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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
第3章 心折れそうな経験
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第23話 シケモクHEART


 7日目。この日は、雨。レイジは、けだるそうにしながら、一階へと降りた。

 フォードとエマの会っているところを見たあの後だった。エマに片思いしていたレイジには、重い事実。


「今日は雨じゃが、ここまで850撃ったお前には、そんな事は関係ないじゃろう」


 老いぼれには、若者の惚れた惚れられたなど、どこ吹く風である。


「……そうだね」


「レイジはん、今日……なんか元気あらへん。どないしたん?」


「なんでもないよ。行こう」


 レイジは、覇気のない声で返して、いつものように庭へと出た。その目は、死んでいた。

 最終日に残されたのは150発。周りに支えられながら、ここまで順当よく来たレイジには、問題のない回数だった。

 いつものように、右手を前に突き出して、心を集中させる。


「……“ファイア”!」


 威勢のいい叫び声だけが、住宅街にこだました。

 ここまでできたことが、まるで嘘だったかのように出ない。手のひらが熱くなることさえもない。

 決して、疲れているわけでもない。だが、それでも出ないものは出ない。


「な、なんでや? レイジはん、アンタ……何があったんや!」

 アザミは、レイジの上体を揺すりながら問い詰めた。


「こっちが聞きたいくらいだよ!」

 レイジは、アザミに強く当たった。


「何かの手違いかもしれんぞ。ほら、もう一度集中するんじゃ!」


 レイジは、深く息を吸い込んだ。目を閉じて、炎を出すことに意識を傾ける。

 そのうえで最大の障壁となる昨日の逢瀬を振り切りたくて、首を強く横に振った。振り切って、右手を前に突き出した。


「“ファイア”」


 しかし、振り切れなかった。手のひらは、雨に濡れて冷たいままだった。

 誰もが驚いた……フォードを除いて。その彼は、険しい表情で腕を組みながら、レイジを見ていた。


「はは……今日は調子が悪いんだろうな」

 レイジは、乾いた笑い声とともにつぶやいた。


「そうじゃねぇだろ。本気でやってねぇだけだ」


「本気だったさ! でも……俺、こんな事じゃ! デズモンドも、アイツも倒せやしない……! 今やっている千本ファイアもできやしない」


「失望したぞ、レイジ!」


 できやしない……この一言が、フォードの逆鱗に触れてしまった。

 フォードは、レイジの右頬に強烈なグーパンをかました。レイジは、その勢いで崩れ落ちた。

 レイジは、口元を手で拭った。拳に血がベッタリとついた。そして、フォードの方を睨みつける。


「やって、出来なかったから言ったんだ! それの何が悪いんだよ!」


 レイジは立ち上がった。拳を思いっきり振りかぶった。ありったけの怒りを込めた。

 しかし、素人パンチは、フォードの左手に止められてしまった。


「昨日まで普通に……今までできた事じゃねぇかよ」


 二人のすさまじい剣幕に、3人はどうすることもできずにいた。

 フォードは、レイジの胸倉をつかんだ。その右手には、はち切れんばかりに血管が浮いている。


「てめぇ、ここまで来たってのに……手を抜くってのか! もう一度やってみろよ、この一週間でやったみたいによ!」


「ああ、やればいいんだろ! それで何も起こらなかったら、信じてくれよな!」


「俺を信じさせたきゃ、本気でやれ……」


 フォードは、レイジから少し距離を置いて、レイジの方をじっと見据える。

 あまりにも緊迫感溢れる空気。エマは、吐き気さえ感じてしまい、思わず口元を抑えた。

 ここで出しさえすれば、すべては丸く収まるはずだ。レイジは、もう一度だけ炎を出そうとした。


「……“ファイア”!」


「お前、わざとやってるだろ?」


 フォードは、呆れた。レイジも、決してわざとではないのだ。しかし、今のやけになっている彼では、到底出せるものでなはい。

 それを知ってか知らずか、フォードはレイジを再び殴った。さらに、自分の意見を押し通した。


「やりたくねぇ事から逃げ出したくなったんだろ? そんな事じゃお前……何もできねぇ腑抜けのままだぞ!」


「俺はただ……」


「ああ、そうか! だったら、好きにしやがれ! この……ドサンピンが!」


「ちょっと、フォードはん!」


 フォードは、出て行ってしまった。アザミも、フォードを心配して追いかけて行ってしまった。

 レイジは、舌打ちしながらフォードの背中を一瞥するだけだった。



「……俺に何があったってんだよ。アレは、俺の問題なんかじゃない! 違うんだ!」


 レイジは、拳を地面に突き付けた。泥が顔に跳ねる。泣きたくなったが、涙は昨日のうちに枯れてしまったらしい。

 どうしても、本気になれていない。昨日の逢瀬が、ショッキングな出来事が頭にのこり続けた。だから、心が冷めてしまったのだ。


「どうしたんだよ、俺……! なんで……なんでだ!」


「さぁ? ……自分の胸に手を当てて聞いてみたら?」


 思い当たる節はあった。しかし、アレが大きな影響になるとは、とても思えなかったのだ。

 レイジは、分からなかったので首を横に振った。


「悪いが、レイジ君がこの調子では……今日の修業は中止と言わざるを得んな」


「どうしてだよ?」


「今のお前じゃ、どうやっても炎を出すことはできん。それは、お前が一番分かっておるはずじゃ」


 レイジの炎は、単なる魔術とは異質なものである。テクマクマヤコンなどと、呪文を唱えて出せるようなシロモノではない。

 その心の持ちようによって、いくらでも爆発できてしまう。しかし、失意の中にあるレイジは、もはや木偶の坊でしかない。


「結局、お前は……わしの出した課題ができなかった」


「くっ……! それは、今からでも間に合うだろ?」


 何もできない、何もやれなかった。それがレイジの最大のコンプレックス。しかし、それは、もう打破できる寸前だ。

 あがいてでも、もがいてでも、千本ファイアに挑戦したかった。絶対に成功させたかった。

 ファウストは、そんなレイジの想いをくみ取ったうえで、毅然とした態度に出た。


「どうしても、と強く望むのなら、少しばかり頭を冷やせばよかろう」


「……おじいちゃんの言う通りね。ほら、入って。風邪ひくわよ」


 エマは、レイジを心配していた。しかし、レイジは、呼びかけに応じることなく、呆然と立ち尽くしていた。


「レイジ君!」


「今は、一人にさせてほしい。……すぐに戻ってくる」


 レイジも、雨の中、ファウスト邸から去っていった……。

 心が荒んでいることだけは分かった。エマは、その理由を知りたかった。レイジから、話を聞きだしたかった。

 追いかけることも考えたが、彼のただならぬ表情からして、エマは諦めた。


「レイジ君……」


「すぐに戻ると言ったんじゃろ? わしらには待つしか出来んよ」


 ファウストは、楽観的だった。というより、今は信じるほかに方法がなかった。

毎度のことながら、読んでいただきありがとうございます。

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