第22話 一人の男として好き、仲間として好き
修業3日目は、深夜までかけて350発の訓練。相変わらず、アザミに“キュアー”をかけてもらい、フォードに励ましてもらいながらの状態が続いた。
修業4日目は、体調を整えるために、この日は丸一日休み。5日目は、午前中に瞑想を行い、午後からは再び炎の特訓。5日目は340発。少しずつ、調子が出てきている。アザミが回復、という頻度は3日目に比べれば抑えられるようになった。
厳しく、そして地道な修業。何度も心が折れそうになり、身体がふらつきながらも、今のレイジは一人ではない。それだけで、頑張れた。
5日目の晩、炎の特訓を終えたレイジは、夜風に当たりながら身体を休ませていた。
「レイジ君、お疲れ様!」
エマは、レイジに冷たいボトルを渡した。中は、レモンとライム、砂糖で味付けしたジュースだった。
レイジは、一気に飲み干した。冷たく甘酸っぱいジュースは、レイジの身体にしみわたる。
「あの、エマさん……!」
「どうしたの?」
「千本ファイアがちゃんと終わったら……言いたいことがあるんだ」
今、この場で言う度胸はなかった。それ以上に、今は千本ファイアの修業を完成させることが先決だった。
彼女に少しでもいいところを見せたい。そのモチベーションも、千本ファイアに耐えられる要因なのかもしれない。
「そう。じゃあ、期待しているわ」
日本ではできなかった、異性との会話。二言三言かわすだけでも、レイジはそれだけで幸せだった。
ずっとこの幸せが続けばいいのにな、と思いながら5日目の夜は過ぎて行った。
6日目は、2日目と同じようにワークアウト。夕方まで自分の身体をいじめ抜く。そこから先は、炎を出す特訓を150回。
修業の最終日を控えた夜、レイジは不安から眠れずにいた。本当に修業を完成させられるのだろうか。そして、完成させた先に何があるのだろう、と。そんな事を今は考えたくなかったので、夜道を歩いて頭をスッキリさせることにした。
偶然通りかかった公園で、フォードとエマが話し込んでいるのが見えた。レイジは、思わず足が止まった。近くの木に隠れながら、様子を見る。
「レイジさん、すごく頑張っていますね。あの調子なら……」
「ちゃんと、やってくれるぜ。アイツはやるときはやる男なんだぜ!」
フォードとエマの話に聞き耳を立てた。どうやら、レイジのことを話しているように
「その……とても言いづらいことなんですが……」
「どうした? 言いたいことがあったら遠慮なく言ってみろ」
「私、フォードさんの事が好きです。自分の事を二の次にして、100%他人のために動けるところが……」
エマの告白を聞いてしまったレイジ。気が動転してしまった。手足がしびれ、視界が流転する。
「そうか……。なんか嬉しいな」
「少しだけ、いいですか……?」
フォードが「いいぜ」と快諾すると、エマはフォードの大きな手を取った。エマの表情は、どこか安らかだった。
一方で、フォードはどうすればいいのか分からず、困っている様子だった。
思えばフォードの21年間というのは、女っ気のないものだった。戦地の惨劇に耐え、軍隊の荒波に揉まれ……。
ようやく、華ができた。異性から好意を寄せられる経験は、初めてだったのだ。
「アニキ……エマさん……」
レイジは、フォードとエマの逢瀬のように錯覚してしまった。明日、すべてが終われば、想いを告げようと考えていた。
しかし、レイジは、先を越されてしまったのだ。彼女が好いていた人物は、よりにもよってアニキだったのだ。
あまりのショックに、レイジは泣きながらその場を去った。
「どうか、私も……あなたたちの旅に!」
「悪いが、そいつは無理な話だ」
フォードは即答した。好きな人と一緒にいたいという思いは、簡単に折られてしまった。
さらに、フォードはエマを優しく突き放す。
「どうして……?」
「簡単な話だ。俺の事を男として好きなんだろ? そういうことだ」
「確かにそうですけど……でも、それとこれとは!」
「“仲間として好き”じゃなきゃ、俺たちの旅はダメなんだよ! それと、レイジの事もある」
フォードは、断ってもなお食いついてくるエマに背を向けながら言った。
レイジの想いを見抜いているがゆえに出した結論だった。
「そういえば、彼……大正義を倒すって息巻いていましたね」
「ああ。アレは、本気だぜ!」
フォードは、もう一度振り返った。それから、拳をぐっと握った。
「その大正義がどれくらい強いのか分かりませんが……恋人同士だなんて浮ついた関係じゃダメですもんね」
エマが確かめるように訊くと、フォードは力強くうなずいた。
いずれ冷めてしまうような一時の激しい想いでは、レイジたちの果てしない旅についていくことはできない。
仲間として、心の底から信頼しあえる間柄でなければ、連れていけないし、連れて行きたくない。フォードが旅立った日から、決めていたことだ。
「旅についていく事がダメなら、せめて……レイジ君の修業がちゃんと終わるまでは!」
「全力でサポート、頼めるか?」
「頼むぜ。アイツには、お前の力もいるんだからよ」
フォードは、エマの手を取りながら言った。エマは、「もちろん」と二つ返事。
みんなで完成させるレイジの千本ファイア。しかし、当の本人には、その想いが伝わっていない……。