第4話 嬉し涙
巨大カエル及びケツァルカタナスが襲ってくるピンチを助けられたレイジ。別に良かったのにとグレてしまった彼をフォードは、漢の意地で助けることに決めた。
そして、フォードの仲間である衛生班の面々が駆けつけてくれた。
「副長、この人で間違いありませんか?」
「ああ、こいつだ。とりあえず担架でベースキャンプに連れて行くぞ」
レイジは、担架に乗せられた。背中を痛めているうえに、脚も筋肉痛でまともに動かない。当然の処置といえよう。
さらに、レイジの隣には、ギアがいてくれている。どうやら、メディカルチェックをしてくれているらしい。
『血圧ハ最高値137、最低値98。心拍数96……現在ノ体温ハ36.9℃。軽イ興奮状態ト推測』
知らない人といることが怖いので、レイジは少しばかり落ち着かない状態だった。
「まさか、このカルミナ……だっけ? ここでも単位ってほぼ同じなんだな」
レイジは、カルミナでもSI単位系が普通に使われていることに驚いていた。おそらく、地球人の先輩が伝えたのだろう。
「ああ、誰だったか忘れたけど、この世界の単位は通貨以外はチキュウ人が教えてくれたものらしい」
レイジの推測は当たった。それにしても、フォードは妙に地球の事情に詳しい。レイジは不思議に思った。
その疑問を胸にしまっておいたまま、担架は山の間を流れる広い川のほとりに着いた。
河川敷には30ほどものテントが設置されており、その中の一つにレイジは運び込まれた。
その中には、彫りが深い坊主頭の男が待ち構えていた。180センチほどのフォードよりもさらに頭一つ背が高い。
「よく隕石から助かったな。俺はドゥバン。この軍隊・レイゾンの将軍だ」
ドゥバンは腕を組みながら、レイジの幸運に感心していた。その丸太のような腕には、歴戦の傷がいくつもついている。
あの豪快なフォードをして、アニキと呼ばせるほどの人物。その鋭い眼光も相まって、レイジは無条件で委縮していた。
レイゾンとは、世界各国から志願兵を集めて作られた、いわゆる“外国人部隊”。本籍は、今ここにいるべチアと呼ばれる国。
外国人部隊とだけあって、兵士の肌の色もまちまちである。フォードが地球人に詳しかった理由も、おそらくここに所属していた人物がいたためだろう。
鋼鉄軍隊が世界最大の規模を誇ったのに対し、レイゾンは世界一厳しい軍隊。ほかの軍隊から移籍した者をして「元いた軍はパラダイスだった」と言わしめるほど。
世界各地から実力者が集まり、世界一厳しいとされる訓練に励む。だからこそ、個々の兵は強い。しかし、問題は、出身もまちまちゆえに部隊内でのケンカが頻発することだ。
そのため、これも鋼鉄軍隊と並ぶほどに知名度のある軍らしい。フォードは、その将軍の右腕なのだから、よほどの力を持った人物と思われる。
「世界各地から人を集めているだけあって、様々な職の人間も集まっている。かく言う俺も、もともとは神官の子でな……」
「神官の子だったから……?」
「簡単な“魔術”程度なら使える。例えば、その背中の痛みも……」
魔法もロボもある世界。まさに、何でもあり。何があっても驚かないと決めたレイジだったが、さすがに治療の魔術には驚きを隠せなかった。
この世界でそんなシロモノがあれば、医者いらずではないか。あのフォードの応急処置に何か意味があったのだろうか、と疑ってみたくもなった。
ドゥバンがレイジの背中に両手を当てると、背中が熱くなっていくような気がした。
「どうだ、アニキの“キュアー”はよく効くだろ?」
フォードは、レイジの顔を覗き込みながら訊いた。
「……思ったよりも効いている気がする。背中がじんわりと熱い」
「そりゃ、フォードの応急処置が早くて的確だった、ってことだろう」
ドゥバンは、自分の力だけで治せたとは思っていない。フォードがいてくれたからこそ、治りが早いと思っているようだ。
おそらく背中を温めることで血流をよくして、どうたらこうたら……といったところだろうか。レイジには、ちょっとお高いマッサージくらいにしか感じられなかった。
「一晩もあれば、背中の痛みも落ち着くだろう。ほかに痛いところは?」
「……脚が張ってる」
「筋肉痛か……ならば、治療の魔術も要らんな。マッサージで何とかなる」
ドゥバンは、レイジの脚を強く揉み始めた。マッサージをろくに受けたことのない彼からすれば、痛い以外の感情が出ない。
痛いということは、効いている証なのだろう。世界一の鬼将軍は、レイジのような一般市民には優しいようだ。
体の不快な痛みがある程度抜けたところで、レイジは上体をゆっくりと起こした。
“キュアー”なる魔術に即効性がないとしても、それなりに元気にはなった。
◆
レイゾンのキャンプ地での夜。すっかりほかの兵たちが眠りについたころ、レイジは眠れずにテントを飛び出した。
ふいに星空を見上げた。日本にいたころは見る余裕もなかった。見えたとしても、よどんでいて星が分かりにくいだろう。
カルミナから見る星のことは、よくわからない。レイジは、ただただ星空の美しさに見とれていた。
「よぉ、レイジ。お前も天体観測か?」
後ろから声がしたかと思えば、フォードだった。フォードも、レイジの横に胡坐かいて座った。
「なぁ、フォード。……いや、アニキ」
気が付けば、フォードのことを無性にアニキと呼びたくなった。
あんなに豪快な人物を、ほかにどう呼べばいいのか……レイジにはわからなかった。
「どうしたんだ、急にアニキなんて呼びやがって」
「俺、アニキがいなきゃダメだ……何にもできない」
「俺も、同じこと考えてたところだ。お前だけは何となくほっとけない気がする」
レイジは、思わず泣いた。砕け散ったガラスのハートに、フォードの優しさが突き刺さる。これまで生きていて、初めてのことだった。
ニンゲンが自分に対して必ず悪意を向けてくる、というのは真っ赤なウソだと分かった瞬間である。
涙でぐしゃぐしゃな顔、さらに何度も鼻をすする音。フォードは気にせずにはいられない。
「なんだよ、男だろ? こんなことで泣くなよ、みっともねぇ」
「こんなの初めてで、あまりにも嬉しいから……」
「お前……なかなか壮絶っつーか悲惨な毎日を過ごしてたんだな。まぁ、来て初日に村が全滅なんて、ついてねぇなんてレベルじゃねぇもんな」
フォードは、泣きじゃくるレイジの背中をさすった。そして、もう片方の手でハンカチを持つと、ぐしゃぐしゃに濡れた顔を拭ってあげた。
これでは、もはや大きなお友達をあやすイクメンのような構図である。
「アニキ! 後生の頼みだ、俺と一緒に……」
「デズモンドを倒してくれ、って言いたいんだろ? 最初は、とんだバカヤローだと思ったけど……今は、そのバカに付き合いたくなっちまった」
まさかの一つ返事だった。後生の頼みを快諾された。
「本当にいいのかよ?」
拍子抜けした声が出てしまった。少しは悩むと思っただけに、意外だった。
「何度も言わせんなよ。それに……お前は軟弱だからよ、このレイゾンには向かねぇ」
「アニキ……何でもはっきり言いすぎだよぉ」
「はは……。さてと、明日も早いから、レイジもそろそろ寝ろよ」
フォードは、一足先にテントへと戻っていった。レイジは、もう少しだけこの星空を見ていたかった。
◆
レイゾンの朝は早い。まだ夜が明けないうちから、兵士が一堂に集まり、朝のストレッチが始まる。すべてはケガ無き訓練のため。
レイジは、その兵士たちの一糸乱れぬ動きに圧倒されていた。本当にレイゾン入隊を勧められなくて心底ほっとしている。
ストレッチが終われば、シャトルランを100往復。腕立て、上体起こし、スクワットをそれぞれ60回3セット。これでようやく朝のトレーニングが終わる。
朝食は肉や魚と野菜が主軸。量も相当なものだが、これを20分で食べきらなければならない。誰もが、メシをかき込んでいる。そんな中で、フォードはドゥバンに会いに行っていた。
「そうだ、ドゥバンのアニキ。これをちょっと渡したくてよ……」
フォードは、ドゥバンに封筒を渡した。はっきりと辞表と書かれていた。
「何かと思えば、辞表じゃねぇか。……どういう風の吹き回しだ?」
「実は、昨日助けたレイジってやつと一緒に冒険することにしたんだよ。弟分と一緒に、宿敵を倒すための長い長い旅に……」
「ヒヨッコだったお前が遂にアニキか……随分と成長したな」
ドゥバンは、しみじみとした顔つきで葉巻を吸い始めた。思えば、ドゥバンとフォードの出会いも、同じ助けた恩からだった。
まだドゥバンがレイゾンの一端の兵士だったころ、戦地で出会ったのがフォードだった。戦争孤児になってしまった彼の腕の細さを、ドゥバンは今でも覚えていた。
助けたとしても、まるで親の仇みたいに恨んできたところも、昨日のレイジと同じだった。それでも、必死に親身に、たまには厳しく根気強く付き合った。
あんなクソガキだったフォードが、ずっと腰巾着のようについて来ていた弟分が、今や立派な21歳のオトナになり、逆に誰かの精神的支柱になっている。これを喜ばずにはいられなかった。
「止めねぇのか?」
フォードは、思い出に浸るドゥバンを現実に引き戻す。
「俺は去る者は追わない主義だ。ただ、最後にせめて……そのレイジって奴の顔を見せてくれ」
「おう」
◆
「なんだか、少しばかり頼りなさそうな奴だな。やさぐれたような顔も、昔のフォードにそっくりだ」
「別にそんなの、どうだっていいじゃないか」
レイジは、早速フォードの口癖が感染ってしまったらしい。でも、その言い方は、豪快というよりはスネたような感じではあるが。
「んじゃ、最後に……ドゥバンのアニキ! 今日まで俺のアニキでいてくれて……本当にありがとう!!」
フォードは、満面の笑みでドゥバンに別れを告げる。漢同士の別れに、涙など要らぬ。
「……ああ、行ってこい! お前がどこへ行っても元気なら、俺はそれだけで構わない」
ドゥバンは、フォードの両肩を強く叩いた。フォードは、サムズアップしながら「行ってくる」とだけ返した。
名残惜しくなるよりも早く、背を向けると、男二人はレイゾンのキャンプ地を去っていった。
サヨナラなんかは言わない。というより、互いに言わせなかった。それでもかまわなかった。お互いがしっかりやれるはず、と分かっているから。
フォードたちの背中を見て、ふーっと煙を吐いた。
「アイツも、精悍な顔つきになったな」
「あれ、将軍? もしかして、泣いているんですか」
兵士の一人が、気を回してハンカチを持ってきてくれた。しかし、ドゥバンは受け取らなかった。
これを受け取ってしまえば、泣いていると思われてしまうのが嫌だったからだ。そして、弟分の旅立ちが、非常にうれしかったのだ。
しかし、兵士は、ドゥバンのアニキの思いを知らずに問い詰める。
「つらいことが多いから泣いてはいけない……それが将軍の教えだったじゃないですか。まさか、将軍自ら、その鉄壁のルールを?」
「それは、あくまでも“つらいとき”に出る涙だろうが。それに……弟分の旅立ちだ、この嬉し涙はセーフってもんよ」
ドゥバンは、フォードとの思い出に再び浸りながら、葉巻を吹かした。
書き始めて初日。この小説に評価を下した一人の有志に感謝申し上げます!