、主人公は頭が良い設定でスキルのおかげでどんどん強くなっていって、出会う女の子全員に惚れられていたが、実はものすごく悪い奴だったとは…。主人公目線で書かれていたため全部正当化されている事に気づかなかった…
「そして、私はつい先程ギルドのリーダーを辞めさせられました。理由は彼の方がリーダーに向いてる。ただそれだけでした。私がギルドの問題を解決している間、彼はずっと悪事を働いていた。そんな人間にリーダーが務まるはずがない!」
と、レイスさんは拳を握りながら怒りに震えていた。
俺は今までの話の内容からどうやって勇者に復讐できるかしばらく考えていると,あるアイディアが思いついた。
「あの、レイスさん。復讐できる方法を思いつきました」
「本当か!でかしたぞ!金子!」
と神様が目を輝かせ
「教えてちょうだい。金子君」
ベルさんが言う
「それは…闇堕ちです!」
「闇…堕ち…?それはなんですか?」
困惑した様子でレイスさんは聞いてくる
「え〜っと、闇堕ちというのは、元々正しい方にいた人間が悪の方に寝返ることですね。まあ言ってしまえば裏切り行為ですね」
「う、裏切り行為ですか…。そんなこと私にできるでしょうか?」
「はい、できますよ。今、レイスさんはギルドのメンバーから邪魔者扱いされているので、それを使うんです。まあ細かい設定は後で考えるとして、レイスさんはギルドを追われて1人途方に暮れていると、夢の中で魔王が現れて今まで大変だったな。と、慰めます。その後、自分達の陣営に来るなら勇者を倒せるぐらいの能力を与えるとそそのかし、レイスさんを魔王側に来させます。その後、最終決戦みたいなので魔王を倒そうとしますが、その時にあなたが現れ、勇者の仲間に今まで勇者は君達を騙し、数々の悪事を働いてきたことを教えます。その時に魔王から貰ったスキルを使って絶対正義を勇者から取り上げます。そうしたら仲間達は本当の勇者の姿を知って幻滅し、怒りを覚えるはずです。そうすればもう仲間達に自分がされたように魔王側にひきづり込めばもうこちら側の勝利です!とはいっても、ここまで上手くいくとは限らないので、先程の話からしてレイスさん。あなたの本当の望みは勇者の仲間達に今まで勇者が騙していたことを教えたいという事ですよね?」
「はい。別に私は彼を殺したいとは思っていません。ただ、ギルドのメンバー達に今までお前たちは勇者に騙されていたという事を教えてあげたいだけなんです。それが私の願う復讐です」
「では、このようなストーリー展開でよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
「では、これで決まりですね。そしたら…」
「では、レイスさん、あなたの今後の人生の細かい点を金子君とを決めてこの紙に記入して下さい。これが終わればもう完了です。」
素早くベルさんが俺の後を引き継いで説明してくれた。さすがだ。
その後レイスさんと細かい設定について相談し終え、言われた通り紙に記入した。
そして…
「これで記入は終わりました。あとはレイスさんのサインだけです。」
と、書類とペンをレイスさんに渡す。レイスさんはペンを受け取ると、力強い筆跡でサインを書き終えると俺に書類を渡しながら言った。
「私なんかのためにこんな事をして頂いて本当に感謝してもしきれません。最初、目の前にここの建物が突如現れたのでびっくりして、入るか入らないか迷いましたが、入って正解でした」
「いえいえ、これが俺の仕事なので、依頼された方の人生をしっかり考えるのは当たり前ですから」
書類を受け取るとベルさんが、ついて来るよう手招きしていた。
俺とレイスさんはベルさんについて行く火がチロチロと燃える大きな暖炉の前まで来た。
「ここに今記入してもらった紙を入れるとその設定通りになります。覚悟はいいですか?レイスさん?」
「はい、お願いします。」
力強く答えると、ベルさんが暖炉に紙を入れた。すると、さっきまで小さかった火が、一気に大きく燃え上がり、紙を燃やしていった。
「これで完了です。おふたりともお疲れ様でした。」
ベルさんがそう告げる
「終わり…ましたね…」
「ですね…」
「レイスさん、ここを出てしまえば、もうあなたの物語の設定は先程決めた通りになってます。」
「わかりました」
そして、俺はベルさんとレイスさんと玄関まで来た。
レイスさんはドアノブに手をかけながらこちらを振り向いて俺のことを見つめて言った。
「金子さん、今回は本当にありがとうございます。金子さんが一生懸命考えてくれた結果になるようにわたし、頑張りますね。」
「俺もレイスさんの願いが叶うように祈ってます」
「ありがとうございます。では、私はこれで失礼します。」
「良い悪役ライフを」
ベルさんが声をかける
「えぇ、きっといい人生にしてみます。」
そう言ってレイスさんは悪役相談所を去っていった。
心なしか来た時に比べて顔が晴々としていた。
「行ってしまいましたね。」
「えぇ、そうね」
俺とベルさんがドアを眺めていると、突然背後から
「2人とお疲れ様〜」
と、神様から肩を掴まれた。
「うわぁ!もうびっくりしましたよ〜。もう驚かせないで下さいよ〜。それと今までずっとなにしてたんですか?レイスさんお相談してる間全然見かけませんでしたけど」
「あぁ、別の仕事してた。ほら、俺超多忙だから」
「ほんとですか?」
「ほんとだよ!ほんと!」
「え〜怪しいですね〜」
「そ、それよりベル、金子はここで働けそうか?」
そうだった。すっかり忘れていたが、今は入社試験中だったのだ
「そうね、金子君のさっきの働き方からして…」
ゴクリ…
「入社を認めるわ」
「よっしゃ〜!!!」
俺は拳を思い切り突き上げる
「やったな!金子!」
神様が子供みたいに俺に飛びついてくる。まあ、見た目は子供だけど
「やりました!」
ひとしきり喜び終えると、神様は仕事があると言ってここに来た時と同じようにボンという音をたてて消えた。
俺はベルさんの方を向いて聞いた。
「あの、ベルさん。なんで俺を採用してくれたんですか?俺、生きてた頃は全然ストーリーが面白くないって言われてたのに…」
「確かに、金子君が考えたストーリーにはもっとよくできるところがあったけど、そこら辺は経験を積めばいいと思ってる。なにより、私が一番見てたのは依頼人とどう接するかという所だったけど、金子君はしっかり依頼人の気持ちに寄り添って接してるのを感じ取れたから今回採用したの。」
「そうなんですね…。俺、これからも依頼人の心に寄り添えるに頑張ります!」
「その調子で頑張って頂戴。これからよろしく、金子君」
「こちらこそよろしくお願いします!」
俺はベルさんが差し出して手をギュッと握った。
数日後
晴れて悪役相談所の職員になった俺は自分用の机を貰った。
そして沢山の悪役から送られてくるお悩み相談の手紙にアドバイスを書いていた。
すると突然肩を叩かれた、振り向いて見るとベルさんだった。
「金子君。ちょっとついて来て。」
「あ、はい。わかりました。」
言われた通りついて行くとテレビそっくりの機械の前まで来た。
そしてリモコンを取り出すと電源を点けた。
「これ、この前金子君が担当したレイスさん。結果が出た見たいよ。」
「ほ、ほんとですか?!」
画面を見るとレイスさんが写っていたが、その顔は前に来た時に比べてイキイキとしていた。悪役側に裏切った証拠なのか普通の銀の甲冑から黒の甲冑に変わっていた。
「うわぁ…。レイスさんめっちゃ強いじゃないですか。魔法うったり剣振ったり凄い人だったんだなぁ…」
「元ギルドリーダーなだけあるわね」
そうだった。この人、元は国で一番人だった。
画面ではちょうどレイスさんが勇者の仲間達に勇者の秘密を教える場面に移り変わる。
「あ、来た!来た!来たー!ベルさん見て下さい!勇者の仲間の顔!傑作ですね!」
「ふふふ…、確かに傑作ね。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるわ」
ベルさんも笑ってしまうくらい勇者の仲間の顔は面白かった。もしここにスマホがあるなら迷わず待ち受けにするぐらいだ。
数十分後
「いや〜意外な結末でしたね。」
「えぇそうね。まあ確かに私も最初話を聞いた時ちょっと変だと思ったのよ」
「でも、まさか相談された時がまさか勇者が魔王側に殺されたあと、転生してもう一回やり直す前の話だったとは…でもまぁよくよく考えれば主人公が死んでそれで終わりって正直読者からするとふざけんな。ってなりますよね。」
「たぶん、次はセカンドライフは気をつけるみたいな話に切り替えるのかしらね。人気ゆえに簡単に終わらせられなかったからなのかもね。さ、もう見終わったんだから仕事に戻りましょう。」
「そうですね」
こうして俺の初仕事は意外な結末で幕を閉じた。
はたしてこの終わり方でレイスさんは納得したのか分からないが、復讐は果たせたはずなので2週目のお話では平和に暮らしてほしい。
「金子君!なにボーっとしてるの?さっさと仕事に戻りなさい!」
「あ、はい!すいません!今戻ります!」
こうして俺の悪役達の悩みに応じる生活が始まった。
給料があるのかどうかわからないけど、仕事は楽しいし、上司はちょっと厳しいけどいい人だ。
よし、この調子で頑張るぞ。次はダサい死に方をしないように。