第26話 アニキに届け!本気も本気の千本目!!
レイジたちは、レテング公園に向かった。郊外の比較的大きな公園には、雨の夜にもかかわらず、何十人もの人が集まっていた。
フォードがレイジからの手紙を受け取った後、周囲に知らせて回ったらしい。
野外でのタイマン。周りに何人いようと知ったことではない。ただ、アニキを見返してやる。その一心だけで、フォードと向き合った。
「俺を倒すんだって? 青二才が粋がった事言ってんじゃねぇよ」
フォードは、腕組しながらレイジを挑発。彼の声に煽られて、周りもヒートアップ。
レイジたちは、明らかにビジター側だった。足が震えた。武者震いだと思いたかった。
「勝つ自信があるから、来たんだ。千本ファイアも、残り一回までやった……!」
「ハンパじゃねぇか!」
レイジが言葉を発せば、ヤジが飛んでくる。エマとファウスト以外は、敵とみていいだろう。
雨が降りしきるなか、ここレテング公園は熱気の渦に包まれている。レイジは、あまりの熱さに、Tシャツを脱いだ。
「お前も漢なんだ。ケンカなら……サシでやるってのがスジってもんだろ?」
フォードもタンクトップを脱ぐと、アザミに投げ渡した。
「……もちろんだ。やるぞ!」
レイジは、ぐっと握りこぶしを作ると、構えた。
漢なのだから、もちろん一本勝負。フォードは、手招きしてレイジを挑発した。
レイジは、拳を振りかぶりながら、突進した。しかし、フォードは素早く右に避けて、裏拳で反撃。
ここまで鍛えたとは言っても、所詮たった一週間やそこらのこと。何年も荒波に揉まれた軍人の一発は、素人には重かった。
「ぅおおお……!」
レイジは、今度は飛び蹴りを狙いにかかった。しかし、これもフォードの前では無意味。
フォードは、レイジの右足をつかむと、そのままジャイアントスウィング。
倒れたレイジに待っていたのは、4の字固め。早くも、フォード優勢でケンカが進んでいる。
「お前……本気出せよ? 俺を倒すってんなら、それがスジってもんだろうが!」
「も、もちろんだ……!」
レイジは、もがきもがいて、フォードの拘束から解放された。スッと立ち上がると、フォードに右手をかざした。
できれば最後の最後まで取っておきたかった、千本目のファイア。レイジは、ここで使うことに決めた。
「“ファイア”!」
燃え滾る心を開放し出された炎は、野球ボール大だった。初めて実戦で……それも、自分のコントロールで出した炎。
だが、フォードは、それを避けた。それから、険しい表情でレイジを見た。
この程度の炎なら、ここ一週間の修業の中で何度も見せられたものだった。そんな生ぬるいものが本気だとは、到底思えなかった。というより、信じたくなかったのだ。
「甘いな、甘すぎるぞ!」
フォードは、レイジの顔面にグーパン。のけぞったレイジだったが、何とか立ち上がった。
奥の手も通用しなかったレイジに勝ち目はないと知ってか、ギャラリーからすでにフォードコールが巻き起こる。
「ぅらあぁっ!」
レイジは、もう一発だけフォードに向けて炎を出した。しかし、それでも、フォードは涼しげな顔でかわしている。
何度でも……当たるまでは諦められない。その執念で、レイジはフォードに真っ向から挑む。
「そんなヤワなモンじゃねぇだろ、てめぇの炎ってのはよ!」
フォードは、レイジの頸動脈を狙って飛び膝蹴り。鋭い衝撃が、レイジの身体を駆け巡る。
レイジは、そのキックの勢いのまま倒れた。目が霞んで、頭がふらふら。とても、立てるような体調ではなかった。
しかし、フォードは、そんなレイジを無理やり立ち上がらせた。
「ほら、立てや! まだイケるだろうが!」
「うう……」
フォードの往復ビンタが、レイジの両頬を襲う。ほとんど気絶に近い状態の相手には、まさしく追い打ち。
レイジは、ただただ攻撃を受けるサンドバッグのようだった。
「アカン、もう見てられへん……」
アザミが思わず、目を背けた。ギャラリーも、あまりの出来レースに、次第に飽き始めてきた。
「何をしとるんじゃ、レイジ君! 君は、目の前の男に本気を見せるはずじゃったろ!」
「……レイジ君、頑張って!」
誰もがフォードの勝利を確信する中、ファウストとエマだけがレイジを信じていた。
これまでの修業で培った自信と技術。そして、逆境に立たされれば、自分でもコントロールの利かないほどの爆発力。それを見せてくれると。
「……“ファイア”!」
苦し紛れの一発。フォードが、少し距離を取るくらいだった。
追いつめられている状態にしては、明らかにヌルい。フォードは、レイジをにらんだ。
「まだまだ、こんなもんじゃねぇだろ!」
「“ファイア”!」
「それで本気のつもりか!」
フォードは、レイジに右ストレートを浴びせた。胸に強く響く一発だった。
レイジは、何度も攻撃を受けた。上半身の至るところにあざが出来るまで、フォードの拳の雨が打ち付ける。
もう、ボロボロだった。限界も限界の状態だった。それでも、レイジの目は死んでいない。
「うおおおお!」
レイジの拳に炎が灯った。フォードは、それをあっさりと受け止めると、それを押し返した。
まだ手ぬるいといわんばかりに、手首を振った。煽られたように感じたレイジは、再び炎の拳を振りかざす。
「……まだまだ!」
拳を振っては、受け止められる。その応酬が何度か続いている。それでも、フォードには余裕があった。
ファウストとエマの応援にも熱が入る。レイジに、もっともっと本気を出させたくて、声を枯らしながらも。
「そんなんじゃ、ダメだっつってんだよ! もっとだ、もっと!」
「“ファイア”!」
「もっとだ、もっと! まだまだ、まだまだ甘いぜ!」
もう、レイジの体力は限界を迎えている。もう、精神力だけで戦っている状態だ。
炎は、少しずつ大きくなっていたが、回数を重ねるごとに威力が落ちてきている。
フォードの顔が、少しずつ呆れているように見えた。レイジは、ここで意地を見せなければ本当に負けると思った。
「アニキ……受け取れえええええ!!」
「……やりゃ、出来るじゃねぇかよ」
会心……熱烈! 負けたくない一心が、奇跡を呼び寄せた。
レイジの拳から、今までにないほどの炎が溢れた。夜の公園さえも明るく照らすほどの、燦然と輝く炎だ。
フォードは、その拳を受け止めた。ひしひしと、レイジの熱さが伝わってくる。それが、たまらなく嬉しかった。
「いや、まだだ……! アニキに止められてちゃ、本気なんかじゃない!」
レイジが叫べば、爆発を起こした。それでもフォードは、レイジの拳を離さなかった。
フォードは、レイジの心意気を喜んだ。心の底から笑ってみせた。
「ああ、そうか! だったら、もっと見せてくれよなぁ!」
「……だああああああああ!!」
再び叫べば、真昼のように公園が明かく灯るほどの爆発を起こした。
フォードとレイジが、吹っ飛んだ。背中から身体を打ち付けたレイジに対し、フォードは受け身を取った。
レイジの身体からは大粒の汗。息も絶え絶えなところを見るに、あれは起死回生の一発だったのだろう。
ギャラリーから、いつの間にかレイジコールも湧きあがる。
しかし、その本人は、ぐったりと体を大の字にして倒れている。
「レイジ……確かに受け取ったぜ、お前のガッツ!」
フォードは、レイジに向けてサムズアップ。本気の本気に、“いいね”。
結局、レイジの挑戦は失敗に終わった。だが、フォードを納得させるだけの力をみせることはできた。レイジは、それだけでも満足だった。
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