第6話 一発ぶちかましてこい!
ゴブリンが生息している洞窟の内部は、入口からは想像もつかないほど、まるで碁盤の目のようにきれいに整備されていた。
Xがいくつ、Yがいくつ……のように、適当に座標をつけていけば、まず迷うことはないだろう。粗暴なゴブリンからは想像もつかないほどの規則正しさだ。
「アニキ、ゴブリンの住処って、いつもこうなのかな?」
「まぁ、アイツらアホだからな。迷わないようにするために、こうしてるんだろうぜ」
レイジには、ゴブリンがアホな種族とはとても思えなかった。アホだったら、自分よりも強いフォードにも無鉄砲に挑み続けていただろう。
碁盤の目のように整備された洞窟内にはゴブリンの家らしきものがいくつも建っていた。人間の子供が通れそうなドアらしきものが作れるのだから、なおさら頭の弱い種族に感じられない。
レイジにとっては、初めての迷宮。ゲームでしか見たことのないダンジョンの風景が広がっていることに、思わず驚きと恐怖の混じった感嘆が出てしまう。
「おい、レイジ。ちょっとは静かにしろ。ゴブリンが起きちまうだろ」
「……ゴメン」
今のフォードは、余計な戦闘をしたくないらしい。その理由は三つ。
一つ目は、チェアノの街に行くまでは弾丸が確保できないこと。もう一つは、あくまでも“ドンブリ”と鳴いたモンスターを調べるため。
そして、何よりも安眠が欲しい。そのために、分かりやすいダンジョンを調べているのだ。
「ドンブリィイイイイ……」
先ほどの声が、さらに大きくなった。レイジの心臓は、これまでにないくらいに速く脈打っていた。
レイジの手足が震え、歩幅が小さくなる。いつの間にか距離が開いたことに気づいたフォードは。レイジのために少し戻った。
「大丈夫か、レイジ?」
レイジは、口元を手で押さえながら、首を横に振った。息が荒くなる。吐きそうだった。
この豆腐メンタルにとっては、カンテラが要るほどの洞穴は、耐えがたいものがある。アニキがいると分かっていても、コレなのだ。
「心配するな、さっきのよりチョイと強いくらいだけどよ……俺がいるんだぞ?」
「ありがとう、アニキ……」
レイジは、フォードに肩を貸してもらい、前を進んだ。モンスターとの戦闘に慣れていて、銃にも身体能力にも自信がある男がいる。
何かあっても、何とかなるという気にはさせられる。……3メートル級の巨大なドアを見るまでは。
フォードは、ドアを開いた。すると、ひときわ広い空間が広がっていた。
「……BINGO! やっぱり、ドンブリンだったぜ。“ゴブリンの首領だから”ドンブリン……分かりやすいだろ?」
「いや、“丼をかぶってる”から、ドンブリンでしょ?」
別にどちらでもよかった。今、フォードたちの目の前にいるのは、ゴブリンの二倍近くも背が高い緑の巨漢。
ほかのゴブリンと違うのは、頭に丼のようなものをかぶっていること。そして、持っている獲物が剣であること。
あの剛腕から振り下ろされた一発を食らえば、ひとたまりもないだろう。レイジの脚が、早速震える。
「ドブリイイイイイ!」
「レイジ、あぶねぇ!」
フォードは、レイジを抱えて咄嗟に飛び込んだ。その直後、ズガンと鈍い音がした。明らかに気が立っている。
岩さえも叩き割るほどの威力。明らかに、ゴブリンよりチョイと強い程度では済まされない。
何とか助かった、とホッと一息するのもつかの間。またしても、剣が振り下ろされる。
「アニキ、こいつ……めちゃくちゃ強そうだ!」
「それでも、何とかなる!」
レイジを抱えながらでは、まともに武器を扱うことはできない。それでも、フォードは弱気にならない。
振り下ろされる剣を避ける。ただ、ひたすらに避ける。反撃する余裕なんてない。
「レイジ、走れるか?」
「怖いけど、やるしかないんだな」
フォードは、レイジを離した。レイジは、必死に逃げる。ドンブリンがそれを許すはずがなかった。
ドンブリンがレイジを斬るよりも先に、フォードはライフルを構えた。ねらい目は、心臓。
一発撃った。しかし、分厚い脂肪に阻まれて、弾丸はドンブリンの心臓に届くことはなかった。
ドンブリンの気がフォードに向いた。両手で大きく振りかぶる。
フォードは、今度はドンブリンの右手首を狙って、もう一発打ち込んだ。
剣からドンブリンの右手が離れた。しかし、ドンブリンのコントロールを奪ったところで、太刀筋が読めなくなるという問題が付きまとう。
先ほどまでよりも粗暴に振り下ろされた剣が、フォードの左肩をかすめた。
「アニキ!」
「気にするな、よくあるこった! ツバでもつけときゃ治るさ」
フォードは、心配させまいとレイジのほうを振り返って笑った。レイジは、それどころではない。
血が流れた。自分が逃げたせいで、フォードが傷ついた。アイン村のトラウマがよみがえる。
目の前の敵からいつまでも逃げているようでは、大正義を倒すことなど夢のまた夢だ。
逃げまどっていたレイジの足が止まった。歯をガタガタ鳴らしながら、ドンブリンのほうを見据えていた。
「おい、デカブツ! もう一発行くぜ!」
もう一発は、左手首。これで、ドンブリンの手から剣が落ちた。フォードは、その剣を素早く奪った。
ドンブリンの一撃必殺級の剣は、これで封じることに成功。戦況が少しはフォード側に向いてきた。
ここで、レイジは確信した。戦う直前に、やけに自身があった理由を。
あれは、あくまでもレイジが足手まといでなければ……の話だったのだ。レイジは、まったく攻撃ができず、助けられてばかりだ。
フォードとしては、どうしてもレイジが気になってしまっている。だから、反撃の機会を失い続けていたのだ。
逆転の条件は、ただ一つ。レイジが勇気を振り絞って、ドンブリンに向かうことだけだ。
「俺だって、やるんだ。やれるんだ……やってやるんだ!」
「レイジ、下がれ! ムチャだ!」
ヘビー級VSフェザー級。ドンブリンは、たとえ右手を負傷していても、パワーは人間の比ではない。レイジの右腕全体に痛みが走る。
それでも、痛みをこらえてもう一発お見舞いした。しかし、それはドンブリンの分厚い腹に跳ね返される。
ドンブリンのジャブな、レイジにとっての痛恨の一撃。体にアザを作りながらも、ふらつきながらもレイジは立ち上がる。
無駄だと分かっていても、殴り続けた。自分のせいで珍しく苦戦しているアニキを助けたい、ただその一心で。
「レイジ、もういい! お前、本当に死んじまうぞ!」
「ここで止められたら、俺は……一生アニキを恨んでしまう」
フォードの制止を振り切って、レイジは拳を振り抜く。ドンブリンの一発が入るたびに、レイジの体が悲鳴をあげる。
それでも、レイジは諦めなかった。拳の一発一発はドンブリンからすれば、ヘッチャラだ。
アニキを傷つけられた怒りを、逃げ続けてきた自分への怒りを……! 何より、絶対に負けたくない思いを!
「初日から弟に恨まれちゃ、この先やってけねぇだろ。だったら、応援してやんよ! ……お前ならやれる。一発ぶちかましてこい!」
生まれて初めて熱い思いが込み上げたレイジを、フォードは自然と応援したくなった。
頼れるアニキからの鼓舞。レイジは、思いっきり拳を振り抜いた。すると、レイジの拳が熱くなった。
それは小さな小さな炎。それでも、この場に居合わせた者全員を驚かせるには十分だった。炎のアッパーがドンブリンの顎に、会心の一撃が決まった。
しかし、この一発で、レイジは全身から力が抜ける感覚に陥った。ドンブリンは予想以上にタフだった。軽くふらついたくらいで、まだまだ戦える様子だった。
「ナイスガッツだったぜ、レイジ」
「あぁ……もう限界だ……」
「よし、あとは俺に任せろ!」
レイジは、ふらつきながらもドンブリンと距離を取ろうとした。しかし、数メートル歩いたところでダウン。
よほどダメージが身体に蓄積していて、先ほどの一撃に多大なエネルギーを使ったのだろう。息も脈もある様子だが、しばらくは動くことはできないだろう。
フォードは、レイジを安全な場所に横たえて、ドンブリンを睨みつけた。
「ドリィ……」
「やろうってんだろ? ……来いよ」
フォードは、手招きしてドンブリンを挑発した。ドンブリンの怒りが最高潮に達した。
怒りを込めた右ストレートが飛んでくる。フォードは、右に体をそらした。
「……スキあり!」
フォードは、ズブリと1メートル近い刃を突き立てた。ドンブリンは、胸から大量の血を吹き出しながら倒れた。
ドスン、と鈍い音を聞きつけたゴブリンが、一斉にフォードに襲いかからんとしていた。
「一番メンドクサイことになっちまったな……。だったら……」
フォードは、ドンブリンの頭から落ちた丼を拾い上げた。これは、ゴブリンのボスだけがつけることを許された勲章。
これを高く掲げれば、自分がドンブリンを倒したことが群れの面々にも伝わるだろう。そう思って、フォードは叫ぶ。
「……ドンブリイイイイイ!」
思いっきりしかめっ面をしながら、左手に丼を右手に剣を高く掲げた。もはや、蛮族の所業に近いが、アピールには十分だろう。
フォードは、剣を適当に振った。すると、ゴブリンたちは、クモの子を散らしたようにフォードたちから逃げ出した。
「ゴビイイイイ!」
ボスをやられたゴブリンたちは、ニンゲンに住処を追われた。フォードたちは、安眠の権利を勝ち取ったのである。
フォードは、かすって切り傷を負った左肩に湿布と包帯で応急処置を施してから、体を大の字にしながら眠りについた。
読んで貰えている手ごたえだけで筆が進みます!
始めて三日ですが、届いている人に届いていて嬉しい限りです。